とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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ある錬金術師の終わり

 

 

「オ、オオオオオオオオオ!!」

 

 

 上条の猛攻があしらわれる。

 ステイル=マグヌスを、指先一つ動かさずに瞬殺したアウレオルス。

 その冷徹な視線が、この場に残る最後の希望──上条当麻に向けられる。

 

 その瞳の奥にあるのは、勝利への確信ですらない。

 ただ、予定表にある「ゴミ掃除」という項目を淡々と処理しようとする、事務的な作業員の目だ。

 

「憮然。……貴様のような虫ケラが、なぜ魔術サイドの抗争に首を突っ込む? 大人しく科学の檻の中で飼われていればいいものを」

「うるせええええ……!!!」

 

 上条が吠える。

 足がすくんでいる。本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。

 だが、彼は恐怖を怒りで強引に塗りつぶし、血まみれの拳を握りしめた。

 

「インデックスを……あいつを救うためとか言って、無関係な姫神や生徒たちを巻き込んでるお前が許せねえだけだ! 独りよがりの絶望で、世界を振り回してんじゃねえよ!」

「……愚者が。理解に苦しむな」

 

 アウレオルスは首を振り、退屈そうに思考した。

 彼にとって上条の言葉は、羽虫の羽音ほどの意味も持たない。

 

「(弾け飛べ)」

 

 思考が世界に上書きされる。

 不可視の衝撃波が、砲弾のような質量を持って上条を襲う。

 回避不能の面制圧。だが、上条は右手を前に突き出し、暴風の中を歩くように強引に突破する。

 

 パギィン!!!! 

 

 硬質な破砕音。

 異能の力が、右手に触れた瞬間にガラス細工のように霧散する。

 

「……なんだその力は。私の『黄金練成(アルス=マグナ)』すら打ち消すだと?」

 

 一瞬目を見開くアウレオルス。

 

 感心したように、あるいは興味深そうに言うが、そこに焦りの色はない。

 彼は、たった一回の攻防で、上条の能力の「限界」と「法則」を瞬時に見抜いていた。

 

「だが、所詮は右手だけだ。……処理能力(キャパシティ)が足りない」

 

 アウレオルスがパチンと指を鳴らす。

 瞬間、上条の四方八方、三六〇度の空間が歪み、黄金の粒子が収束した。

 

 そこから具現化したのは、無数の「死」。

 黄金の自動小銃、鋭利なパルチザン、西洋の直剣、さらには現代兵器である巡航ミサイルまでもが、壁や天井から無尽蔵に生え出したのだ。

 

「(穿て)」

 

 一斉射撃。

 弾丸と刃の嵐が、上条当麻という一点に殺到する。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 上条は右手を振り回し、必死に迎撃する。

 右手が触れれば消える。どんな凶悪な魔術兵器も、触れた瞬間にただの金貨やインクの染みに戻る。

 

 だが、触れなければ消えない。

 物理的な質量を持った弾丸の豪雨を、掌一枚の面積で防ぎきれるはずがない。

 

 ドスバシュッガガガギィ

 

 

「ぐ、がぁ……ッ!」

 

 異音が響く。

 頬を銃弾が掠め、太ももを槍が抉り取り、背中で爆風が炸裂する。

 上条が膝をつく。全身から血が噴き出す。

 圧倒的な物量差。

 右手がどれだけ万能でも、世界そのものが敵に回った状況では、ジリ貧になるのは明白だった。

 

「……当然。貴様一人で、世界の法則に勝てると思ったか?」

 

 アウレオルスが、ゆっくりと歩み寄る。

 その手には、新たな(はり)が握られている。

 彼は上条にトドメを刺す前に、さらなる恐怖を与えようとしていた。「自分の思い通りにならない存在」を、完全に屈服させるために。

 

 

 :

 

 

「っ……」

 

 広間の隅で、瓦礫に身を隠しながら、木寺一桁はその光景を見ていた。

 

 

(あいつ、マジかよ……!?)

 

 やはり、上条当麻は違う。あんなモノを見せられて、圧倒的な戦力差を前に、なお立ち向かう。

 木寺とは次元が違う「ヒーロー」を体現していた。

 

 

 だが。

 

「ぐ、あ……!?」

 

 上条の体を武器が掠る。上条の体が床を転がる。圧倒的物量差を前に、彼の体には次々と生傷が刻まれていった。

 

 まずい。このままでは遠からず直撃。待っているのは死だ。

 

 

(くそ、くそ、なんで、くそが……!!)

