AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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第十二章:【十三時の審判、天から降り注ぐ瞳】

エテルナ帝国の象徴、聖時計塔『クロノス・マギ』。その文字盤に刻まれた「13」の数字は、この世界が始まって以来の「バグ」であり、同時に「終わりの合図」でもあった。

 

鐘の音が響く。だが、それは安寧を告げるこれまでの調べではない。空間そのものが軋み、天の蓋が内側から抉じ開けられるような、不快な金属音。

 

「……空が。……見られている」

 

虚無のゼロスが、抱えていたぬいぐるみをポロリと落とした。 彼の視線の先――「13時」の鐘と共に、エテルナの青空は完全に剥落した。剥がれた空の向こう側にあったのは、星も闇もない、無機質な「銀色の空間」。そしてそこから、無数の、本当に無数の『瞳』が降り注いできた。

 

それは、生物の目ではない。 幾何学的な紋様が浮かぶ、巨大な鏡のような球体。それが雲を突き抜け、数千、数万という単位でエテルナの街を見下ろしている。

 

「……あれは、ゼノビアさえも凌駕する、この宇宙の管理者……『天涯の観測者(アービター)』だ」

 

アイオン宮殿のバルコニー。 アル・ゼノンは、崩れそうになる身体を王権具『万劫の針』を杖にすることで支えていた。 彼の右半身は、既に冷たい石へと変わっている。「13時」を強制的に発動させた代償――地下に眠る神々の絶望を一人で引き受けた報いが、王の肉体を蝕んでいた。

 

「王よ! お下がりください! そのお身体では、これ以上の星韻(せいいん)の使用は……!」

 

蒼穹のイシュタルが駆け寄るが、ゼノンは石化した手で彼女を制した。

 

「……イシュタル。……余が座せば、この国は終わる。……余が立っている限り、この国はまだ『現在』だ」

 

王の瞳が、銀色の空を見据える。 降り注ぐ『瞳』から、不可視の光線が放たれた。それは攻撃ではない。「消去」だ。 光に触れた建物が、一瞬で未構成のデータへと還元され、消えていく。神の審判――それは、不完全な歴史を「なかったこと」にするための、無慈悲な初期化(フォーマット)であった。

 

「――全翼、展開! 王に一瞥も許すな! 盾になれ、壁になれ、概念になれッ!!」

 

午(うま)の翼将、アル・ザヒドの咆哮が、混乱する都に響き渡った。 二十四名の翼将と副将。彼らは今、自分たちが守ってきた平和が「嘘」の上に成り立っていたことを知っている。だが、その瞳に迷いはなかった。

 

「嘘だろうが墓場だろうが関係ねぇ! 俺たちが生きてるのは『今』なんだよ!」

 

寅(とら)のラージャンが、全身から雷を噴き上げ、空から降る『瞳』へと突撃する。

 

「シュラ、全出力を右剣に回せ! 概念ごとブチ抜くぞ!」

 

「了解! ――【迅雷一閃・神殺しの牙】!!」

 

ラージャンの一撃が、一つの『瞳』を貫き、粉砕する。 だが、空にはまだ数万の瞳が残っている。

 

「……凍れ。視線ごと、因果の果てに凍りつけ」

 

戌(いぬ)のシリウスが、極寒の監獄を展開し、空からの消去光線を「凍結」させて相殺する。

 

「シグルド、魔狼の感覚を広げろ。一滴の光も、地上の民に触れさせるな」

 

辰(たつ)のフェイロンは、副将ナバールと共に、都の結界を「攻撃反射」から「存在迷彩」へと瞬時に書き換えた。

 

「彼らの『観測』から逃れるんだ! 認識されなければ、消去はされない!」

 

十二の刻を冠する翼たちが、互いの背中を預け合い、神の軍勢を食い止める。 だが、敵は無限。そして、彼らが星韻を消費するたびに、王の石化は少しずつ進んでいく。王と部下は、命の糸で繋がっているからだ。

 

「……チッ。数が多すぎて、焼き尽くすのが追いつかねぇな」

 

煉獄のアグニオースが、宙に浮く数千の影獣を熱量爆発で一掃しながら毒づいた。 彼の周囲では、空間が熱で融解し、もはやこの世の風景を留めていない。

 

「アグニオース。無闇に熱を撒き散らすな。……余波で都の構造が崩れる」

 

金剛のバシュタールが、黄金の盾で空からの巨光を正面から受け止め、それを「不変」の力で物理的な衝撃へと変換して霧散させる。

 

「……言われなくても分かってらぁ! バシュタール、お前は盾に専念してろ! 攻めは俺と……おい、ゼロス! 遊んでねぇで手を貸せ!」

 

虚無のゼロスは、瓦礫の上に座り、空を埋め尽くす『瞳』を数えていた。

 

「……1万2千、1万3千……。……多いね。……全部消すのは、疲れちゃうよ」

 

「疲れるとか言ってる場合かッ!」

 

ゼロスは、気だるげに立ち上がった。

 

「……分かったよ。……王様が悲しむから、やるよ」

 

ゼロスが短刀を引き抜く。 「神理昇華――【虚無の晩餐・終末を食らう者】」

 

