スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド 作:nallowship
【スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド】#2
ドン、という鈍く低い音が部室に響いた。敷かれたカーペットがメンコめいて捲れ、才羽モモイがアグラ姿勢のまま1インチ跳ねた。
「あーっ私の新記録が!」
「心配するのそっち?」
セーブデータが消えたレトロゲーム機を揺するモモイを、妹のミドリが呆れた表情で眺める。
「だいじょうぶですか!?」
「モ、モニタ割れてない?」
「起こしてくださいアリス……何かがタイヤに挟まって……」
震源は部室入り口。アイディアが乱雑に書かれたホワイトボードと、部長・花岡ユズと並んでゲーム雑誌が積まれたソファーの間を繋ぐように、白物家電めいた用途不明の機械が倒れ、もがいている。
ミレニアムの技術力が生み出した防衛用無人機AMAS、そのワンオフ改造機体。だが実態はと言えば、タイヤに載った旧世紀ブラウン管テレビにレトロ調接客ロボットの腕が生えた、と形容するほかない旧世代カトゥーンのコメディリリーフめいた不恰好なシルエットだ。ゲーム雑誌だった紙クズをタイヤから取り除かれ、起こした上半身前面のモニタに映るのは、粗い単色のドットで描かれた三白眼アスキーアートーー
「モモイ! 読んだ本はちゃんと元の場所に片付けてください! だいたい何ですかこの部屋!」
「え~いつもの部室だよ?」
「そのいつもがダメなんです!」
ケイは腕を振り上げ、声を張り上げる。カメラアイが一回転、ゲームと私物が散乱する室内を視認。確かにいつも通りだ。
ーー然り。この改造AMASが現在の『天童ケイ』である。
世界を滅ぼすために作られた「名もなき神々」の精髄、その王女たる天童アリスの従者。本体はAIであり、氷海から鋼鉄大陸への旅とイクサにおいて新たな依代を得た。それが、この姿であった。当人は大いに不服を申し立てたが、結局は今、そのままこうしてアリスと共にいる。
そんな彼女の、放課後の日課がこれだ。自堕落で計画性のないゲーム開発部の尻を叩くことが。
「そんないい加減だから毎回毎回開発が遅れるんです!」
「ふふーん何とでも言うがいいさ! 今回は私ちゃんと締切守ったんだから、デバッグまでは基本フリーだよ!」
「『魔王にさらわれた姫を勇者が助けに行くレトロ風2Dアクションゲーム』のどこにシナリオで悩む要素があるの。暇ならアイディア出してよ」
「はい!アリスは今回敵エネミー作りでミドリのお手伝いしています!」
「立派ですアリス。でも掃除はしてください。あと最近は帰りも遅いです」
「で、でも急がないと音声回りの発注が……」
「だめです! もう何日連続だと思ってるんですか! 今回はユズも大目に見ません! いつも部室にいるなら片付けくらいーー」
「ひっ! ご、ごめんなさい……」
「あーっケイがユズを泣かせた! クーデターだ!機械の反乱だ!」
「うわーん、ケイが反抗期です!」
「人聞きが悪いですよ!」
騒ぎは10分後、苦情を受けてセミナー会計・早瀬ユウカが怒鳴り込んでくるまで続いた。
ユウカが帰った後。
「さて、続きやろうか」
「反省して。カートリッジ散らかさないで。またケイちゃんが……?」
姉をたしなめ、ケイを気遣うミドリ。だがケイは肩を落とし、疲れた様子で部室から出ていこうとしていた。
「ケイ、先に帰っちゃうんですか?」
「AMASのほうのOS更新があるんですよ、今夜は。バッテリーも残り少ないので」
「自己管理能力が足りないなあ」
「お姉ちゃんも先月『バッテリー切れでデータ消えたーっ!』って騒いでたよね」
「モモイ、ミドリ……」
ケイが声を出した。AI自動生成音声めいた音だった。
さすがに気まずいモモイに背を向け、ケイは部室のドアを開けて、最後にカメラアイだけを回す。
「もういいです。ユズも。……アリス、遅くならないうちに帰ってきてくださいね」
ドアが閉まった。ケイは振り返らなかった。
「お姉ちゃん、やっぱり今からでも言ったほうが」
「……ユズ、進捗はどう?」
「大丈夫、できたよ」
ユズはプログラムを上書き保存し、進捗確認シートのいくつかにチェックを入れた。まだ空の項目が多いが、遅れは想定の範囲内だ。
