スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド   作:nallowship

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スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド #8(後編)

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【スカード・スワロウ・アンド・サンベリーナ・ドロイド】#8後編

 

 

「……アリウススクワッド、戒野ミサキさんだと思います」

ヒマリが少し躊躇ってから画像を映した。暗く厭世的な目をした少女の写真。その下には賞金額と「罪状」ーートリニティ・ゲヘナ要人に対する殺人未遂・テロ・破壊工作の主犯。

息をのむ音がいくつか聞こえ、自分が責められたかのようにマイアは身を竦ませた。

「賞金首としては大物だね。しかも現在進行形で逃げおおせている用心深さ。その彼女が進んでこんな得体の知れない事件に関わるかな?」

沈黙、無言の肯定。ウタハが投稿を要点整理する。

『この投稿を機に確認できた状況変化は3つ。まずはD1、6:27。3度目のハッキング。ミレニアムを中心にネオサイタマ製bot『ニワカ・ボットネット』が仕込まれた。今度は外部からの接続、今も時々定義更新されてる。たぶん1回目と同じ相手』

「アリウス以外で何か反応ありました?」

『常識的な範囲でデータ流してみたけど全然ダメ。他に反応する可能性あるのはケイ本人だけかな。後は1時間のタイムラグをどう解釈するか』

忌々しげにチヒロが解析報告を続ける。

ハイランダーの管制システムを止めた、特定のワードや画像に反応して自爆DDoS攻撃を仕掛ける自己増殖型半自動ウィルスだ。駆除にはネットワークの一時停止が必要、ケイの帰り道を開けたままでは実際なす術がない。

『2つ目、さっき言った『試供品』……違法銃器に薬物、ウィルス入りフロッピーディスク等々。それがいくつかのヤクザクランやアウトローに出回った。何かの報酬って訳じゃないのがポイントだね』

『あからさまに共同正犯じゃないわね。後は出所の怪しい賞金を、情報料という形で保証させているのかしら』

『3つ目。この試供品を受け取ったヤクザに、マイアも含めて何人かのアリウス生徒がキヴォトス各地で襲撃された。所属以外に共通点なし。目的は……』

「……私たちを好きに襲っていいと分からせるため。アリウスなら…誰でも良かったんですね……」

うつむくマイアを気遣わしげに見る生徒たち。同時にリオから3年生にのみ送ったメッセージが飛ぶ。クローンヤクザの死体のバーコードをヨロシサン・インターナショナルに照会。流通経路は偽装されていて追跡不可能。

『さて、ここでいくつか確実性の高い推論が成り立つわ。まず、賞金をかけてから後の行動は予定外と見ていいわね。根回しが遅い。botは最初のハッキングで仕込むはず。非合理的よ』

「異論ありません。2つ目、『同行者』は生け捕りーーつまりケイは人に見えるもの、組み立て直したドロイドの中にいると見ていいでしょう。少なくとも敵はそう思っています」

「簡単に直せるの?」

「技術は必要だけど難しくないみたい。興味あったら後でコトリに聞いて。……それともう1つ。敵は分解側と再接続側、最低2チームいる」

ドロイド技術の視点からヒビキがいくつか付け足し、それを境に推論は仮定、仮説へと変わる。そうならざるを得ないのだ。これ以降、「敵」の意図はハイエナめいて腐臭につられたアウトローの欲と悪意に紛れ、消え失せる。模糊とした状況を前に、迂遠、だが誠実に科学者たちは推理を繰り返す。事象を観測し、仮説を立て、観察し、証明には至らず。それを積み重ねる。

ーーその時。

「リオ会長。アリス、聞きたいです」

目元を潤ませたアリスが不意に言った。

『何かしら、アリス』

「どうして会長はミサキさんを探さないんですか?」

その場の生徒のほとんどが怪訝な表情になる。誰もがミサキを探すのは前提だと思っていたからだ。アリスは違う。リオの合理性を疑っていない、故に彼女がそれ以外を模索するのが不合理だ、と。

