とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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男達からの鎮魂歌(前編)

 

 

 

 

 

 華やかな大通りから一本外れた、裏路地にある廃ビルの一室である。

 

 窓はベニヤ板で無造作に塞がれ、空調設備はとうの昔に壊れている。タバコの紫煙と、安酒のアルコール臭、そして男たちの汗臭さが充満するその場所は、学園都市の治安の穴、『スキルアウト』のたまり場の一つだった。

 

 

 

「……あー、クソ。暑すぎて死ぬう」

 浜面仕上は、スプリングの飛び出した破れたソファに深く体を沈め、天井の染みを睨みつけていた。金髪に鼻のピアス、だらしない格好。どこにでもいるステレオタイプな不良少年だが、その目には常に社会への不満と、自分の無力さに対する苛立ちが宿っている。

 

「おい浜面、氷買い出してこいよ」

「……早く行ってこい、浜面」

「あァ? 昨日……二日前? じゃんけんで負けたのは半蔵だろ。自分で行けよ」

 

 仲間の服部半蔵と、駒場利徳がいる。駒場はこの集団のリーダー格であり、岩のような顔つきに筋肉質の巨漢だ。彼は暑さなど意に介さず、黙々とダンベルを上げ下げしている。

 

 ここにいる連中は皆、レベル0の無能力者だ。学園都市というシステムにおいて、「才能なし」の烙印を押された落ちこぼれたち。

 

 能力がないから、武装する。評価されないから、暴れる。

 そうやって「俺たちはここにいる」と大声で叫ばなければ、この街は彼らを透明人間として扱い、システムの歯車ですり潰してしまうからだ。

 

 

「……つまんねえな」

 

 浜面は、吸っていたタバコを空き缶に押し付けた。ジュ……という音が、虚しく響く。毎日が同じことの繰り返しだ。

 能力者に我が物顔で威嚇され、警備員(アンチスキル)に追われ、路地裏を逃げ回る。

 

 一発逆転の夢を見ても、現実は残酷だ。

 街頭ビジョンで、レベルの高い能力者が指先一つで世界を書き換える映像を見るたびに、自分たちのやっていることが「ごっこ遊び」にすら見えてこない、惨めな徒労に思えてくる。

 

「結局、俺らはその他大勢なんだよ。……主役には絶対なれねえ」

 

 浜面が腐った言葉を吐いた、その時だった。

 

 

 

 バンッ!! 

 アジトの鉄扉が、鍵ごと吹き飛びそうな勢いで乱暴に開け放たれた。

 

 

 

 外の熱気と共に、一人の男が転がり込んでくる。情報屋の真似事をしている、下っ端の構成員だ。顔面は蒼白で、肩で息をしており、目は極限まで見開かれている。

 

「お、おい! 大変だ!! 大変だぞォ!!!」

「……? なんだ騒がしい。警備員の手入れか? ……またヘマをしたのかお前は」

 

 駒場がダンベルを床に置き、低い声で問う。その音だけで床が揺れる。

 

「ち、ちげえよ!! ニュースだ!!! ……とんでもねえ『大ニュース』が入ってきたんだよオ!!!!!」

 

 男は、酸欠になりかけながら、震える指で外を指差した。

 

「あの……『一方通行(アクセラレータ)』が……()()()らしい……!」

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

 一瞬、部屋の中が真空になったかのように静まり返った。換気扇の回る音だけが、ブウンブオンと響く。

 

 

 そして次の瞬間。爆発的な嘲笑が巻き起こった。

 

「ハハハハハ! バカかお前はあ!!?」

「暑さで頭沸いたか? おい誰か、こいつに水ぶっかけてやれ!」

「第一位が負ける? なんだそれ、今年のエイプリルフールは8月になったのかよ……!」

 

 浜面も、鼻で笑った。くだらない。あまりにもくだらなすぎて、怒る気もおきない。

 

 一方通行といえば、スキルアウトにとっては「災害」と同じだ。

 遭遇したら終わり。戦うなんて選択肢すら浮かばない、絶対的な死の象徴。勝つとか負けるとか、そういう次元の存在ではない。「そこにいたら死ぬ」という自然現象だ。

 

「おいおい、冗談にしてもセンスがねえぞ。……奴が負けるとしたら、寿命で死ぬか、自分で自分の頭を吹き飛ばした時くらいだろ」

 

 浜面はソファに寝転がったまま、手をひらひらさせた。

 

「マジなんだよ! ソースは確実だ!! 西の操車場が消し飛んで、奴が血まみれで搬送されるのを見たって奴がいる!!」

 

