とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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次善の最悪

 

 

 

「……何を、言うかと思えば……」

 

 美琴の口から漏れたのは、冷ややかな、そして底知れない侮蔑の響きだった。

 

 彼女は鼻で笑った。それは、恐怖で頭がおかしくなった人間を見る目でも、無謀な勇気を称える目でもない。身の程知らずな「雑魚」を、徹底的に見下す強者の目だった。

 

 

 

 

「……あのね、木寺」

 

 美琴は、ゆっくりと歩み寄った。その一歩ごとに、空気が重くなり、物理的な威圧感となって木寺の肌を刺す。

 

「あんた、()()()()()()()()()()()()()()? 自分が漫画の主人公にでもなったつもり?」

「……あ?」

「『策』? 『勝機』? ……笑わせないでよ。あんた如きが、一方通行(アクセラレータ)相手に何ができるって言うのよ」

 

 

 美琴は、木寺の胸ぐらを掴む……ことはしなかった。触れる価値もないとでも言うように、至近距離で立ち止まり、冷酷な言葉を刺し立てた。

 

「勘違いしてるみたいだから教えてあげるけど……これはゲームじゃないの。リセットボタンもないし、奇跡の大逆転劇なんて用意されてない。あるのは、ただ圧倒的な『暴力』と、それにすり潰される『ゴミ』だけ」

「……、」

「あんたは今、その『ゴミ』に自分からなろうとしてるのよ。……馬鹿じゃないの?」

 

 美琴は、息を吐くように、ゆっくりと続けた。

 彼女の視線が、木寺の震える膝、冷や汗、泳ぐ視線を舐めるように動き、その全てを嘲笑う。

 

「今だってそうじゃない。あんたがここに来たのは、あの子(一○○三二号)を助けるため? 私を止めるため? ……()()()()()()()()()

 

 美琴は、木寺の目の奥を覗き込んだ。逃げ場のない、断罪の眼差し。

 

 

「あんたは……自分に酔ってるだけよ」

 

 木寺の奥底を、突く音がした。

 

 

 

「『無能力者の僕が、最強の敵に立ち向かう』。……そんな甘ったるいシナリオに自分を当てはめて、感動してるだけでしょ? 『誰かのために命を懸ける自分』に、うっとりしてるだけでしょ?」

「……ちがう……」

「違わないわよ! その顔が言ってるわ!」

 美琴の声が、狂気のようにしなった。

 

「あんたのやってることは、正義感でも優しさでもない。ただのあさましい自己満足よ! 自分の空っぽな人生を埋めるために、私やあの子たちの『不幸』をダシに使ってるだけじゃない!」

「…………、」

「『俺だってやればできる』? 『俺にも価値がある』? ……それを証明するために、勝手に首を突っ込んで、勝手に死に場所を探して。……ホント、吐き気がするわ」

 

 罵詈雑言。人格否定。

 木寺一桁という人間が抱える、無自覚なヒロイズムと劣等感を、的確に、容赦なく抉り取る言葉の暴力。

 木寺の顔が、苦しげに曇っていく。

 

(…………っ)

 美琴は、内心歯噛みする。同時に、止まらない自分もいた。

 

 

 

 彼は無能力者なのに、この実験の事を知った上で、自分を探してここまで来た。恐怖をねじ伏せてまで……ほとんど他人の自分の為に、来てくれた。

 

 たった一人で。

 それは間違いなく本物の善意だ。そして、とてつもない事だ。

 

 だけど、今の彼女には、それだけの善意を受け止めるだけの余裕などなかった。

 自分にはそんな善意を受けとる器も、資格もないと思っていた。

 だから、行き場のない感情を、八つ当たりのように、目の前のお人好しに殴りつける。

 それは、自分の罪を加算して、自分を殺す罰を正当化するように。

 

 

 

「あんたみたいなのが一番タチが悪いのよ。実力もないくせに、覚悟もないくせに、プライドだけは一人前で。……自分が『守られる側』の弱者だってことすら認められずに、身の程知らずな正義感を振り回して」

 美琴は更に一歩、踏み込んだ。

 

