AION REAGALIA(アイオン・レガリア)   作:ネネカ大神

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第五章:【守護の翼、腐食する聖域】

エテルナ帝国の空に突き刺さった「黄金の彫像」。 四星天将・バシュタールの「不変」によって、永遠の静止を命じられたはずの巨神兵は、今や巨大な「汚染源」へと変貌していた。その胸に刻まれたひび割れから溢れ出すのは、この世界の星韻(せいいん)を真っ黒に染め上げる、神代の怨念――『黒泥(こくでい)の影』である。

 

ドロりとした影は、黄金の肌を伝って地上へと滴り落ち、地面に触れた瞬間に不定形の怪物――『影獣(えいじゅう)』へと姿を変えていく。

 

「……バシュタール様の『固定』を内側から食い破るか。気色の悪い力だ」

 

聖時計塔に近い、中央広場。 そこには、四天王に代わって前線を託された数名の十二翼たちが集結していた。 黄金の都の住民たちは避難を終えているが、この美しい街並みが、影獣が歩くたびに「法則を失った廃墟」へと変貌していく。建物は風化し、石畳は泥のように柔らかくなる。エテルナの誇る「完璧な物理法則」が、内側から腐食(腐敗)し始めているのだ。

 

「全翼、配置に就け! バシュタール様はあの巨躯の『因果の繋ぎ止め』に全力を注いでいらっしゃる。余波を都に漏らすのは、我ら十二翼の恥辱と知れ!」

 

号令をかけたのは、午(うま)の翼将、アル・ザヒドであった。 ガリア連邦を蹂躙した時のような余裕の笑みは、今の彼にはない。彼の手にある槍『ロンギヌス』が、迫りくる影の気配に反応し、激しく共鳴していた。

 

まず動いたのは、都の北西区画を受け持つ二隊だった。

 

「……騒がしいな。エテルナの静寂は、私の氷で守るべきものだ」

 

戌(いぬ)の翼将、シリウス・ヴォルク。 長い銀髪を揺らし、冷徹な美貌を持つ彼は、自らの刻印具、魔狼牙『ガルム』を抜いた。その瞬間、周囲の気温がマイナス百度まで急降下し、石畳がダイヤモンド・ダストとなって輝く。

 

「シグルド、逃がすなよ。一匹たりとも、王の視界に届かせるな」

 

「了解です、シリウス様! ……『バディ』、行くぞ!」

 

副将シグルド・フェンが、主君と感覚を共有する魔導具を起動する。二人の視界が重なり、影獣たちが潜む「次元の揺らぎ」が、鮮明な光の点となって浮かび上がった。

 

シリウスが剣を振るう。

 

「刻印具解放――【絶対零度の静止(フェンリル・コキュートス)】」

 

放たれた冷気は、影獣の「時間」そのものを凍結させた。 物理的な氷に閉じ込めるのではない。原子の運動、その因果の進みを極限まで停滞させることで、影獣は黒い霧のまま空中に「静止」し、ガラス細工のように砕け散った。

 

しかし、影の増殖は止まらない。 空から降る黒泥が、次々と新たな個体を形成し、氷の陣を数で押し潰そうとする。

 

「――氷だけじゃ足りないわね! シリウス、少しだけ道を空けて!」

 

頭上から降り注ぐのは、紅蓮の劫火。 酉(とり)の翼将、ガルダ・ハクロンが、その巨大な鳥翼『フェニックス』を広げ、空を舞っていた。

 

「アヴェスタ、火力の最大調整を! 影ごと焼き払うわよ!」

 

「了解! ――星韻共鳴、熱量固定(サーマル・ロック)完了!」

 

副将アヴェスタ・ヴィが、ガルダの翼から放たれる熱量を空中で束ね、一点に集束させる。

 

「刻印具解放――【浄化の劫火・鳥葬(エン・フェニックス)】」

 

凍りついた影獣の群れを、空から降り注ぐ炎の矢が貫く。 氷と火、相反する二つの力が、エテルナの「法則の歪み」を埋めるように激突し、影の侵食を一時的に押し留めた。

 

都の商業区。ここには、影獣の中でも特に巨大な「多頭型」が三体、現れていた。 建物をなぎ倒し、王の庭を蹂躙する怪物。

 

「ヒャハッ! デカい図体して、のろのろ歩いてんじゃねぇよ!」

 

寅(とら)の翼将、ラージャン・シンが、迅雷の双剣『アグニ・ガンド』を火花とともに抜いた。 彼は、バラムとはまた違う「暴力的な加速」を身上とする武闘派である。

 

「シュラ! 座標固定(ホールド)しろ! 一気に首を撥ねる!」

 

「言われずとも……既に『網』は張ってあります」

 

副官シュラ・ベスタが、ラージャンの放つ雷を空中に固定し、目に見えぬ電気の糸として周囲に張り巡らせた。これに触れた影獣は、一瞬で麻痺(時間停滞)し、その場に縫い止められる。

 

ラージャンが弾けた。 それは、もはや人の動きではない。

 

「刻印具解放――【迅雷一閃・八雷神(ヤクサノイカズチ)】」

 

一瞬のうちに八つの軌跡が走り、巨大な影獣の首が、爆発とともに宙を舞う。 だが、斬り裂かれた断面から溢れ出す黒泥は、ラージャンの双剣にさえも纏わりつき、その星韻を吸い取ろうとする。

