とある科学の存在証明   作:かさねtyann

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男達からの鎮魂歌(後編)

 

 

「……あー、死ぬかと思ったぜよ……」

 

 第十一学区の雑居ビルの一室だった。

 建付けの悪い扉を開け、土御門元春は足を引きずるようにして部屋に入った。

 そのまま、埃っぽいベッドに勢いよく倒れ込む。

「はああ~……きっつ……」

 ここは土御門のセーフハウスである。義妹の舞夏には絶対に見せない、彼の「本業」の拠点の一つ。

 

「……、」

 サングラスを外し、乱暴に放り出す。彼の体はボロボロだった。表向きは「海水浴を楽しんで帰ってきた高校生」だが、その内実は壮絶だ。

 世界規模の大魔術『御使堕し(エンゼルフォール)』。その解決のために奔走し、あまつさえ能力者でありながら魔術を行使した代償が、今になって全身を蝕んでいる。内臓が焼け付くような鈍痛。血管を巡る異物感。

 上条当麻が表の主役として天使と殴り合っている裏で、彼もまた、命を削って世界を修復していたのだ。

 

「……やっと終わったと思ったら、これか」

 土御門は、明滅しているタブレット端末を手に取った。彼が留守にしている間、情報屋や裏ルートから吸い上げられた通知が、未読の山となって積み上がっている。

 

 本来なら寝てしまいたい。だが、情報の遅れはスパイにとって死を意味する。彼は充血した目をこすり、画面をスワイプした。

 

 

『ロシア成教、殲滅白書の動向』

必要悪の教会(ネセサリウス)からの定例報告』

『外装代脳関連の資金洗浄ルートの調査結果』

 

 

「……にゃー。どいつもこいつも、元気だねぇ」

 

 土御門は溜め息をついた。どれもこれも、後から適当に別の担当者に振っておけばいい程度の案件だ。今は思考のリソースを割く気になれない。

 

 だが。

 

 惰性で弾いていた指先が、ある一つの通知でぴた……と止まった。

 

 

 

『件名 第十七学区・貨物操車場における特異エネルギー反応および第一位の戦闘不能に関する事後解析(第一報)』

 

 

 

「……ん?」

 

 土御門の眉がぴくりと動いた。

 

 第一位。一方通行(アクセラレータ)

 奴の能力進化に纏わる計画が進行中であることは知っている。今日もまた、クローンの一体をスクラップにしたという報告だろうか。それをわざわざ?

 

 だが、「戦闘不能」という文字列が、異質な違和感として目に焼き付く。

 

「……誤報か? いや、ソースはAランクの暗部直通の解析班だ」

 

 眠気が覚めてきた。彼は通知をタップし、詳細レポートを展開した。

 

 

 

 :

 

 

 

「…………、」

 土御門の瞳孔が画面を右へ左へと次々滑っていく。

 

 監視カメラの映像データはない。現場周辺のカメラは、高出力の電磁波と衝撃波の余波ですべて焼き切れていたらしい。

 

 あるのは、駆けつけた外部の解析班による現場検証のテキストデータと、回収された遺留品の成分分析結果だけ。

 

 土御門は、その『成分分析リスト』に目を通した。

 

 

『検出検体1・高濃度の炭酸カルシウムおよび硝酸カリウム、ストロンチウム化合物』

(……花火か? それも、玩具レベルの安物だ)

 

『検出検体2・ジメチルエーテル、液化石油ガス、およびシリコーンオイル』

(……潤滑スプレー?)

 

『検出検体3・シアノアクリレートを主成分とする重合体』

(……瞬間接着剤)

 

『検出検体4・大量の多糖類粒子。タンパク質を含む』

(……小麦粉?)

 

 

 

 土御門は眉をひそめた。なんだこれは。最新鋭の兵器の残骸でも、魔術的な霊装の破片でもない。まるで、日曜大工の好きな小学生が、お小遣いで買い集めたようなガラクタの山だ。

 

 だが、レポートの続きには、信じがたい結論が記されていた。

 

『現場状況 上記「検体4」による中規模の粉塵爆発の痕跡あり』

『第一位は脳震盪による意識不明の状態で発見・搬送との情報』

『対戦相手は逃走。能力使用の痕跡(AIM反応痕)なし』

 

 

 

 

「……は?」

 

 土御門はしばらく、まばたきを忘れて画面を凝視した。

 

 最強が、負けた? 小麦粉と花火で? 

