とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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最強の超能力者 VS 真の無能力者(1)

 

 

 

 

 

 

 

 闇だった。

 

 

 

 空には汚れた雑巾のような雲がまばらに散っていた。どこまでも続くとめどない漆黒が辺りを覆っている。

 とある無人の貨物列車操車場は、その闇の底に沈殿していた。

 

 広大な敷地には、色とりどりのコンテナが幾何学的な迷路のように積み上げられている。人の気配はない。自動制御されたフォークリフトやクレーンも、今は稼働を停止し、その存在意義を失ったように静まり返っている。

 

 

 

 その一角、コンテナに囲まれた広場に、一人の少女が立っていた。

 

 

 ミサカ一○○三二号。

 

 

 

 常盤台中学の制服に、無骨な軍用ゴーグル。手にはよく整備されたアサルトライフル。昨日の個体──一○○三一号が最期に身に着けていたものと、似たような装備だ。

 

「……実験開始予定時刻まであと一五〇秒。被験者の到着予測まであと一二〇秒程度。とミサカは正確な時間と照合し、現状を確認します」

 

 彼女の声には、抑揚がなかった。恐怖も、不安も、あるいは生への執着さえも、そこには存在しないように聞こえた。

 

 彼女はただ、プログラムされた役割を果たすためだけに、ここに立っている。

 単価18万円の実験動物として。最強の超能力者が進化するための、使い捨ての踏み台として。

 

「……一○○三一号は、イレギュラーな接触……猫の世話を経験しました。ミサカも猫の世話を少しだけ行いましたが、それ以降の事はリンクされていません。……少し、残念です。とミサカは独りごちます」

 

 一○○三二号は、足元の砂利を蹴った。ミサカネットワークを通じて、知識や思考という「情報」は共有される。だが、「情動」までは共有されない。

 

 あの時、木寺一桁という少年と一緒に猫の飼い主を探し、もう少しここにいたいと思った時の、胸の奥がうずくような、何か。

 

 それは、あの時の彼女だけのものだ。これから死ぬ自分には、その感覚を反芻することすら許されない。

 

 

 

(キデラ……)

 

 彼女の淡々とした思考に、あのお人好しな少年の顔が浮かぶ。彼は今頃、自分の部屋で震えているだろうか。それとも、すべてを忘れて日常に戻っているだろうか。

 

 

 

 それでいい。彼のような一般人が、この実験を関知するべきではない。これは、ミサカたちだけの問題だ。

 

「……まあ、関係ありません。ミサカの役割は、データを残して損耗することですから。とミサカは思考をリセットします」

 彼女は銃を構え直した。グリップの冷たい感触。重み。それが、彼女に残された世界の全てだった。

 

 

 

 

 その刹那だった。

 

 

 足音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 コンテナの影から、闇よりも濃い何かが滲み出してくるような気配。空気が凍りつく。肌が粟立つ。生物としての本能が、絶対的な捕食者の接近を告げて、警戒心がせり上がり始める。

 

 

「……おい。今度はここかァ?」

 現れたのは、ひょろりとした体躯の少年だった。色素の薄い髪。病的なまでに白い肌。そして、闇の中で紅く発光する瞳。

 

 

 

 学園都市第一位。一方通行(アクセラレータ)

 

 

 

 彼は片手をポケットに手を突っ込んで、ふらりと散歩でもするかのように現れた。その表情には、退屈と、倦怠と、そして底知れない悪意が張り付いている。

 

 

「これより第一○○三二次実験を開始します。被験者、一方通行は戦闘態勢に移行してください。とミサカは安全装置を解除します」

 

「……あン?」

 

 

 その時だった。

()()()()()()()()()()()()()()()。躊躇はない。所定の時刻だ。会話など何の意味もない。

 

 ダダダダダダ……と断続的な発砲音が、静寂を引き裂く。

 

 マズルフラッシュが闇を照らし、鉛の弾丸が音速を超えて一方通行へと殺到する。普通の人間なら、肉塊に変わっているはずの弾幕。コンテナの鉄板さえ容易く貫通する威力。

 

 

「はあ……」

 だが、一方通行は避ける素振りすら見せなかった。あくびを噛み殺しながら、ただ漫然と歩いてくる。

 

 弾丸が、彼の皮膚の数ミリ手前でぴた……と止まる。そして次の瞬間。

 

 キィン、ギンッ、ガガギガッ!! 