「邪魔なのよ。迷惑なの。……あんたがここで死んでも、世界は1ミリも変わらない。誰も悲しまないし、誰も感謝しない。ただ『無能な馬鹿が無駄死にした』っていう、一行の記録が残るだけ。……なにもかも、薄っぺらいのよ、あんたは。……存在そのものが、誰の視界にも入っていないわけ」

 

 木寺は動かない。もはや感情が消えたような顔で、ただ、御坂美琴を見つめている。

 

 美琴は苛立ちを隠すように、さらに言葉を続ける。それは、最低の言葉だった。

 

 

「あんたの妹さん……二葉さんだっけ。あの子がテレビで言ってたわよ」

「……ッ」

 

 

 禁句だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 木寺の体が、条件反射的に強張る。

 

 

「『兄は何も持っていない』『牙も爪もない』『私が守ってあげないと生きていけない』……ってね」

 

 美琴は、楽しそうに、しかし無邪気を装って続けた。

 

「やっぱり、あの子は正しかったわね。あんたを見てるとよくわかるわ。……あんたは、守られるだけの存在なのよ。誰かの後ろに隠れて、安全な場所で震えてるのがお似合いなの」

 

 美琴は、木寺の目の奥を深く射抜いた。

 

「あんたは……妹に『無能』の烙印を押され続けて、惨めな自分を慰めたかったのもあるのかしらね? 『俺だってやればできるんだ』って、いっつも言える機会を探し回ってるんだ?」

「……、」

「そんなあさましい自己憐憫で、私の問題に首突っ込まないでよ。……茶番でしかないわ」

 

 

 止まらない。

 彼という人間が抱える数多の柔らかい所を、余すことなく、容赦なく抉り取る言葉の奔流。

 

 それは、木寺を遠ざけるための演技にしては、あまりにも真に迫っていた。あるいは、極限状態にある彼女の本音が、毒となって溢れ出しているのかもしれない。

 

 

 

「……………………、」

 

 だが。

 ()()()()()()()()()()()()()。顔面は蒼白で、唇は震えていたが、足だけは地面に固め付けられたように動かなかった。

 

 

 

 

 

「……まだ、どかないの?」

 

 美琴の声が低くなる。苛立ちが頂点に達する。

 

「いい加減にしなさいよ……!」

 チャリ、と金属音が鳴った。美琴がポケットからコインを取り出した。ゲームセンターのコイン。彼女の代名詞。

 

「言葉で言ってもわかんないなら……もう、体に教えてあげるわ」

 

 美琴はコインを親指で弾いた。キィン、と澄んだ音が夜空に響く。

 

「消えなさいッ!!」

 バヂィッ!!!! オレンジ色の閃光。音速の三倍で放たれる、超電磁砲(レールガン)

 

 

 それは木寺を直撃──しなかった。狙いは、彼の真横。ほんの数十センチ横。

 

 

「……!?」

 

 鼓膜をつんざく爆音と共に、遠くの水面が爆発した。衝撃波が木寺の体を襲う。砕け散った水滴が散弾のように降り注ぐ。

 

 

「う、わあああああああっ!!?」

 木寺は悲鳴を上げ、無様に体勢を崩し、その場に倒れた。レジ袋が手から離れ、中のスプレー缶や小麦粉がまた、散乱する。

 

 

 彼は地面を転がり、鉄橋の欄干に背中を打ち付けて止まった。

 

 

「……い、ひッ……」

 腰が抜けた。立てない。足が無様に笑い、言うことを聞かない。

 

 

 

 これが、レベル5。これが、学園都市第三位の力。殺す気になれば、指先一つで彼なんて消し炭にできる。

 

 

 

「……ほらね」

 水煙の向こうから、美琴の冷たい声が聞こえた。

 

「これが、現実よ」

 彼女は、前髪に走る紫電を払いながら、蔑むように見下ろしていた。

 

「あんたじゃ無理だってば。……今の一撃で腰抜かして、泣きそうな顔して。そんなんで、あいつの前に立つつもり?」

「……あ、あぅ……」

「一方通行は、こんなもんじゃないわよ。……あんたのその貧弱な体なんて、触れることすらなく弾け飛ぶわ」

 

