とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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とある魔術と少年の終わり

 

「──警告。第三章、第二節」

「第一から第三までの全結界の貫通を確認」

 

「再生準備……失敗」

 

 

 

「『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 その声は、インデックスのものではなかった。

 声帯を震わせているのは彼女の喉だが、そこには感情というノイズが一切乗っていない。

 まるで録音されたテープを再生するように、無機質で、冷徹な機械音声。

 

 ふわり、と。重力というこの星の絶対法則を無視して、インデックスの体が宙に浮いた。

 六畳一間の狭いアパートの中に、異様な圧迫感が充満する。

 それは空気の密度が増したような、あるいは重力が倍加したような、肌にまとわりつく不快な静電気のような感覚。

 

「な……んだよ、これ……」

 

 木寺一桁は、本能的な恐怖で後ずさった。

 先程まで、「首輪を壊せば助かる」という希望があった。

 だが、その希望は粉々に砕かれた。首輪の破壊は、この絶望的な防衛システムを目覚めさせるためのスイッチに過ぎなかったのだ。

 

 宙に浮く少女の瞳には、幾何学的な魔法陣が浮かび上がっている。

 彼女はゆっくりと、眼下の三人を──上条、ステイル、神裂を、ただの「標的(ターゲット)」としてスキャンした。

 

「特定完了。侵入者に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました」

 

 少女が、こちらに視線を向ける。その動作だけで、木寺の「弱き者のセンサー」が最大音量で警鐘を鳴らした。

 死ぬ。これは、これまでの雷撃や炎とは桁が違う。

 

「伏せろォォォォッ!!」

 

 上条が叫び、木寺の首根っこを掴んで床に引き倒した。直後。

 

 カッ!!!! 

 

 視界が真っ白に染まった。

 轟音すら置き去りにする、純粋なエネルギーの奔流。インデックスの顔の前の魔法陣から放たれた光の柱──『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』が、アパートの天井と壁を紙細工のように消滅させ、夜空へと突き抜けたのだ。

 

「う、わ、あああ……ッ!?」

 

 木寺は床に這いつくばりながら、頭上の惨状を見上げた。

 ない。天井がない。

 ベランダがない。

 星空が丸見えになっている。

 コンクリートも鉄筋も、熱で溶けたのではなく、文字通り「消し飛んで」いた。

 

「バカな……『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』だと!? 聖ジョージの聖域を、この至近距離で……!」

 

 ステイルが悲鳴のような声を上げる。

 伝説のドラゴンが吐く息を再現したというその光は、もし直撃していれば、上条の右手だろうと防ぎきれたかどうか怪しい。それほどの出力だ。

 

「──再装填(リロード)。対象の動きを解析。誤差を修正」

 

 空中のインデックスが、無慈悲に次撃の準備に入る。

 その周囲には、魔法陣が幾何学模様のように展開し、神々しくも禍々しいオーラを放っていた。

 

「くそっ、あれを止めなきゃインデックスが壊れちまう! 俺の右手を、もう一度当てるしか……!」

 

 上条が立ち上がり、瓦礫の山を踏み越えて突っ込もうとする。だが。

 

「無理です! 近づけない!」

 

 神裂が叫ぶ。インデックスの周囲には、さらにさらにさらに幾重もの魔法陣が展開されていた。

 攻撃用だけではない、物理防御、精神干渉防御、あらゆるベクトルからの接近を阻む鉄壁の要塞。

 

「『特定。最大脅威判定:右手(イマジンブレイカー)。優先排除対象として設定』」

 

 機械音声が告げる。インデックスの瞳が、ギロリと上条当麻だけを捉えた。

 

 ずばぎいいい!! 