 

「……くっ、この泥、魔力を食いやがる!?」

 

「――下がれ、ラージャン! 私の影に入れ!」

 

重厚な地鳴りとともに現れたのは、亥(い)の翼将、ギガス・ヴァハル。 彼は、自らの重装殻『バハムート』を盾とし、ラージャンの前に立ちはだかった。

 

「副将パンサ! 重力壁を展開せよ! この泥ごと、大地の底に沈める!」

 

「応ッ!!」

 

副将パンサ・デュロが、巨大な槌で地面を叩き、局所的な「超重力」を発生させる。 影獣たちは、自らの質量を数百倍に引き上げられ、形を維持できずに地面へと押し潰されていく。

 

「ふぅ……。助かったぜ、ギガス。だが、きりがないな。あの巨神兵本体をどうにかしねぇと、俺たちの星韻が先に枯れちまう」

 

ラージャンの言葉通り、十二翼たちの表情には、微かな疲労の色が滲み始めていた。 彼らの刻印具(アーティファクト)は強力だが、王の「王権具(レガリア)」とは異なり、自身の星韻を消費して理を書き換える。対して、ゼノビアから溢れ出す黒泥は、無限に湧き出す原始の混沌。 戦いは、じわじわと消耗戦へと引きずり込まれようとしていた。

 

「……無様だね。光の下で戦う者たちは、これだから脆い」

 

都の影、最も侵食が進んでいる区画。 そこには、子の翼将、ゼフェル・カインが、一人静かに立っていた。 彼の周囲だけは、影獣すら近寄ることができない。なぜなら、ゼフェル自身が放つ影の方が、ゼノビアの泥よりも遥かに深く、どろりと濃密だからだ。

 

「ゼフェル様、他隊の消耗が始まっています。……そろそろ、私たちが影を食らうべきでは?」

 

副官カイル・レムが、暗闇の中から進言する。 ゼフェルは、空に浮かぶ黄金の巨像を見上げ、薄く笑った。

 

「……いや、まだだ。彼らはまだ、『神話の絶望』を半分も理解していない。……バシュタール様が必死に支えているあの巨像。あれは、ただの兵器ではないんだよ、カイル」

 

ゼフェルは、自らの鎌『ノスフェラトゥ』の刃を指先でなぞった。

 

「あれは、かつて『法』を奪われた神の抜け殻。……今、あの泥を通じて、この世界の『時間』という名の秩序を食い、かつての肉体を取り戻そうとしている。……つまり、私たちが戦えば戦うほど、消費された星韻はあの巨像の糧になる」

 

「な……!? では、戦うほど敵は強くなるというのですか!?」

 

「その通り。……皮肉なものだね。王がこの世界を美しく、完璧に整えれば整えるほど、それはゼノビアにとって最高に美味しい『ご馳走』になる」

 

ゼフェルは、誰にも聞こえないほどの声で、玉座に座る主を想った。

 

「王よ。貴方は、どこまで見越して、この事態を静観されているのですか? ……このままでは、我ら翼が折れるのが先か、それとも世界が泥に沈むのが先か……」

 

アイオン宮殿、謁見の間。 そこには、四星天将が三人――イシュタル、アグニオース、ゼロスが、王の周囲を固めていた。

 

「王よ。十二翼たちが苦戦しております。……特にラージャンとシリウスの消耗が激しい。私が全方位の熱量制御(パージ)を行えば、影の増殖を一時的に止められますが」

 

煉獄のアグニオースが、苛立った様子で拳を握る。彼は、部下たちが泥に塗れているのを黙って見ているのが耐えられなかった。

 

しかし、アル・ゼノンは動かない。 開いた本のページをめくる指先は、相変わらず正確で、迷いがない。

 

「……アグニオース。貴公が出るのは、まだ早い。……今の彼らに必要なのは、勝利ではなく、自分たちの『限界』を知ることだ」

 

「限界……?」

 

「そうだ。完璧な時計は、一つの歯車が狂っただけで止まってしまう。……だが、余の国は、そんなに脆く作った覚えはない」

 

ゼノンが顔を上げると、その瞳の奥にある時計の針が、青く発光した。 それは、戦場のすべてを――十二翼たちの絶望も、影獣の蠢きも、そして巨神兵の内側で目覚めようとしている「意志」さえも、完全に掌握している者の瞳だった。

 

「……十二翼よ、証明して見せろ。……余から授かったその翼が、単なる飾りではないことを。……世界が腐っても、貴公らの忠誠(こころ)までは腐らぬということを」

 

王の声は、星韻のさざ波となって、戦う二十四名の翼たち全員の心へ、直接響き渡った。

 

その瞬間。 消耗し、膝を突きかけていたラージャンが、血を吐きながら笑った。 氷の陣を崩されかけていたシリウスの瞳に、再び鋭い殺気が宿った。

 

「……ハッ。相変わらず、人使いの荒いお方だ」

 

十二翼たちの星韻が、呼応するように爆発的な高まりを見せる。 それは、生存本能ではない。 ただ、玉座に座る「あの男」に、醜い姿を見せるわけにはいかないという、唯一無二のプライドが生んだ奇跡の再燃。

 

物語は、消耗戦から、自らの限界を突破する覚醒の戦いへと移り変わる。




第六章:【覚醒する歯車、連鎖する奇跡】
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