AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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序章です。不定期更新ですが、書いていきます


第一期 AION REAGALIA(アイオン・レガリア)
序章:砂上の静謐、鉄の進軍


エテルナ帝国の夜明けは、常に黄金色に染まっている。

 

大陸中央に位置する広大な砂漠のただ中に、突如として現れるその都は、旅人たちから「蜃気楼の終着点」あるいは「神が砂に落とした時計」と称されていた。都の中心にそびえ立つ聖時計塔『クロノス・マギ』は、天を突くほどに巨大な針を携え、街全体に「星韻(せいいん)」と呼ばれる不可視の旋律を振りまいている。

その調べは、エテルナに住まう者たちにとっての福音であり、物理法則そのものだった。

塔から放射される星韻の波動は、都市全体の因果律を緩やかに整律している。例えば、石畳を歩く子供が躓けば、その瞬間の「重力」がわずかに減速し、怪我を未然に防ぐ。職人が細工を施せば、その「揺らぎ」が過去へと固定され、人知を超えた傑作が完成する。この国では、時間は残酷な断絶ではなく、王の慈悲によって編み上げられた滑らかな絹糸のようなものだった。

だが、その平穏は、外界から見れば「美しくも歪な静止画」に等しい。

一歩エテルナの外側へ出れば、そこには命が瞬く間に乾き、歴史が風に流される過酷な砂漠が広がっている。その無慈悲な世界の理(ことわり)を、圧倒的な個の力でねじ曲げて維持されているのが、この黄金の帝国なのだ。

王宮『アイオン宮殿』の最上層に位置する「空の庭園」。

地上数千メートルの高空でありながら、烈風も乾いた砂も届かないその聖域で、アル・ゼノン・エテルナは、手元のティーカップを眺めていた。

 

「……遅いな。茶が淹れ終わるまでに、隣国の使者が泣きついてくると聞いていたが」

 

ゼノンが呟くと、周囲の空気がわずかに震えた。

彼がただそこに座っているだけで、周囲の時間は「最適化」される。紅茶の表面に波紋一つ立たず、液体の蒸発さえも緩やかになり、香りは劣化することなくその場に留まり続ける。

 

「王よ。彼らは自分たちの命という『時間』が、どれほど安価なものか理解していないようです」

 

傍らに控えるのは、四星天将が一人、蒼穹のイシュタル。

青磁のような肌と、冷静沈着な瞳を持つ彼女は、王のために新たな茶を注ぐ。彼女の背後には、宙に浮く幾千もの「光の文字」が巡っている。それは帝国全土の監視、内政の調整、そして星韻の純度管理を同時に行う彼女の権能の一部であった。

 

「時間は残酷だ、イシュタル。余にとっては一瞬も永遠もさほど変わりはない。……だが、この茶が冷めるまでの時間だけは、何物にも代えがたい価値があると思わないか?」

 

「左様にございます。……ですが、その価値を理解せぬ不届き者が、北の地平を汚しております。ガリア連邦の艦隊は、降伏勧告ではなく、砲撃を選択した模様です」

 

イシュタルが宙を払うと、青い光の膜が浮かび上がった。

そこには、砂塵を巻き上げて進軍する、鉄臭い軍勢の姿があった。

 

北方の軍事国家、ガリア連邦。

彼らは魔法を「古い遺物」と切り捨て、星韻を燃料として駆動させる機械化兵器『魔導機甲(アーマード・レクス)』によって大陸の半分を制圧してきた。

旗艦『アイアン・デューク』の艦橋に立つ総司令官ゲルハルトは、不敵に笑った。

彼の前には、何百という空中艦艇と、数万の装甲兵たちが整然と展開している。その光景は、砂漠を黒く塗りつぶす鉄の津波そのものだった。

 

「時代遅れの砂の王国め。一人の『最強の王』が何をしてくれる? 伝説など、火薬と鋼鉄の物量の前には無価値だと、今この瞬間から歴史に刻んでやる」

 

ガリアの論理は単純だった。

一人の魔術師がどれほど強大でも、数万の発射される弾丸をすべて防ぐことはできない。一国の王がいかに超越者でも、国の広さすべてを守ることはできない。彼らが信じるのは、数値化できる暴力と、量産可能な鋼鉄の意志だ。

 

「司令、エテルナの防衛結界まで残り三キロ。既に全艦隊、星韻の干渉波を確認。計測不能な高密度のエネルギー反応です」

 

副官シュミットが報告するが、ゲルハルトはそれを一蹴した。

 

「ふん。どれほど強力な結界も、一点に数十万トンの衝撃を叩き込めば、物理的に崩壊する。それが『科学』だ。全機甲師団へ通達。エテルナの民に、自分たちが信じてきた神の法則が、ただの古い迷信であったことを教えてやれ!」

 

