とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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空白少年の消失(7)

 

 

 六月三十日。夏休みがそろそろ気配を覗かせてくる時節。

 

 生徒たちの笑い声が反響する中、世紀末引きこもりKIDERAは教室の前で一人、立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「……入り、づれえぇ〜~~」

 

 

 彼は、右肩に回された包帯の上から制服を着ていた。

 ロボット暴走事件での負傷は完治していないが、通学には支障ないレベルまで回復している。だが、物理的な傷よりも、精神的なハードルの方が随分高かった。

 

 

(どんな顔して入ればいいんですかいいんですねいいんだよの三段活用……ッッ!?)

 

 

 四月。彼はクラスメイトに罵声を浴びせ、拒絶した。

 

 五月。誰とも口を利かず、透明人間として過ごした。

 

 そして六月。勝手に事故って、長らく休んだ。

 

 

 木寺は教室の前で身悶えし、頭を抱える。

 クラスメイトからすれば、「扱いにくいメンヘラが、なんか怪我して戻ってきたな」程度の認識だろう。

 

 腫れ物扱いされるか。あるいは、徹底的に無視されるか。どちらにせよ、居心地が悪いことには変わりない。

 盛大に事故って血が抜けたおかげか、今の木寺はいつもより冷静だった。それゆえに、自分の黒歴史を割と客観視出来ていた。

 

 

「あー……帰るか〜」

 

 

 木寺が踵を返そうとした、その時。背後から、ガラリッ……! と勢いよく引き戸が開いた。

 

「おっ! やっぱり木寺はんやーん! 気配薄いから見逃すトコやったわー!」

 

 その声に、木寺の心臓がビクついた。振り返ると、そこにはにちゃあと笑う青髪ピアスと、その後ろに上条当麻、土御門元春が立っていた。

 

「……あ、青ピ」

「なんや水臭い! 退院したなら真っ先に連絡せーよ! ボクらお前さんの机に花瓶供える準備しとったのに!」

「縁起でもねえこと言うな!」

 

 上条が青髪の頭をスリッパで叩く。いつもの光景。だが、木寺にとっては数ヶ月ぶりの、至近距離での、この場所での、「高校生の会話」だった。

 

「……よ、木寺。調子どうだ?」

 

 上条が、いつもの笑顔で真っ直ぐに聞いてきた。その瞳には、四月の時にあった「憐れみ」ではなく、対等な友人としての「気遣い」があった。

 

「……ああ。まだちょっと痛むけど、全然平気だ」

「そっか。よかった」

 

 上条は、安堵したように息を吐いた。その空気が、木寺の緊張を少しだけ解いた。

 

「……にゃー。立ち話もなんだぜよ。とりあえず中に入れよ」

 

 土御門が背中を押す。木寺は抵抗できず、教室の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 :

 

 

 

 教室に入ると、数人の生徒がまずこちらを見た。木寺は身構えた。

 ヒソヒソ話が聞こえてくるんじゃないか。「あいつマジで戻ってきたよ」的な冷笑が飛んでくるんじゃないか。

 

 

 だが。

 

 

「あ、木寺くん。退院したんだ?」

「ロボット止めたって本当? すっげーじゃん」

「ノート、溜まってる分コピーしといたから、後で取りに来てね~」

 

 飛んできたのは、驚くほど「普通」の、そして好意的な言葉たちだった。木寺は目を白黒させた。

 

 

(……なんだ、これ?)

 

 無視されると思っていた。

 軽蔑されていると思っていた。

 上条達や吹寄とはそりゃ、多少はあれをきっかけに話せるようにようにはなったが……

 なのに、みんながみんな普通に話しかけてくる。

 まるで、四月からの騒動なんてなかったことのように。あるいは、「そういう時期もあったよね」とすっかり水に流れてしまったかのように。

 ……あるいは、お節介な誰かが、ちゃんと、場所を温めてくれたかのように。

 

「……木寺。ボサッとしてないで早く座りなさい」

 

 平坦な声が飛んできた。教卓の前で、吹寄制理が腕を組んで立っていた。

 

「ふ、吹寄……」

「何そのマヌケ面。……退院おめでとう。でも、掃除当番、委員の仕事の借りはきっちり返してもらうから覚悟しときなさい」

 

 彼女は、以前のような「汚いものを見る目」をしていなかった。厳しいけれど、そこには「クラスの一員」として木寺を認める強い光があった。

 

 

「……それと、」

 

 

 吹寄は、少し言い淀んでから、小声で付け加えた。

 

「お帰りなさい……無事で、本当によかったわ」

「え?」

「一回しか言わないわよ! ……ほら、席に着く!」

 

 吹寄は顔を背け、黒板を消し始めた。なんだそのリアクション?

