AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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連続投稿です


第二章:【震える王座、産声の同盟】

「沈黙」とは、時にどんな爆音よりも凄まじい衝撃をもって、人の精神を破壊する。

 

大陸北方、ガリア連邦。魔導科学の粋を集め、鋼鉄の規律で周辺諸国を圧倒してきた軍事大国において、その日の朝は「永遠に続く絶望」の始まりとして歴史に刻まれることとなった。

 

連邦の首都にある軍司令部。巨大な星韻(せいいん)モニターに映し出されていた、十万を超える兵士たちの生体反応を示す「光の点」。そして、空を埋め尽くしていた数百の空中艦隊の識別信号。それらは、午前九時二分の鐘が鳴ると同時に、前触れもなく一斉に消失した。

 

「信号……途絶。第1から第12機甲師団、ならびに旗艦『アイアン・デューク』、全ロスト。……繰り返します。エテルナ国境付近に展開していた全戦力、完全消滅を確認」

 

通信士の震える声が、静まり返った司令部に響く。 そこには、戦いの「経過」もなければ、撤退の「予兆」もなかった。ただ一瞬前まで存在していた強大な武力が、ページをめくるように、この世界から綺麗に消し去られたのだ。

 

「馬鹿な……。撤退も、撃沈の報告もなく、十万の軍勢が一度に消えるなど……そんなことがあってたまるか!」

 

司令部の中枢に座る老将が、机を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がる。だが、彼の背筋を伝う冷たい汗は、その言葉がただの現実逃避であることを物語っていた。ガリア連邦は、大陸で最も効率的に、最も冷徹に「戦いの数値」を計算する国だ。その計算機が導き出した答えは一つ。

 

――エテルナの王は、ガリアという国を「相手」にすらしていなかった。

 

彼らは戦いに敗れたのではない。ただ、王が静寂を望んだがゆえに、塵のように掃き清められたのだ。この事実は、ガリアのみならず、秘密裏に戦況を監視していた近隣諸国の王たちをも、奈落の底へと突き落とすに十分な絶望だった。

 

ガリア壊滅から三日後。 大陸の西端、険しい岩山に囲まれた要塞都市レームの「黒鋼の間」にて、歴史上類を見ない緊急会合が開かれた。

 

集まったのは、エテルナを取り囲む主要な七つの国家の王、あるいはその名代たちである。 かつては領土を奪い合い、数多の血を流してきた仇敵同士。だが、今この場に漂うのは、敵意ではなく、共通の「死」に対する原始的な恐怖であった。

 

「……ガリアの軍勢が、たった数分で灰に還されたという報告は、事実なのだな?」

 

重苦しい沈黙を破ったのは、レーム王国の武闘派王、ヴァレリウスだった。その剛腕で数々の怪物を屠ってきた彼でさえ、組んだ指がわずかに震えているのを隠しきれていない。

 

「事実だ。我が国の密偵が、国境の結界の外側から一部始終を記録した。……バラム・アシュタとアル・ザヒド。エテルナの王の足元に跪く、あの二人の子供のような『翼』によって、我が国の誇る最新鋭の戦艦が、紙細工のように溶かされ、空間ごと引き裂かれた」

 

そう答えたのは、商業都市国家セリーヌの女王、シルフィアだ。彼女の瞳には、記録映像で見た「黒い破壊光が蝶へと変わる瞬間」の光景が、呪いのように焼き付いていた。

 

「……物理法則が、通じないのだ」

 

シルフィアが震える声で続ける。

 

「奴らは、星韻(せいいん)をエネルギーとして使うのではない。星韻という世界の法典そのものを、王の意志で書き換えている。私たちが必死に研ぎ澄ませてきた剣も、科学も、あの一族の前では赤子の玩具に過ぎない。……アル・ゼノン。あの男は、王ではない。この世界という庭を管理する、理不尽な『神』だ」

 

その言葉に、円卓を囲む者たちの顔が青ざめる。 彼らはこれまで、多くの戦争を経験してきた。だが、それはあくまで「勝てる可能性がある」ゲームだった。兵の数、武器の質、兵糧の維持。それらを積み重ねれば、いつかは勝利に手が届く。しかし、アル・ゼノンという存在は、そのゲームの「ルール」そのものを握っているのだ。

 

「ならば、我らはただ座して、あの王が飽きて世界を滅ぼすのを待てと言うのか!」

 

若き騎士の国の王が、叫ぶように問う。

 

「否。……だからこそ、今ここで我らは手を取り合うのだ」

 

ヴァレリウスが、卓上に巨大な地図を広げた。その中心には、輝ける黄金の都『エテルナ』が、世界を支配する心臓のように鎮座している。

 

「一国では勝てぬ。ならば大陸のすべてを合わせる。ガリアの科学、レームの武力、セリーヌの知略……そして、禁忌として封印してきた『古の遺物』。それらすべてを一点に集中させ、あの王の『日常』を、一瞬でもいい、引きずり下ろすのだ」

 

