とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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=幕間= 超電磁砲の些末な回想

 

 七月十九日。

 うだる気候が気分をより悪い方向に加速させる。

 常盤台中学の学生寮へと続く帰り道。

 御坂美琴は苛立ちを隠せない様子で、愛用の通学鞄をブンブーンと振り回しながら歩いていた。

 

「もーっ! なんなのよあいつら! ムカつく、マジでムカつくわーッ!」

 

 彼女の髪からは、バジバチと青白い火花が散っている。

 通行人が見れば悲鳴を上げて逃げ出すレベルの放電現象だが、今の彼女に周囲を気遣う余裕はない。

 

 彼女の脳裏に焼き付いているのは、先ほどの屈辱的な出来事だ。

 不良に絡まれているところを「助けよう」としてきた、あのツンツン頭の少年。

 彼の右手に触れた瞬間、美琴の電撃は霧散した。

 まったくもって、わけのわからない力だ。

 

 だが、今の美琴の思考の半分を占めているのは、そのツンツン頭のことではなかった。

 たまたまニアミスした、もう一人の少年。

 地味な雰囲気の、黒髪の男子生徒のことだ。

 

「……あいつ、何だったわけ?」

 

 美琴は足を止め、自分の掌を見つめた。

 あいつは、間違いなくレベル0だった。

 立ち振る舞いは素人で、怯えていて、腰が引けていた。

 美琴が威嚇(本気ではないが、軽く黒焦げにする程度の出力)の雷撃を放った時、彼は逃げ遅れて射線上にいた。

 

 通常なら、回避不可能。

 美琴の電撃は、光速に近い速度で電子を操る攻撃だ。

 人間の反射神経で避けられるものではない。

 

 だが、彼は避けた。いや、「逸らした」。

 

「野菜ジュース……だっけ?」

 

 彼が放り投げたペットボトル。

 中身が空中で飛散し、電解質を含んだ液体の膜を作った。

 電気は抵抗の少ない方へ流れる。

 美琴の放った雷撃は、空気絶縁を突き破って直進するよりも、導電性の高いジュースと街灯へと誘導(ガイド)される「楽な道」を選んだ。結果、彼は無傷で生き残った。

 

「理屈はわかるわよ。教科書通りの物理法則だわ」

 

 美琴は再び歩き出した。ローファーの足音が辺りに響く。

 

「でも……あたしは()()したはずよ?」

 

 ここが、美琴が抱く違和感の正体だった。

 彼女は、単に電気を放出しているだけの発電機ではない。

 AIM拡散力場によって電子の動きを計算し、軌道を制御する「電気使い」だ。

 たとえ周囲に避雷針があろうと、水溜りがあろうと、彼女が「あいつに当てる」と認識して誘導すれば、雷撃はその通りに曲がって標的を穿つはずだ。

 

 なのに、あの時。あたしの雷撃は、あたしの制御(コントロール)をすり抜けて、勝手にジュースの方へ吸い寄せられた。

 まるで、標的であるはずの彼が「そこにいなかった」かのように。

 

 

「……気持ち悪い」

 

 

 美琴は身震いした。ツンツン頭の『異能を消す右手』も不気味だが、あの黒髪の少年の『存在感の希薄さ』は、また別の種類の気味悪さがあった。

 

「……疲れてんのかな、あたし」

 

 美琴は大きくため息をつき、寮の門をくぐった。

 空調の効いた涼しいエントランスが、彼女の熱を少しだけ冷ましてくれた。

 

 

 :

 

 

「お姉様っ! 遅いですわよぉ~っ!」

 

 部屋のドアを開けた瞬間、薄ピンク色のツインテールが突撃してきた。

 美琴のルームメイトであり、後輩の白井黒子だ。

 彼女は、美琴に抱きつこうとして──バチッ! という電撃の壁に阻まれ、黒焦げになって床に転がった。

 

「あだァっ!? ……こ、これは愛の鞭……! 痺れますわお姉様……」

「……アンタねぇ。暑苦しい夜に抱きついてんじゃないわよ」

 

 美琴は呆れながら、ベッドに鞄を放り投げた。

 黒子は即座に復活し(空間移動能力者ゆえの身のこなしで)、優雅にティーセットの準備を始めた。

 

