AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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第二十八章:【学園祭、あるいは神々の調理補助】

アステリアの天界。五柱の神々が集う『聖律の議間』は、昨日を上回る殺伐とした熱気に包まれていた。神々の眼前に浮かぶ管理モニターには、エプロンを身に着け、フライパンを手に取ったアル・ゼノンの姿が映し出されている。

 

「……不味い。これは、昨日までの事態とは次元が違うぞ……」

 

炎の神アグニオスが、自身の神火を蒼白くさせながら呻いた。

 

「何が不味いのですか、アグニオス? 霊峰を消され、伝説の神獣をペットにされた時より恐ろしいことがあると?」

 

水の女神アクアリアが問い返す。アグニオスは震える指でモニターを指差した。

 

「……料理だ。料理とは『素材の定義を熱によって書き換える』行為。……全能の法典を操るあのお方が、無自覚に『美味(びみ)』を追求してフライパンを振ってみろ。……そこから生み出されるのは『食べ物』ではない。食べた者を強制的に高次元へと昇天(アセンション)させる『神の肉』だ!!」

 

神々の間に、雷に打たれたような衝撃が走った。 知恵の神テミスが、急速に計算を弾き出す。

 

「……アグニオスの言う通りです。あのお方の『美味しいものを作ろう』という意志が事象を改変すれば、具材の分子構造は黄金比を超えた聖遺物へと変貌します。……それを一般の学生が口にすれば、肉体が魂の膨張に耐えきれず、その場で破裂……あるいは、あまりの幸福感に心停止しかねません!」

 

「……ええい、ガイアス! アクアリア! 今すぐ下界の全学生の胃袋と魂に、十重の『神の加護(耐久力増強)』を付与せよ! あのお方の料理を食べて死人が出たら、それこそ『平和な学園祭』が台無しになったとして、我々がデリートされるぞ!!」

 

こうして、異世界の神々による、史上最大の「胃袋守護作戦」が開始された。

 

 

地上、ソルスティシア魔導学園。 数日後に迫った学園祭の準備で、校内は活気に満ちていた。ゼノンの所属する一年F組の出し物は、紆余曲折を経て『異界風・麺処』……いわゆる焼きそば屋台に決定していた。

 

「……ふむ。……焼きそば、か。……鉄板の上で具材を混合し、ソースという名の黒い液体で味を調える。……実に素朴で、かつ奥深い儀式だな」

 

ゼノンは、学校から支給された安っぽい鉄板を前に、真剣な表情で腕組みをしていた。

 

「王よ。……この世界の豚肉と呼ばれる肉片、あまりに脂の質が悪すぎます。……密かに我が軍の倉庫から、星韻(せいいん)をたっぷり吸わせた『天霊豚』の肉に差し替えておきましょうか?」

 

傍らに控えるイシュタル・ド・アステリアが、耳元で静かに提案する。

 

「……よせ、イシュタル。……それでは、この世界の住人の味覚を破壊してしまう。……余はあくまで、この世界の理に則った『普通の焼きそば』を作る。……それが、この世界を理解するということだ」

 

ゼノンは、あえて低品質な野菜と肉を手に取った。

 

(……抑えろ。……火加減は、原子の振動が僅かに活発になる程度。……ソースの絡め方は、因果の糸を紡ぐ時よりも繊細に。……『美味しい』という意志を極限まで封印し、平均的な味を目指すのだ……)

 

ゼノンは、自らに厳しい制約を課し、鉄板に向き合った。

 

一方、その様子を遠巻きに眺めている一人の少年がいた。第二王子エリックである。 彼は、昨日の召喚儀式で味わった「理解不能な恐怖」の正体を突き止めるべく、あえてゼノンの監視を買って出ていた。

 

「……チッ。……あんな薄汚れた鉄板で、何を偉そうに。……Fランクの無能が料理をしたところで、出来上がるのはゴミの山に決まっている。……見ていろ、ボロを出した瞬間に、昨日の不気味な現象のタネを暴いてやる!」

 

エリックは、自尊心の欠片をかき集め、ゼノンの手元を鋭く凝視した。

 

 

ゼノンが野菜を切ろうと包丁を握った瞬間、天界のモニターが赤く点滅した。

 

