スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド   作:nallowship

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スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド #8(前編)

(これまでのあらすじ:天童ケイが家出した。ーー彼女の人格は改造AMASから離れ、遠い港町にあった。ヤクザに追われ、IDも金もまともな服もない少女型オイランドロイドの身体の中。単独行動中の戒野ミサキがケイを拾った。賞金目当てのアウトローに狙われながら、2人はミレニアムを目指す。)

 

(戦闘と潜伏の末、3日目にしてミレニアム自治区は目前。だが最後の関門、黒幕ニンジャ等にハックされた監視システムを前に、自傷癖の再発したミサキの心身は限界に近い。その時2人の前に現れたのはガンドー探偵事務所の私立探偵シキベ・タカコだった。一方、彼女に同行していた立木マイアはーー)

 

 

◆カラテの高まりを感じる……◆

 

 

暗い液晶の一面に、黒に近いグレーと細いライトグリーンの格子模様。ドットの一部が変色、発光して粗くつぶれた文字を形作る。

『コスモス世紀2354年、人類は劫火の炎に包まれた……』

タダオーン! アップデートで追加された比較的重厚な効果音!

「ヒッ! あ、あの……何か始まったんですけど」

レトロ風ノイズ混じりの液晶モニタと、仮想パッドを映した携帯UNIX端末、他にいくつかの小さなLEDライトが光る閉鎖空間。ブルーライトに照らされ、ユーレイめいて蒼白なマイアの不安げな横顔を、モモイが能天気に覗き込む。

「あ、これはお話を読むところで、指示通りにボタンを押すと先にーーあ、このアプリ◯✕だ」

「お話? えっと……コスモス世紀っていうのはどこの暦なんでしょうか。今年は何年でーー」

「アー……そこは気にしなくていいからね。もう出てこないし」

「世界観のフレーバーを楽しめればいいの! 行間を読むのが大事なんだよ? 分かってないなあミドリは。ーーあ、Aが◯でBが✕だって。ボタン押して」

「アッハイ」

手元を凝視し、言われた通りにタップする。ーー「◯」。原色ドットの画面効果が賑々しく重なり、過剰にデフォルメされたエネミーが爆発四散! 鳴り響くファンファーレ!

「…………あ~」

「え!? わ、私何か変なことしたんですか!?」

「別に何も。悪いのは意味不明に作ったお姉ちゃんだから」

「え、ええ……?」

「ネガキャンやめてよミドリ! マイアは正真正銘のゲーム初体験、どんな名作大作よりも今この瞬間のTSCが最高に面白いんだから! 今だけは確実に!」

「言ってて悲しくならない!?」

騒ぐモモイとミドリをしばし眺めて、マイアはもう一度タップした。効果音が鳴り、表示が変わる。何の意味があるのかは分からない。だが何かを伝えるーー感情を動かそうとしているのは理解できた。それを、この双子たちが作ったのだ。

シナリオも、グラフィックも見ないままタップする。何度も、何度も……その度に小さな振動が骨を叩く。

その時、部屋に光が射した。液晶の半分が白く塗りつぶされた。

「お待たせしました、マイアさん。モモイとミドリも集合してください」

ドアの向こうでヒマリが呼ぶ。

マイアは最後にもう一度タップして、モモイとミドリの背を追い、エンジニア部工房のシェルター兼休憩室から出ていった。

 

 

【スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド】#8

 

 

3日前、昼下がりーー

 

 

空を見上げて、マイアはふと呟く。

「動かないですね……」

貨車から見上げる空は塗りつぶしたように青く、影になった雲が形と座標をシームレスに変える様は、指標なしではそれと分からぬほどに遅い。その指標は1時間前から変わらず、錆びて僅かに傾いた踏切信号であった。

マイアとシキベが乗ったミレニアム行きの直通列車は、自治区の手前で目に見えて速度を落とし、やがて停止した。鉄道設備以外の人工物は見えない荒野。個人のIRC端末は圏外。車も通らない。踏切が開かないからだ。

「ウェー、鉄道は大失敗っスね。治安悪いとは聞いてまスけど、いつもこんな感じデスか?」

シキベが多くの紙片が挟まった探偵手帳に何かを書き込む手を止め、聞いた。

「よく止まるとは聞きますけど……銃撃戦じゃないと思います。故障とかそういうのじゃないですか?」

貨車から身を乗り出し、線路の先を見やるマイアとシキベ。4両先の客車と並ぶ古い赤信号の光が、陽光から徐々ににじみ出てきてーーふいに消えた。散弾が窓を割り、信号も砕けた。車内からの怒声と発砲音に身をすくめたマイアの肩を、シキベは抱くように支える。冷えきった空のペットボトルが床を転がった。