「何かあったんですの? いつにも増してビリビリきてますわよ」

「ん……まあね。ちょっと変な奴らに絡まれて」

「変な奴ら? 不良ですの? それならわたくしにお任せを! 風紀委員(ジャッジメント)の権限で、社会的抹殺を含めた制裁を……」

「違うわよ。……ねえ、黒子」

 

 美琴は、出された紅茶に口もつけず、椅子に座り込んだ黒子に向き直った。

 

「ちょっと、相談があるんだけど」

「はい? お姉様からの相談? もしや恋愛相談!? それなら相手の特定と排除、並びに埋める穴の準備を……」

「科学的な話よ! 真面目に聞きなさい!」

 

 美琴が一喝すると、黒子は「チェッ」と舌打ちしつつも、真面目な顔つきに戻った。

 彼女は変態的な言動が目立つが、その頭脳は極めて優秀だ。

 学園都市でもトップクラスの進学校である常盤台中学で、一年生にして空間移動(テレポート)の演算をこなす天才肌でもある。

 

「……で、どのような現象ですの?」

「今日ね、レベル0の男子と喧嘩になったの。で、あたしが電撃を撃ったんだけど……避けられたのよ」

 

「はぁ? お姉様の雷撃を? レベル0が?」

 

 黒子は紅茶のカップを置いた。

 ありえない話だ。

 美琴の雷撃は、最大電圧ウン億ボルト。速度は雷速。人間が反応できる次元ではない。

 

「正確には、避けたんじゃないの。野菜ジュースを投げて、電気を逸らしたの」

「野菜ジュース……?」

 

 美琴は、ことの顛末を詳細に説明した。ペットボトルの投擲。ジュースの散布による導電路の形成。そして、雷撃がそちらへ吸われたこと。

 

 黒子は顎に手を当て、思考の海に沈んだ。

 

「……理論上は、不可能ではありませんわね」

 

 しばらくして、黒子が口を開いた。

 

「空気の絶縁破壊電圧は、湿度や気圧にもよりますが、おおよそ一センチメートルあたり三万ボルト。対して、電解質を含んだ液体──野菜ジュースなどは、ナトリウムやカリウムイオンを含んでいますから、電気抵抗は空気より遥かに低い」

 

 黒子は教科書通りの知識を説明する。

 

「高電圧の放電は、最も抵抗の少ない『先行放電路』を辿ります。もし、お姉様の放った瞬間に、彼の頭上に濃密な液体の(ミスト)による導電パスが形成され、かつ、その先にあるアース(この場合は街灯)へと繋がっていたなら……電気は物理法則に従って、人体よりもそちらを優先して流れます」

 

「それはわかるわよ。でもね、黒子」

 

 美琴は身を乗り出した。

 

「あたしは『あいつに当てる』って意思を持って撃ったのよ? あたしのAIM拡散力場は、あいつをロックオンしてたはずなの。多少の抵抗値の差なんて、あたしの出力と制御なら無視して直撃させられるはずでしょ?」

 

 そう。美琴の「超電磁砲(レールガン)」や雷撃が恐ろしいのは、自然落雷とは違い「誘導」がかかっている点だ。避雷針があろうが関係ない。彼女が狙えば、電気は直角に曲がってでも標的を襲う。

 

「……ふむ」

 

 黒子の表情が険しくなった。彼女もまた、空間移動という「十一次元の計算」を必要とする能力者だ。計算の狂い、認識のズレというものに対して敏感である。

 

「お姉様の誘導が外れた……。考えられる可能性は二つですわ」

 

 黒子は指を二本立てた。

 

「一つは、お姉様の計算ミス。あるいは無意識の手加減です。相手がレベル0で、しかも死にそうな顔をしていたから、深層心理で『当てちゃいけない』とブレーキがかかり、結果として誘導が甘くなり、物理的に易しいジュースの方へ流れた」

 

「……うっ。否定はしきれないけど……」

 

 美琴は唇を尖らせた。確かに、本気で黒焦げにするつもりはなかった。威嚇射撃のつもりだった。だが、それにしても「逸れ方」が不自然だったのだ。

 

「で、もう一つは?」

 

「……相手が、『認識しにくい対象』であった場合です」

 

「認識しにくい?」

 

「はい。わたくしのテレポートもそうですが、能力を行使するには、対象を正確に『座標』として認識する必要があります。……もし、その彼が、お姉様のAIM拡散力場にとって『捉えどころのない幽霊』のような存在だったとしたら?」

 

