AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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第二十二章:【再誕のレガリア、黄金の瞳が開く時】

エテルナの歴史が、そしてこの世界の因果律そのものが「死」を迎える直前のことだった。 都の真上に居座る反王同盟の巨大浮遊要塞『ゴリアテ』の主砲口から、純白の閃光が放たれた。それは、存在そのものを情報レベルで抹消する「定義消去弾」。着弾すれば、黄金の石像も、聖時計塔も、そこに縋る民たちも、歴史の塵一つ残さず「最初からいなかったこと」にされる。

 

光は、王の石像の眉間に触れる。 その瞬間。

 

「――喧しい(やかましい)」

 

その言葉は、振動としてではなく、世界の「記述」として全宇宙に響き渡った。 放たれた光は、王の肌に触れた瞬間に動きを止めた。停止したのではない。王がその光を「不要な背景描写」として認識したため、光は進むべきベクトルを失い、行き場のない輝きの粒子となって空中に凍結したのである。

 

メキッ……、メキメキメキッ……!!

 

石像の表面に、深紅の亀裂が走る。その割れ目から漏れ出したのは、これまでの星韻(せいいん)とは質の異なる、あまりに重厚で、あまりに鮮烈な「意志の輝き」だった。 石の破片が崩れ落ちるたびに、周囲の空間がガラスが砕けるような音を立てて剥離していく。

 

そして。 黄金の石の中から、一人の男がゆっくりと、ただの「人間」としての一歩を踏み出した。

 

アル・ゼノン・エテルナ。 その姿は、石化前よりもどこか削ぎ落とされ、鋭利な刃物のような美しさを湛えていた。右目には、宇宙の終焉までを零秒で演算する黄金の時計。左目には、死地から自分を呼び戻した部下たちを見つめる、深い藍色の慈愛。 彼が呼吸を一つするたびに、虚無に侵食されていた世界が、瑞々しい色彩を取り戻していく。

 

「……あ。……あぁ……」

 

王の足元で、完全に砂へと還りかけていた午(うま)の翼将、アル・ザヒドの魂が、形を保てずに揺れていた。彼の意識はもはや、虚無の向こう側へと半分以上引きずり込まれている。

 

「……待たせたな、アル・ザヒド。……もう、良いのだ。その重荷、余がすべて受け取ろう」

 

ゼノンが、砂となって消えゆくアル・ザヒドの頬に、温かな、血の通った手を添えた。

 

「……貴公が淹れたあの冷めた茶の味、余の魂に深く刻まれた。……ゆえに、この世界の法典(コード)に命ずる。……アル・ザヒドという項目の『消滅』を、永久に禁ずる」

 

ゼノンが、左手に握られた王権具『万劫の針』を静かに突き立てた。

 

「法典再定義(コード・オーバーライト)――【不滅の翼将、存在の確定】」

 

空間から黄金の糸が、数千、数万と降り注いだ。 それは、精神世界で自らの存在を捧げて消えていった二十六人の翼たちの「残滓」を、宇宙の果てから強制的に召還する、神をも恐れぬ叛逆の奇跡。

 

「……うおぉぉッ!? 身体が……熱い! 命が、戻ってくる!!」

 

寅(とら)のラージャンが、虚空から肉体を編み上げられ、地面に着地した。

 

「……フィオナ! シリウス! みんな、いるのか!?」

 

「……ええ。王が、私たちの魂の情報を、この世界の『定数』として書き換えられた。……私たちはもう、王が死なぬ限り、二度と消えることはないわ」

 

蒼穹のイシュタルが、再び鮮やかな青い髪をなびかせ、ゼノンの傍らに跪く。

 

復活した二十八人の翼たち。 その瞳には、一度死を経験した者だけが持つ、静かなる狂気と、王への果てしない絶対の忠誠が宿っていた。彼らは今、個別の戦士であることを超え、アル・ゼノンという「神」を支える二十八の宇宙的な器官へと進化したのである。

 

「……解析不能! エラー、エラーエラー!! 質量保存の法則を無視しています! あの男の存在値が、計測器の限界を突破しました!!」

 

上空の浮遊要塞『ゴリアテ』内では、反王同盟の技術者たちが、発狂せんばかりの叫びを上げていた。 彼らが信奉してきた科学も、魔導も、今のアル・ゼノンの前では「子供の落書き」に等しい。

 

「――『怯むな! 全武装、同時開放! 存在消去弾の弾幕で、あの領域ごと無に還せ!!』」

 

指揮官の悲鳴のような号令と共に、要塞の全砲門が火を噴いた。 数千の黒い閃光が、都を、そして王を標的にして降り注ぐ。

 

ゼノンは、それをただ「眺めて」いた。 一歩も動かず、剣を抜くことさえしない。

 

「……貴公らは、世界を救うために余を殺すと言ったな。……ならば、世界の一部である貴公ら自身が、なぜこれほどまでに醜く、死を恐れるのだ?」

 

