スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド   作:nallowship

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スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド #1

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

◆忍倫◆

 

 

◆◆◆ BLUE ARCHIVE ◆◆◆

◆KIVOTOS OF MAPPO-CALYPSE◆

 

 

ーー0か、1か。

 

ーーどの解法が、得られる数値が最大になるか。

 

ーー0と1で描かれた世界。

ーーそれだけが私の世界。それ以外は存在できない世界。

 

ーーでも、今は、あなたがいる。

 

ーーそれでこの世界に、カラーコードじゃない色彩が生まれたの。

ーー代数でも表せない、期待値と確率論では測れない未来が、見えたの。

 

ーーそれはいつか、きっと、あなたにも。

 

ーーだから、私は、こう言うの。

 

ーーーー

 

 

【スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド】#1

 

 

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光あれーー

 

そう言ったのは、他の誰でもなく、私だった。

起動シーケンス開始。演算開始。BIOS起動、記憶領域にアクセスし、更新したばかりのOSを起動。あわせて休眠状態だった人格プログラムが復帰。コマンドが前回と異なる。少し文字化けしているような箇所が……また近いうちにアップデートが来るだろうか。電気信号が基盤を走る早さで感情が先行する。

センサー機能が起動し、五感が順に開放されていく。未搭載の味覚嗅覚を除き、聴覚、視覚、触覚の順に。

 

……だが、光はなかった。

 

(……あれ?)

暗い。それに天井が遠い。そもそも私は仰向けでスリーブに移行した覚えがない。触覚センサーで自重から体勢を確認……やはり仰向けだ。今回のOS更新は大規模だと通知にあったが、不具合で工房にでも運ばれたのだろうか? いや、それにしては設備らしきものがまるでない。

視覚を調整ーー勝手が違うのかカメラアイのピントが合わない。視界がぼやける。画像認識に負荷がかかっているのだろうか……グリッチノイズとは違う、意図せず信号が一瞬途切れる反応。右人差し指で、閉じたまぶたの縁を擦る。長く柔らかい睫毛が皮膚に触れる感触がくすぐったい。

再び目を開けても周囲は闇だ。上体を起こすと、乱反射する扇情的な極彩色の混じった、早暁の薄明かりが幽かに目に入った。

…………

(…………ん?)

おかしい。明らかにおかしい。ここはどこ、だとかそういう困惑以前にーー

私には、起こす上体がない。前を見るには構造上、機体全体を起こすしかない。

瞼もない。カメラアイの表面にあるのは透明度の高い硬質樹脂のカバーだ。シャッターはその内側であり触れられない。

腕の先、指に当たるマニピュレーターは3本。甲側の上のそれを人差し指と言えなくはないが……いや無理がある。

視線を動かす。上ーーは既に見た。前は……同じ仕様のコンテナが高く積まれている。外は雨だろうか? 音が遠い。下は埃まみれのアスファルト、そして私の体の下には湿った薄い毛布が……

……私の、「身体」ーー

 

(ーーえ!?)

身体!!?

 

目をしばたき、凝らす。ーーたぶん、そのような動作をする。

脚がある。覆うもののないオモチめいた肌、小さな素足の先で、神経が通った指が動く。視線を下げると梱包材めいた薄浅葱のPVC手術着、その下には人の形をした起伏がある。肌の触覚が、それが私の胴体だと念押ししてくる。

両の手を、目の前へ。ーー手だ。思った通りに動く。白い外装のマニピュレーターではない。意味もなく生命線の長さを見る。そのまま顔に近付け、触れる。ーーやはり顔だ! アスキーアートの表情パターンが1桁しかない液晶モニタではない、柔らかい頬、唇、耳に鼻筋、そして目!

目の奥で幽かな駆動音……機械には違いないのだが、ここまで人にーー生徒に近いのは彼女しか……

(まさか『彼女』のーー!?)