ゼロスの影が、都全体を覆い尽くすほど巨大な「口」へと変貌した。 それは物理的な口ではない。空間に空いた「欠落」そのもの。 空から降り注ぐ『瞳』が、その影に触れた瞬間、爆発も崩壊もなく、ただ「初めからそこになかった」かのように消えていく。

 

四天王による、属性の極致。 熱量、不変、虚無。 彼らの力が組み合わさることで、エテルナは神の審判を辛うじて押し留めていた。

 

しかし、均衡は長くは続かなかった。 銀色の空から、一際巨大な『中心の瞳』が姿を現したからだ。 それは、エテルナの時計塔そのものに匹敵する大きさ。それが開いた瞬間、都の「法則」が物理的に剥がれ始めた。

 

「……あ。……あぁ……」

 

国民たちが、自分たちの身体が砂へと変わっていくのを、なす術もなく見つめる。 十二翼たちの武具も、ひび割れ、砕け散ろうとしていた。

 

「……ここまでか。……いや、まだだ」

 

アル・ゼノンが、玉座から立ち上がった。 右半身は既に完全に石。彼は左手だけで王権具『万劫の針』を抜き放った。

 

「王よ! いけません! 今、その奥義を使えば……貴方は本当に、彫像となってしまいます!」

 

イシュタルが涙ながらに叫ぶ。

 

「……イシュタル。……余は、王だ。……国民の未来を、余一人の命と引き換えることができるなら……これほど安い買い物はあるまい」

 

ゼノンは、石化した足を無理やり引きずり、一歩、空へと踏み出した。 彼の歩む跡には、黄金の星韻が道となり、崩れゆく都の法則を再定義していく。

 

「……聞きなさい、天の観測者たちよ。……そして、この地に眠る神々よ」

 

ゼノンが、剣を頭上高く掲げた。 石化した右目からは、血の涙ではなく、純粋な黄金の星韻が溢れ出す。

 

「……貴公らがこの国を『嘘』と呼ぶなら、余はその嘘を、永久に変わらぬ『真実』へと書き換えよう。……余の命、余の記憶、余の存在そのものを……この世界の新しい『法』として捧げる!」

 

ゼノンが、自らの石化した心臓を剣で貫いた。 自傷ではない。自らの命の核と、王権具を直結させる「禁忌の契約」。

 

「神理昇華・究極節――【第十三時の法典(アポカリプス・コード):アイオン・エテルナ】」

 

ドォォォォォォォン!!

 

都の中央、聖時計塔が爆発的な光を放った。 「13」を指していた針が、猛烈な速度で回転を始める。 光は都全体を包み込み、空に浮かぶ数万の『瞳』を、その「視線」ごと黄金の結晶へと変えていった。

 

「……が。……ぁ……」

 

アヌ・ビスの言っていた、空の扉が閉じられていく。 神の審判を、王は自らの存在を「楔(くさび)」にすることで、物理的に遮断したのだ。

 

光が収まったとき。 空は元の美しい青色に戻っていた。 『瞳』も、銀色の空間も、すべては消え去った。

 

だが。

 

「……王様……?」

 

ラージャンが、呆然と王宮を見上げた。

 

都の中央、時計塔の頂上。 そこには、片手に剣を握り、片手を天へと突き出した、一体の『黄金の石像』が立っていた。

 

アル・ゼノン・エテルナ。 彼は、自らという存在をこの世界の「永久不変の法」として固定した。 彼が石像として存在し続ける限り、エテルナの時間は二度と崩れず、神々の絶望も漏れ出すことはなく、天の審判も届かない。

 

彼は、本当の意味で、この国を「永遠の楽園」へと変えたのだ。 自分という唯一の犠牲を払って。

 

都には、信じられないほどの静寂が戻った。 国民たちは、自分たちの命が救われたことを知り、時計塔の上の「王の姿」を見て、慟哭した。

 

二十八人の翼たちは、石像となった王の足元に集まった。

 

「……クソ。……クソッ!!」

 

バラムが、地面を叩き割る。

 

「俺たちの主君を……こんな石ころにしちまって……何が王だ! 何が最強だ!!」

 

「……バラム。泣くな」

 

アル・ザヒドが、震える声で言った。

 

「……王は、私たちに『日常』を託された。……この美しい、けれど哀しい嘘を守り抜くことを、最後の命令として下されたんだ」

 

四天王たちも、それぞれの想いで王を見上げていた。 アグニオースは黙って炎を消し、ゼロスは拾い上げたぬいぐるみを、王の石像の足元にそっと置いた。 イシュタルだけは、王の石像の耳元で、誰にも聞こえない声で囁いた。

 

「……おやすみなさい、ゼノン様。……貴方の望んだ『冷めない茶のひととき』を……私たちが、永遠に守り続けます」

 

エテルナの時計が、再び規則正しく「1秒」を刻む。 「13」の数字は消え、時計は再び1から12の、正しい日常へと戻った。

 

だが、物語はここでは終わらない。 王が石化したことで、世界の均衡は保たれたが、同時に「王の不在」を狙う新たな影が、大陸の外側から忍び寄ろうとしていた。

 

王の遺した、二十八人の翼。 彼らの、真の意味での「自立」を懸けた戦いが、ここから始まろうとしていた。




第十三章:【翼なき王国の守護者、沈黙の戴冠】
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