 全ての弾丸が、物理法則を無視した軌道を描いて反転した。運動エネルギーのベクトルの向きが、180度書き換えられたのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!」

 一○○三二号は即座に回避行動をとった。思考するより早く体を投げ出し、地面を転がり、コンテナの陰に滑り込む。

 

 

 だが、全てはかわせない。数発の弾丸が、彼女の肩と太腿を掠めた。制服が裂け、鮮血が舞う。

 

 

「……ハッ。相変わらずだなァ、お前ら」

 一方通行は、つまらなそうに歩を進める。地面に落ちていた空き缶を踏み潰した。クシャリ、という音が、骨の折れる音のように響く。

 

「同じ攻撃、同じ反応、同じ悲鳴。……いい加減飽きてきたぜ。もっとマシなデータ寄越せよ。俺を進化させるための生贄なんだろォ?」

 

 彼は手を振った。それだけで、突風が巻き起こる。空気の流れをベクトル操作し、不可視のハンマーとして叩きつけたのだ。

 

 ド……ガアッ!! 

「……ぐッ!?」

 一○○三二号の体が吹き飛ばされた。数メートル後方のドラム缶に激突し、さらに地面に叩きつけられる。肺の中の空気が強制的に吐き出され、視界が明滅する。

 

 

 痛い。熱い。

 

 だが、彼女は立ち上がる。立ち上がらなければならない。実験を成立させるために。

 

 

 

「……損傷軽微。戦闘継続可能。とミサカは痛覚を気にせず、立ち上がります」

 

 

 彼女はよろめきながらも、再び銃を構えた。血に濡れた指がトリガーにかかる。

 

「チッ。頑丈なだけが取り柄かよ。……まあいい。少しは楽しませろよ、お人形さん」

 

 一方通行が笑う。その笑顔は、純粋な悪意と、この世の全てを見下す傲慢さでできていた。

 これは戦闘ではない。作業だ。最強への階段を登るための、退屈で、残酷なルーチンワーク。

 

 その惨劇を、少し離れたコンテナの陰から見ている影があった。

 

 ()()()()()

 

 

 

 

 

「……う、ぐあ……」

 

 彼は口元を両手で強く押さえ、必死に嗚咽を堪えていた。怖い、レポートで見るのと、生で見るのとでは次元が違う。

 

 一方通行が放つ殺気は、物理的なプレッシャーとなって木寺の肺を締め付けている。

 心臓が暴れ狂い、呼吸が浅くなる。足がすくんで動けない。歯の根が合わない。全身の毛穴から冷や汗が噴き出している。

 

 

 

(……なん、だよ、あれ……)

 見てわかった。人間じゃない。弾丸を弾き返し、風だけで人を吹き飛ばす。あんなの、どうやって勝てばいいんだ。

 

 美琴に大口を叩いたが、やっぱり無理だ。俺はただのレベル0だ。死ぬ。殺される。一歩でも前に出たら、俺もあのドラム缶みたいにひしゃげて終わる。

 

 

(……帰りたい。逃げたい。今すぐここから消えたい)

 生存本能が絶叫している。美琴は眠らせた。これ以上彼女が傷つくことはない。なら、俺も逃げればいいじゃないか。

 

 一○○三二号? 助けられるわけがない。あの子はクローンだ。作られた命だ。俺が命を懸ける義理なんてないはずだ。

 そうだよな? そう思っちまえ。そう思い込め。そう洗脳されろ。それで終わりだ────

 

 

「……あ」

 視線の先で、一○○三二号が血を吐いた。一方通行が、彼女の腕を踏みつけている。グリグリと、靴底で傷口をえぐるように。

 

「おいおい、もう終わりかァ? 一万回もやってんだ、少しは学習しろよ。……もっと悲鳴上げろよ。もっと足掻けよ。そうしねェと、殺す甲斐がねェだろうが」

 

 一方通行が笑う。楽しそうに。おもちゃを壊す子供のように。

 

 木寺の脳裏に、あの時の記憶が蘇る。路地裏の肉塊。ぐちゃぐちゃになった一○○三一号。そして、逃げ出した自分の惨めさ。

 

 

 

(……また、逃げ、るのか?)