 

 木寺は、自分の席──窓際の一番後ろの席に向かった。机の上には、埃ひとつない。誰かが拭いてくれていたのだ。そして、机の中には、授業のプリントが綺麗に整理されて入っていた。

 

「……マジか」

 

 木寺は、椅子に座った。お尻に伝わる硬い感触。ここは、針の(むしろ)だと思っていた。でも今は……不思議と落ち着く。

 

 

(俺の席、まだあったんだな)

 

 

 彼は、窓の外を見た。

 空は青く、早くも入道雲(積乱雲か?)が湧き上がっていた。世界は何も変わっていない。変わったのは、彼の「見え方」と、周りの「受け入れ方」だけだ。

 

 

 

 

 :

 

 

 

 ホームルームが終わると、三バカが木寺の席を取り囲んだ。

 

「よし! 木寺、帰るぞ!」

「え? ああ、さよなら」

「アホか! 家やない! 『我らのオアシス』へ帰るんや!」

 

 青髪ピアスが、木寺の腕を掴む。

 

「は? オアシス?」

「駅前のカラオケ『ガチねこ』や! 今日は木寺はんの『快気祝い』兼『早めの一学期お疲れ会』や!」

「オアシスってのはまあ、女子と至近距離でいれる的な意味だぜよ」

「……!? ええっ!? いや、俺はいいわ! 金ないし、まだ肩痛えし……」

 

 木寺は慌てて拒否した。クラスで普通に接してもらえるようになっただけで十分だ。

 これ以上、彼らの輪の中に入っていくのは怖い。また何か失敗して、嫌われるのが怖い。何より、盛り上がっている彼らの中で、自分だけが浮いてしまうのが目に見えていた。

 

「金なら心配すんな。カミやんが払う」

「だからなんでだよ! 割り勘だろ!」

「肩が痛いなら歌わんでええ! タンバリン叩いとけ!」

「それ肩に負担かけてるぜよ」

 

 問答無用。土御門が反対側の腕を掴む。

 

「……というわけで、諦めろ、木寺。……今日の俺たちは、テコでも動かねぇぞ」

 

 土御門のグラサンが妖しく光る。

 

「四月の打ち上げ、お前バックれたろ? ……その時の借りを、今日返してもらうぜよ」

「……っ」

 

 四月。「俺が行っても盛り下げるだけだ」と言って逃げた日。あれからもう、随分と経った。

 

(……逃げちゃ、ダメなのか?)

 

 木寺は、三人の顔を見た。上条は「観念しろ」と苦笑いしている。青髪は「逃がさんでー」とニヤついている。土御門は、無言で圧をかけている。

 

 そして、その後ろで、吹寄が荷物をまとめていた。

 

「吹寄も……行くのか?」

「当たり前じゃない。監視役も兼ねてね。アンタたちが羽目を外して補導されないように」

 

 吹寄は、鞄を持った。

 

「それに……そもそも今日は『全員参加』がルールだから。欠席は絶対認めないわ」

 

 全員参加。その中には、当然、木寺一桁も含まれている。

 

 

「……あ……、わかっ、た……」

 

 

 木寺は、観念して立ち上がった。

 

「行くよ。行かせて頂きます行けばいいんだろの二段活用」

「よっしゃあ! 木寺確保ォ! 連行するでぇ!」

「おおー!」

 

 こうして、木寺一桁は、三ヶ月越しに「クラスの輪」へと強制連行されることになった。

 

 

 

 :

 

 

 

 カラオケ「ガチねこ」の一室。大音量の音楽と、極彩色の照明。テーブルには、唐揚げとか、ラーメンとか、そして悪乗りしたメロンソーダアイスタワーが鎮座している。

 

 

「ウヒイェェェェェイオオ! きたる夏休み万歳ーッ!」

 

 

 青髪ピアスがマイクを握りしめ、アニソンを熱唱している。上条と土御門が、マラカスを振って合いの手を入れている。吹寄は、リモコンで次の曲を検索しながら、何か健康食をつまんでいる。

 

 カオスだ。熱気がすごい。

 

 その部屋の隅っこ。ドアに一番近い席で、木寺一桁は空のコップを持ち、石のように固まっていた。

 

 

(……やっぱり、場違いだアア!)