 

 そんな馬鹿な話があるか。上条当麻の『幻想殺し』ならいざ知らず、他の無能力者が一方通行に勝つ道理がない。反射は自動だ。物理法則そのものを跳ね返す怪物に、物理現象で挑んで勝てるはずがない。

 

「……誰だ。誰がやった?」

 

 土御門は、次のページを開いた。

 

『現場付近における不審人物・目撃情報リスト』。

 

 事件発生時刻前後、現場近くのコンビニや量販店の防犯カメラに映り込んだ人物の画像が、数十枚羅列されている。不良グループ。帰宅途中の建設作業員。家出風少女。どれも「最強を倒す者」には見えない。

 

 だが。その中の一枚。ホームセンターの近辺を捉えた、画質の粗い画像を見た瞬間、土御門の思考は一点に収束した。

 

 そこに映っていたのは。

 

 レジ袋をぶら下げ、一見ただの買い物帰りに見える、どこか脱力したような雰囲気の……()()()()()()()()姿()

 

 

 

 

 

「……お、い」

 

 土御門は、画像を拡大した。間違いない。なんの特徴もないTシャツに制服のズボン。やや猫背。自信のなさそうな立ち姿。よく見慣れた、クラスメイトの姿。

 

 

 

 

 木寺一桁。

 

 

 

 

「……こいつ……」

 

 土御門の脳内で、バラバラだったピースが、恐ろしいほどの速度で組み上がっていく。

 

 なぜ、一方通行の反射を抜けた? ……木寺には、AIM拡散力場がない。『反応なし』だ。

 

 一方通行の反射フィルタは、無意識のうちに「敵意」や「異能の力」を選別しているはずだ。だが、木寺にはそれがない。あいつの存在感の薄さは、ただの「地味」じゃない。科学的な意味での「透明人間」に近い。

 

 

 

「……そうか。認識されなかったのか」

 

 

 

 

 土御門は、震える手で画面をスクロールした。小麦粉。花火。スプレー。これらは攻撃手段じゃない。一方通行の「演算」を狂わせるための、ノイズだ。

 

 視界を奪い、聴覚を塞ぎ、呼吸を阻害する。最強のCPUに、無駄な処理を押し付けて、処理落ち……いや、「通り抜けるための穴」を誘発させるための、泥臭く、卑怯で、そしてあまりにも合理的な戦術。

 

 

「……それを、あいつがやったのか?」

 あの、教室の隅っこで、寝ているフリをしてやり過ごしていた木寺が? 事なかれ主義で、面倒ごとからはいつも全力で逃げ出す、あの臆病者が? 

 

 

 

 

 吹寄に詰められ涙目になっていたあの男が。

 

 上条に嫉妬し、醜態をさらしていたあの男が。

 

 

 ()()()()()()

 

 震える足で、小銭を握り締めてガラクタ買って、学園都市第一位に、殴りかかったのか? 

 

 

 

 

 土御門は想像した。夜の街を走り回り、涙目で主夫のように小麦粉を買い集める木寺の姿を。

 恐怖で吐きそうになりながら、それでも一歩も引かずに、怪物の前に立った姿を。

 

 

 

 

「……ぶっ、くくく……!」

 

 こみ上げてくるものを、抑えきれなかった。

 

「アハハハハハハハハハッ!! なんだそりゃ! 傑作すぎるぜよ、お前!!!!」

 

 

 

 土御門はタブレットを放り出し、ベッドの上で腹を抱えて爆笑した。深夜の密室に、狂ったような笑い声が響く。

 

 腹が痛い。涙が出る。エンゼルフォールの後遺症の痛みなど、どこかへ吹き飛んでしまった。

 

 

 

 痛快だ。あまりにも、痛快すぎる!!!!