「じゃあ明日ね。アリス、今日は先に帰る?」
「……ダメです。アリス、まだがんばります」
「だよね、もう少しだもんね」
ミドリはアリスからスケッチブックを受け取り、ペンタブを再起動した。
ミレニアムのキャンパスを、ケイはひとり進む。時折、彼女を知る生徒に奥ゆかしくアイサツを返しながら、気付けば寮の前。カメラアイだけを回し、廊下のガラスに写った自分の姿を見る。
(……しょうがないですよね)
分かってはいる。製作者の美的センスはともかく、この機体には「名もなき神」に由来する替えの効かない部品が多く、容易には改造できないーーましてアリスたちと同じ姿にはできないことくらい。怠慢だと責める道理はない。今、ここにいられるだけで……いや、アリスがああして笑っているだけで僥倖なのだ。
だが、忸怩たる思いはある。単なるデザインセンスの問題ではなくーー
(ここのところ特に、私のマスコット扱いがひどくなっているような……)
どれだけ叱られてもゲーム開発部がケロッとしているのは、ユウカの場合も同じだが、自分への態度にはよく言えば親愛、悪く言えばペットに接する飼い主のような文脈がある。ーーその感覚が、ケイにはどうしても拭えなかった。
「アリスたちと同じ身体なら……ちゃんと私の話聞いてくれるんでしょうか」
答える者はいない。窓に映る己でも、答えられる自信はなかった。
アリスの私室のドアを開け、隅のドックスペースで停止。補助AIが姿勢を補正し、校内IRCへの接続用LANを兼ねた充電器が、装甲板の隙間の端子に填まる。シーケンスを確認。更新プログラムのダウンロード開始。人格プログラムをスリープ状態に移行……
(でも……私も言い過ぎました。明日になったらちゃんと……謝ら……ない…と……)
血液のようにコードが全身を流れる幻聴の中で、ケイはまどろみ、やがて意識を手放した。
小さな寝息を立てるアリスの肩から、フートンがずり落ちた。その感触と温度差で、アリスは目を覚ました。
カーテンの隙間から、雨ににじんだ朝日が見えた。眠い目をこすりながら時計を見る。いつもより30分は遅い。普段は先に起きたケイが起こしてくれるのに……
あくびをしながらドックスペースに目をやると、昨夜「おやすみなさい」と言ったときのまま、LAN端子が繋がれたケイの姿があった。
「おはようございます、ケイ。今朝はおねぼうさんですね」
アリスはベッドから飛び下り、ケイに駆け寄った。今日は楽しいことがある、昨日より良いことがある、それを微塵も疑わない満面の笑顔で。
だが。
「……ケイ?」
反応がない。
アリスは訝しみ、頬をはさむようにモニタの縁を押さえ、かるく揺する。センサーが反応し、モニタが復帰する。……だがやはり、「ケイの」反応はない。
ケイが入っているAMASは時折、今回の「身長5フィート未満の人物を低確率で不審者と誤認、誤射する不具合の修正」のように大規模なアップデートが入る。一度それが長引いてアリスを不安にさせたため、ケイは自動音声で進捗を伝えるように設定していた。ーーそれすら、ないのだ。
言い知れない恐怖にかられ、アリスは正面モニタにすがりつき、ケイの名を呼び続けた。だがケイの筐体は黙したまま、アリスの泣き顔が反射したブルースクリーンに「Ran into a problem and needs to restart .」の文字列を淡々と、延々と繰り返していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(……確かにそうは思いましたが、私にも心の準備というものが……)
毛布にくるまって頭を抱えるケイ。ミサキにつられて微睡んでいた間、時間にしてわずか30分だが、記憶領域の情報がいくらか整理されたようだ。
ミレニアムでの自分の近況は理解した。だが今の自分の状況は手がかりすらない。自分は何もしていない、ということくらいだ。
帰らなければ。アリスの元に。ーーだが、どうやって?
ため息とともに立ち上がり、先に起きていた彼女を見る。
「……何?」
ミサキが振り向く。手にはロープの端。コンテナの間に張ったそれを巻き取りながら、干していた服とコンバットブーツを外していた。暗がりの中でも、白く皮下脂肪の薄い身体が、機械以上に無駄なく動いているのが見て取れた。そして、先ほどは見落としたものも。
(包帯……首と手に?)
