とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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ラッキースケベの男

 

 

 学生寮のエレベーターは、今日も元気に点検中だった。

 

「点検中」の黄色い札が下がっているのを見るのは、今週に入って三度目だ。

 この寮の設備管理はどうなっているんだ。管理会社がサボっているのか、それとも上条の不幸が建物全体に感染してインフラを破壊しているのか。

 

 

 

「……はぁ。面白いですねえ」

 木寺は舌打ちしながら、非常階段を上り始めた。一段上るごとに、両手に食い込むレジ袋の重みが増していく気がする。

 

 

 後ろには、黙々とついてくる御坂妹の姿がある。

 彼女は息一つ乱さず、まるで影のように追従してくる。

 

 

「……あのさ、ホントにここまででいいから。悪いし」

「目標地点まであと少しです。任務の完遂を優先します、とミサカは主張します」

「だから任務じゃねえって……」

 

 木寺の部屋は八階だ。この蒸し暑い中、階段で八階。地味にキツイ苦行だ。汗だくになりながら、ようやく七階の踊り場にたどり着いた時だった。

 

 

「にゃー、こらスフィンクス待つんだ。そっちは他人の部屋だぞー」

「……待って。猫。待って。速すぎる」

 

 

 廊下から、のんびりした声と、対照的に淡々とした声が聞こえてきた。

 女の子の声だ。二人いる。

 一人は割と頻繁に聞く、語尾を伸ばしたような声。もう一人は、どこか眠そうな、しかし特徴的なリズムを持つ声。

 

 

 

「……あいつら、帰ってきたのか?」

 

 いや、上条たちは昨日の今日神奈川の海に行ったばかり。予定が変わって帰ってきたにしても早すぎる。

 

 木寺が手すりから覗き込むと、七階の廊下、上条の部屋の前で、二人の少女が何かを追いかけ回していた。

 

 一人は、フリルのついたメイド服という、秋葉原でもそうそう見かけない奇抜な格好をした少女。土御門元春の義理の妹、土御門舞夏だ。

 彼女はなぜか掃除用ロボットの上に乗って移動している。

 

 

 そしてもう一人は、長い黒髪に巫女装束のような服を着た少女。そう、しばらくぶりの姫神であった。

 

 

 

「……おい、何してんだお前ら」

 

 木寺が声をかけると、二人はぴた……と動きを止め、顔を上げた。

 

「お、木寺一桁じゃないか。おかえりー」

「……木寺。おかえり」

 

 舞夏がのんびりと手を振った。姫神は無表情のまま、ペコリとご丁寧に頭を下げた。

 

「どうも。……で? なんでお前らがここにいるんだ? 他の連中は?」

「上条当麻と兄は神奈川だぞー。今は青春真っ只中だぞー」

 

 舞夏がロボから降りて答えた。

 

「やっぱり。じゃあ、なんでお前らが……」

「私は上条当麻に頼まれたんだ。スフィンクスの世話を頼む! お前しか頼れる奴がいねえんだ! ってなんか泣きつかれてなー」

 

 なるほど。今回の旅行で猫とともにインデックスを家に放置するわけにもいかない。そこで、最強の家事手伝いメイドである舞夏に白羽の矢が立ったわけか。

 

 

「で、姫神は?」

 

 木寺は隣の巫女装束を見た。そもそもこいつらってつるんでたんだ、という軽い驚き。

 

「……私は、舞夏の友達」

 姫神がボソッと言った。

 

 

「舞夏から猫の世話をしに行くってメールが来た。……私は猫が好き。舞夏も好き。だから、ついてきた」

「そうそう。姫神は私のメイド道の弟子みたいなもんだからなー。一緒に猫を愛でに来たんだ」

「……ふうん」

 

 舞夏が姫神の肩を軽い調子で叩く。姫神は無表情だが、嫌がってはいないようだ。

 意外な組み合わせだが、どうやら本当に仲が良いらしい。

 

 

「で? さっきから何騒いでたんだ?」

「それがなー、スフィンクスにノミがついてたみたいでさー」

 

 舞夏が困ったように言った。

 

「薬は使ったんだけど、痒がって暴れて、ほら、また部屋の隅に逃げ込んだみたいで捕まらないんだ。バルサン焚くわけにもいかないしなー」

「猫。かゆそう。かわいそうだから私たちが代わってあげたい」

「いや代わるなよ。ノミはきついぞ」

 

 

 木寺はツッコミを入れた。古い寮だ、畳の隙間に入り込まれたら面倒くさい。木寺は同情した。

 

 

「……対象の捕獲及びノミの駆除なら、ミサカにお任せください、とミサカは専門知識を披露するチャンスを伺います」

 

 

 と、突然、木寺の背後から声がした。舞夏と姫神が、キョトリとして木寺の後ろを見た。

 

 

「あれ? 誰か連れてるのかー? ……って御坂?」

「……あ、え、御坂美琴? でも……、にしては、雰囲気が違う……」

 

