AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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ちょっと展開が早いかな


第三章:【深淵に蠢く影、絶望の序曲】

大陸の北西、険しい断崖が続く「嘆きの峡谷」。その最奥に位置する古びた地下要塞には、ガリア連邦の残党を含む『反王同盟』の先遣部隊が集結していた。

 

要塞内には、重油の臭いと、焦燥感の混じった重苦しい空気が停滞している。 彼らが運び込んだのは、ガリアが秘密裏に研究していた未完成の星韻干渉装置『虚空の楔(ボイド・ウェッジ)』。そして、レーム王国から持ち出された神話時代の呪物――『魂を食らう銀の楔』であった。

 

「……準備は整ったか」

 

レーム王国の精鋭騎士団を率いる隊長、ガイウスが低く問いかける。彼の顔には、数日前までの自信に満ちた輝きはなく、ただ死地へ赴く者の悲壮な覚悟だけが刻まれていた。

 

「はい。星韻の共鳴率、限界まで上昇。……これで、エテルナを包む『時の結界』に、一瞬でも穴を開けることができます。その隙に我ら特攻隊が王宮へ突入し、あの呪物を――」

 

魔導技師の言葉は途中で震え、消えた。 作戦は、理屈の上では完璧だった。だが、彼らは皆、心の底で理解していた。自分たちがやろうとしていることは、夜空の星を素手で掴み取ろうとするほど無謀な挑戦であることを。

 

「……我らは死ぬ。だが、この一撃が、あの傲慢な王の頬を一筋でも掠めることができれば、それは人間が神に勝った証となる。エテルナの時間は完璧すぎるのだ。ゆえに、一度狂えば、連鎖的に崩壊するはずだ」

 

ガイウスは、自らの剣を握りしめた。 彼の目的は、勝利ではない。エテルナという「完璧な日常」に、消えない傷跡(ノイズ)を残すこと。その一点に、十数名の精鋭たちの命が賭けられていた。

 

要塞の天井付近、照明の届かぬ漆黒の闇の中。 そこには、ガイウスたちが決して気づくことのない「影」が潜んでいた。

 

時辰十二翼、子の翼将――ゼフェル・カイン。 そして、その隣で息を殺している副将カイル・レム。

 

二人は数時間前から、そこに「存在」していた。 彼らの操る星韻の律動は、周囲の闇と完全に同化しており、たとえ高性能の探知機であっても、そこにあるのは「ただの影」としてしか認識されない。

 

「……ゼフェル様。そろそろ頃合いでは? 装置が起動すれば、わずかとはいえ帝国の結界に干渉されます。王の不興を買う前に、ここで全てを霧散させるべきかと」

 

カイルが、耳元で微かな振動として声を伝える。カイルは血気盛んな若者であり、主君であるアル・ゼノンを侮辱しようとする者たちを、一刻も早く処断したいという衝動に駆られていた。

 

だが、ゼフェルは動かない。 黒い法衣を纏った彼は、蒼白い細い指で自らの唇をなぞり、冷淡な、しかしどこか観察を楽しむような瞳で階下の人々を見下ろしていた。

 

「……待て、カイル。焦る必要はない。彼らの『希望』という名の灯火が、最も明るく輝く瞬間……。それを踏みにじることこそが、影に仕える我らの役割だ」

 

ゼフェルの声は、氷細工のように冷たく、感情の起伏が全く感じられない。 彼にとって、眼下の人間たちは敵ですらなかった。ただ、王の庭を荒らそうとする「虫」が、どのような滑稽な踊りを見せるのかを確認するための、退屈しのぎの観察対象に過ぎない。

 

「彼らは、自分たちが『禁忌』に触れていると思っている。だが、その禁忌の正体さえ、彼らは知らない。……人間が扱うには、神話の残滓はあまりに重すぎるのだよ」

 

ゼフェルは、腰に下げた二振りの鎌『ノスフェラトゥ』に手を置いた。 その武具からは、現世の星韻とは明らかに異なる、どろりと濁った影の波動が漏れ出していた。

 

「全回路、接続! 『虚空の楔』、出力最大!」

 

技師の叫びと共に、要塞の中央に据えられた装置が、異様な唸り声を上げた。 紫色の放電が空間を焼き、エテルナの方向へと不可視の衝撃波が放たれる。ガイウスたちは、その光景に歓喜した。装置は正常に作動し、確かに世界の理(ことわり)に干渉し始めているように見えたからだ。

 

「行ったぞ! 空間が歪んでいる! 結界が……薄くなっている!」

 

ガイウスは立ち上がり、剣を掲げた。

 

「全員、突撃の準備! この光の軌跡を辿り、エテルナへ――」

 

だが。 ガイウスの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

ふと、彼は気づいた。 要塞の中が、妙に「静か」であることに。

 

装置は唸り声を上げ続けているはずだ。紫色の放電は、耳をつんざくようなパチパチという音を立てていたはずだ。しかし、今、彼の耳に届くのは、自分の心臓の鼓動だけだった。

 

「……おい。シュミット。どうした?」

 

隣にいたはずの副官に声をかける。だが、返事はない。 振り返ると、そこにはシュミットが立っていた。しかし、その顔は深い影に覆われ、表情を読み取ることはできない。いや、表情がないのではない。シュミットの顔に、「影が張り付いている」のだ。

 

「シュ……ミッ……?」

 