 

 木寺は涙目で頭を掻きむしった。

 

 上条が殺される。ステイルはダウン(?)だ。生きてるのか死んでるのかも分からない。そして姫神は横で耐える様に震えている。

 

 自分は? 

 自分は、ここで怯えているだけで終わるのか? 何もできないまま、「その他大勢」として死ぬのか? 

 

(……見ろ。くそ、よく見ろよ。ビビってる場合じゃねえ!)

 

 姫神が、見ている。彼女を助けるために、俺はここまで来たんじゃなかったのか。

 

 ここで殺されるのを待つために、来たわけじゃないはずだ。

 ダセェのも大概にしろ、木寺一桁。

 

 

 

 

「はあ、はあ……!」

 

 木寺は、恐怖で霞む目をこすり、歯の根が合わないのを無理やり噛みしめ、アウレオルスを凝視した。

 影が薄いゆえに培ってきた、観察者の視点。

 誰からも見られないからこそ、誰よりも俯瞰して他人を見てきた経験値。

 

 

 

 

 彼は気づいた。違和感に。

 

 

 

 

 アウレオルスは、圧倒的に有利なはずだ。指一本で上条を殺せるはずだ。

 

 

 なのに、()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 彼は攻撃のたびに、右手の鍼を強く握りしめている。

 

 首筋からは血が流れているのに、さらに新しい治療鍼を刺そうとしている。

 

 

『思ったことが、そのまま現実になる』。

 

 

 それが本当なら、鍼なんていらないはずだ。

 痛みを伴うトリガー。そして、過剰なまでの攻撃回数。

 

 

(思考が現実になる……? いや、逆だ)

 

 

 木寺の脳内で、仮説が組み上がる。

 人間は、雑念の生き物だ。「勝ちたい」と思いながら「負けるかも」と不安になる。「あの子が好きだ」と思いながら「嫌われたらどうしよう」と考える。

 

 もし、本当に「思ったこと全て」が現実になるのなら、戦闘中にふとよぎった「やられるかも」というイメージすらも現実になってしまうはずだ。

 

 だから、彼は鍼で痛みを走らせている。

 

 痛みという強烈な刺激で、脳の雑念をシャットアウトし、思考を「攻撃」一点に強制集中させるために。

 

 

『強く思わなきゃいけない』。

『心の底から、微塵の疑いもなく信じ込まなければ発動しない』。

 

 

 それが、『黄金練成(アルス=マグナ)』の正体であり、最大の弱点。

 

(あいつの弱点は……『不安』だ!)

 

 上条当麻の『幻想殺し』は、魔術を打ち消す。

 それはアウレオルスにとって「未知の恐怖」だ。「自分の思い通りにならない存在」が目の前にいる。

 それが彼のメンタルを揺さぶり、暴走させている。

 

 なら、俺にできることは? 

 俺には異能を消す力はない。魔法も使えない。

 でも「あいつの不安を煽る」ことなら、この場違いな凡人にもできるかもしれない。

 

 

「……()()ッ!」

 

 

 広間の隅から、場違いな叫び声が響いた。

 それは決して英雄的な声ではなく、裏返った情けない声だったが、静寂を裂くには十分だった。

 

「……あいつの話を聞くな! あいつはビビってるだけだ!」

「木寺!?」

 

 血まみれの上条が顔を上げる。

 アウレオルスもまた、不快そうに眉をひそめて木寺を見た。

 

「……騒然(そうぜん)。まだ生きていたか、羽虫め」

「よお……! お前、さっきから鍼ばっか刺して、痛そうだよなあ」

 

 木寺は、姫神の手を離し、フラフラと立ち上がった。

 足が震えている。失禁しそうだ。アウレオルスの視線だけで殺されそうだ。

 でも、ここで俺が喋らなきゃ、全員死ぬ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()? ……()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()!」

「……黙れ」

 

 

 アウレオルスの声が低くなる。

 

 

「図星かよ! お前の能力なんて、所詮は思い込みだ! 上条には勝てねえ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……黙れと言っているッ!!」

 

 アウレオルスが激昂する。

 彼のプライドを、最も痛いところを突かれた。

 怒りの矛先が、上条から木寺に向く。

 だが、それが狙いだった。

 アウレオルスの意識が分散する。「上条を殺さなくては」という一点集中が途切れ、「あの小僧を黙らせろ」という雑念が混じる。

 

 そして何より、アウレオルスはまだ、木寺一桁を「明確な脅威」として認識できていない。

 

「(()()())」

 

 アウレオルスが思考する。

 殺意の波動が木寺を襲う。

 

「あ、あああああああああああ!」

 

 木寺は無様に、カエルのように転がって逃げた。

 

 ズバギャア!! 