 美琴は、溜め息をついた。もう、興味すら失ったかのように。

「わかったら消えなさい。……もう二度と、私の視界に入らないで」

 

 

 彼女は背を向けた。拒絶。完全なる敗北。

 

 

 

 

 舌戦は決着した。

 木寺一桁は、力でも、言葉でも、覚悟でも、彼女には勝つことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………、わか…………ったよ……」

 

 しばらくして。 

 

 木寺は、掠れた声で言った。涙と鼻水と、川の水が混ざり合った顔を、袖でごしごしと拭った。

 

 

「……俺じゃ、はは……やっぱ、無理、みたいだな…………」

 

 

 

 

 

 敗北感。

 

 彼は、這いつくばったまま、散らばった荷物をかき集め始めた。情けない姿だ。ゴミ拾いをする浮浪者のようだ。

 

 

「全部、お前の言うとおりだ……正直、ビビっちまったよ。……さっきのは、死ぬかと思った」

 

「……そう。なら、さっさと行きなさい」

 

 美琴は振り返らなかった。そうだ。これでいい。

 これで、彼は日常に戻れる。安全で退屈な、偽りの日常。学園都市と言う大きな鳥籠の中へ。

 

 

 

 

 

「……じゃ、じゃあ、俺はもう消える……」

 木寺は、よろよろと立ち上がった。レジ袋を提げ、ようやく帰路につこうとする。

 

 

 

 

 だが、数歩歩いたところで、ふと足を止めた。

 

 

 

 

 

「……でも、御坂」

「……何よ。まだ何かあるの?」

「代わりに……これだけは、頼むから、受け取ってくれ」

 

 木寺は、レジ袋の中から一本の缶ジュースを取り出した。『ヤシの実サイダー』。さっき、自販機で買ったものだ。

 

 

「……は?」

 

 

 美琴が振り返ると、木寺は震える手で、その缶を差し出していた。

 

「……せめて、せめて、これだけは。最後に……俺に……お前に、奢らせてくれ」

「……何言ってんの、あんた」

「昨日の借りだ。……自販機で奢ってもらっただろ? あれを返さないと、なんか……寝覚めが悪いんだよ…………」

 

 木寺は、卑屈に笑った。本当に矮小な笑みだった。

 

 

 

 よくわかった、自分では場違いだ。

 

 

 

 じゃあ、自分はこれから逃げ出すけれど、せめて「借りは返した」という形を作ることで、逃げ出すという罪悪感を少しでも軽くしたい。そんな、小心者特有の、みみっちい自己満足。

 

 

 

「……ハッ」

 美琴は呆れ果てて、疲れた笑いを漏らした。本当に、こいつは。

 どこまで行っても「小市民」な男ね。命のやり取りをしているこの状況で……ジュースの貸し借りなんかを気にするなんて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……あんたって、ホントに小さい男ね」

「ああ、知ってるよ。……俺は、こういう奴なんだ」

 

 木寺は缶を差し出したまま、懇願するように言った。

 

「……さっき買ってきた。お前、確か昨日も美味そうに飲んでたよな? ……ただの、俺の気休めだと思って、受け取ってくれ」

「……、」

 

 未開封のヤシの実サイダー。プルタブは閉まっている。袋から出したばかりの、少しぬるくなった缶ジュース。

 

 美琴は、その缶を見つめた。こんなもので、自分を見殺しにする罪悪感が消えると思っているのか。安いプライドだ。でも、だからこそ「木寺一桁」らしいとも言える。

 

 

「……いいわよ」

 美琴は、乱暴に缶をひったくった。

 

「もらうわよ。……これで貸し借りはなし。チャラよ」

「……ああ。ありがとう」

 

 木寺は、心底ほっとしたように息を吐いた。その安堵の表情が、美琴にはさらに情けなく見えた。自分が助かったことへの安堵。義理を果たしたことへの安堵。

 

 

 

 

「……じゃあな、御坂……こんなこと言う資格はないけど……、……ごめんな」

 

 

 

 頑張れ。と。

 それだけ言って、木寺は背を向けた。今度こそ、本当に逃げていく。

 

 

 

 

「…………、」

 美琴は、手の中の缶を見た。喉が渇いていたのは事実だ。泣きすぎて、叫びすぎて、喉が張り付いている。これから死にに行く前の、最後の一杯。死出の杯代わりには、なるだろうか。

 

 

 プシュリ。

 美琴は、ゆっくりプルタブを開けた。小気味よい音が、静寂に響く。甘いヤシの香りが漂う。

 

 

(……ごめんな、ね)

 いったい……どういうつもりの言葉なんだろう。

 私へ? 彼が謝ることなんて、ここには何一つもないのに?