 木寺は、自分の胸に手を当てた。そしてレジ袋の中の、ホームセンターで買ったガラクタたち。硬くて無機質な感触。

 

 そして、あの公園で、少女と交わした約束。

 

 

 

 

(俺、は……………………、)

 

 

 

 

 強いわけがない。俺は弱い。誰よりも弱い。

 

 でも、だからこそ。「弱いから逃げる」という選択肢を選び続けてきた自分を、ここで断ち切らなければ、俺は一生、自分を許せない気がした。

 

 あの少女の笑顔を、一○○三一号の無念を、美琴の涙を……全て裏切ることになる。

 

 

(……動け。動けよ、俺の足!!)

 木寺は、恐怖で硬直した筋肉を、意志の力だけで無理やり動かした。

 

 作戦はある。いや、作戦とも呼べないような、ほとんど博打だ。でも、もう、やるしかない。

 

 

(あいつは、俺を見ていない)

 

 

 木寺は、深呼吸をした。肺に酸素を送り込み、心拍数を少しでも下げる。恐怖心を押し殺す。殺気を消す。

 

 

「俺はここにいない」「俺はただの風景だ」そう、強く念じる。

 

 

 小萌先生との補習で習った、認知心理学の応用。そして、今まで散々味わってきた、無視されるという経験。自分の存在を、極限まで希薄にするイメージ。

 

「……行くぞ」

 木寺は、コンテナの陰から滑り出た。走るのではない。ゆっくりと、音を立てずに、闇に紛れて歩く。手には、ホンキ・ホーテで買ったクラッカーと、花火の束を持っている。

 

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

「ったく……」

 一方通行は、足元の一○○三二号を見下ろしていた。

 彼女は泥と血にまみれ、それでもまだ銃を握り締めている。健気だ。そして、無意味だ。

 

 

「さて、トドメ刺すか。……今日は心臓の血流でも逆流させてみるかァ?」

 

 

 彼は手を伸ばした。その指先が、一○○三二号の胸に触れようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 スッ。

 

 

 

 

 

 

 

 一方通行の視界の端に、何かが映った気がした。風に舞うゴミか? あるいは、光の加減による影か? 

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 一方通行は、無意識に手の動きを緩めた。何かが、自分のパーソナルスペースに入り込んでいる。反射は反応していない。つまり、害意のある何かではない。空気の流れや、重力と同じ、「無害なもの」。

 

 だが、その「無害なもの」が、一○○三二号の体を、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……退避行動を確認。……?」

 

 

 一○○三二号が驚きの声を上げる間もなく、彼女の体はズルリと横にずれた。直後、一方通行の指先が、空を切った。

 

「……は?」

 

 一方通行は、一度、自分の手を見た。そして、視線を奥へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 そこに、少年がいた。黒髪。地味な服装。表情を歪め、ひどく顔色の悪い少年。彼は、一○○三二号の襟首を掴んで、必死に引きずっていた。

 

 

 

 

 

 

「……誰だ、テメェ」

 一方通行の声。木寺一桁の心臓が、どぐんと脈を打つ。思ったより何倍も重い。引きずるのも一苦労だ。第一位と目が合った。もう、すぐにでも殺される。

 

 

 だが、木寺は「逃げなかった」。

 彼は、震える手で一○○三二号を自分の背後に庇い、一方通行と対峙した。

 

 

「……()()()()()()()()()()

 

 声が裏返った。情けない声だ。でも、その言葉は確かに、最強の怪物に届いた。

 

 

「一般人ン? ……ハッ」

 殺す価値もない雑魚。だが、その雑魚が、なぜ今、自分の攻撃のキルゾーンに当たり前のように立っている? しかも、反射のセンサを反応させずに? 