 木寺のすぐ横の壁が抉り取られる。

 コンクリート片が頬を打つ。

 当たらない。直撃しない。

 アウレオルスの動揺と、木寺の存在感の希薄さが、照準を狂わせている。

「取るに足らない羽虫」を本気で認識して殺すには、アウレオルスの精神は今、あまりにも不安定すぎた。

 

「はは……! ざまぁみろ、また外したぞ! お前ダーツとか苦手なんじゃねえの!?」

()()()……!」

 

 アウレオルスが鍼を取り出し、首に突き立てようとする。

 だが、その動作は一瞬遅れた。

 木寺という「ノイズ」に気を取られたその一瞬が、致命的な隙となった。

 

「今だアアア上条オオオオオオ!!」

 

 木寺一桁の命がけの挑発が作った、ほんの数秒の空白。

 それを逃す上条当麻ではなかった。

 

 

「おおおおおおおッ!!」

 

 

 上条が雄叫びを上げて突っ込む。

 全身の痛みを無視し、流れ出る血を拭いもせず、最短距離で錬金術師の懐へと迫る。

 その姿は、計算高い魔術師の戦いではない。ただの泥臭い、喧嘩(ステゴロ)の突撃だ。

 

「くっ……離れろ! (弾き飛ばせ)!」

 

 アウレオルスは慌てて思考するが、鍼によるブーストがない思考は、恐怖という雑音混じりで脆弱だった。

 不可視の衝撃波が上条を襲うが、上条は右手を前に突き出し、薄氷を割るように強引に突破する。

 

 

「なぜだ……なぜ消える! なぜ私の思い通りにならない!」

「お前の都合なんか知るかよ! 他の生徒はお前の道具じゃねえ! 姫神もお前の生贄じゃねえ! 勝手に絶望して、勝手に他人を巻き込むな!」

 

 

 上条の拳が、アウレオルスの顔面に迫る。

 あと数メートル。その距離で、追い詰められたアウレオルスの脳裏に、最大の「恐怖」がよぎった。

 

(こいつは……私の能力を無効化する……? なら、私の肉体も……?)

 

 もし、あの右手が私に触れたら? 

 私の存在そのものが、『黄金練成』で作られたこの世界ごと消滅させられるのではないか? 

 それは根拠のない妄想だ。本来の『幻想殺し』にそんな力はない。

 だが、不安に蝕まれた今の彼には、それが「確定した未来」のように思えてしまった。

 万能であるがゆえに、自分の抱いた「負の想像」さえも、現実として出力してしまう。

 恐怖を振り払わなければならない。

 確実に、絶対に、こいつを止めなければならない。

 物理的な衝撃波ではダメだ。武器でもダメだ。

 もっと根本的な、生命活動そのものを停止させる命令を。

 

 

「(死ね)」

 

 

 アウレオルスは、眼球が飛び出さんばかりに見開き、最大級の殺意と恐怖を込めて思考した。

 物理現象ではない。

「上条当麻は死ぬ」という結果を、世界に強制的に書き込む一撃。

 

 ズシャッ!! 