 

 美琴は一瞬だけ、それを考えて頭を振った。深く考えれば、また生の思考に囚われてしまいそうだったから。

 

「いただきます」

 

 そして美琴は、一気に杯を煽った。とろりとした炭酸が、乾いた喉を潤していく。甘い。強烈に甘い。脳に糖分が染み渡るようだ。

 

 

「……ぷはっ」

 美琴は、空になった缶を下ろした。甘ったるい後味が、口の中に残る。

 

 

「……ありがと。少し落ち着いたわ」

 

 

 美琴は、去っていく木寺の背中に向かって言った。もう、彼の姿は闇に溶けかけている。

 

「……じゃあ、行くわね」

 

 美琴は、彼とは逆の、さらに深い闇の方角へと向き直った。一方通行の待つ、今日の実験場へと。

 

 このジュースで、決心がついた。未練は断ち切った。私は一人で死ぬ。そう思って、足に力を入れた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くらり。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 足に力が入らない。地面が、ふにゃふにゃになったような感覚。視界が歪む。景色が二重、三重にブレて、回転する。

 

 

「……な、に……これ……?」

 

 

 美琴は、その場に崩れ落ちた。膝が地面につく。手をつこうとして、腕にも力が入らないことに気づく。体が、嘘のように重い。強烈な睡魔が、津波のように襲ってくる。思考が、泥沼に沈んでいくように鈍る。

 

 

「……あ、んた……」

 美琴は、霞む視界で木寺の方を睨んだ。逃げていたはずの彼は、立ち止まっていた。そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、こちらを振り返った。

 

 その顔には、さっきまでの卑屈な笑みはなかった。怯えも、情けなさもなかった。あるのは、()()()()()()()()()()、悲痛な決意。

 

 

「……くす、り……?」

 美琴の口から、掠れた声が漏れる。まさか。未開封だったはずだ。私が自分で開けたはずだ。

 

 そもそもこいつにそんな度胸があるわけがない。それ以前に工場で密閉された缶に、何かを混入させるなんて芸当、素人にできるはずがない。

 なのに、なぜ。

 

 

 

「……ああ」

 

 木寺は、ふらふらと歩み寄ってきた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()? 睡眠導入剤に市販のサプリや風邪薬を上手い割合で混ぜると、合法で最高に効く睡眠薬が出来上がる。こんなもん、ネットで三秒で調べられる知識だ」

「……ど、うやって……」

「さっき、ホンキホーテで。……注射器と、瞬間接着剤も買った」

 

 

 木寺は淡々と種明かしをした。

 

「底の方に、針で穴を開けて……薬を流し込んで、塞いだ。よく見れば跡があったはずだけど……お前は気づかなかった」

 

 なぜなら、木寺は慎重に、本当に慎重に手順を踏んで渡したからだ。彼女に薬を盛ると決めた、その瞬間から。

 

 くさいセリフを吐いて、喚いて、意地を張って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうして、美琴にジュースを渡して彼女自身にプルタブを開けさせた。ぱしゅりという開封音。その音が、「これは新品だ」という強力な先入観を植え付けた。

 会話の流れ、卑屈な態度も含めての伏線と誘導。そして心理的な盲点。手品のトリックのような、子供だましの工作。

 

 

「……卑怯、もの……」

「ああ。知ってる」

 

 

 木寺は、崩れ落ちた美琴の前にしゃがみ込み、彼女の体を支えた。

 

「俺は卑怯で、臆病で、弱い人間だ。……まともにやり合ったって、お前になんか勝てるわけがねえ」

「……ふざ、け……」

 

 美琴は手を伸ばそうとした。電撃を。こいつを、黒焦げにしてやる。勝手なことするな。私の邪魔をするな。私の覚悟を、踏みにじるな。

 