 

 

(……なぜ、反応しなかった?)

 

 

 一方通行の脳という演算装置が、微かな疑問符を浮かべる。

 反射は自動だ。自分に向かってくるベクトルは、無意識に弾く設定になっている。だが、こいつは「接触」してこなかった。ただ近づいて、人形を動かしただけだ。だから反応しなかった? いや、それ以前に……

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 まるで、ただの空気が移動したかのように。一方通行の高性能なセンサーが、この少年を「無視」したのだ。

 

 

 パンッ!! 

 その時だった。

 乾いた破裂音が、静寂を引き裂いた。銃声ではない。もっと軽く、場違いに明るい音。

 そして、一方通行の目の前で、色とりどりの紙テープと紙吹雪が舞った。

 

 

 

「……あ?」

 

 

 一方通行の動きが止まる。攻撃? いや、なんの衝撃もない。ただの紙屑だ。反射は発動していない。害意のあるベクトルではないからだ。

 

 だが、視界が遮られる。ヒラヒラと舞い落ちる極彩色の紙吹雪が、彼の注意を一瞬だけ逸らした。

 

 

(……なんだァ?)

 思考の空白。最高峰の演算能力を持つ彼だからこそ、この「無意味な現象」の解析に一瞬のリソースを割いてしまった。

 

 その隙に。

 

 シュボッ! バチバチバチバジィッ!! 

 強烈な閃光と、パチパチという破裂音が弾けた。

 手持ち花火だ。それも、一束まるごと同時に点火された、花火の束。煙と火花が、一方通行と一○○三二号の間の空間を埋め尽くす。

 

 

「うおっ、眩し……」

 一方通行が反射的に顔を背けた。視覚と聴覚へのノイズ。煙の匂い。火薬の臭い。五感を刺激する、無害だが不快な情報の嵐。

 

 

「……来い!」

 煙の中から、手が伸びた。木寺一桁の手だ。彼は、呆然としている一○○三二号の腕を掴み、力任せに引き起こした。

 

「……!?」

 一○○三二号は目を見開いた。なぜ。なぜ、彼がここにいる。あの時逃走したはずではなかったのか。

 

 

「……走れ! ここから離れるぞ!」

 木寺は叫び、彼女を引きずってコンテナの陰へと駆け込んだ。

「……チッ、ふざけやがって……」

 

 背後から、一方通行の苛立った声が聞こえる。風圧が煙を吹き飛ばす。だが、その時にはもう、二人の姿はコンテナの迷路の中へと消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、ごほ、はぁ……ッ」

 

 木寺は、コンテナの隙間に滑り込み、荒い息を吐いた。心臓が口から飛び出しそうだ。

 

 成功した。

 

 とりあえず、最初の接触は成功した。あいつの虚を突き、彼女を死地圏外へと引き剥がすことはできた。

 

 

 手の震えが止まらない。今すぐ吐きそうだ。

 

 

「……警告します。あなたの行動は、実験の妨害に該当します。直ちに……」

 

 隣で、一○○三二号が淡々と言った。彼女は、木寺に手を引かれたまま、無表情で彼を見つめている。

 助けられたことへの感謝はない。あるのは、予定調和が崩れたことへの困惑だけだ。

 

「……うるせえ」

 木寺は、彼女の手を振り払った。優しく、ではない。突き放すように。

 

「警告とかどうでもいいんだよ。……死にたくなかったら、黙って言うことを聞け」

「……理解不能です。ミサカの死は、実験における必須事項です。回避する理由がありません。18万円の消耗品を、あなたが守る合理的根拠が欠落しています」

 

 一○○三二号は首を傾げた。

 頑なだ。彼女にとって、自分の命は実験材料でしかない。

 それを守ろうとする木寺の行動は、経済的にも合理的にも無駄でしかないのだ。

 

 