 

 舞夏が軽く驚く。姫神も目を丸くした。彼女たちは美琴のことを知っている。そりゃ常盤台の有名人だからな、と木寺は思う。同時にかなり焦る。

 

「あっいや、これはその……」

 木寺が説明しようとする前に、御坂妹が一歩前に出た。彼女はジュースの袋を床に置き、ゴーグルをカチャリと調整した。

 

「微弱な電流を流すことで、ノミの神経系を麻痺させ、強制的に体表から剥離させることが可能です。また、高周波振動により畳の隙間から追い出すことも容易です、とミサカは効率的なプランを提示します」

「……へえー。なんか凄そうだなー」

 

 舞夏が感心したように言った。

 

「ていうか、あんた誰だー? ご本人にしか見えないけど、流石にこんなところに超電磁砲がいるわけないしなー」

 木寺は知らなかったが、舞夏は仕事柄常盤台の女子寮に赴くこともある。軽く面識があったようだ。

「はい。ミサカは御坂美琴の妹です、とミサカは設定を遵守します」

「妹!? へえー、御坂に妹いたんだなー!」

 

 舞夏は疑うことなく受け入れた。まあ、顔が同じならそう思うのが普通だ。

 

「……似てる。似すぎ……」

 姫神がいぶかしがるように、ボソッと言った。吸血殺しの能力を持つ彼女には、何か独特な感覚があるのかもしれない。あるいは、単なる天然か。

 

 

 

 :

 

 

 

「じゃあせっかくだしミサカ妹にお願いしていいかー?」

 

 そして舞夏が、ようやく捕まえたスフィンクスを差し出した。御坂妹は頷き、猫を受け取ると、指先から微弱な電気を散らしながら、器用に猫の体を撫でていく。

 

「……ターゲット捕捉。駆除完了。……次は室内の残留個体です、とミサカは掃討戦に移行します」

 

 御坂妹は上条の部屋へと入っていった。

 

 その後ろ姿を見送りながら、舞夏が木寺にニヤニヤと笑いかけた。

 

 

「にしても。やるなー、木寺一桁。あんな美少女連れ込んで」

「連れ込んでねえよ。ただの荷物持ちだ」

「ふーん? 兄が言ってたぞー。『木寺は根暗なむっつりスケベだから、油断すると何しでかすかわからん』って」

「あいつ……今度会ったら殺すか」

 

 

 木寺は額に青筋を立てた。土御門の野郎、いないところで適当なこと吹き込みやがって。

 

 

「……ねえ、木寺」

 ふと、姫神が木寺の顔をじっと見つめてきた。その瞳は、相変わらず何を考えているのか読み取れない深淵の色をしている。

 

「……なんだよ、姫神」

「……なんで、()()()()()()()()()?」

 

 姫神は、心底不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

「は? なんでって……俺、ここに住んでるからな」

「……知ってる」

 

 姫神は即答した。

 

「……え?」

「木寺が八階の角部屋に住んでるのは知ってる。……郵便受けの中もちゃんと見た。……昨日のゴミ出しの時間も把握してる」

「いやこえーよ! なんでそんな個人情報握られてんだよ俺!?」

 

 木寺は絶叫して一歩引いた。このミステリアスな少女、実はストーカー気質なのか? 

 

 

「それはともかく……私の質問の意図は、そこじゃない」

 

 姫神は、木寺を指差した。

「上条たちは、海に行った。……いつも木寺と仲良くしてる連中は、大体みんな行った。……なのに、()()()()()()()、ここに残って、一人で、寂しく、汗だくで、大量のジュースを持って立ってるの?」

「……ッ!」

 

 言葉の攻撃力が、木寺の心臓を的確に貫いた。

 悪気がない分、非常にタチが悪い。

 彼女は純粋に疑問なのだ。「なぜ仲間外れにされているのか」と。

 

 

 

「かっ……風邪だよ! ちょっと熱出したんだよ! 誘われてたけど断ったんだよ!」

「……そう。……ボッチじゃなかったんだ……、よかった」

「ボッチじゃねえよ! あとその『よかった』はどっちの意味だ!?」

「……安心の意味。……木寺が可哀想な子じゃなくて、安心した」

「同情すんな! お母さんかよ!」

 

 木寺は頭を抱えた。この独特のペース。調子が狂う。

 

 

「……あ、そうそう。木寺」

 姫神は、思い出したように言った。

「……夏休み明け。……私、転校する」

「え?」

 

 

 木寺は顔を上げた。転校? 

 

「転校って……どこに?」

「……木寺の学校」

「はぁ!?」

 

 木寺は素っ頓狂な声を上げた。姫神秋沙は、今は『霧ヶ丘女学院』というお嬢様学校の生徒のはずだ。それが、なんでわざわざ俺たちのような「そこそこ低い」高校に? 