 

 上条の足元が爆ぜた。

 正確無比な狙撃。上条は右手をかざして防御するが、光のビームは一本ではない。雨のように降り注ぐレーザーが、彼を前後左右から釘付けにする。

 

「ぐ、うぅぅぅッ!!」

 

 上条は防戦一方だ。一歩も進めない。

 ステイルが炎の剣を放つが、インデックスのオートガードに弾かれる。神裂が鋼糸を操るが、それすらも感知され、迎撃される。

 

「強……強、すぎだろ……」

 

 木寺は瓦礫の陰で震えていた。

 無理だ。勝てるわけがない。

 あんなの、人間がどうにかできるレベルじゃない。

 神様と喧嘩してるようなもんだ。

 逃げよう。

 今なら、崩れた壁の隙間から外へ逃げられる。

 上条は戦っている。

 ステイルたちも戦っている。

 でも、俺はレベル0だ。AIM拡散力場もない、ただの落ちこぼれだ。ここにいる意味なんてない。

 

(AIM拡散力場が……ない?)

 

 ふと、木寺の脳裏に、小萌先生の言葉が蘇った。

 

『木寺ちゃんからは、AIM拡散力場が一切検出されないのですー』

『貴方の観測する世界は、あまりにも強固に「確定」しています』

 

 木寺は、涙目で戦場を見渡した。

 インデックス──いや、自動書記システムは、的確に「敵」を攻撃している。

 最大の脅威である上条には、絶え間ない弾幕を。高出力の魔力を持つステイルと神裂には、牽制の衝撃波を。

 

(……俺には?)

 

 木寺の足元には、一発の弾も飛んできていない。

 流れ弾の余波で瓦礫が飛んでくることはあっても、あの光のレーザーは、一度たりとも木寺を「狙って」いない。

 

「……見えてないのか?」

 

 いや、視覚情報としては捉えているはずだ。

 だが、あのシステムは「魔術的脅威」と「異能の力(AIM反応)」を優先順位(プライオリティ)の基準にしているのではないか? 

 だとしたら。魔力ゼロ。AIM拡散力場ゼロ。敵意や殺気すらも希薄な「ただのビビっている一般人」。

 そんなものは、自動迎撃システムにとって、道端の石ころや、壁のシミと同じ。

 

 

 計算式(プログラム)上の「無視すべきノイズ」。

 

 

「……はは、マジかよ」

 

 木寺の乾いた唇から、笑いが漏れた。

 屈辱だと思っていた。誰からも認識されない、何の影響も与えない空っぽの存在。

 それが今、この神々の戦場において、唯一の「ステルス迷彩」になるなんて。

 

「上条……」

 

 視線の先で、上条がボロボロになりながら叫んでいる。

 右手が焼かれ、全身傷だらけになっても、彼は前に進もうとしている。

 でも、届かない。

 あと数メートルが遠い。

 システムが上条を「最大脅威」と認識している限り、その防御網は彼に集中する。

 

 誰かが、システムの計算を狂わせなきゃいけない。計算外の「変数(エラー)」を叩き込んで、あいつの処理を一瞬だけ遅らせなきゃいけない。

 

「……クソが」

 

 木寺は、瓦礫の中から、一冊の本を拾い上げた。

 小萌先生の部屋にあった、分厚いタウンページ。

 重い。今の自分には、これが鉄塊のように感じる。

 

「やめとけ、俺。死ぬぞ。あんなビームの射線に出たら、蒸発して終わりだ」

 

 理性が警告する。足がすくむ。だが、心臓の奥底で、別の感情が吼えた。

 

『俺には何もない』

 そう嘆いて、一生を終えるのか? 

 

 上条当麻の背中を見送るだけの人生でいいのか? 

 

 あいつは言った。

 

『木寺が調べてくれなきゃ気付けなかった』と。

 

 俺を、対等な仲間として扱ってくれた。

 

 

 なら、証明しろ。

 

 

 木寺一桁という「ゼロ」は、何も掛け合わせられないゼロじゃない。最強のシステムにバグを引き起こす、()()()()「ゼロ」なんだと! 

 

 

「う、うわあああああああッ!!」

 

 

 木寺一桁は、叫び声を上げて飛び出した。遮蔽物のない、死の荒野へ。

 

「木寺!? バカ、戻れッ!!」

 

 上条が血相を変えて叫ぶ。だが、木寺は止まらない。足がもつれそうになりながら、無様に、泥臭く、宙に浮くインデックスの真下へと走る。

 

(撃つな! 撃つなよ!? 俺はただの石ころだ! お前の脅威じゃない!)