 情報屋の男は、必死に食い下がった。落ち着きない様子で両手を振り回す。

 

「現場はめちゃくちゃだ! コンテナが飴細工みてェにひしゃげて、地面はクレーターだらけ!! ……あんなことできるのは、第一位が本気で暴れた証拠だろ!?」

「暴れたのはわかったよ。いつものストレス発散だろ?」

「違う! ……奴が、倒れてたっつうんだよ! 白目剥いて、意識失って!!」

 

 男の必死さに、部屋の笑い声が少しだけ引いた。もし、万が一、それが本当だとしたら。学園都市のパワーバランスが崩壊するほどの大事件だ。

 

 

「……百歩譲って、それが本当だとしてだ」

 

 駒場が、腕組みをして男を見下ろした。

 

「……相手は誰だ? 第二位の『未元物質』か? それとも第三位の『超電磁砲』か……?」

 

 当然の疑問だ。

 怪物を殺せるのは、同じ怪物だけだ。レベル5同士の殺し合い。神々の戦い。それなら、まだ理解できる。

 

 

「それが……違うんだよ」

 

 男は、ごくりと唾を飲み込んだ。その顔には、興奮と、恐怖と、そして奇妙な希望が混ざり合っていた。

 

 

 

 

「……相手は、能力者じゃねえらしい」

「あ?」

 

「……『レベル0』だってよ」

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 浜面の笑いが凍りついた。駒場の動きが止まった。部屋中の空気が、一気に張り詰める。

 

「レベル、0……? 俺らと同じ、無能力者ってことか?」

 

「ああ。……能力(チカラ)を使わず、知恵と、ど根性だけで、あの怪物を殴り倒したって噂が、裏のネットワークで錯綜してる!!」

 

「………………、」

 

 誰も、言葉を発せなかった。笑い飛ばすには、情報屋の目が真剣すぎた。そして何より、その話があまりにも「刺激的」すぎた。

 

 

 だが代わりに。

 数秒の沈黙の後、今度は怒号に近い罵声が飛んだ。

 

 

「テメェ!! いい加減にしやがれ!!!」

「レベル0だと!? 俺らと同じ、無能力者がだああ!!?」

「ふざけんな! レベル0が第一位に勝てるわけねえだろ!! 核ミサイルでも撃ち込んだってのか!?」

 

 レベル0が、レベル5の頂点に勝った。それは、この学園都市の法則を揺るがす、革命的なニュースだ。アリがライオンを殺した。紙飛行機が最新鋭戦闘機を撃墜した。そんな、ありえない奇跡。起こり得るはずがない。

 

 

 

「……嘘、だろ」

 

 浜面は、震える声で呟いた。

 

「そんなの……俺らが一番、『無理だ』って知ってるじゃねえか。……能力者(あいつら)との壁は、絶対だ。努力とか根性とか、そんなもんで埋まる差じゃねえ」

 

 浜面は、自分の拳を見た。

 この拳で、何度壁を殴っても、何も変わらなかった。なのに、どこの誰とも知らないレベル0が、最強を殴り倒した? 

 

 そんなことはあり得ない。起こってはいけない。

 

 

「おい、ふざけんな……俺らを担ごうってのか?」

 浜面は起き上がり、男の胸ぐらを掴んだ。

 馬鹿にされている気がした。俺たちがどれだけ足掻いても、どれだけ武装しても、決して届かない「壁」。それを、同じレベル0が超えただと? そんなおとぎ話、タチの悪いブラックジョークだ。

 

 

「本当なんだって! ……名前や素性はまだ割れてねえが、制服の特徴からして、第七学区の高校生だったらしい!」

 男は、浜面に掴まれたまま、早口でまくし立てた。

 

「……こんな話もある! ……そいつが戦った現場には、小麦粉とか花火とか、そんなガラクタしか落ちてなかったって……!!」

「……小麦粉?」

 

 浜面の手から力が抜けた。男がドサリと床に落ちる。

 

「……なんだそれ。お好み焼きパーティーでもしてたのかよ」

「ちげえよ! 『粉塵爆発』だよ!」

 

 男が叫んだ。

 

「小麦粉ばら撒いて、着火して……酸素を奪って、窒息させたって話だ! ……奴の『反射』は無敵だけど、()()()()()()()()()()()()()!」

 

「……!!」

 

 

 浜面の脳裏に、電撃が走った。

 粉塵爆発。それは、特別な能力でも、学園都市の最新兵器でもない。ただの物理現象だ。条件さえ整えば、誰にでも起こせる現象。

 

 俺たちでも、知っている知識。

 