ゼノンが右手をゆっくりと天にかざした。

 

「事象改変(イベント・リアレンジ)――【祝祭の雨】」

 

瞬間。 都を消滅させるはずだった数千の消去弾が、空中で一瞬にして『黄金の百合の花びら』へと変換された。 何万という死の光が、王の帰還を祝うかのような、芳しい香りを放つ花吹雪となって、都の瓦礫を優しく覆っていく。

 

「……バカな。……物理定義を、一瞬で書き換えただと……!?」

 

「……次だ。……その醜悪な鉄の城、余の視界を遮るには少々過ぎた。……塵へ、土へ、あるいは――『植物』へと還れ」

 

ゼノンが指を弾くと、数キロメートルに及ぶ超巨大要塞『ゴリアテ』の装甲が、バキバキと音を立てて「緑色」に変色し始めた。鋼鉄は樹皮へと変わり、魔導エンジンは巨大な花の蕾へと作り変えられ、武装はすべて瑞々しい果実へと成り果てた。 数万の兵士を乗せた要塞は、空中に浮かぶ巨大な「空中庭園」へとその本質を強制変更され、もはや戦う機能さえ持たない、ただの美しい森へと姿を変えたのである。

 

これこそが、復活したアル・ゼノンの力。 「星韻(せいいん)」を操るのではない。星韻が記述する「世界の意味」そのものを、王の独断で上書きする、絶対的な管理者権限。

 

だが、すべてが解決したわけではなかった。 ゼノンが石化を解き、楔(くさび)であることを止めた瞬間、第十九層から広がり始めていた「虚無の渦」が、もはや物理的な法則では抑えきれない規模で暴れ始めていたのだ。

 

都の端から、建物が砂のように崩れ、虚空に吸い込まれていく。

 

「……王様、あれを……! 栓を抜いた代償が、世界を飲み込もうとしています!」

 

卯(うさぎ)のフィオナが叫ぶ。

 

ゼノンは空を見上げた。 かつての「嘘の青空」はもうない。剥き出しになった世界の裏側、真黒な虚無が、エテルナを、そして大陸すべてを飲み込もうと口を開けている。

 

「……案ずるな、フィオナ。……余が目覚めたのは、世界を滅ぼすためではない。……世界を『やり直す』ためだ」

 

ゼノンが、聖時計塔の文字盤に手を触れた。 「13」の数字が刻まれた、あの禁忌の時計。 王は、自らの心臓の鼓動を、時計の針の律動(リズム)に直結させた。

 

ドクン。

 

王が一度脈打つたびに、世界の崩壊が数秒間だけ停止する。

 

「……バシュタール、イシュタル。……そして全翼たちよ。……これから余は、この世界そのものを『余の身体』として再定義し、安定させる。……それには、膨大な時間がかかるだろう」

 

「……王よ。……それは、再び貴方が『不動』になるということですか?」

 

イシュタルが、不安げに問いかける。

 

「……否。……今度は、余一人ではない。……貴公らという二十八の翼、そしてこの都に生きる民たちの『意志』を、新しい法典の基礎とする。……世界は、もう余一人の犠牲では支えられん。……皆で、この壊れかけた時間を歩んでいくのだ」

 

「……クハッ、ハハハハハ!! 傑作だ、傑作だよ、アル・ゼノン!!」

 

空間の裂け目から、黄金の瞳を持つ少年――ゼノビアの王、アヌ・ビスが、拍手をしながら現れた。 彼は、復活したゼノンの威圧感に気圧されるどころか、その瞳に狂気的な歓喜を湛えていた。

 

「……自らを世界そのものに変えるか。……だが、忘れるなよ、アル・ゼノン。……君が『個』であることを捨て、『法』に近づけば近づくほど、僕たち『神代の残滓』にとっては、君を汚染しやすくなるということだ」

 

アヌ・ビスが手を広げると、都の至る所に残っていた黒泥が、一斉に王の黄金の光を食らい始めた。

 

「……本当の戦いは、これからだ。……君が救ったこの世界が、君自身の『正義』によって自滅していく様を、僕たちが最前列で見物してあげるよ」

 

アヌ・ビスの姿が、闇の中に消えていく。

 

ゼノンは、それに対して何も言わなかった。 ただ、静かに目を閉じ、都に生きる民たちの、小さな、けれど確かな呼吸の音を聴いていた。

 

「……構わん。……明日が来るのが、これほど待ち遠しいのは……生まれて初めてだからな」

 

ゼノンはティーカップを手に取り、微かに残っていた、もはや冷え切ったお茶を飲み干した。 日常は、まだ戻らない。 だが、死に絶えていた世界に、確かに「未来」という名の不確かな、けれど美しい不純物が混じり始めた。




第二十三章:【法典の黄昏、神代との最終条約】
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