AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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第二期 AION REAGALIA -黄金の戴冠-編
第十三章:【翼なき王国の守護者、沈黙の戴冠】


エテルナ帝国の「日常」は、今や薄氷の上に築かれた巨大な幻影であった。 聖時計塔『クロノス・マギ』の頂上に立つ、黄金のアル・ゼノン。国民の目には、彼はこれまで通り、都の安寧を高い場所から見守る絶対的な守護神として映っている。

 

だが、宮殿の深奥を知る者たちにとって、その姿は「死」よりも重い沈黙であった。

 

「……王が石となってから、七日が過ぎた」

 

アイオン宮殿、玉座の間。 そこには、四星天将の筆頭・蒼穹のイシュタルが、誰もいない玉座の傍らに立ち、虚空を見つめていた。彼女の足元には、王が愛用していたティーカップが、あの日以来、一度も洗われることなく置かれている。

 

「国民には、王は『神理の最終調整』のために沈黙されていると伝えてあります。……ですが、この嘘がいつまで持つか」

 

イシュタルの背後には、満身創痍の二十八人の翼たちが並んでいた。 彼らの装備は至る所が欠け、星韻(せいいん)の残量は底を突きかけている。王の「修復(リストア)」という万能の奇跡を失った今、一度壊れた武具も、一度傷ついた肉体も、彼ら自身の乏しい魔力で治すしかないからだ。

 

「……反王同盟の残党が、王の力の減退を嗅ぎつけたようです。……西の国境に、これまでの数倍の規模の軍勢が集結しています」

 

巳(へび)のオフィールが、苦渋に満ちた声で報告する。

 

「……王がいなくたって、俺たちがいる。……そうだろ?」

 

バラム(辰)が、震える拳を握りしめた。 彼の隣で、アル・ザヒド(午)が静かに頷く。

 

「……ええ。王がこの世界を『固定』してくださった。ならば、その固定が解けぬよう、私たちが楔(くさび)となる。……それが、翼としての最後の務めです」

 

数時間後。エテルナ西方の国境線上にて、かつてない規模の激戦が幕を開けた。 反王同盟は、王の「時間の書き換え」が発生しないことを確認し、全戦力を投入したのである。数万の魔導機甲と、禁忌の術式を刻んだ強化兵たちが、津波のように押し寄せる。

 

「――全翼、抜剣ッ!! ここから先は、一歩たりとも踏み込ませるな!!」

 

アル・ザヒドが、自らの命を削るような星韻を放ち、先陣を切った。 本来なら、王のバックアップによって無限に供給されていた彼の神速。だが今は、心臓が爆発するかのような負荷が彼を襲う。

 

「……はぁ、はぁ! ……フェリス、加速を止めるな! 私の脚が砕けても、王の視界を汚す奴らを……一匹残らず穿つ!!」

 

副将フェリスは、主君の崩壊を食い止めるため、自らの生命力を直接アル・ザヒドへと流し込む。

 

「……了解しております、アル・ザヒド様。……共に、地獄までお供いたします」

 

一方、防衛の要である金剛のバシュタールは、盾を構えて一歩も引かずに立ち続けていた。 彼の黄金の盾『ヴァジュラ・イージス』には、無数のひびが入っている。王の加護を失った盾は、もはや「不変」の概念を維持できず、ただの頑丈な金属へと成り下がっていた。

 

「……重ぇな、これ。……ゼノン様、あんたはこんな重いもんを、ずっと一人で支えてたのかよ」

 

バシュタールの足元は、自らの血で赤く染まっている。 敵の砲撃が盾を叩くたび、その衝撃が直接彼の内臓を揺さぶる。だが、彼は笑っていた。

 

「……おい、アグニオース! ぼさっとしてんじゃねぇ! 焼き尽くせ!!」

 

「――言われなくても、灰にしてやらぁ!!」

 

煉獄のアグニオースが、自らの髪を焼き切るほどの超高熱を放つ。 彼はもはや、熱量を「操作」してはいなかった。自らを燃料とし、ただの巨大な「火柱」となって敵軍を飲み込んでいく。

 

「……アグニオース様! それ以上は、魂が燃え尽きます!」

 

部下たちの静止も届かない。 二十八人の翼たちは、今、一人ひとりが「王の不在」という穴を埋めるため、自らを使い捨ての部品のように燃やし続けていた。

 

戦況は絶望的であった。 反王同盟の背後には、ゼノビアの影が再び蠢き始めていた。 王が石化して封印したはずの「空の裂け目」が、王の魔力が薄れると共に、再び僅かに開き始めていたのである。

 

「……このままじゃ、全滅するわね」

 

卯(うさぎ)のフィオナが、折れた細剣を支えに立ち上がる。 彼女の隣では、副将ミラベルが、重力操作の反動で片目を失明しながらも、懸命に術式を維持していた。

 

「……フィオナ、諦めるな」

 