 

 心臓が破裂しそうだ。

 頭上では光が乱雑に輝いている。

 だが──予想通り、光の矢は降ってこない。

 自動書記システムは、猛烈な勢いで迫る上条と、後方で詠唱するステイルたちにリソースを割いている。

 トコトコと走ってくる魔力ゼロの木寺は、「環境の一部」として処理されている! 

 

「通り……抜けた……ッ!」

 

 インデックスの真下に到達する。

 彼女は浮いている。手は届かない。だが、木寺は持っていたタウンページを振りかぶった。

 狙うのは、インデックスではない。

 彼女の周囲に展開されている、浮遊術式の制御を行っていそうな足元の「空間」──ではなく、もっと原始的な物理干渉。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 木寺は全力で、タウンページをインデックスの顔面めがけて放り投げた。

 

「!?」

 

 ステイルが目を見開く。

 魔法防御は、魔術的な攻撃や、高速で飛来する危険物(弾丸など)には反応する。

 だが、下からふわりと放り投げられた、魔力の一切籠もっていない、ただの紙の束。

 しかも、その軌道は攻撃というよりは「手渡し」に近い緩慢さ。

 

 自動書記の思考ルーチンが一瞬、迷った。

 

『脅威判定:なし。……迎撃不要? 否、視界遮蔽の可能性あり。回避行動を推奨──』

 

 そのコンマ数秒の「迷い(ラグ)」。神のシステムが、路傍の石ころの処理にCPUを割いた瞬間。

 

 

「上条ォォォッ!! 今だぁッ!!」

 

 

 木寺の叫びが、破壊の合図となった。

 

「おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 上条当麻は、その隙を見逃さなかった。防御網が一瞬薄くなった一点。木寺が作った、針の穴のような突破口。そこに全ての力を込めて、上条が突っ込む。

 

 

「警告。接近を許容。迎撃、肯定、同時即座に回避を──」

 

 

 インデックスが迎撃態勢を取り直そうとするが、もう遅い。上条の右手が、彼女の目前に迫る。狙うは、彼女を縛り付ける悲しき運命そのもの。

 

「その幻想を、ぶち殺すッ!!」

 

 

 ぱ、きいいいいいいいいいいん。 

 

 

 上条の拳が、インデックスの衣服(歩く教会)ごと、彼女の核となる魔法陣を捉えた。

 

 幻想殺しの破壊音が響き渡る。

 

 光の翼が霧散し、ドラゴンブレスの余波がガラス細工のように砕け散っていく。

 

 

「……っは、はは……やった……」

 

 

 木寺は腰が抜けて、その場にへたり込んだ。

 見上げた空から、インデックスの体がゆっくりと降りてくる。

 上条がそれをしっかりと受け止めた。

 終わった。

 勝ったんだ。

 俺たちが。

 

 

 

 

 だが。物語は、残酷な「オチ」を用意していた。

 

 

 

 

 砕け散った光の翼。その残滓である、白く輝く「光の羽」が、きらきらと雪のように降り注いできたのだ。

 

「……綺麗だな」

 

 木寺はぼんやりと思った。だが、その羽の一枚が、地面に触れた瞬間、床を冗談のように切り裂いたのを見て、血の気が引いた。

 

「ッ!? まだ終わってねえ! 上条、逃げろ!!」

 

 木寺が叫ぶ。上条も気づく。インデックスを抱いたまま、彼は回避しようとする。

 だが、羽の密度は濃い。

 そして、上条のすぐ近くには、へたり込んでいる木寺がいた。

 

(あ……)

 

 木寺の頭上に、一枚の羽が舞い落ちてくる。動けない。足が言うことを聞かない。死ぬ。今度こそ、死ぬ。

 

 

 

「木寺ッ!!」

 

 

 その時。

 

 ド、と衝撃が走った。木寺の視界がぐるりと回る。上条当麻が、インデックスを抱えたまま、木寺を突き飛ばしたのだ。木寺の体は瓦礫の外へと転がり出る。

 