「……理由なんてねえよ」

 木寺は吐き捨てた。論理で説得する時間はない。それに、彼女の論理(プログラム)を、俺の言葉で書き換えることなんてできない。

 

 

「ただ……気に入らねえだけだ」

 

 木寺は、コンテナの隙間から外を覗いた。一方通行の殺気が、徐々に近づいてくるのがわかる。あいつは苛ついている。遊びを邪魔された子供のように。

 その殺気に当てられて、胃が縮み上がる。

 

「猫を心配したり、とぼけた事言って、ラッキースケベで人を社会的に追い詰めてきたり……そういう奴が、モノ扱いされて死ぬのが、俺は気に入らねえんだよ」

 

「……、」

 

「だから、お前は邪魔だ。……とっとと失せろ」

 

 木寺は、わざと冷たく言った。ここで「一緒に逃げよう」と言っても、彼女は動かないだろう。

「実験だから」と言って、戦場に戻ろうとするかもしれない。だから、突き放すしかない。

 

 お前を守るためじゃない、俺が俺のためにやるんだと、そう言い聞かせるしかない。

 

「俺があいつを引きつける。……その間に、どっか隠れてろ」

「……待ってください。あなたが一方通行と交戦するのですか? 生存確率はゼロです。無意味な自傷行為です、とミサカは……」

 

「無意味じゃねえよ!!」

 

 木寺は怒鳴った。自分の恐怖を振り払うように。

 

「俺は……俺のためにやってんだ! お前のためじゃねえ! だから……!」

 

 

 ド、と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。衝撃波が襲う。近い。もうそこまで来ている。

 

 

「……チッ!」

 木寺は舌打ちをした。もう時間がない。

「……動くなよ。絶対に、出てくるな」

 

 木寺は一○○三二号に背を向けた。足が震える。今から、あの怪物の前に、一人で飛び出すのだ。死にに行くようなものだ。

 

「……キデラ……」

 背後で、一○○三二号が何かを言おうとしたが、木寺は振り返らなかった。振り返ったら、足がすくんで動けなくなりそうだったから。

 

 

「ッ…………!」

 木寺は、コンテナの陰から飛び出した。一○○三二号がいる場所をかばうように。

 

 囮になるために。

 

 スポットライトの下へ、自ら躍り出る道化師のように。

 

 

 

 砂煙の向こう。一方通行が、ゆらりと姿を現した。その顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。純粋な、愉悦の塊。

 

「……ハッ。わざわざ死にに来たかァ? 雑魚がよ」

 一方通行は立ち止まり、一○○三二号がいる場所に一瞬視線をやり、口元を歪める。

「……どけよ、三下。そいつは俺のおもちゃだ」

 

 一方通行が一歩踏み出す。殺気。狂気。木寺の膝がガクガクと震える。立っているのがやっとだ。

 

 

「……嫌だね」

 木寺は、ひび割れた唇を舐めた。

 

「おもちゃじゃねえよ。……あいつは、生き物だ」

「あァ? クローンだぞ? 試験管で作られた肉塊だ」

「知るかよ。……黒猫を心配して、ジュース運んでくれて、一緒に飼い主まで探すっつったんだ」

「……はあ?」

 

 木寺の言葉は支離滅裂だった。恐怖で思考がまとまらない。でも、言いたいことだけは、はっきりしていた。

 

 

 

「あいつらには感情があるんだよ! 普通の人間なんだよ! ……それを、おもちゃ扱いすんじゃねえ!!」

「……ハッ。偽善者が」

 

 

 

 一方通行は、つまらなそうに吐き捨てた。

 

「いいぜ……だったら、まとめてスクラップにしてやるよ」

 

 一方通行が、足元の小石を蹴り上げた。カアンッ!!音速を超えた小石が、レールガンの如く木寺を襲う。

 

 

(しま……!)