「ケイは一緒にいるんですよね? ケイを助けてくれたんですよね!? それなら!」

「それはーー」

悲痛なアリスの問に、リオが答える。ーー彼女の解は違う。

唯一、その解を知るヒマリが、マイアの手にそっと手を重ねた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

日の落ちた空に星が一つ流れたのを、マイアは無言で見送った。

キャンパスの片隅、図書館の裏を抜けて実習センターへと向かう道の、誰も目に留めない小さなベンチで、彼女は空を見上げている。ちょうど3日前の今ごろ、写真の向こうで、ドロイドの少女もここで空を見ていた。

「……無事に帰してあげたいな」

大光輪の先に星が見える。常に重苦しい雲に覆われたアリウスではめったに見られない空だ。

流れ星が消えるまでに願いを言うと叶う、と最近聞いた。有名なジンクスらしい。だがそれは最初から叶える気がない冗談か、祈るくらいで成否が変わる些細な願いなのだろう。

そんな祈りでも報われて欲しいと思った。1人の生徒の無事を願い、奔走する生徒たちのーー

 

……タン、タン、タ、タタ、タンーー

「……あれ?」

 

水音だ。

雨か? 空に雲はない。舗装も芝生も乾いている。濡れているのはベンチの一角と、自分の膝……胸……頬……そして目。

「なん、で…………え? えと……お、おかしいな……えへへ……」

どうしよう。なぜ涙が出るのか理解できない。

泣いたらだめだ。怒鳴られる。

笑うのもだめだ。殴られる。

やめないと、何かしないと、命令されたとおりでないと、撃たれる。

(……命令を……誰か……何するのか……教えて、誰か!)

無人のキャンパスに、無数の生徒の影が浮かんで見える。顔のない、感情のない、白と黒の襤褸をまとった記憶の中のーー

(誰か……助け…………ああ…)

ーー分かった。

 

 

アリスという生徒の質問に、生徒会長はこう答えた。

『彼女がケイと一緒にいる可能性が低いからよ。賞金に気付けば原因は自ずとケイだと分かる。彼女だけは賞金も受け取れない。合理的、功利的に考えれば捨てていくでしょうね』

「え、冷たくない?」

双子の姉が言った。妹も同じ表情だ。2人は私たちをただの田舎の学校、程度はあれど少し悪戯が過ぎた生徒くらいに思っていたから。

生徒会長は平静な表情のまま答えた。

『そうね、それが普通。でもアリウスは違う。私の知る限り、彼女たちはキヴォトスの誰にも、一度たりとも助けられたことがない。助け合う理由がないの。論理的に言うなら、冷酷なのは私たちよ』

彼女の声は、微かに震えていた。

 

 

なんとも思わなかった。当たり前だから。私たちのことしか知らなかったから。

 

私たちは普通ではなかった。

 

私たちは使い捨てで数合わせの兵士、実際安い駒だ。使えないなら捨てられ、のたれ死ぬだけ。手入れもされない。

ーーコップ1杯のお湯欲しさに撃ち合った。気絶するまで実弾で撃った。

ーー初等部で進級して最初にさせられたのは、後輩を顔が腫れるまで殴ることだった。

ーー毛布1枚分の寒さに耐えかねて一度だけ、特殊な趣味があると噂の先輩に身を任せた。

ーー病気で動けない時に配給品を盗まれた。隊長にも、先輩にも、後輩にも。何度も。何度も。そして私も。

怒れなかった。それが普通で、最低な普通が壊れるのが怖かったから。

みんな敵だった。最初からずっと。仕方がないから、ひとりでいると自分だけが痛いから、言われた通り一緒にいて、同じことをしていただけ。

死にたくない。ただそれだけで生きてきた。

それが私の全てで……しかし外の世界には、そんなものはなかった。全ては虚しいと教えられてきた私たちだけが、世界にとって無意味で虚しい路傍の石だった。

「…………いいなあ……」

世界はこんなにも優しくて眩しいのに。そこに私はいない。

近付くほどに憧れ、故に遠ざかる。私がいていい世界じゃない。

私が消える。世界の刻は何事もなく進み、私は置き去りで、ひとりになっていく。

 

「あのー……」

 