 

「……小萌先生に、誘われた。……あそこの方が、私の体質にとっても、生活にとってもいいって」

「マジか……」

「……だから、よろしく。……先輩」

「同級生だろ! あとその先輩って呼び方やめろ、なんかバカにされてる気がする!」

 

 姫神はフフッと小さく笑った。どうやら、彼女なりにジョークを言っているらしい。わかりにくい。

 

 

「作戦終了。室内の害虫は全滅しました、とミサカは戦果を報告します」

 そうこうしているうちに、御坂妹が戻ってきた。手には、ティッシュに包まれた黒い点々……ノミの死骸がある。

 

「おおー! 仕事が早いなー!」

「ありがとう。すごいね妹」

 

 姫神と舞夏が拍手する。御坂妹は少し誇らしげに、しかし無表情のままVサインをした。

 

 

「……あ、そうだ。これ、お礼にお茶でもどうぞー」

 舞夏が冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで渡そうとした。

 

「あ、ミサカが持ちます、とミサカは気を利かせて……」

 

 御坂妹が手を伸ばし、舞夏の手からコップを受け取ろうとした瞬間。指先が触れ合い、静電気がバチッと弾けた。

 

 

「あ」

「ひゃっ!?」

 

 

 舞夏が手を引っ込め、コップが宙を舞う。茶色の液体が、スローモーションのように飛び散る。

 その直撃コースにいたのは、運悪く……あるいは必然的に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぶべらっ!!」

 顔面に麦茶を浴びる木寺。視界が茶色に染まる。そして、濡れた床に足を滑らせ、木寺は後方へと倒れ込んだ。

 

 

 ドテエエッ!! 

 

 

「う、いってぇ……!」

 木寺が呻きながら目を開けると、そこには。頭上の方から彼を覗き込む、御坂妹の姿があった。そして、その角度は……完璧だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカートの中。白い太もも。そして、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………、…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日二回目。デジャヴである。

 木寺の視線が、吸い込まれるようにそこに固定される。

 

 

 

「……あーあ」

 

 

 舞夏から呆れた声が降ってきた。

 

「木寺一桁。お前、やっぱり兄の言った通りだなー。隙あらばパンチラを狙う、ハイエナのような男だぞ」

「……最低。最悪。木寺」

 

 姫神がゴミを見るような目で言った。その無表情さが、逆にダメージを倍増させる。

 

 

「……転校、考え直そうかな。……変態がいるクラスは、教育上良くない」

「ち、違う! これは事故で! 本当に、本当の本当に……ほんっ不可抗力で!!!!!」

 

 

 木寺は慌てて起き上がり、顔をブンブンと振った。だが、一度貼られたレッテルはそう簡単には剥がれない。

 

 

「……パンツは見えましたか? とミサカは羞恥心よりも好奇心を優先して問いかけます」

 

 御坂妹が真顔で聞いてくるのが、一番ダメージがでかい。

 

「見えてねえよ! 見てねえ! 何も見てねえ!」

 木寺は絶叫した。なんでだ。上条がいないからか? あの一級フラグ建築士が不在だから、世界の「ラッキースケベ成分」の収束先が俺になってるのか? 

 

 俺はあいつのスケープゴートじゃねえぞ……!! 

 

 

 

「……はぁ。もういい、俺は帰る。寝る。これ以上起きてるとろくなことがない!」

 

 木寺は勢いで誤魔化す様に濡れた顔を拭いながら、ジュースの袋をひったくった。

 

 

「あ、荷物は最後まで運びます、とミサカは……」

「いい! もう帰ってくれ! 頼むから! お願いしますもう私イヤあああああああああああああああああアアアアアアア!!!!」

「なんで急におネエに、とミサカは……」

 

 

 

 木寺は御坂妹を押し留め、逃げるように階段を駆け上がった。背後から、舞夏たちの笑い声が聞こえる。

 

 

「おやすみー、むっつりー」

「……おやすみ。変態」

「……誤解です、とミサカは弁護を試みますが、効果は薄そうです」

 

 

 自分の部屋に入り、鍵をかける。木寺はドアに背中を預け、ズルズルと座り込んだ。

 

 

 

「……最悪、だ」

 

 

 

 夏風邪は治ったが、心のダメージは深刻だ。御坂に罵倒され、吹寄に嫌われ、姫神たちに変態扱いされ。

 この夏休み、これ以降俺になんかいいことあるのか? 

 

 

 

 

「……アイスサバ缶、食うか」

 木寺は暗い部屋で、一人呟いた。冷蔵庫には、まだ冷えきっていないサバ缶が一つだけ残っていた。それが、今の彼に残された唯一の救いだった。

 

 

 窓の外では、静かに夜の帳が下り始めていた。

 

 

 

 

「………………、はあー」

 

 

 

 木寺は色んな感情が混ざった嘆息を、ひとつつく。

 

 

 

 

 

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