「いッ……!?」

 

 痛みに顔をしかめて見上げると、そこには、木寺がいた場所に立ち尽くす上条の姿があった。

 そして、その頭部に、光の羽が静かに触れ──溶けるように消えた。

 

 

「……あ」

 

 

 上条の動きが止まる。外傷はない。血も出ていない。ただ、彼の瞳から、急速に「光」が失われていくように見えた。

 まるで、ビデオテープが上書きされるように。

 あるいは、ハードディスクのデータが、物理的に破損するように。

 

「上条……?」

 

 木寺は震える声で呼んだ。羽の雨が止む。静寂が戻った廃墟に、上条当麻はゆっくりと膝をつき、そのまま崩れ落ちた。

 

「上条ッ!!」

 

 木寺は這うようにして駆け寄った。ステイルと神裂も、蒼白な顔で駆けつけてくる。

 

「……おい、しっかりしろ! 勝ったんだぞ! なぁ、おい!」

 

 木寺は上条の肩を揺さぶる。上条の瞼が、うっすらと開いた。

 

「……う……ん……」

「上条! わかるか!? 俺だ、木寺だ!」

 

 上条の瞳が、木寺を映す。

 だが、その瞳には、先ほどまでの熱い信頼も、共犯者としての絆も、何も宿っていなかった。

 そこにあるのは、見知らぬ他人を見る、困惑の色だけ。

 

「……えっと……」

 

 上条当麻は、困ったように笑い、そして言った。

 

「……なに、が……?」

 

 その一言が、木寺一桁の心に、光の羽よりも深く、嫌な予感を残した。

 

 上条は意識を失っている。

 木寺は、しばらくその場で呆然としていた。

 

 

 

 

 :

 

 

 

 第七学区にある病院。

 カエル顔の医者の手術室の前で、木寺は長椅子に座り込んでいた。

 隣には、治療を終えたインデックスが祈るように手を組んでいる。ステイルと神裂は、遠巻きに壁に寄りかかっていた。

 

 長い、長い夜が明けた。

 医師からの説明は、絶望的なものだった。

 脳細胞の一部破壊。

 命に別状はないが、記憶を司る部分が物理的に消滅している。

「記憶喪失」。それも、一時的なものではなく、永久的な欠落。

 

 木寺は、自分の手をじっと見つめていた。震えは止まっていたが、胸の中にはじっとりした重りが沈んでいる。

 

(俺のせいだ)

 

 俺が動けなかったから。最後、俺がへたり込んでいたから。上条は俺を庇って、記憶を失った。インデックスを守り、俺を守り、そして自分自身を失った。

 

「……きでら」

 

 インデックスが、心配そうに声をかけてくる。

 彼女はまだ、上条の記憶喪失を知らない。

 上条が目覚めたら、笑顔で「ありがとう」と言うつもりでいる。その無邪気さが、痛い。

 

 ガラリとドアが開き、上条当麻がストレッチャーで運ばれてきた。麻酔が切れ、意識は戻っているようだ。

 

「とうま!」

 

 インデックスが駆け寄る。

 木寺は立ち上がれなかった。どんな顔をして会えばいい? 

 

『お前の記憶を奪ったのは俺だ』と告白するのか? 

 

 だが。

 病室に運ばれた上条当麻は、ベッドの上で、インデックスに対していつものように笑いかけた。

 

「……よお、インデックス。腹減ってないか?」

 

 え? 

 木寺は耳を疑った。

 

 覚えている? 記憶喪失じゃなかったのか? 

 

 インデックスも嬉しそうに抱きついている。

 

「とうま! とうま! よかった、私のこと忘れてないんだね!」

 

「当たり前だろ。ビビった? ねえ、ビビった?」

 

 上条はおちゃらけ、軽口を叩き、インデックスの頭を撫でる。

 その光景は、完全にハッピーエンドのものだ。ステイルと神裂も、驚きつつも安堵の表情を浮かべて病室を出て行った。

 

 だが、木寺は違和感を拭えなかった。

 医師の話は間違いだったのか? いや、あのカエル顔の医者が誤診をするとは思えない。なら、どういうことだ? 