 乾いた音が、広間に響いた。

 鮮血が、スプリンクラーのように舞い散った。

 

「…………え?」

 

 木寺の思考が停止した。

 突進していた上条当麻の右腕が、肩からすっぱりと切断され、宙を舞っていた。

 赤い液体がドクドクと溢れ、床を汚していく。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 姫神が悲鳴を上げる。

 上条の体勢が崩れ、大量の血を噴き出しながら膝をつく。

 切断された右腕は、無残にも床に転がり、ピクリとも動かない。

 

『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が、斬り落とされた。

 唯一の対抗手段が、失われた。

 

「は、はは……! やった……勝ったぞ……! 必然! 私は勝ったんだ!」

 

 アウレオルスが、血に濡れた顔で狂喜の笑みを浮かべる。

 最大の障害は排除された。恐怖の源は断たれた。

 これで、私の世界は完成する。

 

 

 

 だが。

 

 木寺は見た。

 

 

 

 

 絶望に染まる視界の端で、信じられない現象が起きているのを。

 切断された上条の右肩。

 そこから噴き出す鮮血の奥から、血ではない「何か」が溢れ出していた。

 それは透明で。

 陽炎のように揺らめいていて。

 でも、空気などとは比較にならない、圧倒的な質量と「意志」を持った何か。

 

(……なんだ、あれ?)

 

 木寺の凡人の眼(リアリティ)が、本能的な恐怖でそれを捉える。

 それは、見てはいけないものだ。

 科学とか魔術とか、そういうカテゴライズを超えた、もっと根源的な「力」の奔流。

 神の領域にあるはずの『黄金練成』ですら霞むほどの、原初の畏怖。

 

「……あ……?」

 

 アウレオルスの笑顔が、急速に凍りついていく。

 彼もまた、見てしまったのだ。

 自分が切り落とした右腕の断面から現れた、自分自身の恐怖の象徴を。

 

「はは」

 

 少年が笑う。

 

 

 

 

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

 

 

 

 

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

 

 

 

 

 

 

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

 

ははははははははははははははははははははははははは」

 

 

 

 

 

 

 あるいは、上条当麻という器の中に眠っていた、「本物」の怪物が。

 

 

 

 

『────────』

 

 

 

 

 

 

 音のない咆哮が、三沢塾のビル全体を震わせた。

 透明な何かが、鎌首をもたげるように出現した。

 それは巨大な竜の(あぎと)

 神話の怪物すら捕食する、正体不明のエネルギーの塊。

 

「ひ、あ、あああああああッ!!?」

 

 アウレオルスが悲鳴を上げる。

 理解できない。なぜだ。腕を切れば能力は消えるはずだ。

 なのになぜ、能力の本体のようなものが出てくる!? 

 

「怖い」「ありえない」「助けてくれ」。

 

 彼の脳内を埋め尽くした恐怖が、黄金練成を通じて現実を侵食し、竜の姿をより強固に、より凶悪に固定していく。

 彼自身の「不安」が、竜に餌を与えてしまったのだ。

 

「来るな! 消えろ! 消えてくれぇぇぇッ!」

 

 アウレオルスは錯乱し、無数の武器を生成して竜にぶつける。

 だが、竜王の顎はそれら全てを、アウレオルスの黄金練成ごとバリボリと噛み砕き、飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

 血まみれの上条が、薄ら笑いのようなものを浮かべて、続けた。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

「ひ、…………」

 

 アウレオルスが、凍り付く。彼の時間が止まる。

 

 

「否! 否! いやだあああああッ!」

 

 透明な竜が、アウレオルスに襲いかかる。

 それは彼自身の恐怖心が生み出した、自滅の牙だった。

 

 

 

 

 

「あはははははははははははははは」「あはははははははははは「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 アウレオルスの身体が、竜の顎に喰らいつかれ、丸呑みにされた。

 

 彼の作り出した黄金の結界が、主を失い、ガラス細工のように粉々に砕け散っていく。

 

 三沢塾の夜空に、透明な竜の咆哮が響き渡り、そして静寂が訪れた。

 

 

 

 勝負は、決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着の後。

 三沢塾を覆っていた結界は霧散し、二〇〇〇人の生徒たちは解放された。

 

 奇跡的に、犠牲者は最初の十三騎士団の一名だけだったという。

 起こした事件の規模に対し、こんな事は2000年の魔術の歴史の中でも三回目だとステイルが言った。

 

 被害者たちに対しては、何らかのカバーストーリーが付与されるらしい。終わってみればあっさりとした結末だった。

 

 

 ビルの外。

 救急隊や警備員(アンチスキル)のパトランプが、夜の闇を赤く染め上げている。

 