ガイウスが手を伸ばそうとした瞬間、シュミットの体が、足元から音もなく「溶け始めた」。 それは、水が流れるような自然な動作ではなかった。立体的な人間の肉体が、二次元の平坦な「影」へと強制的に平らげられていく、物理法則を無視した消失だった。

 

「な……んだ、これは!? 全員、構えろ! 敵襲だ!!」

 

ガイウスの叫びに応じる者は、誰もいなかった。 要塞の至る所で、兵士たちが自分の「影」に飲み込まれていく。 足元にあるはずの影が、牙のように反り上がり、主の肉体を闇の中へと引きずり込んでいくのだ。

 

悲鳴すら上がらない。 影に触れられた者は、喉から声を発する機能さえ、影の中に奪われていくからだ。

 

「……美しいとは思わないか、カイル。光が強ければ強いほど、その裏側に潜む影もまた、深く、濃くなる」

 

要塞の広場の中央。 いつの間にか、ゼフェルとカイルが、ガイウスの目の前に降り立っていた。

 

ゼフェルは、まるで夜を擬人化したかのような、不気味なほどの優雅さを漂わせている。 彼の手にある双鎌『ノスフェラトゥ』は、星韻を「食べる」ことで、周囲の光そのものを奪い続けていた。

 

「き、貴様……エテルナの……。十二翼か……!」

 

ガイウスは震える足で、一歩、後ずさる。 目の前の男から放たれる気配は、バラムやアル・ザヒドのような「圧倒的な力」とは種類が違っていた。それは、生き物としての本能が拒絶する、「存在の虚無」そのものだった。

 

「子の翼、ゼフェル・カイン。……王に仇なす鼠たちよ。貴公らの時間は、ここで終わりではない。……これからは、永遠に明けることのない『影の底』で、自分たちの犯した罪を数え続けるがいい」

 

「ふざけるなッ! 我らは、人間は、貴様らのような化け物に屈するために生まれたのではない!」

 

ガイウスは死に物狂いで剣を振り下ろした。 レーム王国の至宝であるその剣には、一時的に魔法を無効化する加護が宿っている。それは間違いなく、ゼフェルの首を捉える軌道を描いていた。

 

だが。 ゼフェルは動かない。 剣先が彼の首筋に触れようとした瞬間、ゼフェルの体が霧のように散り、ガイウスの背後の影から、再び実体となって現れた。

 

「……『そこ』にいると思っているのか? 私が影なのか、影が私なのか……。貴公らには、判別することさえ叶わない」

 

ゼフェルが鎌を軽く振る。 それは肉体を斬るための動きではない。ガイウスの足元にある「影」を、地面から切り離すための動作だった。

 

「あ、が……っ!?」

 

影を切り離されたガイウスは、全身から力が抜け、その場に倒れ伏した。 人間にとって影とは、魂の輪郭。それを失った者は、自分の存在を維持するための「重し」を失い、意識が希薄な闇の中へと霧散していく。

 

「死なせるのは容易い。だが、それでは王の退屈を紛らわすことはできない。……カイル、装置(おもちゃ)を回収しろ。これは後で、アグニオースの連中にでも解析させればいい」

 

「了解しました、ゼフェル様。……しかし、この男はどうされますか?」

 

カイルが、虫の息となったガイウスを見下ろす。

 

「そのまま置いておけ。……反王同盟への、『贈り物』だ。影を失い、誰からも認識されず、ただ生きる屍となった男の姿を見れば、彼らも少しは自分たちの置かれた立場を理解するだろう」

 

ゼフェルは、一度もガイウスを振り返ることなく、要塞の奥へと歩き出した。 彼が通るたび、要塞内の全ての灯火が吸い込まれるように消え、後には冷たい闇だけが残された。

 

作戦は、失敗に終わった。 だが、ガイウスたちが起動した『虚空の楔』が、一瞬だけ放った衝撃波は、意図せぬ形で「世界の深淵」へと届いていた。

 

要塞の遙か上空、エテルナの結界の外側。 そこにある「空の裂け目」が、先ほどよりも一回り大きく、醜く開いていた。

 

「……あ。ああ……。ようやく……」

 

裂け目の向こう側から、声が漏れる。 それは人間の言語ではない。大気が軋むような、地脈が鳴るような、原始の振動。

 

裂け目から、一本の「指」が突き出された。 それは人間の体よりも巨大な、青白い石のような質感の指。指先には、今の時代の星韻(せいいん)とは明らかに質の異なる、どろりとした黄金の液体が付着していた。

 

「……光の王……。お前の作った箱庭は……あまりに……脆い……」

 

その指が、空を「引き裂く」ように動く。 エテルナの時計塔『クロノス・マギ』が、初めてわずかにその振動を乱した。

 

王宮のテラスで、アル・ゼノンが眉をひそめた。 手に持ったカップの中で、紅茶がわずかに波打つ。

 

「……ほう。影の鼠を捕らえさせたつもりだったが、別の『獣』が目を覚ましたか」

 

ゼノンはカップを置き、静かに立ち上がった。 その瞳の奥にある時計の針が、今までになく複雑な動きを見せる。

 

「イシュタル。……茶の時間は終わりだ。……『ゼノビア』の連中を、これ以上待たせるのは王の礼儀に反するからな」

 

王の言葉と共に、エテルナ全土に、これまで聞いたこともないような重厚な鐘の音が鳴り響いた。 それは、日常の終わり。そして、真なる神話の再来を告げる、宣戦布告の音であった。




第四章:【神代降臨、壊れた黄金】
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