「……能力で勝ったんじゃねえ。……『頭』を使ったのか」

 

 浜面は戦慄した。一方通行の反射は無敵だ。誰もがそう思っていた。諦めていた。

 

 だが、「人間である以上、酸素が必要」という当たり前の弱点を、そのレベル0は見抜いたのだ。

 そして、その弱点を突くために、自分の命を天秤にかけて、爆心地に飛び込んだのだ。

 

 

 

 

 ……もっとも。

 真実はもっと複雑怪奇であり、情報屋の報告は実のところ、極度に戦闘のタイムラインを単純化した的外れなものだったが──本質は、そこではなかった。

 

 

 

 

「……マジ、かよ」

 誰かが呟いた。その声は震えていた。笑う者は、もう誰もいなかった。

 

 

 

「す、げえ……」

 

 

 

 

 部屋にいる全員の総意だった。レベル0が、レベル5の頂点を倒した。真実ならば、それはこの都市のヒエラルキーシステムそのものを、一笑に伏し、茶番にまで貶めたという事。

 それは、全ての無能力者が奥底で望んでいる事のはずだ。

 希望とさえ言ってもよかった。

 

 

「……あと一個だけ噂があるぜ」

 

 情報屋は、おそるおそる続けた。

 

「そのレベル0……とにかく『地味』で『目立たない』奴だったらしい。……一方通行も、そいつのことを敵だと認識できなくて、油断を誘ったんじゃねえかって」

「油断……」

「ああ。……どう見ても取るに足らないやつ。能力がないからこそ、レベル0だからこそ、誰にも警戒されない」

 

 

 浜面は、その言葉を反芻した。目立たない。地味。それは、普段なら「欠点」とされる要素だ。

 

 スキルアウトの連中は、目立つために派手な服を着て、ピアスを開けて、大声を出す。そうしなければ、社会に埋没してしまうからだ。

 

 だが、その「名もなきレベル0」は、自分の「影の薄さ」すらも武器に変えた。埋没することを恐れず、むしろ闇に溶け込んで、巨人の足元をすくった。

 

 

 

 

「……は、マジで、クソかっけえじゃねえか……」

 

 

 

 

 浜面は、ソファから立ち上がった。心臓が、熱い脈動を打っている。嫉妬。どうしようもないほどの嫉妬。なんで俺じゃないんだ。なんで俺は、ここで腐ってるんだ。

 

 でも、それ以上に。「俺たちにも、できるかもしれない」という、熱い塊が込み上げてくる。

 

 

「なぁ、駒場。……俺ら、負けてばっかでいいのかよ」

 

 浜面は、リーダーを見た。

 

「そのレベル0は、一人でやったんだろ? ……だったら、俺らが束になれば、もっとデカイことできるんじゃねえのか?」

 

 駒場は、静かに浜面を見た。その目は冷徹だったが、奥底には確かに火が灯っていた。

 

「……勘違いするな、浜面」

 

 駒場は言った。

 

「そいつが勝てたのは……そいつがレベル0だったからじゃない。……そいつ個人が、化け物じみた覚悟を持っていたからだ」

 

 駒場は、的確に本質を突いた。

 

 

「粉塵爆発なんて、一歩間違えば自分が死ぬ。……そいつは、死ぬ気でやったんだ。何かを守るために」

「……守るため、か」

 

 浜面は口をつぐんだ。自分たちスキルアウトは、何を守っている? 自分たちのプライド? 居場所? そんなちっぽけなもののために、命を張れるか? 

 

「だが……」

 

 駒場は、わずかに笑った。

 

「不可能が可能になった。……その事実は重い。学園都市のヒエラルキーに、風穴が開いたのは確かだ」

 

 駒場は、ダンベルを片手で持ち上げた。

 

「これからは……能力者たちもウカウカしてられないぞ。……『レベル0だから安全』なんて常識は、今日、終わったんだ」

 

 アジトの空気が変わった。澱んでいた空気が、熱を帯びて対流し始める。男たちの目に、野心と希望が戻ってくる。

 

 

「へへッ……。面白くなってきやがった」

「俺らも、何かデカイ花火打ち上げようぜぇ!」

 

 彼らにはわからない。その「名もなきレベル0」──木寺一桁が、どれほどの恐怖に震えながら戦ったかを。

 彼が求めていたのが、「革命」などではなく、ただ「平和な日常」だったことを。

 

 だが、誤解であれ何であれ、木寺の行動は、確かにこの街の「持たざる者たち」に火をつけたのだ。

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

 数時間後。浜面たちは、廃ビルを出て、別のアジトに移動していた。学区の外れにある立体駐車場だ。シートが全体に満遍なく張られ、巨大な秘密基地のような様相を呈している。