戌(いぬ)のシリウスが、冷気を纏いながら現れる。彼の魔狼牙『ガルム』は既に砕け散り、彼は素手で敵の機甲兵を凍らせていた。

 

「……王は、私たちに『未来』を預けたんだ。……ここで私たちが折れれば、あの人の犠牲は何だったことになる」

 

十二翼たちが、残されたすべての力を一つに集束させようと円陣を組む。

 

「……やるぞ。……王がいないなら、俺たちが『王の法典』を演じるんだ」

 

彼らは互いの手を握り合い、命の波動を共鳴させた。 王から授かった十二の刻印。それが、かつてない眩い輝きを放ち、一つの巨大な術式へと昇華される。

 

「「「「神理昇華・合同奥義――【万劫なる翼の記憶】!!」」」」

 

二十四名分の生命力が、一筋の巨大な光の槍となって放たれた。 それは、かつてアル・ゼノンが見せた「理の書き換え」の、不完全ながらも必死な模倣。 光は反王同盟の軍勢を、そして開きかけていた空の裂け目を、無理やり力ずくで押し戻し、消滅させた。

 

静寂が訪れる。 敵軍は撤退し、空の脅威も一時的に去った。 だが、その代償は大きかった。 十二翼たちの多くが、その場に崩れ落ち、動けなくなった。彼らの星韻は枯渇し、髪は白く染まり、その寿命のほとんどを今の瞬間に使い果たしていた。

 

「……守った。……守り抜いたぞ……王よ……」 アル・ザヒドが、天を仰いで微笑む。 その目からは、もはや光が失われようとしていた。

 

ボロボロになった彼らが宮殿に戻ったとき。 待っていたのは、国民たちの歓声ではなく、静まり返った『クロノス・マギ』の塔であった。

 

彼らは知っていた。 この勝利は、一時しのぎでしかないことを。 自分たちの命を燃やし尽くしても、次に来る波は防げないことを。

 

イシュタルは、黄金の石像となった王の前に膝をついた。 彼女の手には、王がかつて被っていた、今は石と化した冠があった。

 

「……王よ。……貴方の翼たちは、立派に戦いました。……ですが、もはや彼らには、明日を戦うための羽が残っておりません」

 

イシュタルは、石像の足元に冠を置いた。 それは、王がいない世界で、王の意志を継ぐ者たちの「沈黙の戴冠」であった。 彼らは誰一人として玉座に座ろうとはしなかった。ただ、王が戻るその日を信じ、その足元で果てることを選んだのである。

 

「……ボク、もう空っぽだよ」

 

ゼロスが、王の石像に寄り添うように座り、目を閉じる。

 

「……王様……。ボクを……食べていいよ。……ボクの全部をあげるから……また、笑ってよ」

 

二十八人の翼が、石像を囲むようにして倒れ、眠りにつく。 それは、死と隣り合わせの、あまりに哀しい休息であった。

 

その日の深夜。 都からすべての灯が消え、静寂だけが支配する時刻。

 

聖時計塔の頂上。 石像となったアル・ゼノンの、石化したはずの胸の奥底で。

 

――ドクン。

 

微かな、本当に微かな「拍動」が響いた。

 

それは、物理的な心臓の音ではない。 この世界に残された二十八人の翼たちの「祈り」と、彼らが流した「命の残滓」が、石化の呪縛を内側からわずかに揺らしたのである。

 

石像の右目。 石に覆われていたはずのその場所から、一筋の「黄金の涙」が零れ落ちた。

 

涙が地面に触れた瞬間、そこから一本の瑞々しい若葉が芽吹いた。 王が石化して以来、エテルナで初めて生まれた「新しい命」。

 

「…………し……か…………」

 

石像の唇が、わずかに動いた気がした。 それは言葉にはならなかったが、都全体を包む星韻が、あの日以来の「暖かな旋律」を奏で始めた。

 

そして、王の傍らで眠っていたイシュタルの耳に、懐かしい声が届いた。

 

『……よく、耐えたな。余の愛すべき、不器用な翼たちよ』

 

イシュタルが、弾かれたように顔を上げる。 だが、王は依然として石像のままである。 しかし、王の手に握られた『万劫の針』が、わずかに光を放ち、倒れ伏していた二十八人の翼たちに、温かな癒しの光を注ぎ始めていた。

 

「王様……? ゼノン様……!?」

 

石化は解けていない。 だが、王の意志は、死の淵にある部下たちを救うため、次元の境界を超えて手を差し伸べたのだ。

 

さらに。 ガリアの跡地、そしてゼノビアの裂け目の奥底で。 王の復活の兆しに呼応するように、別の巨大な魔力が渦を巻き始めた。

 

王が戻るのか。 それとも、王を連れ戻すための「真の儀式」が始まるのか。

 

物語は、絶望のどん底から、神を呼び戻すための逆襲の物語へと、再びその歯車を回し始めた。




第十四章:【神を連れ戻す二十八の星、虚無の果てへの大遠征】
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