 その喧騒から少し離れた路地裏に、三人の姿があった。

 上条当麻は、救急車の横で座り込み、隊員の手当てを拒否していた。

 不思議なことに、彼の切断されたはずの右腕は、何事もなかったかのように繋がっていた。

 傷跡一つない。ただ、袖が破れているだけだ。

 あれが竜の力なのか、それとも『幻想殺し』の特性なのか。あるいはアウレオルスの最後の良心がそうさせたのか。

 

 真相は闇の中だ。

 

 木寺一桁は、自動販売機で買った缶コーヒーを握りしめ、ステイル=マグヌスに話しかけた。

 

「てか、お前……あんなやべえ状態からよく元の体に戻れたな……」

「黄金錬成の効力が解けた以上、僕の体も修復される。当たり前の道理だろう」

 

 つまらなそうにステイルは言う。

 

 いや、えらいやばい感じになってた……人肉プラネタリウムみたいだったぞと木寺は言うが、もうこれ以上その話はしたくないのか、ステイルは彼を睨みつけて黙らせた。

 

 二人の間にしばらく沈黙が落ちる。

 

「……、」

 

 木寺はしばし逡巡して、問う事をどこか避けていた事を聞くことにした。

 どうしても、気になったのだ。

 

 

「……なぁ、ステイル。あいつ……アウレオルスはこれからどうなるんだ?」

 

 

 ステイルは煙草の煙を長く吐き出し、夜空を見上げた。

 

「生きてはいるよ。……だが、魔術師としてのアウレオルス=イザードは死んだ」

「どういうことだ?」

「『必要悪の教会(ネセサリウス)』による事後処理だ。奴の経歴は無くなり、顔も変わる」

 

 ステイルは淡々と告げた。

 

「奴はもう、錬金術師ではない。過去の記憶も、インデックスへの執着も、魔術の知識もすべて失った。……ただの一般人として、どこかの街へ放逐される」

「……記憶」

「どうやら、奴本人が最後にイメージしたのは、自分の記憶……魂を竜に食われる、といったものだったらしい。だからあの男の右手で奴の体には傷一つついていない。結局ハッタリだけでどうにかしたわけだ、あの男は」

「……」

 

 事務的な口調でステイルが言う。

 

 木寺は上条を一瞥し、その後三沢塾の方に顔を向けた。

 

 

 木寺は思う。

 

 

 

 

 もしかしてアウレオルスは。本当に本当に心の奥底では。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自らを──

 

 

 

 

「殺されないだけマシだと思え。あれだけの事件を起こしたんだ。本来なら処刑されても文句は言えない」

 

 複雑な表情を浮かべる木寺を見て、ステイルは吸殻をその辺に雑に投げ捨てた。

 その横顔には、かつての同胞に対する、わずかながらの情けが見え隠れしていた。

 死なせるよりは、別人として生き直させた方がいい。それが、彼なりの温情なのだろう。

 

「……そうかよ」

 

 

 

(……あいつも、主人公だったんだな)

 

 

 木寺はふと、そんなことを思った。

 3年前。インデックスを救うために奔走し、組織に抗い、禁断の力に手を染めた男。

 その物語の主人公は、間違いなくアウレオルスだったはずだ。

 彼もまた、上条当麻と同じように、誰かを救おうと足掻いたヒーローだったのだ。

 

 ただ、どこかで道を間違えた。

 孤独に耐えきれず、自分の妄想に飲み込まれてしまった。

 その成れの果てが、今の姿だ。

 

「……ちくしょう」

 

 木寺は呟いた。他人事ではない気がした。

 自分もまた「何者にもなれない」苦しみを知る者として、道を踏み外した彼に、少しだけ同質の痛みを感じてしまったのだ。

 

 もし、自分がアウレオルスと同じ力を求め、手に入れていたら。

 自分もまた、あんな風に狂っていたかもしれない。

 

 

 だけど、だけど、それでも。

 

 木寺の根底には、力への憧憬とコンプレックスがある。

 

 それは、どうやっても、拭い去れない。

 

 それが彼の弱さだった。

 

 

 

 

「……アウレオルス、イザードか……」

 

 

 木寺は飲み干した空き缶をゴミ箱に投げ入れた。

 

 無機質な伽藍堂の音が、一つの物語の終わりを告げた。

 

 木寺は彼の名前を、覚えておこうと思った。

 

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

 深夜一時過ぎ。

 騒動が一段落し、四人はそれぞれの帰路につくことになった。

 