「……アー、こっちの車両で正解っスね」

「は、はい……ん?」

玉砂利を踏む不規則な音が、反対側の扉から聞こえてきた。振り向いた2人の視線の先を、死んだ殺人マグロめいた目で何事かをブツブツと呟く小柄な整備士が横切ろうとした。

 

 

「管制システムのトラブルを現場の整備部門にマルナゲとか訳分からないんですけど……」

「ウェー、どこも大変デスね」

「だいたい問題あるのは前の便なのに、この車両も故障してることにしてついでに幹部用休憩室設備の修理やれとか……指令所のニューロンがエラー要因なんですけど……」

「アー……そうっスね……。あ、外れた」

ガコン、という音。ヤキニク・グリルパンめいた鉄板が床に置かれる。

陰鬱なアトモスフィアを撒き散らすハイランダー鉄道学園の整備士と、聞き流すシキベの間で、歩哨として銃を構えるマイアは今にも泣きそうだった。アリウス分校とは別種のサツバツとした怨嗟を、受け止めも受け流しもできず、シキベの作業が1秒でも早く終わることを願う。

列車の後部機関車両、運転室。シキベはそこのサブUNIXの前にいる。無論、関係者以外立入禁止だ。加えて目的はハッキング。マイアの銃は、脅されたとの言い訳を与えるためだ。酷い役回りだが、その点では不思議と悪い気はしなかった。

幸いシキベの作業は短かった。UNIX筐体のカバーを外してスゴイテック社製LANケーブルを接続、一端を手に退室し、通路にアグラする。

マイアは自然に立ち位置を変え、シキベの護衛に移行し……ふと気付く。

(あれ? シキベ=サンUNIX持ってない……)

テックに疎いマイアでも、自身やシキベのロースペックIRC端末がハッキングに使えないのは分かる。訝しんで振り返ると、シキベはーー

「「えっ!?」」

ーーLANケーブルの端子を、自らの首の後ろに挿した。

「……アー、2人とも初めてっスか? 違法生体LAN端子」

「い、違法!?」

「脊髄に機械埋め込んで、ニューロンをUNIXやインターネットに直結。……アー、そもそも私のは生体LANじゃないデスけど、ま、いろいろ訳ありって事で」

銃がカタカタと震える。呼応するように運転室のUNIXが低く唸りだした。

隣の整備士は、マズい相手に関わったと青くなっている。だが人生の全てを無法の中で過ごしたマイアにはまだ、合法違法の境界は分からない。代わりに彼女が感じたのは根源的な嫌悪感だった。今もその喉に纏わりつき、肺腑を押し潰す「何か」と同種の。

込み上げてくるものをこらえ、待つ。

目を閉じ、ピクリとも動かないシキベを見る。数分……あるいは10数分。

ーー気付くとシキベは細く目を開け、何かを考えていた。

「……何かこれ、マズいことになってますよ。原因はミレニアム側、大量のbot……アー、自動でハッキングするプログラムが侵入してきてて、客車や駅の監視カメラ、貨物のデータベースの裏で悪さしてるせいデス。待ってても直らないっスよ」

「え、困るんですけど」

「じゃあ、困りついでに1つお願いします、アオバ=サン。悪いようにはしないんで」

そう言ってシキベは、探偵手帳のページに何かを書いてちぎり、整備士に渡した。

ーーbotに紛れてシキベも監視カメラをハッキングしていたこと、管制システムを調べている割にハッキングは専門外らしい生徒を見つけたことを、マイアは後で聞いた。

 

 

それからしばらく経って、列車を降り、速度制限表示だった赤銅一色の看板の下で待つシキベとマイアの前に、無機質な白のオフロード車が停まった。

乗っていたミレニアムの生徒は、才羽ミドリと飛鳥馬トキと名乗った。

 

「ネオサイタマで誘拐された、あるオイランドロイドを探しに来ました」

 

マイアには事前に聞かされていた依頼内容、キヴォトスに来た理由。

それにシキベはこう付け加えた。

「たぶん今、あなた達が抱えている問題にも関係してます」

 

いくつかの言葉を交わし、手帳の写しとデータ素子を渡し、次の合流地点・時刻とIRCは使わないことを確認して、4人は別れた。

 

 

それから、マイアはシキベと共にミレニアムの外で捜査を続けた。

基本は地道な聴き込み、時にはヤクザやアウトローとの戦闘とハッキング。捜査し、推理し、収集した情報をミレニアムに送ってビッグデータ解析と照合、次の場所へ。ーー似たような捜査を、あのミレニアム生徒たちもしているらしい。

