AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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第二十七章:【不本意な最高峰、あるいは神々の隠蔽工作】

この世界アステリアを統治する五柱の神々が集う、天界の最高中枢『聖律の議間』。普段は悠久の時を優雅に過ごし、下界の人間たちを「駒」として眺めている神々だが、今、この場はかつてないパニックと、物理的な「胃の痛み」に包まれていた。

 

「……ありえない。計算が合わないわ。アステリアの全リソースを注ぎ込んでも、あの御方の『存在質量』の 10-10乗%さえ説明がつかない……!」

 

知恵の女神テミスは、自身の持つ『真理の書』が情報過多で発火し、灰になっていくのを呆然と見つめていた。彼女たちが管理モニター(水晶)で見ているのは、学園の演習場で、退屈そうにあくびを噛み殺している一人の青年

 

――アル・ゼノンだ。

 

「……テミスよ、落ち着け。……昨日の『霊峰消滅』の件、我々が『大規模な地殻変動による自然崩壊』として書き換える予定だ。……それで、あの御方は満足されるはず……」

 

大地の神ガイアスが、自身の地脈が恐怖で震えるのを必死に抑えながら答える。

 

彼らは数時間前、アル・ゼノンが放った「火球(という名の事象崩壊)」が大陸の象徴である霊峰を消し飛ばした瞬間、その正体を悟った。あれは、自分たちが管理する箱庭の住人ではない。全宇宙の法典(コード)を書き換え、神々の生殺与奪を指先一つで握る、時極帝国の絶対王。

 

自分たち神々を「庭の手入れをする小人」程度にしか見ていない、本物の超越者。

 

「……問題は今日の『召喚実技』だ。……あのお方は『自分はFランクの無能である』という設定を、何より大切にしておられるようだ。……もし、召喚の儀式であのお方の本質が漏れ出し、学園が消滅して正体が露見してしまったら……」

 

炎の神アグニオスが、自身の神火を震わせながら絶叫に近い声を上げた。

 

「……あのお方は『隠居生活が台無しになった』と憤り、このアステリアという世界ごと、我々をデリート(抹消)されるだろう!!」

 

「「「…………っ!!!」」」

 

神々の間に、物理的な戦慄が走った。彼らの使命は、今や「世界の平和を守る」ことではない。

 

「アル・ゼノン様が、自分は無能として馴染めているという錯覚を、全力で守り抜く」という、世界で最も過酷な接待(バックアップ)へと変わったのである。

 

 

地上、ソルスティシア魔導学園。澄み渡る青空の下、召喚実技の講義が始まろうとしていた。ゼノンは、最後列でイシュタルを従え、昨晩食べ残した『わさびのり太郎』の最後の一枚を口に運んでいた。

 

「……ふむ。……イシュタル、この世界の召喚術というのは、実に非効率だな。……わざわざ次元に穴を開けて『お願い』をしに行くなど。……余の帝国なら、必要な事象は『そこにある』と記述するだけで済むものを」

 

「……王よ。……ここは脆弱な理の世界。……彼らは、井戸から水を汲むように、必死に力を手繰り寄せているのです。……微笑ましいではありませんか、その健気な無能さが」

 

イシュタルは、周囲の学生たちを「路傍の石」として定義し、ゼノンのティーカップに最適な温度に再定義されたアッサムティーを注ぐ。

 

少し離れた場所では、第二王子エリック・フォン・アステリアが、取り巻きたちに囲まれながら、ゼノンを忌々しそうに睨みつけていた。昨日の「山の消滅」以来、彼は「あれは何かの間違いだ」「Fランクが山を消せるはずがない」と自分に言い聞かせ、崩れかけたプライドを必死に繋ぎ止めていたのだ。

 

「……フン、アル・ゼノンとか言ったか。昨日の幸運が今日も続くと思うなよ。召喚術こそ、血筋と魔力量の絶対的な差が出る儀式だ。貴様のような魔力ゼロのゴミに、何が呼べるか見ものだな」

 

エリックが吐き捨てるように言う。ゼノンは、そんな王子の言葉を「心地よい風音」程度に受け流し、おやつを噛み砕いた。

 

「……王子。……余に構うな。……余は、せいぜいこの辺りにいる『野良猫』でも呼んで、お茶を濁すつもりだ」

 

「……野良猫だと? どこまで僕を馬鹿にすれば気が済むんだ……!」

 

エリックは憤慨し、自らの番が来ると、誇示するように召喚陣の中央へ立った。

 

 

「……見ろ、これが真の魔導、真の選ばれし者の力だッ!!」

 