 黒子は、テーブルの上の角砂糖を摘み上げた。

 

「レーダーに映らないステルス機には、ミサイルロックオンができません。それと同じで、彼が何らかの特異体質……例えば、極端にAIM拡散力場が薄い、あるいは周囲の環境と同化しやすい性質を持っていた場合、お姉様の無意識の誘導(ガイダンス)が滑ってしまい、結果として自然法則(ジュースへの放電)が優先された……という仮説です」

 

「……ステルス?」

 

 美琴は、帰り道に感じた感覚を思い出した。存在感の希薄さ。ツンツン頭の強烈な個性の影に隠れて、背景と同化していたあの少年。

 

 黒子は冷めた紅茶を一口飲んだ。

 

「まあ、恐らくは前者──お姉様の無意識の手加減でしょう。学園都市に二三〇万人いる生徒の中で、お姉様の演算を狂わせるほどの『天然のステルス人間』なんて、確率的にありえませんわ」

 

 黒子は結論づけた。科学的に考えれば、美琴のヒューマンエラーである可能性が最も高い。

 

「……そうよね。考えすぎか」

 

 美琴も、背もたれに体を預けた。確かに、あんな弱そうな少年が、特殊な能力を持っているようには見えなかった。ただの偶然。野菜ジュースと、あたしの手加減と、湿度の高さが生んだ奇跡的な回避。

 

「でも、お姉様」

 

 黒子が、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「その『ツンツン頭』の方はともかく、その『影の薄い彼』の方をそんなに気にするなんて……お姉様、まさか『地味系男子』が好みなんですの?」

「はぁ!? んなわけないでしょ!!」

 

 美琴は顔を真っ赤にして叫び、枕を投げつけた。黒子は「空間移動」で軽々と回避する。

 

「冗談ですわよ。……ですが、忠告しておきます」

 

 黒子の声色が、少しだけ真面目なトーンに変わった。

 

「その彼が何者であれ、お姉様の雷撃を無傷で凌いだ事実は変わりません。偶然にせよ、実力にせよ、イレギュラーであることは確かです。……あまり、関わらない方がよろしいかと」

 

 風紀委員としての勘。

 トラブルの臭いを嗅ぎ分ける黒子の嗅覚が、微かな警告を発していた。

「無害に見えるものほど、牙を隠している」というのは、この街の常識だ。

 

「わかってるわよ。もう二度と会うこともないだろうし」

 

 美琴はそう言って、話題を打ち切った。そうだ。あんな連中、もう関わりたくもない。

 明日は夏休み初日。

 寮監の目を盗んで、ゲーセンに行ったり、マンガを読んだりして過ごすのだ。

 

 

 

 :

 

 

 消灯時間。ベッドに入った美琴は、天井を見上げていた。隣のベッドからは、黒子の寝息が聞こえる。

 

(……名前……あのバカが言ってたような? 学生証も、ちらっと見えたけど……)

 

「思い出した、きでら、ひとけた」

 

 苗字は平凡だが、名前の方が印象的だから、記憶に引っ掛かっていた。

 

「一桁」なんて変わった名前。まるで数字の端数のような、半端な名前。

 

 

「……ま、いっか」

 

 

 美琴は寝返りを打った。考えるだけ無駄だ。所詮はレベル0。住む世界が違う。

 

 美琴が瞳を閉じる。

 その意識の底に、一瞬だけ、あの時の映像がフラッシュバックした。

 

 雷撃がジュースに吸われる直前。あいつは、目を閉じていた。怯えていた。でも、その手は──しっかりと、()()()()()()()()()()()()

 

(……あれ?)

 

 投げた衝撃で蓋が外れたんじゃない。投げる前に、空中で撒き散らすことを計算して、指先で蓋を回していた? 

 

(あの恐怖の中で? あの一瞬で?)

 

 もしそれが意図的なものだとしたら。

 あの「へっぴり腰」も、「怯えた表情」も、すべて計算ずくだったとしたら? 

 美琴に「手加減」をさせるための、演技だったとしたら? 

 

「……まさかね」

 

 美琴は、その不気味な想像を振り払うように、枕に顔を埋めた。

 

 エアコンの風が、静かに部屋を冷やし続けている。学園都市の夜は深く、そして多くの謎を、その闇の中に隠している。

 

 

「寝よ……」

 

美琴は鼻を鳴らして、布団を頭まで被った。

 

 

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