 

 シートの隙間から覗く第七学区の夜景。風力発電のプロペラが遠くで回っている。

 

 

「……名もなきレベル0、か」

 

 情報屋も名前までは掴んでいなかった。ただのレベル0。どこにでもいる無能力者。どんな顔をしているのか。どんな声をしているのか。

 

(会ってみたいもんだな)

 

 浜面は、自販機で買った冷たい缶を、額に当てる。

 

 

「お前は、何のために戦ったんだ?」

 

 金のためか? 女のためか? それとも、ただムカついたからか? 理由は何であれ、あいつはやり遂げた。「レベル0は無力だ」という呪いを、その拳で粉砕した。

 

「……俺も、なれるかな」

 

 浜面は、自分の手を見つめた。今はまだ、ただのチンピラだ。能力もないし、特別な才能もない。でも、あいつと同じ「レベル0」だ。スタートラインは同じはずだ。

 

(……やってやるよ)

 

 浜面は、空になった缶を握り潰した。

 

(いつか俺も……この腐った街のシステムを、ぶっ壊してやる。……お前みたいにな)

 

 

 

 

 その時。立体駐車場の入り口をふさいでいたベニヤ板が、爆音と共に吹き飛ばされた。

 

 

 ドォォォォン!!!!!!! とコミカルな音が階下から響き渡る。

 

 

「なッ!?」

「なんだ!?」

 

 白煙と共に、無数の赤色灯が闇を切り裂く。立体駐車場を囲むようにサイレンの音。拡声器の怒号。

 

 

『──そこまでだ! 全員、動くな!!』

風紀委員(ジャッジメント)だ! お前らは包囲されている! 抵抗はやめろ!』

 

 おもむろに複数の部隊が、雪崩れ込んでくる。警備員(アンチスキル)の実行部隊。そして、その指揮を執る風紀委員の腕章をつけた学生たち。

 

「チッ! 手入れかよ! タイミング悪すぎだろ!」

「逃げろ! 裏口だ!」

 

 パニックになるスキルアウトたち。浜面もまた、反射的に走り出した。だが、退路はすでに塞がれていた。

 

 

「……確保ォ!!」

「ぐあっ!?」

 

 

 浜面は、背後から何者かにタックルされ、コンクリの床に叩きつけられた。受け身を取る暇もない。顔面を強打し、鼻血が噴き出す。

 

「……いってぇ……! 離せコラァ!」

「大人しくしなさい! 公務執行妨害を追加するわよ!」

 

 浜面を押さえつけているのは、高校生くらいの少女だった。風紀委員の腕章。眼鏡をかけた知的な顔立ちだが、その制圧力はプロ並みだ。何らかの高位能力者なのだろう。見えない力で関節を固定されている感覚がある。念動力か、重力操作か。

 

「……ッ、風紀委員のガキが……! 調子乗ってんじゃねえぞ!!」

 

 浜面は暴れた。痛みよりも、屈辱が勝った。まただ。また、能力者に踏みにじられる。俺たちは、いつもこうだ。理不尽な力で押さえつけられ、自由を奪われ、ゴミのように扱われる。

 

 

 そう、諦めかけた時。さっきの「噂」が、脳裏をよぎった。

 

 

 

 

『レベル0が、最強を倒した』

 

 

 

 

 その言葉が、浜面の心に()()()()()

 

「……ざっけんなよ」

 

 浜面は、呻いた。

 

「……え?」

 

 少女が怪訝そうに見下ろす。

 

 

「ふざっけんなって言ってんだよオオオッ!!!!」

 

 

 

 浜面は、火事場の馬鹿力で暴れた。計算外の抵抗に、少女の手が僅かに緩む。

 

「なっ、往生際が悪いですよ!」

「うるせえ! ……なんでだよ! なんで俺たちは、いっつも負け犬なんだよ!!」

 

 浜面は叫んだ。それは、彼女への言葉ではない。この理不尽な学園都市への、そして自分自身の弱さへの怒りだ。

 

「聞いたぞ……! 俺は聞いたんだよ!」

 

 浜面は、鼻血と泥にまみれた顔を上げた。その目は、血走っていた。

 

「一方通行が! あのクソ最強の第一位が!! ……レベル0に負けたってなァ!!!」

 

 その叫びは、騒然とする立体駐車場に響き渡った。制圧していた警備員たちも、取り押さえられていた不良たちも、一瞬だけ動きを止めた。

 

 