 

 

 

 アレイスター・クロウリー。

 この学園都市を作り上げ、全てを掌の上でコントロールする「人間」。彼が丹精込めて育て上げ、数千億円を投じて作り上げた最高傑作、一方通行。

 

 その「無敵の怪物」が。

 誰の目にも留まらない、期待もされていない、予算ゼロ円の「落ちこぼれ」に殴り倒されたのだ。

 

 

「ぶ……く。ざまあみろだ……!! これ以上の『ざまあみろ』があるかよ……!!!」

 

 

 土御門は、布団をバンバンと叩いた。プラン? 運命? そんなもの知ったことか。

 

 あいつは、ただのモブのくせに、シナリオを全部破り捨てて、主役の座を強奪しやがった。

 

 

 

 

「……く、くく……!」

 

 

 

 

 笑いが止まらない。 こみ上げてくるのは、同情でも悲哀でもない。 純度一〇〇%の「可笑しさ」だ。

 

 

 

「カハハハハハッ!! なんなんだよ、オイ!! マジで!!」

 

 

 

 土御門は、声を押し殺しながらも、過呼吸になりそうな程笑った。 今年で一番くらい、涙が出るほど笑った。

 

 

 

「勝っちまったのかよ! あの一方通行(アクセラレータ)に! この、万年補習組の、レベル0の、ビビりの木寺が!」

 

 

 

 ありえない。

 確率論で言えば、隕石が直撃して死ぬよりも低い確率だ。 プールの中にぶん投げたばらばらの時計部品が組みあがるより低い。

 この街の「常識」が、今、音を立てて崩れ落ちる音が聞こえる。

 

 

 

 

「……はー、腹いてぇ。……死ぬかと思った」

 

 ひとしきり笑い転げた後、土御門は涙を拭きながら天井を仰いだ。その目には、愉悦と、そして微かな敬意が宿っていた。

 

 

 

「……やるじゃねえか、木寺」

 

 誰にも求められていなかった男。誰も期待していなかった男。それでもあいつは、たった一人で戦うことを選んだ。舞台に上がる資格すらない観客が、スポットライトを浴びる主役に立ち向かい、そして勝ったのだ。

 

 

「……まったく。カミやんといい、お前といい……。俺の周りには、算数すらできない間抜け野郎が多くて困るぜよ」

 

 

 口元が緩むのを止められなかった。

 だが、ここからは仕事だ。この最高に面白いエラーコードを、システム管理者がどう判断するか。

 

 

 

「さて、木寺。……答え合わせといこうか」

 

 土御門は、笑いの余韻を残したまま、真剣な「裏の顔」へと戻っていった。

 

 

 

 

 :

 

 

 

 

 土御門は、懐から特殊な携帯電話を取り出した。登録されている回線は一つだけ。かける相手は、この学園都市の支配者。統括理事長、アレイスター・クロウリー。

 

 深夜のホットライン。通常なら繋がらない。あるいは、繋がった瞬間に回線が焼かれるかもしれない。

 

 だが、土御門は確信していた。アレイスターは出る。

 なぜなら、自分が木寺一桁に最も近い「観測者」であり、この異常事態の報告を上げる義務があるからだ。

 

「…………」 

 単調な呼び出し音が、静寂なセーフハウスに響く。1コール。2コール。3コール目で、音が途切れた。

 

 通話が繋がった。そこには、声がなかった。「もしもし」という挨拶も、「用件を言え」という催促もない。

 

 ただ、絶対零度の静寂と、電子的な異音の向こう側に、人間ならざる何かが生命維持装置の液体の中で浮遊している気配だけが、鼓膜を圧迫してくる。

 

 背筋を、冷たい蛇が這い上がるような感覚。この男と対峙する時は、いつだって命のやり取りだ。言葉一つ、呼吸一つ間違えれば、次の瞬間には足元をすくわれ地獄に突き落とされるかもしれない。

 

 

「……夜分遅くにすまねぇな、統括理事長(アレイスター)

 

 

 土御門は、虚空を睨み、努めて軽薄な口調を作った。冷や汗がこめかみを伝い、顎から滴り落ちる。

 

 携帯電話の向こう側──『窓のないビル』の支配者へ繋がる回線は、物理的な距離など無意味にするような重圧を放っていた。

 

「報告は届いてるんだろ? ……第十七学区の一件だ」

 

 問いかけに対し、受話器から返ってきたのは、あまりにも人間的な、しかし性別も年齢も特定できない不可思議な声だった。

 肯定の言葉はない。だが、否定がないことこそが、最大の肯定だった。

 アレイスターは全てを知っている。なんらかの高度な情報収集手段を用いて、学園都市のあらゆる事象を、まるで神の視点で見下ろしているのだから。あの一戦のすべてを、特等席で観劇していたはずだ。