気には留めたが、それだけだ。単に怪我をしているのだ、と思った。
キヴォトスにおいても超常のレイヤーに常にあったケイは、包帯の場所が示唆することには未だ無知で無垢だった。
「あの……聞いていいですか?」
「簡単なの1つだけにして。すぐ移動するから」
インナーを着け、位置を調整する。……彼女のこともよく分からない。敵ではないようだが、あからさまに境界線を引いた態度でウカツに聞くこともはばかられた。それに、あの言葉……
「ここ、どこですか?」
故にケイはその疑問を選んだ。まずは目的、帰る方法を知る必要がある。
ミサキは少し言葉を選び、答えた。
「オデュッセイア海洋高等学校管轄、オーギュギア港。港の中心から尾根1つ越えたナウシノス地区。今はそこのスクラップ集積所に隠れてる」
「え? えっと……あの」
目を白黒させるケイ。地名は聞き取れたが、対応する地図情報がメモリになかった。確かに地理は記憶したはずなのだが……
「……ここからミレニアムにはどう行けば?」
「やっぱりミレニアムなんだ。最終的には行くことになるけど、今は危ないから近寄らないつもり。訳は後で」
「……はい」
ミサキは服を着終え、毛布を受け取って畳む。
どうやら彼女は、自分をミレニアムまで連れていってくれるらしい。他に頼るもののないケイには、彼女が一筋の光明に見え、そして見捨てられることを恐れて口をつぐむ。
……そこでケイは、ある切実な問題に気付き、おずおずと声をかけた。
「あの、もうひとつだけ。……予備の服ってないですか?」
前屈みで、手術着を引っ張って内腿を隠そうとするケイに、ミサキは無言無表情で校章を剥がしたアノテックを押し付けた。
まだ小雨の降る街は、昼と夜、二つの様相が切り替わるタイミングにあった。
港に近すぎず遠すぎず、治安組織の目は届かず。スラムやブラックマーケットとも違う、”悪所”と言うべき享楽的アトモスフィアは、雨と朝日に洗われてなお濃密に漂う。「実際安い」「美男子」「アイサツ半額」「おマミ」「床が豊満」、スモークグレイに薄汚れたネオン看板のいくつかが残り火めいてチリチリと鳴る。不真面目な蛍光色を散らしたスーツ姿の客引きやスカウトマンが、欠伸をしながら店の前をおざなりに掃いていた。
昼夜が逆転したこの街では、今こそがタソガレ・アワーなのだ。労働者、無軌道生徒、フィラメント電球装飾ロボパンクス、ガトリングヤクザ、ハウンド種獣人ホスト……行き交う誰も互いを気に留めることはない。ミサキがケイを急かしたのは、これが狙いだった。
「ごめんなさい、靴まで借りて」
「いいよ別に。生乾きで気持ち悪いし」
黒いパーカーにダメージジーンズ、黒いマスクで顔を隠すミサキの後を、借りたアノテックを着たケイが追っていく。モブをすり抜け、路地から裏路地、また路地へと歩を進める。
「どうして私、こんな格好だったんでしょうか……?」
「さあ」
そっけないミサキ。だがケイには実際、深刻な問題だった。
彼女は上着の中、手術着の下に何も着ていない。外観は生身と変わらず、違いは関節のシリコンの継ぎ目、首の後ろの端子、カメラアイの奥の神秘的な紋章くらいか。平坦なバストも、ミサキの水着ではサイズが合わなかった小尻も剥き出しで、股間にだけは細く黒いダクトテープが貼られていたが、それが逆にひどく背徳的あるいは侮蔑的なものを感じさせた。
かといって服をねだることもできない。ミサキはブーツの代わりに、適当な板をPVC防水布で足に縛りつけていた。コツ、コツと硬い足音を聞くたびに、ケイは不安と申し訳なさを覚えて下を向く。
「……その先、左の路地へ」
ふいにミサキが小声で指示を出した。
「え? アッハイ」
言われるまま角を曲がる。ケイが先に、一歩後でミサキが。
何の変哲もない、長いが行き止まりの路地だった。何かの店があるようにもーー
(……!)