 

 

 木寺は、心の中で嘆いた。

 うるさい。眩しい。テンションについていけない。

 みんな楽しそうだ。でも、自分だけがその波に乗れていない。

 誰も木寺に話を振ってこない。いや、気を使って「そっとしておいてくれている」のかもしれないが、それが逆に疎外感を煽る。

 なぜか上条たちも遠い席に座るし……なんだこれ。

 

 

(帰りたい……サバ缶食って寝てええ……)

 

 

 木寺は、時計を見た。まだ十五分しか経っていない。あと二時間半もある。きっつい。

 

「……木寺」

 

 と。隣に、誰かが座った。遅まきながらの上条当麻だった。彼は、マラカスを置いて、誰かのウーロン茶を木寺のコップに注いだ。

 

「……退屈か?」

「……いや、別に。賑やかでいいんじゃないか? うん」

 

 木寺は強がった。「つまらない」なんて言ったら、空気が凍る。四月の二の舞いだろう。

 

 

「無理すんなって。……お前がこういうのあんま得意じゃねえのは知ってる。しかも、復帰そこそこだしな」

 

 上条は、菓子の袋を1つ開けた。

 

「でもさ。……今日は俺たちの我儘な『リハビリ』だと思ってくれよ」

「リハビリ?」

「ああ。……お前を、普通の高校生……的なもんに強制的に戻すためのな」

 

 上条は、マイクを握っている青髪を指差した。

 

「あいつらもわかってるんだよ。お前がいきなり『ウェーイ!』ってなれる奴じゃないってことくらい。……だから、無理に歌わなくていい。ただ、ここにいて、同じもん食って、同じ空気吸ってるだけでいいんだ」

「……何だよそれ。俺は狸の置物かよ」

「置物でもいいじゃねえか……俺はとにかく『そこにいる』ってことが大事だって思うんだ」

 

 上条は、木寺の肩を軽く叩いた。

 

「俺たちは、お前が『いない』ことに慣れすぎちまった。……だから今日は、お前が『いる』ことを確認したいんだよ」

 

 木寺は、ウーロン茶の水面を見つめた。

 俺が……いることを確認したい。

 そんなことを言ってくれる奴らがいる。

 

 

(ああ……変な奴らだ)

 

 木寺は、少しだけ肩の力を抜いた。

 盛り上がらなくていい。無理して笑わなくていい。

 ただ、ここに座って、適当に飲んでいればいい。それが「参加」だと認めてくれるなら、まあ……悪くないのかもしれない。

 

 

 :

 

 

 だがその時。

 曲が終わり、静寂が訪れたタイミングで、青髪ピアスという馬鹿がマイクを持って木寺の方を向いた。

 

「さて! ここで本日の主役、木寺はんにインタビューやあああ!!!!!」

 

「……つぇ!?」木寺が素っ頓狂な声を上げる。

 

「おお! みんな気になってるんやで!! あのロボット事件の真相! ……実際、どうやったん? 怖くなかったん? お? 答ええやあー!!」

 

 青髪が変なテンションでマイクを向けてくる。全員の視線が木寺に集まる。吹寄も、土御門も、彼の反応に興味津々という顔だ。

 

 

「え、いや、そのっ……ツァ……」

 

 木寺はしどろもどろになった。武勇伝なんて語れない。あれは、ただ必死だっただけだ。無様で、意味の分からん無茶苦茶なタックルだ。

 

「そりゃ……怖かったよ。足も、超絶ガクついてたし…………」

 

 木寺は、正直に言った。

 

「俺は能力もないし、マジで死ぬかと思った。……でも、なんか、女の子が泣いてたから……それで、気づいたら、なんか……突っ込んで、て…………」

「……カッコええやん」

 

「……素敵やん」

 なぜか言い直した青髪が、真面目なトーンで続けた。

 