 

「一方通行が負けた。……それも、レベル0に」

 

 土御門は、単刀直入に切り込んだ。腹の探り合いは無意味だ。

 

「……木寺一桁。俺のクラスメイトだ。……あいつは、あんたの『プラン』に含まれていたのか?」

 

 それが、最初の懸念だった。

 もし、木寺があらかじめ用意された「刺客」だったとしたら。あいつのあの必死な行動のすべてが、アレイスターの掌の上で踊らされていた演技だったとしたら。

 俺の目は節穴だったことになる。

 受話器の向こうで、支配者が何かを呟いた。

 短く、感情の読めない一言。

 だが、それを聞いた土御門の口元が、ひくり、と反応する。

 

「……イレギュラー、か」

 

 土御門は、相手の言葉を咀嚼し、あえて声に出して確認した。

 アレイスターは、木寺を知らなかったわけではない。だが、役者として舞台に上げてはいなかった。

 

 完璧な計画。数億通りのシミュレーション。その壮大なタペストリーに付着した、取るに足らない、しかし無視できないインクの染み。それが木寺一桁だと言うのか。

「……へぇ。あんたでも、読み違えることがあるんだな」

 土御門は口元を歪めた。

 

 あいつは、アレイスターの駒じゃなかった。誰の意志でもなく、自分自身の足で、勝手に盤上に上がり込んで、勝手に最強を殴り倒した異物。

 

「なら、あいつは何だ? ……『原石』か? それとも、上条当麻のような『幻想殺し』の亜種か?」

 

 再び、声が返ってくる。

 今度の声色は、先ほどよりも冷ややかで、かつてないほど「無関心」な響きを帯びていた。

 まるで、この話題に対して、彼は興味を失ったかのような。

 

(……違う、のか?)

 

 土御門は、サングラスを拾い上げた。

 原石でもなければ、異能を打ち消す特異点でもない。もっと、価値のないもの。システムにとって、解析する意義すら見出せないもの。

(……単なる『空白(Null)』。……システムの隙間に生じた、計算外のバグ、ってところか)

 

 評価は低い。あまりにも、不自然なほど低い。

 アレイスターにとって、木寺一桁は「世界を変える力」を持つ英雄ではない。ただ、「そこにいるのにいない」とシステムに誤認されるだけの、空っぽのエラー。

 だが、そのエラーが、最強の歯車を狂わせた。

 

「……で? どうするんだ?」

 

 通話を打ち切られる前に、土御門は二の句を接いだ。

 むしろ、彼にとってはここからが本題だ。

 木寺の正体が何であれ、彼は「最強」を倒してしまった。計画に泥を塗った。その落とし前を、どうつけさせるつもりなのか。

 

「プランの邪魔なら、消すか?」

 

 あえて、物騒な言葉を使った。心臓がわずかに脈打つ。もし、ここで受話器の向こうから、冷酷な肯定の意志が返ってきたら。

 俺はどうする? 任務を遂行するか? それとも、木寺を守るために、この「人間」をやめた怪物と敵対するか? 

 受話器から、沈黙が流れた。

 アレイスターが思考している。木寺というノイズを排除するコストと、生かしておくメリットを天秤にかけている。

 やがて、一つの「結論」が、淡々と告げられた。

 

 土御門は、その言葉を聞き、肺に溜まっていた空気を吐き出した。

 助かった。処刑命令は出なかった。

(……『放置』、か。……なるほどな。転んでもただでは起きないってか)

 

 土御門は、皮肉な笑みを浮かべた。

 一方通行の敗北。それは計画の遅延を意味するが、同時に「最強」という慢心に溺れていた彼に、強烈なショックを与える機会でもある。

 無能力者に負けるという屈辱。自分の演算が通じない恐怖。それらを糧にして、一方通行のアップデートを促すための「踏み台」として。

 木寺一桁には、生かしておくだけの利用価値があると判断されたのだろうか。

 

「……わかったよ。監視は続ける」

 

 土御門は頷いた。

 

 やがて、一方的な切断音。そうして部屋に重苦しい静寂が戻ってくる。

 