 木寺は、反射的に身を縮め、横っ飛ぼうとした。だが遅い、避けられない。死ぬ。

 

 

 

 

 

 しかし。

 小石は、()()()()()()()()()()、後方のコンテナを貫通した。

 

 

 

 

 

「……あ、れ?」

 

 

 

 

 

 木寺は生きていた。頬に切り傷ができ、血が滲んでいる。だが、頭は吹き飛んでいない。

 小石が、木寺の顔のわずか横を通り過ぎた。ひりつく痛み。明確に、直撃を免れた。

 

 

 

「……あ?」

 一方通行が、また怪訝な声を上げた。彼は、木寺の眉間を狙ったはずだ。ベクトル計算に狂いはない。風の影響も計算済みだ。なのに、なぜ外れた? 

 

 

 

 それもこんな至近距離で、俺の演算が狂うはずがない。風の計算も、重力も、完璧だったはずだ。なのに、なぜ? 

 

 

 

(……やっぱり、だ!)

 圧倒的恐怖と同時に、木寺は転がるように体勢を立て直す。今の攻撃で確信した。システムスキャンでこれまで、さんざん突きつけられてきた結果。

 

 

 

 

 

(俺は、()()()()()()()()()()()()…………)

 

 

 

 

 

 能力者は、無意識のうちに相手のAIM拡散力場を感知し、それを空間把握の補助に使っている場合がある。

 特に、反射のような常時発動型の能力を持つ一方通行は、その感覚が鋭敏なはずだ。

 

「敵」と認識した対象のAIM反応をロックオンし、そこに向けてベクトルを放つ。それが、彼にとっての「当たり前」の照準動作だ。

 

 

 だが、俺にはそれがない。AIM拡散力場が、完全にゼロなのだ。反応がない。ノイズすらない。まるで、そこには空気しかないかのように。

 

 

 

(あいつにとって、俺は「背景」だ……!!)

 

 俺の存在感が薄すぎて、オート照準が機能していないんだ。

 目で見て、意識して本気で狙わないと、攻撃が吸い込まれない。まるで、幽霊を相手にしているような感覚だろう。

 

 

「……ははっ」

 

 木寺は、引きつった笑みを浮かべた。インデックスやアウレオルスの時を思い出す。あの時と同じだ。俺のこの体質は、学園都市の最強相手でも、こんなふざけた副産物を発揮してくれた。

 

 影が薄くてよかった。モブキャラでよかった。誰にも気づかれない「透明人間」であるというコンプレックスが、今、最強の怪物を相手にするための唯一の武器になっている。

 

 

 

「……おい、第一位」

 木寺は、周囲を確認しながら挑発した。声が震えないように、腹に力を入れる。

 

「お前の計算、ずいぶんガバガバじゃねえか?」

「……あァ?」

 

 一方通行の眉がぴくりと動く。

 

「狙って外したのか? それとも……俺みたいな『レベル0』の座標も計算できないほど、お前の頭はポンコツなのか?」

 

 

 つーかよお……と、怯えを無理くり押し殺して、木寺は更に続ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 生っ白い枝みてえな細い体でよお……運動神経も大したこと、なさそうだ。体育の通知表はいつもお情けで2とかか? まともな拳の喧嘩とかしたことあるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………?」

「……テ、メェ……」

 

 一方通行の口元が、痙攣するように引きつく。余裕の笑みを作ろうとして失敗したような。

 効いている。今のは相当効いたみたいだ。

 

 プライドの高い高位能力者には、この手の煽りが一番効くはずだ。

 冷静さを失わせろ。イラつかせろ。そうすれば、計算にノイズが走る。

 

 

 

「調子に乗ンなよ、ゴミ野郎が。……次は愉快な挽き肉にしてやる」

 

 一方通行の周囲で、空気がゴ、バアアアと渦巻き始めた。殺気が膨れ上がる。

 

「やってみろよ!! 青びょうたん!!」

 木寺は叫び、再び走り出した。逃げる。逃げながら、罠を張る。ここからは、俺のターンだ。

 一方通行は、木寺の方を向いた。一○○三二号のことなど忘れたように、新たなオモチャに興味を示したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木寺の作戦の第一段階、成立。ここからが、本当の地獄だ。

 

 

 

 

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