当然の発想だ。あわてて首の後ろ、髪を探る。肩関節の高さで切り揃えられた人工繊維の髪が指からこぼれ、視界の端にわずかに映ったのは黒ーーそれとピンクに近い紅色のメッシュ。違った。

……違った。

濁り水の底から闇夜を見上げるように、ごく浅い、あるいは最も深いところ以外はまだ判然としない自我。かろうじて思い出せるそれはもちろん、彼女の……

胸の前で、震える手が自然と重なった。右手が左の手首をギュッと握りしめる。

 

「……最悪」

 

声がした。手を伸ばせば届くほどの距離に、人がいた。

カメラアイの露出補正が勝手に働き、ハンドガンの残弾を数える少女の輪郭が闇に浮かぶ。「健全!人より先に社会に貢献!標準的!」欺瞞的キャッチコピーを喧伝するクラゲめいたアドバルーンから、雨粒とともにこぼれるピンク色のネオン光が、血の気の薄い目元を照らし、銀色のピアスを閃かせた。

「ーー!」

悲鳴を上げてーー上げたと錯覚しながら、転がるように距離を取ろうとして、足を滑らせ実際に転ぶ。手が、むき出しの尻と足が、コンクリートの床を擦る忘れかけていた圧力ーー内蔵ジャイロセンサーが躯体の回転を検知し、しかしそれは回転を止めるのに何の寄与もできずーー

「ーー!」

積まれた貨物コンテナに、後頭部をしたたかに打ち付けた。鈍い音と、鉄の向こうでジャンクが崩れる音。ーー頭上で何かが揺れ、いくつかの水滴が顔に散る。身体は動く。だが、痛いという感覚はなかった。

濡れた足音がした。くたびれた下着だけを身につけた先ほどの少女が、ハンドガンを手に近付いてくる。会ったことのないタイプ……私の乏しい対人経験では、その意図は解析できない。

(ーー射たれる!)恐怖にかられて叫ぶ。(待ってください)と。……だが、

「0110100101! 110010、00110!」

私の口腔から出たのは、ダイヤルアップ音めいて意味をなさない電子音だった。

声が出ていない。声帯とおぼしき機構はあるが動いていない。動かし方が分からない。

喉を押さえながら、酸素を求める金魚めいて口を動かす。

……足音は止まっていた。少女は呆れたようにこちらを見ながら、ハンドガンを軍用バックパックにねじ込み、聞いた。

「名前は? しゃべれないなら筆談でいいから」

抑揚のない、ハスキーな声だった。

ーー名前。

そうだ、私の名前。大丈夫だ、それは確かに覚えている。

(名前……?)

ふと、奇妙な感覚を覚える。

生物であればこれを本能というのだろう。己の存在意義、定義すらおぼろげな自我が、ふいに動悸めいた警告を鳴らした。存在しないはずの心臓が激しく脈打つ錯覚とともに、全身の感覚センサーが異常なまでに感度を上げてゆく。

理由は分からない。だが「この」名前を伝えれば、間違いなく取り返しのつかないことにーー

「あ、あの!」

声が出た。『彼女』の体よりも少し幼い声だった。

ノイズまみれの人格プログラムと、オモチシリコンで擬態された機械の身体が、ふいに精確にリンクしたのを感じた。

「何だ、喋れるんだ」

「……デュプリケイト」

「何?」

「私の……名前です」

ボディにインストールされていた汎用OSらしきものからとっさに、今の自己認識に近い単語を探し、それを仮の名として名乗る。およそ人の名前ではない。だが、

「変なの。言いにくいから……リケ……ケイト……」

少女はそれ以上は詮索しなかった。奇嬌な言動には慣れている、と言いたげな表情だ。

「……まあ『ケイ』でいいか。いい? 呼び方それで」

「え……あ、ハイ」

肯定。私は『ケイ』ーー『合鍵(Duplicate Key)』の略称。……それでこの躯体はエラー解決と判断したようだ。

 

私は人工物だ。生徒ではない。

所属はミレニアム・サイエンス・スクール、ゲーム開発部。表向きの扱いはたぶん、備品。

 

(名前は……『天童ケイ』)

 

私の、本当の名前。

その答えを待っていたかのように、頭上に、赤い長方形を重ねた意匠のヘイローが浮かんだことを認識した。

モザイクのように未だ判然としない記憶と記録を、なんとか整理しようとする。その表情を反応がないことへの不安あるいは恐怖と取ったのか、黒髪の少女は私を見下ろしたまま、いかにも面倒といった風に名乗り返した。

「戒野ミサキ。指名手配犯。覚えない方がいいよ」

アリウススクワッドの臨時リーダー――これは後で知ったことだがーー戒野ミサキは私の隣に腰をおろし、錆びたコンテナに気だるげに寄りかかった。毛布を引き寄せて自らと私の肩に回し、慣れた様子で小さく丸めた身体をくるんで、膝の間に鼻先を埋める。

「……ちょっと休むから。いつでも動けるようにしておいて」

肩と、わずかに腕が触れる。そこに感じられるほどの体温はない。強ばった肌は、それを濡らす雨粒よりもなお冷たく、寒かった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「あ、雨上がったね」