流れる涙が、防水加工アノテックの袖をつたう。膝の絆創膏が剥がれ、擦り傷にしみる。

ああ、私の全てが涙となって、このまま流れ消えてしまえたら……いつも死にたがっていた彼女のように。

 

「よいしょ、っと」

「ーーーー!?」

不意にマイアの身体が浮いた。

脇をホールドされ、力が入らない足がおさげと並んで揺れる。思考がホワイトアウトし、銃がベンチに倒れた。

身体を支える腕の先に、長髪を紫の髪留めでまとめた上級生の顔が見えた。

「ふむふむ、体格を考慮してもずいぶん軽いですね。でも筋肉はしっかり付いている。ダイエットですか? まだ成長期なら今はしっかり栄養を摂って身体を作るべきだと思いますが」

「あの……お、下ろしてもらえると……その」

「ああ、失礼しました」

一方的に喋っていた上級生はマイアを下ろし、皺の寄ったアノテックを整えた。チーターめいてしなやかなボディラインを際立たせるスポーツウェア。太陽めいた色のサングラスが胸元で揺れた。

「トレーニング部の乙花スミレです。他校の方ですね。見学ですか?」

腰をかがめ視線を合わせるスミレに、涙をふきながらマイアは名乗り、次の言葉を探す。どう答えれば機嫌を損ねないか、と。だが答えるより先に腹が情けなく鳴った。

「あう……」

「食べないのは非合理的ですよ。必要な栄養を摂って運動して筋肉をつける。手段を間違えてはいけません。食堂はまだ開いているので……どうしましたマイアさん?」

「あの、私……お金が……」

「その通行証、セミナーのものですよ。常識的な額なら食堂も購買も経費その予算でーーああ、なるほど」

スミレはマイアの首にかかったカードを指し、独り合点した。

「使い方が分からないんですね。ご一緒しましょう。ちょうど私もインターバルです、スムージーくらい奢らせてください」

少し汗ばんだ手が手を取る。決して強くはない、しかし決断的な握力にマイアは怯み、踏みとどまる。

「あ、あのっ、どうしてっ!?」

「食事自体が不足しているようなので、プロテインやサプリは消化器系や肝機能への負荷が大きいかと。それにカルシウムやビタミン不足で骨が弱っていると理想の肉体、筋肉を求めるにも故障に繋がる恐れが……え? 違う? 理論ではなく動機ですか?」

手の力が弛む。スミレはマイアに相対し、答えた。

「私が、そうしたいからです」

手の暖かさに、マイアはそのとき気付いた。

それは苦痛に塗りつぶされた記憶の隅に微かに残った、自分の手を曳いてくれた誰かの思い出か。それとも価値観がシンプル故に人を区別しないスミレの態度が琴線に触れたのか。

マイアはスミレの手を握り返し、曳かれるまま歩きだした。

 

 

ーーだがマイアは知らぬ。

その手を引くのが、ミレニアムはおろか他校からも恐れられるトレーニング筋肉モンスター、鍛え上げられた肉体の狂信者であることを!

ナムアミダブツ! 何たる無慈悲! マッポーの世はこの幸薄き少女を更なるアビ・インフェルノ・ジゴクへと誘うのか! マイアは屠畜場へと運ばれる子ヤギめいて、何も知らぬままトレーニングという名の生還率1%のジゴクめいた荒行へと曳かれてゆくのだ。その命はまさにロウソク・ビフォア・ザ・ウインド! おおブッダよ、まだ寝ているのですか!?

 

 

ーーそしてもう一つ、マイアは知らなかった。

この時すでに、天童ケイを発見したとの一報が、シキベからリオに届いていたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『何が欲しい?』

 

(必要ありません……)

 

『強がるなよ。救ってやろうじゃないか。何が欲しい? どいつを消したい? 自分じゃどうにもならない世界を、どうぶち壊してやりたい?』

 

(要りません、何も……)

 

『もっと欲張りなよ。大サービス、今ならーー』

 

(ーー黙れ!)

 

(勝手に奪われて! 勝手に押し付けられて! 勝手に捨てられて! 勝手に無かったことにされて……何もできず、気まぐれに弄ばれて! いつも……いつも……いつも……いつもいつもいつも!いつも!いつも!)