次に来た別のミレニアム生徒は、セミナー会長・調月リオの電子署名がある契約書を携えていた。依頼はある生徒ーー学籍を有するAIの捜索と保護。他に、必要な資料、シキベからの調査依頼の回答と、十分な額の前払い報酬。AIが生徒とは初耳だが、よほど大事な子らしい。

護衛以外に、役割がもう一つあった。ミレニアムへの伝令ーーその実、アリウスの生徒がこの件に関係しているか試すデコイである。マイアが自ら志願した。そして復路から、C&Cが陰ながら護衛についた。

 

捜査と推理の合間に、互いの素性と事情について話す機会があった。

キョート共和国、アンダーガイオン下層。金目当てのヨタモノに殺されかけ、依頼を受けた私立探偵に救われたこと。彼の事務所に押しかけ、給料未払い3ヶ月の探偵助手見習い。書きためていた小説。怪盗スズキ・キヨシの追跡捜査。そして、ニンジャ。20年の空隙。ーー全てはマイアが生まれる前のことだ。外見年齢22歳の大人が語る、知らない世界の、知らない過去。遠い物語。そして彼女の現在。

マイアの話を、シキベはただ聞いていて、後で「よくあること」とだけ言った。実際そうなのだろう。だが彼女の声と、手を握る手には怒りが込められていた。それからマイアに接するシキベのアトモスフィアが少し変わった。

 

物心がついて初めて、マイアは何者かになれた気がした。

……同時に何か澱のようなものが、胸に溜まっていくのを感じた。

 

 

3日目の昼前、ミレニアムからの定時連絡の際に、『botがアリウス生徒ではなく、マイアの個人的特徴を持つ生徒に反応を示した』と警告があった。

学習機能か、人為的なものか。いずれにせよこのまま護衛を継続するのは危険、シキベの捜査にも支障が出るだろう。

マイアはシキベと別れ、当面はミレニアムで保護されることとなった。報酬は後払いでいい、と断った。

 

ーーそしてマイアは今、招かれてエンジニア部の工房にいる。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

ヒマリにエスコートされ、マイアたちはケーブルで雁字搦めにされた奇妙なオブジェーーケイの筐体を囲むように椅子に座った。

この場にいるのは彼女を入れて8人。ヒマリとウタハ、エンジニア部員の猫塚ヒビキと豊見コトリ。機体正面の長椅子には才羽姉妹と、2人に挟まれた、目に見えて憔悴しているアリス。機体の保全作業が終わってからずっと、彼女はここでケイの帰りを待っていた。ーーいなくなったAI「ケイ」は彼女の双子の妹のようなもの、とマイアたちは聞かされている。

機体越しの正面、大型ホロモニタは4分割され、資料共用の一角以外はセミナー、ヴェリタス、特異現象捜査部の部室と主要メンバーが映っている。みな一様に疲労の色が濃く、しかし餓狼めいた目で、敵愾心の爆発を堪えているようだった。他に1つある映像のないアカウントは、部室にいるユズのものだ。

『まず事実と推論の共有を。時系列順、異論は一通り終わってから』

リオが仕切り、本題から入る。緊張するマイアに、ヒマリが笑ってレトロなハッカ・キャンディーを渡した。

『直接関係があり最も遡れるのはD▲6ーーケイ失踪の6日前ね。ネオサイタマ、現地時間18:00頃と推定。ーー』

マイアには既知の、ネオサイタマでの捜査情報だ。

あるドロイドが外出中に消息を絶ち、いかなる目的でかーーしかし追跡できる経路と状態でーーキヴォトスに持ち込まれた。輸送は海路、オデュッセイア海洋学園の関与度合いは調査中だが、内通者がいるのは確実……ただし生存している保証はない。船籍は偽装されており、キヴォトス到着後の足取りは掴めず。ーー現場担当のエイミが話を引き取る。

『D▲3から▲2。この頃から一部のマフィア、ヤクザクランに『新商品』の情報が流れた……って噂。実際に商談を持ち込まれた先は見つかってない。『試供品』が出回りだしたのはD0以降、でも偶然見つけただけでそれ以上は追えてない。足がつかないように、品物も相手もごく少数だと思う』

『通信・ハイテク銘柄の動きは誤差の範疇、株式・証券市場への影響もないと思います』

「やはり現地協力者なし、ですか……」

『……次、お願いするわ』

ヒマリとリオが小考する。確かに不自然……だが後の動きを思えば不合理ではない、と深入りを避ける。

『本題だね。うちへのハッキング、確実なのは全部で3回、他に疑わしいアクセスはない。ーーまずD▲1、推定15:00。警備システムにバックドアが作られてる。本番のための仕込みだね。当時、警備ドローンやAMASで不具合が出たのは、これが原因の可能性が高い』