「……いたた。全身筋肉痛だ。不幸だー……」

 

 上条当麻は、いつもの決まり文句を口にしたが、その顔には安堵の色があった。

 彼は自分の右手を握ったり開いたりして、感触を確かめている。

 病院は明日行くらしい。大丈夫だろうか、こいつ。

 

「……木寺。ありがとな」

 

 ふと。上条が、真剣な目で言った。

 

「お前がいなきゃ、俺は死んでた。あの時の挑発、最高に効いてたわ。……お前は、やっぱすげえな」

「……バカ野郎。お前の方が一億倍すげえよ」

 

 木寺はそっぽを向いた。

 上条当麻に認められた。

 それは確かに嬉しかった。だけど、それ以上に……それより遥かに頭をもたげることがある。

 

 

 

 

 

(上条……()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

「……じゃな。あ、そういや夏休みの宿題の残りが……頼む今度見せてくれ木寺!」

「自分でやれっつーの!」

 

 上条は手を振って、コンビニの方へと歩き去っていった。

 ステイルもまた、無言で闇の中へと消えていった。

 

 

「………………」

「…………………………」

 

 

 

 残されたのは、木寺と、姫神秋沙。

 姫神は、木寺の隣を静かに歩いていた。

 

 彼女の首には、ステイルが置いていったケルト十字の首飾りがかけられていた。これで、彼女の『吸血殺し』の能力は封じられた。

 もう、血の匂いに吸血鬼が寄ってくることはない。

 

「……行く当て、あるのか?」

 

 木寺が尋ねると、姫神は小さく頷いた。

 

「……うん。上条が、先生に頼んでくれた。……小萌先生という人の家に、お世話になることになった」

「そっか。あの先生なら安心だな」

 

 木寺はホッと息をついた。

 彼女の居場所ができた。それが何より嬉しかった。

 

(冷静に考えたら小萌先生大天使すぎねえか? 自分の家吹き飛んで大変だったってのに……)

 

 

 そして。

 二人は、夜の交差点で立ち止まった。

 ここから先は、別々の道だ。

 

「……ねえ」

 

 姫神が、木寺の服の裾を掴んだ。

 上目遣いに、黒い瞳が木寺を見つめる。

 

「……また、会える?」

 

 その声は、ファストフード店で会った時の無機質なものではなく、年相応の少女の不安と期待が入り混じったものだった。

 木寺は一瞬きょとんとして、それから、今日一番の自然な笑顔を浮かべた。

 

「ああ。いつでも会えるよ。……俺は、いつもその辺にいるからな。影が薄くて見つからないかもしれないけど」

「……見つける」

 

 姫神は、確信を持って言った。

 

「血の匂いがしなくても……あなたの匂いでわかるから」

「俺くせえの!?」

 

 木寺がツッコミを入れると、姫神の口元が微かに緩んだ。

 初めて見る、彼女の本当の笑顔だった。

 

「……ありがとう。木寺」

 

 姫神はぺこりと頭を下げ、小萌先生の家がある方向へと歩き出した。

 

 その背中は、もう孤独ではなかった。

 木寺一桁は、彼女が見えなくなるまで見送った後、大きく伸びをした。

 

 

「……さてと。帰るか」

 

 

 ポケットの中には、五〇〇円玉が一枚。

 全財産だ。晩飯を食う金もない。

 全身は泥だらけで、明日は筋肉痛確定。

 事件解決の手柄は上条とステイルのもので、自分の名前は多分、どこにも残らない。

 

 相変わらずの、その他大勢の枠組み。

 だが、夜の風は、何故か心地よかった。

 

「……マジできつすぎる一日だったな」

 

 木寺は、月に向かって呟いた。

 世界を救ったわけじゃない。

 

 でも、たった一人の少女の「世界」は、確かに掬い上げたのだ。

 

 夏休みは、まだ半ばやそこらだ。

 

 次はどんな理不尽が待っているのか。

 

 

 

 少しだけ、少しだけ……深呼吸して、前を向ける自分がいた。

 








吸血殺し編、完。
姫神さんを「ヒロインになれなかった子」なんて言わせねえ!(早口)
というテンションでしたが何故か存在感が……?

次回から新章、過去編です。陰キャがクラスでやらかします(上里編の上条さんとクラスメイトのギスギスよりやらかすので超注意です汗)
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