エリックが全魔力を解き放ち、召喚の詠唱を叫ぶ。召喚陣が赤熱し、激しい炎の渦が巻き起こった。出現したのは、この世界の最高峰、ランクAの神獣とされる『紅蓮の双頭龍(ツイン・フレア・ドレイク)』である。全長二十メートルを超える巨体が演習場に降り立ち、二つの首が咆哮を上げる。

 

その威圧感に、学生たちは「おおっ!」「流石は殿下だ!」と歓声を上げ、恐怖に身を震わせた。

 

「……どうだ! これが伝説に謳われる双頭龍だ! アル・ゼノン、貴様にこれほどの存在が呼び出せるか!?」

 

エリックは、勝ち誇ったようにゼノンを指差した。だが、ゼノンは龍を一瞥し、

 

「……ほう。……トカゲにしては、少しだけ声がうるさいな」

 

と、欠伸混じりに呟いただけだった。天界の神々は、モニター越しにそれを見て、一瞬だけ安堵した。

 

『……エリックの召喚は順調だ。……問題はこの次だ……。……来るぞ、ゼノン様の番だ!!』

 

天界で五柱の神々が立ち上がる。彼らは手に汗握る……どころか、各々の権能を最大出力で待機させた。

 

 

「……次。……アル・ゼノン君」

 

教授の声に、ゼノンがゆっくりと召喚陣へ歩み寄る。

 

周囲からは「またあの無能が何をするつもりだ?」「王子にあんな凄いものを見せられた後じゃ、恥をかくだけだろ」という雑音が聞こえる。

 

(……さて。……ここは徹底的に力を抑えねば。……魔力出力、測定不能なまでの微弱に。……召喚の『餌』は、この辺りにいる野良猫が好みそうな、ごく低質な魔力断片でいい)

 

ゼノンは、全出力の 10-500乗程度という、もはや計算上「存在しない」に等しいレベルまで力を絞った。そして、召喚陣にそっと手をかざした。

 

だが。全宇宙の法典を司るゼノンという存在は、その意志が「無」であっても、世界にとっては「絶対の命令」となる。

 

彼が「来い(猫を呼ぶつもり)」と念じた瞬間、アステリアという世界の根幹システム(OS)は、主の呼びかけに応えようとパニックを起こした。

 

『――警告。管理者(ゼノン)よりアクセス。要求:生命体の顕現。……適合個体……検索不能。……この世界の全生命体、および神獣は、管理者の要求レベルに対して「脆弱」すぎます。……緊急措置。世界の根源(ルート)より、存在しうる最強の概念を強制抽出します――』

 

バリバリバリッ!!

 

演習場の空が、物理的に引き裂かれた。黒い亀裂が走り、そこから溢れ出したのは、魔力などという甘っちょろいエネルギーではない。世界を構成する「理」そのものが剥き出しになった、高密度の圧力。

 

「……な、何だ、この圧は!? 空が……割れている!?」

 

「……ひ、ひいっ! 息ができない……!」

 

学生たちが次々と倒れ伏す。イシュタルだけは、王の傍らで涼しい顔をして、天を見上げた。

 

「……あら。……王、少々『呼び声』が強すぎたようですわ。……この世界の井戸が、王の重みに耐えきれず、底が抜けてしまいました」

 

「……しまっ……」

 

ゼノンが眉をひそめた、その時。天界の神々は、全員が同時に吐血せんばかりの衝撃を受けた。

 

『――不味い! 世界が壊れる!! ゼノン様の存在感に引き寄せられて、始原の星蝕龍(アステリア・ゼロ・ドラグーン)が呼び出されようとしている!!』

 

ガイアスが叫ぶ。

 

『――あんなものが現れたら、学園どころか、大陸が消滅する! それを見たゼノン様が「ああ、目立ちすぎてしまった」と不快に思われたら、我々が消される!!』

 

アグニオスが絶叫する。

 

『――テミス! 修正しろ! 今すぐ世界のシステムに介入し、現れる神獣の「見た目」と「知覚」をダウングレードさせろ!! 全力で「ただのトカゲ」に見せかけるんだ!!』

 

神々五柱による、文字通り命がけの「バグ修正(忖度)」が始まった。

 

 

暗転した空から、巨大な銀色の爪が姿を現す。本来ならば、その咆哮一つでアステリアの生命の半分が死滅するはずの、伝説の星蝕龍。だが、地上に降り立つ直前。天界の五柱の神々が、自らの神格の半分を削るほどの魔力を用いて、全世界の住人の「認識」に強烈な干渉(パッチ)を当てた。

 

ドンッ!!