『――警告! ゼノン様が包丁を握られました! 刃の硬度が、あのお方の握力に耐えられず、分子レベルで崩壊する恐れがあります!!』

 

ガイアスが叫ぶ。 『――私が今すぐ、その包丁の原子結合を、オリハルコンを上回る強度に再定義する! ……見た目だけは錆びた安物に見えるように偽装しろ!!』

 

ゼノンが野菜を刻む。 トントントン、という心地よい音が響くが、その一打ごとに空間に微細な亀裂が生じそうになるのを、知恵の神テミスが「風のクッション」をリアルタイムで生成して中和し続けた。

 

そして、いよいよ「火」を入れる段階になった。 ゼノンが、魔導コンロのスイッチを捻る。

 

(……火力を調整する。……焦がさず、かつ素材の芯まで一瞬で熱を通す。……太陽のコロナを模倣するイメージか? ……いや、それは強すぎるな。……せいぜい、溶岩の表面温度程度で……)

 

『――アグニオス! 何とかしろ!!』

 

他の神々が絶叫する。

 

『――あのお方が「火」を意識された! 今、この学園の地下を通る全火属性の魔力ラインが、あのお方の意志に引き寄せられて暴走を始めているぞ!!』

 

アグニオスは、自身の神格を半分削るほどの出力で、ゼノンのコンロに殺到する魔力を無理やり抑え込み、分散させた。

 

『――ハァ……ハァ……! 無理だ、抑えきれん! ……テミス! ゼノン様の周囲の空間に「疑似的な熱伝導効率の低下」を書き込め! あのお方が「火力が足りないな」と感じる程度にまで、エネルギーを天界へ吸い上げるんだ!!』

 

ゼノンは、フライパンの上で肉が焼ける様子を見て、首を傾げた。

 

「……む。……この世界のコンロは、案外火力が弱いのだな。……まぁ良い。……じっくりと時間をかけて、肉の細胞壁を一つずつ説得していくとしよう」

 

神々は、ゼノンが「説得」という名の物理改変を始めるのを防ぐため、総力戦でフライパンの中の事象を「普通」に見せかける作業に没頭した。

 

 

やがて、一皿の焼きそばが完成した。 見た目は、どこにでもある、少しソースの色が濃いだけの麺料理である。

 

「……エリック王子。……貴公は、先ほどから余を熱心に監視しているようだな。……毒味のつもりで、これを食してみるが良い」

 

ゼノンが、無造作に皿を差し出した。

 

「……なっ、……誰がそんな下俗な食べ物を……! だが、そこまで言うなら、貴様の無能さを証明するために食べてやろう!」

 

エリックは、勝ち誇った笑みを浮かべ、一口分をフォーク(彼は箸を使えなかった)で口に運んだ。

 

その瞬間。 天界では、五柱の神々が同時に結印を結んだ。

 

『――全防壁、最大展開!! エリックの魂を繋ぎ止めろ!! 昇天させるな!!』

 

エリックの口内に、焼きそばが入った。 刹那、彼の脳内に、この宇宙の全感覚を凝縮したような衝撃が走り抜けた。

 

「…………っ!!?」

 

エリックの瞳から、光が消えた。 彼の味覚神経を通じて、アル・ゼノンが(無意識に)書き込んだ「美味の真理」が、彼の魂を直接揺さぶる。 それは、もはや「味」ではなかった。 母の慈愛、宇宙の誕生、悠久の時の流れ、そして世界の終わり……それら全ての概念が、一粒のキャベツ、一本の麺の中に完璧な調和(ハーモニー)を持って封じ込められていた。

 

エリックの背後に、ありもしない「黄金の後光」が神々しく輝き始め、彼の魔力ランクがバグのように上昇を始める。

 

『――阻止しろ!! アクアリア! 記憶の減衰を! テミス! 魔力の上昇を「気のせい」として処理しろ!!』

 

天界の神々が死に物狂いで介入した。 エリックの背後の後光を物理的に叩き壊し、上昇しかけた魔力を無理やり元のSランクへ押し戻し、彼の感動の99.9%を「単なる空腹感の解消」へとダウングレードさせた。

 

「……ぁ……」

 

エリックは、数秒間の「永遠」を旅した後、現実へと引き戻された。

 

「……ど、……どうした。……不味かったか?」

 