「古の遺物」という言葉に、会場に戦慄が走った。 それは、星韻が今の形に整えられる前、神話時代に世界を壊滅させたと言われる、制御不能の兵器群のことだ。それを使えば、エテルナのみならず、大陸全土にどのような災厄が降りかかるか予想もつかない。

 

「……正気か、ヴァレリウス王。あれを目覚めさせれば、我ら自身も無事では済まんぞ」

 

「エテルナの支配下で、意思を持たぬ家畜として『永遠』を生きるのと、どちらがマシかを選べと言っているのだ、シルフィア女王」

 

ヴァレリウスの瞳には、狂気にも似た決意が宿っていた。 彼らにとって、アル・ゼノンの統治は美しすぎた。完璧すぎた。 王がすべてを管理し、躓く者もなく、飢える者もない世界。それは一見すれば理想郷だが、支配される側からすれば、それは「人間の可能性」の死を意味していた。失敗する権利さえ奪われ、王の気分一つで、生も死も、過去も未来も書き換えられる。

 

「我々は、神の飼い犬ではない。……たとえ滅びるとしても、我ら自身の意志で滅びる道を選ばせてもらう」

 

その言葉は、集まった王たちの心の奥底に眠っていた「人としての矜持」に火をつけた。 恐怖を、怒りへと変換する。無力感を、結束へと昇華させる。

 

「本日、ここに宣言しよう。我ら七国は、これまでの私怨をすべて捨て、唯一にして絶対の敵――時極帝国エテルナを討つための盾となる」

 

「同盟の名は……『反王同盟(アンチ・レガリア)』」

 

ヴァレリウスが、自らの手のひらを短剣で切り裂き、地図の中央に血を垂らした。他の王たちも、次々とそれに続く。黄金の都を赤く染める、七つの国の血。

 

これが、後に「世界が神を否定した日」として語り継がれることになる、産声の瞬間だった。

 

時を同じくして、エテルナ王宮『アイオン宮殿』。

 

世界が自分を殺すために震え、団結しているその最中、アル・ゼノンは玉座の間で、一冊の古い歴史書に目を落としていた。

 

周囲には、時辰十二翼のうち数名が控え、報告を待っている。 ガリアを蹂躙したバラムとアル・ザヒドは、既にそれぞれの職務へと戻り、今は「子(ね)の翼」ゼフェル・カインと、その副官カイル・レムが、影のように王の背後に潜んでいた。

 

「……ゼノン様。北方の諸国が、何やら騒がしいようです」

 

ゼフェルが、感情の起伏がない声で告げる。

 

「『反王同盟』と名乗り、かつての禁忌の兵器を掘り返しているとか。彼らは、自ら破滅の扉を開こうとしています」

 

ゼノンはページをめくる手を止めず、ふっと微かに笑みを漏らした。

 

「構わん。退屈な日々に、一筋のノイズが走るのは悪くない」

 

「ですが、王よ。彼らが狙っているのは、単なる武力行使ではありません。エテルナの根幹……聖時計塔の脈動を乱そうとする策謀も含まれています。……このまま放っておけば、都の平穏が」

 

「平穏、か」

 

ゼノンがようやく顔を上げ、広大な謁見の間を見渡した。 そこには、自分を神と崇め、その力の一部を授かった最強の翼たちが並んでいる。

 

「ゼフェル。貴公は、嵐が来るのを恐れるか?」

 

「いえ。……ただ、御身の御髪を一筋でも乱す風が吹くことが、私には許せないのです」

 

「ならば、その忠誠心、存分に振るうが良い。……彼らがどれほど必死に積み上げ、どれほど無残に崩れ去るか。その過程こそが、この退屈な世界の唯一の娯楽だ」

 

ゼノンは再び本に目を落とした。

 

「反王同盟……。彼らが私の茶を冷ますほどの熱を見せてくれるか、見ものだな」

 

王の周囲で、星韻が優雅に舞う。 外の世界で嵐が吹き荒れようとも、この宮殿の中では、ただ王が望む「完璧な時間」だけが、ゆったりと、しかし残酷なほど確実に刻み続けられていた。

 

だが、王も、そして反王同盟の者たちも、まだ気づいてはいなかった。 「反王同盟」が禁忌の兵器を掘り返し、大陸全土で星韻のバランスが崩れ始めたことが、別の「何か」を呼び覚ましてしまったことに。

 

エテルナの遥か上空。 ガリアの艦隊が消滅した、あの空域の歪み。 そこには、アル・ゼノンさえもあえて修復しなかった、小さな「裂け目」が残っていた。

 

その裂け目から、今の世界の星韻とは明らかに異なる、不気味で重厚な、そして原始的な鼓動が漏れ出し始めていた。

 

「……ようやく、律動(リズム)が狂い始めたな」

 

裂け目の向こう側、暗黒の空間から、黄金の瞳がこちらを覗き込んでいた。 それは、数千年前、アル・ゼノンの先祖たちがこの世界を「固定」する前に存在していた、混沌の時代の覇者たち。

 

「神代の版図・ゼノビア」。

 

人間たちの足掻きと、王の慢心が、封じられていた歴史の扉を内側から叩き始めていたのだ。




第三章:【深淵に蠢く影、絶望の序曲】
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