「それが一番カッコええんや。……能力でドヤ顔で助けるより、よっぽどヒーローやで」

「……そうよ」

 

 吹寄も口を開いた。

 

「アンタにしては上出来よ。……私は見直したわ」

「かっ……いや、あ…………」

 

 木寺は本当に恥ずかしそうに俯いた。褒められることに慣れていない。どう反応していいかわからない。

 

「はいはいじゃあ、そんなヒーロー木寺はんに本日は一曲歌ってもらいましょー!」

「はあ!? 流れがおかしいだろーがよ!!」

「ええからええから! リハビリや!」

 

 マイクが押し付けられる。曲が入る。誰もが知っている、流行りのアニメソング。

 

「……歌えねえって、こんなの」

「サビだけでいいから!」

「音痴だぞ俺!」

 

 木寺は観念して、マイクを口に近づけた。画面の歌詞を追う。

 

 

『♪ (震え声)』

 

 

 ひどい歌声だった。音程は外れ、声は裏返り、リズムも合っていない。だが、誰も笑わなかった。いや、笑っていたが、それは「嘲笑」ではなかった。

 

 

「がんばれー!」「音程迷子だぞー!」「そこはシャウトだろ!」

 

 

 上条たちが、タンバリンを叩いて盛り上げる。木寺の拙い歌を、全力でサポートする。

 

(……いや、なんだ、これ…………)

 

 木寺は、歌いながら思った。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。でも、楽しい。

 

 自分の下手くそな歌が、この空間の一部になっている。拒絶されていない。受け入れられている。「ダメな木寺」も込みで、ここにいていいと言われている気がした。

 

 

 曲が終わる。拍手が起きる。

 

 

 木寺はマイクを置いて、ソファに沈んだ。

 

 

 

「最高やったで! 木寺節炸裂や!」

「喉乾いたろ。ほら、コーラ」

 

 上条が新しいドリンクを渡してくれる。木寺はそれを受け取り、一気に飲み干した。乾いた喉が潤っていく。それが、生きている実感のように思えた。

 

 

 

 :

 

 

 

 三時間の狂気の宴が終わり、彼らは店を出た。

 外はすっかり夜になっていた。蒸し暑い夜風が、若者たちの熱気を攪拌していく。

 

「あー、歌った歌ったー!」

「明日の授業、寝そうだわー」

 

 みんな、満足げな顔をしている。木寺も、疲れ切ってはいたが、胸の奥にあった重い淀みが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

 

「……木寺」

 

 帰り道、吹寄がふと、隣に来た。

 

「……何だよ」

「アンタ、意外と声大きいのね」

「悪かったな、騒音まき散らして」

「ううん。……なんか、アンタが生きてる……って感じで、結構良かったわよ」

 

 吹寄は、少しだけ微笑んだ。鉄壁の女の、珍しいデレ。

 

「……次のクラス行事も、参加しなさいよ。っていうか、これ強制だから」

「……善処するわ」

 

 木寺は、曖昧に答えた。でも、それは「拒絶」ではなく、明らかに「保留」のニュアンスだった。

 

 

 

 

 交差点で、みんなと別れる。「じゃあな」「また明日ぁ」手を振り合う。

 

 一人になった帰り道。木寺は、自分の右手を見た。マイクを握っていた感触が、まだ残っている。

 

 

「……仲間、か」

 

 四月。自分から切り捨てた関係性。でも、彼らは繋ぎ止めていてくれた。俺がどんなに腐っても、透明になろうとしても、また、俺の手を離さないで、取ってくれた。

 

 

 

「……ありがとな」

 

 

 

 誰にともなく、誰かへと呟いた。彼は頭を掻いて、ひとつ深呼吸する。

 

 

「帰り……サバ缶、プレミアムいくか?」

 

 

 今日は、少しだけ高いやつを買おう。自分への、ささやかな退院祝いとして。

 

 

 

 六月の終わり。こうして木寺一桁は、自分はクラスの一員だと、「完全証明」したのだった。

 

 

 この三週間後。

 とある魔術の事件に彼が巻き込まれていくのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの数日後。

 サバ缶が好きなとある少女と「たまたま」出会うのは。

 

 もっと別の話である。

 










木寺孤独編、完。
次回、常盤台のやべーやつ登場です。
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