 だが、指先はもう、ぴくとも動かなかった。意識が、急速に闇へと沈んでいく。

 

 

「……お前、頭働いてないだろ」

 木寺の声が、少しの呆れと、美琴への敬意をもって響く。

 

 

「言っただろ。計画を破綻させるには、レベル0……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼は、歯を食いしばりながら、後悔を滲ませるように続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……、」

「お前が介入したら、破綻するんだよ。……お前はレベル5だ。お前が戦って負けても、『やっぱりレベル5同士と言っても格差はあるよねー』程度で終わるかもしれない。データの誤差で済まされるかもしれない」

 

 木寺の論理は、笑えるほどに正しかった。

 実験の前提を崩すには、「イレギュラー」が必要だ。計算外の要素。最も弱いものが、最も強いものを倒すという、ありえないバグ。そのためには、美琴という「計算内の変数」は、邪魔なのだ。

 

 

 そして。

 上条当麻も、それは同じだ。あいつの異能を殺す力……あれはレベルの強弱で測れないジョーカーみたいな、余りにふざけた莫大な力だ。

 だったら、アクセラレータの防御を突破するのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もし仮に、上条が一方通行に勝つことが出来たとしても。

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……()()()? ()()()()()()()()? 

 

 

 

 

 

 

 そうなってしまえば……実験は決して終わらないだろう。

 

 だから。

 

 

 

 

 

「だから……お前は寝てろ」

「……いや……」

 

 美琴の口から、微かな声が漏れた。抗いようのない眠気の中で、最後の抵抗。

 

「……いかない、で……」

 

 一人で行かないで。死んじゃう。あんたなんかじゃ、絶対に死んじゃう。私を置いていかないで。

 

 

「……本当は、お前についてきてほしかった」

 木寺の声が、震えた。涙声だった。

 

「一緒に戦ってほしかった。……不安でたまらねえんだよ、俺一人じゃ……」

 

 言わなくていい弱音だった。それを言ってしまうのは非常に彼らしかった。

 

 彼は最初、美琴を何とか説得するつもりだった。二人で頭をひねって、最強に立ち向かう方法を探るつもりだった。

 だけど、御坂美琴は彼を拒絶した。そして、彼女の心は木寺の思っていたより、ずっとずっとズタボロだった。

 だから、彼は()()()()()ではなく、()()()()()を選ぶことにした。

 

 木寺一桁は上条当麻ではない。彼の言葉や行動では、御坂美琴を変える事なんて、決して出来ないから。

 

 だから彼は、孤独に戦うことを選んだのだ。美琴を守るために。

 そして、最も確率の低い「勝算」を掴むために。

 

 自分の恐怖を押し殺して、彼女を遠ざけ、想定していた中で限りなく最悪に近いモノを選んだ。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たった一人で戦わないと、この賭けは成立しないと、彼は思い至ってしまったから。

 

 

 

 

 

「……なん、で……」

 美琴の意識が、途切れる。最後の力を振り絞って、問いかけた。なんで、そこまでするの。関係ないのに。赤の他人なのに。

 私のことなんて、見捨てればよかったのに。

 

 

「……ジュース一本じゃ、お前に返し切れてねえよ」

 

 

 木寺は、美琴の体をそっと欄干に寄りかからせた。自分の着ていた上着を脱いで、彼女にかけてやる。その手つきは、壊れ物を扱うように丁寧だった。

 

「20本くらい貰ったか? ……奢られた分、借りを返しに行ってくる」

 怯えたような声で、彼は言った。それは、世界で一番情けない、借金の返済宣言だった。

 

 

「……待ってろ。……たぶん、戻ってくるから」

 それが、美琴が聞いた最後の言葉だった。意識が完全に闇に落ちる直前、彼女の網膜に焼き付いたのは。

 

 レジ袋を提げた、どこか頼りない少年の背中。それが、巨大な闇に向かって、たった一人で、歩き出していく姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きで、ら……」

 

 美琴は、深い眠りへと落ちていった。鉄橋の上。冷たい風が吹く中で、彼女は守られた。一人の、レベル0の最弱の男によって。

 

 

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