ケイは思わず振り向こうとして、ミサキの指示を思い出し、努めて同じ歩調で進む。
背後から足音。水溜まりを踏み、角を曲がる。あからさまに彼女らを追ってくる。ーー否、追われているのはケイひとり! ミサキは気配もなく姿を消していた。
追手は何の変哲もない不良生徒だ。不用心に携帯UNIXとケイの後ろ姿を見比べ、サブマシンガンを構えて近付く。ーーその背後に人影。
音もなく、気付く暇すら与えず、ミサキはしめやかに不良に忍び寄り、アジア古代遺跡に潜むコブラめいて腕を首に回し、締め上げていた。
「何の用? どこかで会った覚えはないけど」
「ーー! ーー!」
喉笛を手荒く押し潰す。不良は苦悶し、声を出すこともできず、弱々しく腕を叩きながら携帯UNIX端末をミサキに見せた。IRC-SNSチャットの履歴には、目も眩むようなインセンティブと「アリウス生徒」の文字ーー
「……へえ、そういうこと。道理で安かったわけだ、あの古着」
「ーー!」
腕をかきむしる不良の爪が偶然、手首の包帯に触れた。ミサキはわずかに眉をひそめ、
「慰謝料もらうから。勝手に」
そう告げて、わざと手荒く不良を絞めおとした。
失神、失禁した不良を空き店舗の無地の看板に隠し、上着から予備のハンドガンと弾丸を抜き取ってケイに渡す。財布が目に留まったが手を着けず、衣服を整え、泥まみれのPVC防水布をかけて、ーーミサキはおもむろにパーカーを脱いだ。
「ケイも脱いで」
「ここでですか!?」
「コートだけだよ。これ貸すから」
薄い生地のーー本来は水着の上に羽織るらしいーーシャツで肌を隠し、受け取ったアノテックを畳む。
「……やっぱりこのコートは狙われてるか。もったいないけど上着買わないと」
「え、『やっぱり』って……ひょっとしてーー」
パーカーを首に通したところで固まる。
「ーー囮にするために私を連れてきたんですか!?」
「そうだけど」
あまりにも平然と言うミサキに、ケイは二の句を継ぐことができなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ザッケンナコラー!」
「シャッコラー!」
BLATATATATATA! BLATATATATATA!
重金属が壁を削り、ガラスを砕く。どこにでもある街の、どこにでもある路地裏。今日も変わらずキヴォトスでは銃声が鳴る。
「アイエエエエ……私何もしてないのに! ナンデ!?」
逃げる少女の肩を違法規格銃弾がかすめ、編んだばかりの長い三つ編みが風圧で跳ねた。廃屋の陰にプレーリードッグめいて逃げ込む。べそをかきながらも、なけなしの銃弾を込める手付きに戸惑いはない。
少女の名は立木マイア。アリウス分校1年生。訳あって故郷を離れ、日雇いで食い繋いでいる。
だが今朝は勝手が違った。バイト先への道すがら、全く同じ顔、同じ姿のヤクザを連れた、マフィアらしき見知らぬ男に声をかけられた。アリウス出身であることを一方的に聞かれ、そしてーー
「「「スッゾコラー!」」」
BLATATATATATATA! ヤクザトミーガン一斉射!
ーー命を狙われていた。
比喩ではない。アリウスという地で育った彼女には分かる。ただのマフィアや傭兵ではない。あれは自分を殺すーー殺しても構わない、そういう暴力だ。恐怖と苦痛、欠落の記憶がフィードバックし、息が上がる。胸が苦しい。(そうだ、バイト先に遅れるって連絡を……)比較的まともなルーチンワークで、湧きあがる狂気を必死に押し込める。
その時!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
BLAM! BRATATATATA! BLAM! 異質な銃声とシャウト、そして悲鳴!
「ひぃ!」
聞き覚えのある破壊音ーー肉が爆ぜ、骨が砕け、何かが水に落ちる音が、指の隙間から脳髄を突き刺し、かき回す。頭蓋がひび割れるような感覚が責め苛む。
……そのままどれだけ経ったか。静寂。実際は数十秒程度、だがマイアには一昼夜にも思えた。気付けばこぼれた涙が愛銃を濡らしていた。
「ウェー……ハイスクールの街にクローンヤクザまで持ってくるとか何考えてるんスかねコイツら。アー、こンなものまで」
女の声と、何かを探る音。
マイアはおずおずと顔を出し、音のする方を見る。
あたりは一面、ケミカルな緑から赤黒く変色する奇怪な液体で濡れていた。あの不気味なヤクザの姿はない。気絶したマフィアを何やら調べていた女が立ち上がり、こちらを見た。
おかしな人だな、とマイアは思った。
袖を捲った過剰サイズのダスターコート、スラックスに赤いワークブーツ。ボサボサの黒髪の下、日焼けしていない顔にはソバカスと黒いセルフレームメガネ。頭上にヘイローがない。生徒ではない。
「アー……大丈夫っスか? 生徒さん? 大丈夫なら私もちょっと助けて欲しいんデスけど」
「え、あ……ハイ。あの、あなたは……?」
一見ティーンエイジャーに見えるが、確かに「大人」だ。マイアは警戒しつつ近付く。女はキヴォトスでもそう見ない大口径リボルバーマグナムをホルスターに戻し、ズレたメガネを直した。
「シキベ・タカコ。私立探偵っス。絶滅危惧種の」
ナード特有のぎこちない愛想笑いを浮かべる口に、八重歯がのぞいた。
(#3に続く)
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