ゼノンが、少し不安そうに尋ねる。彼としては、完璧に「普通」を目指したつもりだが、やはり自分には料理の才能がないのかもしれない、と少しだけ落ち込んでいたのだ。

 

エリックは、震える手で皿を置き、焦点の合わない目でゼノンを見た。

 

「……ふ、……普通だ。……ああ、実を言うと、少しソースが濃すぎるくらいだな。……Fランクのゴミが作ったにしては、食えなくもない。……ただ、……なぜか涙が止まらないんだ……」

 

エリックの頬を、一筋の涙が伝い落ちる。 神々の隠蔽工作により、彼は「なぜ自分が泣いているのか」を理解できなかった。ただ、魂の深い場所が、あまりに尊い何かに触れたことだけを、微かに記憶していた。

 

「……そうか。……やはりソースが多すぎたか。……次はもう少し控えよう」

 

ゼノンは、満足げに頷いた。 自分の「隠蔽」が成功し、エリックが「普通だ」と評価してくれたことに、内心で深い安堵を覚えていたのである。

 

 

その放課後、準備の終わった教室に、三人の上級生が忍び込んでいた。 学園でも素行不良で知られる彼らは、昨日エリック王子を平伏させた(と噂される)転入生、ゼノンの持ち物を荒らしに来たのである。

 

「……ケッ。……これか、あのFランクの奴が作ってた焼きそばの残りってのは」

 

「……どれ、一口食ってやろうぜ。……こんなゴミを作ってるからFランクなんだよ」

 

リーダー格の男が、ゼノンが試作して残しておいた焼きそばに手を伸ばした。 だが、その手が皿に触れるよりも早く、教室の温度が絶対零度まで低下した。

 

「……その汚れし手で、王の『御業』に触れることを許した覚えはない」

 

影の中から現れたのは、子の翼副、カイル・レム。 そして、その後ろには戌の正将、シリウス・ヴォルクが、氷の彫像のような冷徹な瞳で立っていた。

 

「……カイル。……この者たち、王の『隠隠(いんいん)たる生活』を乱す不純物と定義してよいか?」

 

「……ええ。……ですが、殺しては目立ちます。……神々が必死に隠蔽工作(そうじ)をしているところを、私たちが汚しては王に顔向けできません」

 

カイルが指先を鳴らす。 瞬間、三人の学生たちの存在感は、学園の歴史から一時的に「除外」された。 彼らは死ぬのではなく、ただ、自分たちが誰であるか、なぜここにいるのかを忘れ、数日間、学園の隅で「石像のふり」をして過ごすという強力な自己暗示(再定義)をかけられたのである。

 

「……王の焼きそばは、私たちが回収し、天界の連中にでも分け与えてやりましょう。……彼らの最近の労働ぶりは、少しばかり評価に値しますからね」

 

カイルは、ゼノンの残した焼きそばを、恭しく魔法の保存容器に収めた。

 

 

その夜、天界『聖律の議間』。 五柱の神々は、カイルから届けられた(投げ込まれた)一皿の焼きそばを前に、震えながら跪いていた。

 

「……これが、……ゼノン様が直接お作りになられた、神の糧……」

 

炎の神アグニオスが、恭しく一口、麺を啜る。 瞬間。 彼の神体は、かつてないほどの輝きを放ち、アステリアという世界の火属性の魔力が、一時的に 300% 増大した。

 

「……おおおッ!! ……美味い……! ……辛い、辛すぎる……! このソースの奥にある因果律の深みが、私の神性を洗い流していく……!!」

 

神々は、涙を流しながら、一本の麺を分け合って食べた。 彼らにとって、それはただの食事ではなかった。 「今日一日の、ゼノン様への忖度(そんたく)という名の労働」に対する、最高のご褒美であった。

 

一方、ゼノンは寄宿舎のベッドで、静かに目を閉じていた。

 

「……明日は学園祭本番。……ソースの量を半分にすれば、今度こそ完璧な『普通の焼きそば』ができるはずだ。……平和な祭りに、なると良いな」

 

王は、自分の料理が神々を昇天させ、エリックの魂を揺さぶったことなど微塵も疑わず、安らかな眠りについた。 その足元で、小さくなったシロ(星蝕龍)が、主君の寝息に合わせて幸せそうに尾を振っていた。




第二十九章:【学園祭本番、あるいは世界最強のウェイター】
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