 

砂煙が舞い、演習場の中央に現れたのは――。

 

「……あ、あれ?」

 

「……なんか……凄そうな気配だったけど……。……大きなトカゲ……か?」

 

学生たちが、首を傾げた。そこには、本来の山のような巨体ではなく、馬ほどの大きさに(神々によって)圧縮され、その禍々しいオーラを「キラキラした綺麗な光」へと(神々によって)書き換えられた龍がいた。神々の介入により、人々の脳内では『これは凄そうだけど、まぁ学園の範囲内で収まる、珍しい種類のトカゲ龍だ』という認識が強制的に植え付けられた。

 

ゼノンは、自身の足元で「クゥ~ン」と、なぜか子犬のように喉を鳴らして甘えてくる神獣を見下ろした。

 

(……? ……余が呼ぼうとしたのは猫だったはずだが。……まぁ、この程度のサイズなら『少し珍しいペット』で通るか。……危ないところだった、また山を消すような事態になるところだったぞ)

 

ゼノンは、安堵の溜息をついた。……その背後、空の向こう側で、神々が過呼吸になりながら「間に合ったぁ……!」と、抱き合って号泣していた。

 

 

「……な、……なんだ……それは……」

 

エリック王子は、自らが召喚した双頭龍が、その「トカゲ」をひと目見た瞬間に泡を吹いて気絶し、消滅したのを目の当たりにした。目の前にいるトカゲは、神々によって姿こそ矮小化されているが、その瞳に宿る「絶対的な格上」としての威圧感までは隠しきれていなかった。エリックの膝が、ガクガクと震え始める。

 

「……そんな、馬鹿な……。……たかがトカゲ一匹に、僕の龍が……。……アル・ゼノン、貴様、どんな卑怯な手を使った……!?」

 

彼は、認められなかった。昨日の「山の消滅」に続き、今日も目の前で「世界の理」が自分を否定していることを。弟子入りなどという殊勝な考えは、今の彼にはまだない。ただ、恐怖とプライドの軋みが、彼の精神をズタズタに引き裂いていた。

 

「……エリック。……卑怯も何も、余はただ呼んだだけだ。……運が良かったのだろう。……珍しいトカゲが迷い込んでくれて」

 

「……う、……運だと!? ふざけるな……! 貴様のようなゴミに、僕が……僕が負けるはずが……!!」

 

エリックは叫びながら、その場に崩れ落ちた。周囲の学生たちも、神々の干渉によって「凄いような気もするが、まぁラッキーだったんだろう」という不自然な納得に包まれ、奇妙な静寂が演習場を支配した。

 

 

その日の夜。ゼノンは、寄宿舎のテラスで、小さくなったシロ(星蝕龍)を足元に侍らせ、イシュタルが淹れたアッサムティーを飲んでいた。

 

「……ふむ。……今日は、昨日よりも平和だったな。……召喚の儀式も、少し騒がしかったが、最終的には『珍しいトカゲを呼んだ生徒』という程度の評価で済んだようだ」

 

ゼノンは、満足げに微笑んだ。自分の隠蔽工作が、完璧に機能していると確信していた。

 

「……王。……それは、王の徳が高いゆえに、世界が自ずと調和を図ったのでしょう」

 

イシュタルは、主君の「盛大な勘違い」を正すつもりは毛頭なかった。王が満足しているのであれば、それで良いのだ。一方、天界。五柱の神々は、神殿の床に大の字になって倒れ込んでいた。一日の業務(アル・ゼノンへの忖度)を終え、彼らの神性はボロボロであった。

 

「……死ぬかと思ったわ。……まさか、わさびのり太郎の香りが天界まで漂ってきて、私の神殿の柱が三本折れるなんて……」

 

水の女神アクアリアが、涙を拭いながら呟く。

 

「……明日もだ。……明日は、学園祭の準備が始まる。……あのお方が『看板作り』をするらしい。……ガイアス、釘一本の強度、木材の耐久度、全てを『神級』に引き上げておけ。……あのお方が軽く叩いただけで、校舎が崩壊しないようにな……」

 

『聖律の議間』には、神々の重い溜息が響いた。彼らは、今やこの世界の統治者ではない。「アル・ゼノンという名の、最強すぎる隠居老人」が、機嫌よく過ごせるように周囲を整える、無給の執事たちであった。ゼノンは、そんな神々の苦労など露知らず、シロの頭を撫でながら思った。

 

「……明日は、学園祭か。……焼きそばとやらを作ってみるのも悪くない。……平和で、良い世界だ」

 

王の黄金の瞳が、穏やかに細められる。その瞬間、天界では

 

「不味い! ゼノン様が微笑まれた! 宇宙定数が 0.1% 変動したぞ! 直せぇぇぇ!!」

 

という絶叫が再び響き渡った。




第二十八章:【学園祭、あるいは神々の調理補助】
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