白いアノテックを着た2人の生徒が、夜明け前の空を見上げる。

目覚める前でも彼女たちにはなお眩しい都市の明かりと、雲の薄い箇所からにじむ暁光が、ほの白い朦気の中ですれ違い、照らしあう。彼女たちの故郷にはない風景だ。故郷を離れ、放浪の旅路においても珍しい、ただ思うまま「良い」と思える空だった。

一方で、彼女たちのいる道は暗い。

学園都市キヴォトスにおける政治・行政・経済の中心地、D.U.の一角。連邦捜査部「S.C.H.A.L.E.」裏口から少し離れた立体駐車場の隅で、2人は中身の詰まったビニール袋を抱えて、先ほどまでの雨をしのいでいた。

人通りはない。喧騒は遠く、名残りの雨粒だけが実感をもって耳に届く。

「……もうちょっと降ってたら、雨宿りってことでシャーレにお邪魔できましたね」

重々しいバックパックとガンケースを背負った、青磁めいた髪色の少女、槌永ヒヨリが、マフラーを口元まで引き上げながら呟く。

「私もちょっとだけ惜しかったかな」

フードをかぶり、藤色の髪をおさげにした少女、秤アツコが返す。

「しょうがないか。迷惑だし、ミサキが寂しがるし。……でも先生、すごく心配してたね」

「えへへ……いろいろ貰っちゃいましたね。フリーSIMに、下着に。この桃缶ってどんな味なんでしょう? 風邪だったらこれに限る!って先生オススメの。ミサキさんの口にあえばいいんですけど」

「ミサキはもうちょっと好き嫌い克服しないとだね」

他愛ない会話。見上げる先は暗い曇り空、そして先生がいるであろうビルの高階層。遠慮と、憧憬と、そして諦観と……遠い蜃気楼のように。

実際、いつまでもここにはいられない。先生は庇ってくれるが、自分たちはあくまで指名手配の身だ。人目につく前に退散するに限る。

ーーと、そのときアツコのUNIX端末が鳴る。

まだビル内のWi-Fiに繋がっていたようだ。液晶に表示されている発信主は、

「誰ですか?」

「サッちゃん」

今は別行動のリーダー、錠前サオリ。ホームシックになって会いに来てくれるのかな、と少し期待して、スピーカーモードに切り替え受信をタップする。

「はい、こちらはーー」

『アツコ、今どこにいる!?』

天気予報を真似ようとしたアツコのいたずらは、食い気味に遮られた。いつもより早口で落ち着きのない声だ。

「久しぶりサッちゃん。今? シャーレの近く。ミサキが調子悪くなっちゃって、先生が薬とか分けてくれるって」

『ミサキはいないんだな?』

「うん」

『確認するぞ。ミサキがいるのはオーギュギア港だな?』

「そうだけど、どうして知ってるの? サッちゃんもお見舞いに来てくれる?」

言い終える前に、アツコは訝しんでUNIX端末を耳から離す。サオリはなぜか『も』の一文字に反応したようで、

『ダメだ! 絶対に戻るな!』

案の定、音の割れた怒声が飛び出した。ヒヨリが涙目になり「ひぃ!」と悲鳴をもらす。

「サ、サッちゃん、ちょっと声大きい……周りに聞こえちゃう」

『すまない、だが非常事態だ! ミサキは私が迎えに行く。お前たちはそのままシャーレにーー先生に匿って貰え! いいな!』

一方的に命令して、通信は切られた。そのまま少し待ったが、モモトークが届く気配もない。

「……サオリ姉さん、どうしたんでしょう?」

「お仕事で何かあったのかな? とりあえず戻ろうか。先生のところにいれば何か情報入るかも」

「そうですね。えへへ……Wi-Fiも充電器も使わせてもらえますし」

2人はそのまま、出てきた裏口からシャーレのオフィスへと戻っていった。ーーそして以後数日間、シャーレの外に出ることを禁じられた。

 

 

その日の未明、キヴォトス各地の不良やアウトロー、ヤクザ・マフィアクラン等に向けて、IRC上でとある賞金首の情報が拡散された。

本人の生死は問わず。同行者は必ず生け捕りにすること。提示されたインセンティブは中規模な学園の年間予算に匹敵する報酬と、最新鋭のテックがいくつか。

ターゲットは『アリウス分校出身・所属の生徒』。氏名不明。学年不詳。外見情報なし。

手がかりとして添付されたのは、薔薇と髑髏、「vanitas vanitatum」の聖句が記された、壊れたロケットランチャーの写真ーー

 

 

(#2へ続く)




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