「……なんですって?」

 

 少女の目が、見開かれる。彼女たち風紀委員の間でも、その情報はトップシークレットとして囁かれていたのかもしれない。あるいは、単なるデマだと一笑に付していたのかもしれない。

 

 だが、この不良の口からその言葉が出たことに、彼女は驚愕した。

 

「あいつは……どこの誰だか知らねえ『無能力者』は、やったんだよ! 能力がなくたって、才能がなくたって、()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 浜面は、地面を額で叩いた。痛い。でも、心が熱い。

 

 

「なら……俺たちだって! 俺だって!」

 

 

 可能性があるはずだ。俺たちが、ただの「やられ役」で終わらない可能性が。レベル0が、この腐ったシステムの頂点に噛み付く可能性が! 

 

「それなのに……なんで俺は、こんなとこで這いつくばってんだよ!!」

 

 悔しさ。あの「名もなきレベル0」への強烈な嫉妬。あいつはできた。俺にはできなかった。その差は何だ? 根性か? 覚悟か? それとも、守るべきものがあったからか? 

 

「……クソッ! クソッタレがぁぁぁッ!!」

 

 浜面は吼えた。それは、敗北者の遠吠えかもしれない。だが、その遠吠えには、今までにはなかった「熱」が宿っていた。「諦め」ではなく、「渇望」の熱が。

 

 

 

「……静かにしなさい」

 

 少女は、再び浜面を押さえつけた。だが、その力には、先ほどまでの容赦のなさが少しだけ欠けていた。

 

(……この男)

 

 少女は、浜面の後頭部を見た。そして、絶望と、希望と、嫉妬がない交ぜになった、人間臭い叫び。

 それは、ただ暴れるだけの不良とは違う、何かの「意志」を感じさせた。

 

 

「……その噂が本当だとして」

 

 少女は、冷徹に告げた。

 

「それを成し遂げたのは『その人物』であって、貴方ではありません」

 

「……ッ」

 

 

「他人の手柄で吠えるのは、みっともないですよ。……貴方が『証明』したいのなら、貴方自身の足で立ちなさい」

 

 少女の言葉は正論だった。浜面は、何も言い返せなかった。その通りだ。俺は今、他人の栄光にすがって、自分の惨めさを誤魔化そうとしただけだ。

 

 

 

「……チッ。わーってるよ」

 

 浜面は、抵抗をやめた。力が抜ける。

 

「……でも、覚えておけよ。風紀委員(ジャッジメント)

 浜面は、少女に噛み付くように言った。

 

「俺たちは……いつまでも、地べた這いずり回ってるだけじゃあねえぞ。……いつか、あの『レベル0』みたいに……世界ひっくり返してやるからな」

 

 それは、負け惜しみだった。だが、浜面仕上の人生において、初めて明確に「上を目指す」と宣言した瞬間でもあった。

 

「……はいはい。期待しておきます」

 

 少女は、手錠をかけた。カチャリ、という冷たい音。浜面は、連行されていく。

 

 

 

 その背中を見ながら、少女は小さく溜息をついた。

 

「……どこの誰だか知りませんが……罪なことをしてくれますね」

 

 知らないところで、その「名もなきレベル0」は影響を与え始めている。路地裏の野良犬に、「噛み付く勇気」を与えてしまった。それが、この街にとって吉と出るか、凶と出るか。

 

「……ま、今は大人しくブタ箱に入っていただきましょう」

 

 少女は、髪を払った。夜明け前の立体駐車場。祭りの後のような静けさの中で、新たな火種が燻り始めていた。

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

 数時間後。警備員の詰め所にある留置場。浜面は、硬いベンチに寝転がっていた。隣には駒場がいる。

 

「……痛ぇ」

 

 殴られた頬が痛む。だが、不思議と気分は悪くなかった。

 

 

「なぁ、駒場」

「……なんだ?」

「あの噂……本当だと思うか?」

「……さあな」

 

 

 駒場は、天井を見つめたまま言った。

 

「だが……火のないところに煙は立たない。……もし本当なら、そいつはとんでもない『馬鹿』で、とんでもない『英雄』だ」

「……ははっ。違いねえ」

 

 浜面は笑った。やっぱり会ってみたいと思った。その「名もなき野郎」に。会って、色んな話を聞いてみたい。

 

 

 

 

『怖くなかったのか?』

『どうやって勝ったんだ?』

『俺にも、できると思うか?』

 

 

 

 

「……俺も、なりてえな」

 

 浜面は小さく呟いた。

 

 

 

 

「何かを守れるような……かっけえレベル0に」

 

 

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