 

 

「……ふぅ」

 土御門は、携帯電話をソファに放り出し、床を見つめた。

 どっと疲れが出た。ここしばらくの激戦よりも、今の数分間の方が寿命を削った気がする。

「……放置、か」

 最悪の事態は免れた。即座にアレイスター直属の暗殺部隊が動き、木寺が消されることはない。

 

 だが、それは「安全」を意味しない。むしろ、飼い殺しにされるという宣言に等しい。

 

「……あいつ、わかってねぇだろうな」

 土御門は、立ち上がって窓際に歩み寄った。ブラインドの隙間から、白み始めた空が見える。学園都市の朝が来る。

 木寺一桁は、自分が何をしたのか、本当の意味では理解していないだろう。

 

 多分、ただ友達を守りたくて、泣き喚きながら必死に戦っただけ。自分の命をベットして、少女の命を救っただけ。

 

 その結果、自分がこの街の「盤上」に、プレイヤーとして引きずり出されてしまったことを、あいつは知らない。

 

「……リスクは、山積みだな」

 

 アレイスターだけじゃない。一方通行が倒されたという事実は、いずれ闇社会に広まる。「最強を倒した男」。その称号は、あまりにも甘美で、あまりにも危険だ。

 木寺には、それを跳ね除ける力はない。あいつは、基本的にはただのレベル0だ。

 今回の勝利は、奇跡的な条件が重なった結果に過ぎない。二度目はない。次は、間違いなく殺される。

 

「……しゃあねぇな」

 土御門は、サングラスをゆっくりと拾い上げ、かけ直した。鏡に映る自分を見る。嘘つきの顔。裏切り者の顔。シスコンの顔。

 

 多重スパイとして、敵も味方も欺き続ける、薄汚い男の顔。だが、その口元には、微かに人間臭い、悪友としての笑みが浮かんでいた。

 

「友達のよしみだ。……多少の火の粉は払ってやるよ。笑わせて貰った分だけは、な」

 彼は、木寺の泣きそうな顔を思い浮かべた。

 あの、情けなくて、弱くて、いつも震えていて。でも、誰よりも勇敢に、たった一人で地獄に飛び込んでいった馬鹿野郎の顔を。

 

 

 

 :

 

 

 

「……にしても、解せねぇな」

 

 拠点を出る直前。彼は独りごちる。

 

 アレイスター・クロウリー。学園都市の創造主であり、科学と魔術を極めた人間。

 彼の計画(プラン)に、未知など存在しないはずだ。全ての変数は計算され、全ての結果は予測されているはずだ。

 

 だが、今の会話。

 あの大先生は、木寺をいやに軽んじた。

 原石でもない。異能でもない。

 ただのバグだと切り捨てた。

 

 

(……だが、本当にそうか?)

 

 

 土御門は、サングラスを片手で回しながら、眉間を揉んだ。

 

(原石じゃないなら、魔術サイドの何かか? いや、それなら痕跡があるはずだ。ただの科学サイドの能力者? これもAIM拡散力場は出ていない。……じゃあ、あいつは一体何なんだ?)

 分類できない。定義できない。

 アレイスターですら、木寺一桁という存在に、明確なラベルを貼ることを避けたように見えた。

 

(……まさか、な)

 

 土御門の背筋に、気持ちの悪い汗が流れる。

 

(まさか、あの大先生ですら……『分かっていない』のか?)

 

 

 そんなはずはない。

 相手はこの学園都市の神だ。全知全能に近い怪物だ。

 たかが高校生一人を見通せないなんてことが、ありえるはずがない。

 

 だが、もしも。

 もしも、アレイスターの膨大なデータベースのどこにも該当しない、完全な「未知」が、あの木寺だとしたら。

 

 

 

「……空白、か」

 土御門は呟いた。

 

 それは「何もない」という意味ではない。

「何が入るかわからない」という、底知れない不気味さを孕んだ言葉。

 

 

「……おいおい、木寺。お前、本当に何なんだぜよ」

 

 

 ……こうなってくると。

 ただのクラスメイトだと思っていた「無能力者」が、急に得体の知れない化け物に見えてくる。

 

 

 

 土御門は、暗い部屋で一人、また笑うしかなかった。

 











次回、色々問題回
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