鋼鉄の咆哮が、静寂を切り裂いて放たれた。

数万の砲口が、同時に火を噴く。それは砂漠の夜明けを強制的に焼き払うような、圧倒的な「赤」の閃光。

ガリアの技術の結晶である、星韻圧縮弾――物質を分子レベルで分解する破壊の雨が、エテルナの都へと降り注いだ。

ゲルハルトは、モニター越しにそれを見つめ、勝利を確信した。

だが、その砲火が都の目と鼻の先――空中の一点で、ピタリと「静止」した。

 

「……何だと? 不発か? いや、起爆信号は正常だ! なぜ止まっている!?」

 

「分かりません! 砲弾周辺の時間が……いえ、空間そのものが『固定』されています!」

 

空中に固定された数万の砲弾の群れは、夜空に浮かぶ無数の星のように、その場に留まり続けた。爆発もせず、落下もせず、ただそこに「在る」ことを拒否されたかのような異様な光景。

宮殿のテラスで、ゼノンがカップを置く「カチリ」という音が響いた。

 

「……五月蝿いな。余の庭で、誰の許しを得て呼吸をしている?」

 

ゼノンは立ち上がることもなく、ただ指先をかすかに動かした。

その一動作で、固定されていた数万の砲弾が、まるで逆再生されるようにガリアの艦隊へと弾き飛ばされた。

爆音と悲鳴が、遠く北の空で響き渡る。

だが、それはまだ、これから始まる惨劇の序奏に過ぎなかった。

 

エテルナの宮殿中央、巨大な円形広場『万魔殿』。

ここは王の命令一つで、帝国の全武力が集結する、いわばこの世界の中心軸である。

重厚な大扉が左右に開かれる。

アル・ゼノンがゆっくりと、しかし確かな重みを持って歩みを進める。彼の靴音が響くたび、広場を埋め尽くす強者たちの背筋に戦慄が走った。

最前列に並ぶのは、四星天将の残り三名。

「不変」を司る金剛のバシュタール。「熱量」を司る煉獄のアグニオース。「忘却」を司る虚無のゼロス。

その背後には、時辰十二翼の将と副将、計二十四名が、自らの獲物を携えて片膝を突いている。

影、鋼、雷、空間、龍、毒、光、夢、幻、鳥、狼、鎧。

十二の刻(とき)を背負った二十四名の怪物。彼らが放つ星韻の圧力は、もし防護結界がなければ、この宮殿を跡形もなく霧散させるほどに濃密だった。

ゼノンが最奥の玉座に腰を下ろす。

その瞬間、ざわついていた大気が一瞬で「静止」された。

 

「……皆、よく集まった。余の『翼』たちよ」

 

ゼノンの言葉は、叫びではない。囁くような静かな声だったが、それは広場にいる全員の鼓動を直接掴むかのような強制力を持っていた。

 

「ガリアという名の子供たちが、余の庭で鉄の玩具を振り回している。本来なら、彼らが老いて死ぬまで放っておいても良いのだが、あいにく今日の茶の味を汚された。余の不快は、そのまま貴公らの不快であろう?」

 

「「「御意に……!!」」」

 

二十四名の翼将と副将が、一糸乱れぬ動作で頭(こうべ)を垂れる。

 

「ガリアの連中は、『数』が『個』を凌駕すると信じている。その傲慢な時間を、貴公らの力で剪定してこい。エテルナの時間は、余の許可なく奪わせん」

 

ゼノンは視線を落とす。そこには、選ばれたことへの歓喜に肩を震わせる二組の男女がいた。

 

「バラム・アシュタ(辰)、アル・ザヒド(午)。そして、その副官らよ。……立て」

 

命じられ、四名が弾かれたように立ち上がる。

辰の翼将バラムは、燃えるような紅い外套を翻し、龍槍『サラマンダー』を大地に突き立てた。

午の翼将アル・ザヒドは、銀の甲冑を鳴らし、光を吸い込む重槍『ロンギヌス』を構える。

 

「王よ。ガリアの連中が誇るあの鉄の屑、少しばかり目障りです。……余興として、あれを『過去』の遺物へと還して参ります」

 

「速さこそが慈悲。……絶望する暇さえ与えず、その心臓を『静止』させて参りましょう」

 

ゼノンは目を閉じ、優雅に手を振った。

 

「行け。……ただし、美しく散らせろ。無様な骸(むくろ)で砂漠を汚すな」

 

「「「「御意に、我が王(マイ・ロード)!!」」」」

 

次の瞬間、万魔殿から四つの眩い光が、空へと消えていった。

それは、一つの帝国が滅びるカウントダウンが始まった合図だった。

そして同時に、エテルナの「最強の日常」が、歴史を塗りつぶしにいく最初の第一歩でもあった。

玉座に残されたゼノンは、再びカップを手に取り、北の空を見つめる。

 

「……イシュタル。新しい茶を。今度は、少しだけ熱めに頼む」

 

帝国の絶対者は、まるでこれから始まる蹂躙が、ほんの数分の暇つぶしであるかのように、静かに微笑んだ。




次回、第一章:【光速の槍、焦熱の龍】
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