 

 木寺はおずおずと病室に入った。インデックスは嬉しそうに「飲み物を買ってくる」と言って部屋を出て行った。

 

 病室には、上条と木寺、二人きり。

 

「……上条。お前、大丈夫なのか?」

「おう、木寺か。心配かけたな。見ての通り、余裕でピンピンしてるぜ」

 

 上条はにっと元気に笑う。

 その笑顔は、いつもの上条当麻そのものだ。

 だが、木寺の疑惑心は、微かな違和感を見逃さなかった。

 視線の揺らぎ。指先の強張り。そして何より、木寺を見る目が、どこか「情報を探っている」ように見える。

 

「……上条。お前、俺の名前、何だっけ」

「え? 何言ってんだよ。木寺だろ? 木寺一桁。同じクラスの……」

 

「俺たち、昨日銭湯で何話した?」

 

「……え?」

 

 上条の笑顔が、凍りついた。

 その一瞬の空白が、全てを物語っていた。

 彼は、覚えていない。

 木寺の名前も、昨日の共闘も、銭湯での会話も。

 ただ、今の会話の流れや、医者との口裏合わせ、そして状況証拠から推測して、話を合わせているだけだ。

 

 

「……お前、嘘ついてるな」

 

 

 木寺の声が震える。

 

「インデックスを悲しませないために……記憶があるフリをしてるんだな」

 

 上条の表情から、演技の色が消えた。そこにあったのは、深淵のような孤独と、覚悟。

 

「……バレたか。やっぱ、木寺には敵わねーな。はは、いや、お前がどんな奴か知らないけど」

 

 上条は静かに認めた。

 

「全部、消えちまったよ。インデックスとの出会いも、お前との会話も、ステイルたちのことも。何もかもだ」

 

「なんで……なんで言わないんだよ! 自分のせいじゃねえだろ!」

 

「言ったら、あいつが泣くだろ」

 

 上条は窓の外を見た。

 

「あいつは、自分のせいで俺が記憶を失ったと知ったら、多分一生自分を責める。そう思った……そんで俺は、そんな顔、見たくねえなって」

 

 だから、騙す。

 一生、上条当麻という役を演じ続ける。

 過去の自分という「死人」の皮を被って、少女の笑顔を守り続ける。

 

「……バカかよ、お前」

 

 木寺は涙が止まらなかった。

 どこまでお人好しなんだ。

 どこまでかっこいいんだ。

 そして、どこまで残酷なんだ。

 

「……なぁ、木寺。頼みがある」

 

「……なんだよ」

 

「俺に、教えてくれ。俺がどんな奴だったか。お前とどんな話をしたか。……俺が、これから『上条当麻』として生きていくための、教科書になってくれ」

 

 上条が、弱々しく、しかし真剣な眼差しを向けてくる。

 記憶を失った彼にとって、唯一の「真実を知る者」が、木寺一桁なのだ。

 

 木寺は、袖で乱暴に涙を拭った。

 コンプレックス? 嫉妬? 

 そんなものは、この巨大な孤独の前では塵のように有耶無耶になった。

 

 こいつは、こんな重荷を背負って生きていくのだ。なら、俺ができることは一つしかない。

 

「……高いぞ。俺の情報料は」

 

 あの日と同じセリフ。上条はきょとりとして、それから嬉しそうに笑った。

 

「はは、出世払いで頼むわ」

 

 

 

 こうして、長い夏休みの最初の事件は幕を閉じた。

 木寺一桁は、ヒーローにはなれなかった。

 だが、ヒーローの唯一の理解者であり、彼の失われた過去を補完するバックアップの役目を買って出た。

 

「空白」の少年は、もう無価値ではない。

 

 少なくとも、上条当麻にとっては。

 

 

 これが、とある少年ととある魔術の、一つの幕引きだった。

 




本編むずい……幕間書きやすい(当たり前)
何とか節目です、ありがとうございました。次回御坂の回想です。
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