「アクセス地点は分かりますか?」

『校内、それ以上は不明。きれいに痕跡消されてる。こっちは例のニンジャかな』

特に殺気立った目つきのヴェリタス副部長・各務チヒロが、指で首の後ろを叩く。生体LAN直結……シキベの情報だ。画像照合の結果はノアから報告、不審者は発見できず。

『2回目で本番、D0、20:00前後。例のドロイドによるハッキング。これは前に部長から共有した通り』

画面にはコードの羅列と、校内ネットワークのイメージ図ーーそこに数枚の画像がオーバーラップした。紅いメッシュの入った黒髪をカンザシでまとめた、無表情だがどこか勝ち気な面持ちの少女型ドロイドの三面図。シキベが元の依頼人から預かった整備用データだ。隣には偶然撮影されIRC-SNSにアップされたスナップショット。ミレニアムの制服を着て偽のヘイローを浮かべた同じ顔の少女が、隅に写り込んでいるのが見える。髪を下ろしているのは首のLAN端子を隠すためか。画像は粗く、表情はうかがい知れない。

復元した監視カメラ映像やソーシャルハッキングの解析結果、推定したドロイドの足取りについて報告が続き、しかしチヒロは手短に切り上げる。

重要なのはドロイドがすぐに校外に出たということ、そしてーー次が問題だ。

画面が遷移し、ミレニアムを中心とした地図が映る。その上に次々と重なる月面クレーターめいた円と、欠けた円、直線と曲線。それらは大まかに、赤と青の2色で分けられていた。最後に赤の範囲を中心にピンが刺さり、見上げるモモイとミドリの顔が陰る。

「D1、5:26までに使える移動手段で、赤は実行犯ーー便宜上そう呼びますが『彼女』の、青はデバイスのみを輸送した場合の逃走可能と想定した範囲です。現場担当のメンバーには当初、赤の地点を中心に回ってもらいました」

ヒマリが続ける。才羽姉妹と、モニタ越しにエイミ、トキを見て、

「結果は不発、私の見立てが甘かったです。1つは探していたキヴォトスでの活動拠点、協力者がそもそも存在しなかったこと、もう1つは『ケイはデバイスに移して送ったとしてもハッカー本人はまだ近くにいる』という思い込み……相手はドロイド、本人を一度分解、荷物として送ったんですね。その上で物理的に移動できるのが青の範囲です」

生徒たちの過半が、生理的嫌悪感に眉をひそめる。ヒマリはそれが収まるのを待ち、アリスとマイアを見ながら続けた。

「狙いがケイの誘拐だけなら、ここで私たちの完全敗北でした。ただ、これで終わらなかった。ーーD1、5:26。IRC-SNS上で、特定のアリウス分校生徒を狙ったと思われる賞金情報が投稿・拡散されました。……さて、マイアさん」

「……はい」

「この生徒に心当たりは?」

あくまで優しくヒマリが問う。

(ああ、私に役割を……ここにいていい理由を作ってくれたんだ……)

少し涙ぐみ、なるべく主観を排してマイアは説明した。何度も何度も言葉を詰まらせ、時に視線が怖くて目を瞑ったが、その都度ヒマリがそっと背を撫でてくれた。

写真のロケットランチャーを使う生徒は実際少なくない。だがアリウス分校の編成に趣味嗜好の入る余地はなく、最低2人以上、原則小隊以上のチームでしか運用しない。それでも該当する生徒は10人を超えるが、大半は最近出ていった者だ。出ていくのが遅く、複数人でないと無理だったということは、相応に実力が劣るということ。事件発生当初なら知らず、3日を経過したこの状況下で……マイアも身をもって知ったアリウスへの白眼視の下、潜伏を続けられる者はいない。実際、シキベとの捜査の中で、自治区へ逃げ帰ったという話を何度も聞いた。

追われ続けられるのは、消去法で、「彼女」しかいない。

マイアは別れる前にシキベにも教えた、ある生徒の名を挙げた。

「……アリウススクワッドの、戒野ミサキさんだと思います」

ヒマリが少し躊躇ってから、手配書を映した。暗く厭世的な目をした少女の写真。その下には賞金額と「罪状」ーートリニティ・ゲヘナ両校の要人に対する殺人未遂・テロ・破壊工作の主犯。

 

 

(#8前編終わり。#8後編に続く)




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ファッキン繁忙期終わりました。今は静かに憩っています。
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