 

(……救済? 何を今さら。他人の勝手な都合なんて願い下げです。私は……)

 

(……「私」……は……)

 

 

「……どうして戻ってきたんですか?」

目を開けても闇だ。背中に伝わる体温と、耳元の恐怖を含んだ吐息だけが知覚できた。

「ご、ごめんなさい。でも……」

「……いえ、責めてはいませんよ。ありがとうございます」

逃がしたはずの後輩に支えられ、スバルは上体を起こす。意識が途切れる前と同じ廃墟。手に触れた空薬莢にはまだ微かに熱がある。ーーニンジャに向けて撃った弾の。

こちらから賞金稼ぎを狙い、注目を集めて後輩たちを逃がす。途中でミサキを拾い入れ替わったのは計算外だが、概ね狙い通りだった。否、順調過ぎた。

追手はニンジャだった。やはりあのヤクザクラン事務所で見た女だ。

後輩を逃がすため、逃げるわけにはいかなかった。だがどう戦ったか、どう負けたか、なぜ見逃されたか、記憶はおぼろげだ。特有のショック症状とも違う。ニンジャと相対したときの時間が淀むような感覚……殺意を向けあってなお奇妙な安らぎを覚えるような……

 

『実際安い広告チラシ。人生の選択肢の有償カタログ。自覚なき欲望の代弁者。かなえたければ金次第。ーードーモ、私の名前はハンドビルです』

 

底知れぬ闇。

見えているはずなのに人と認識できない、顔の形の暗い闇に、白い歯が三日月めいて浮かび上がりーー

 

ーーBLAM!

 

潰れた銃弾と、甲高い金属音がフロアを転がる。跳ねた空薬莢を、擦りきれたハーフグローブが後輩の鼻先ワン・インチ距離でつかみ取った。

「せ、先輩!?」

「心配しないでください。大丈夫です、まだ……たぶん……正気ですから」

血のにじむこめかみを押さえ、ニューロンを叱咤する。

ニンジャと仲間とのIRC通信から聞き取れた事件の始点、オーギュギア港。

同行者ーーミサキは「ケイ」と呼んだかーーとの合流地点、アウトロービーチ。

クローンヤクザと交戦した給油所から先の動きを加えて、ニューロンに描いた地図上で大まかなミサキの道程を推測する。

(……監視カメラの類いを避けていますね)

鉄道や海路は無論、都市部、ハイウェイ、観光地や工事現場を回避しつつ、不自然でない程度に別の地点へ向かうように見せる。ミサキの慎重かつ周到な性格から逆算した先は、

「なるほど、ミレニアムですか」

最速の移動手段は……3食我慢すればなんとかなるか。算段し立ち上がる。なおも耳に残るニンジャの誘惑を振り払いながら。

(私は何がしたいか、ですか。……分かりませんよ。何かを選べたことも、望んで叶ったことも一度もないんですから。でも……無意味だとしても、放っておけないじゃないですか……)

「先輩! わ、私も!」

「駄目です。あなたは自分の安全を最優先にしてください」

嬉しさを堪え、拒絶する。これは自分のエゴだ。彼女を死地には連れて行けない。

「スバル先輩……どこに行くんですか?」

「ニンジャとのイクサです」

スバルは振り返らず、夜明け前の暗いスラムへと決断的に歩きだした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

データ素子を繋いだ携帯IRC端末の、なぜかシキベが一部を隠した画面から、ケイは顔を上げた。

「確かにセミナーの正式な契約書です。……どうして隠すんですか?」

「アー、そこはちょっと。ミサキ=サンに見てもらうンで」

口ごもるシキベを訝しむが、しかしケイは顔がほころぶのを堪えられない。微塵も疑っていなかったとはいえ、こうしてアリスたちが自分を探しているのを知っては機体温度が上昇するのを堪えられない。それに監視網の突破に悩んでいたミサキもーー

「待った。その前に質問に答えて」

「ミサキ? でもこれは確かにセミナーの……」

「そっちじゃない」

見上げるミサキの表情は険しく、ただ一点を睨んでいた。思えばミサキはずっと、それを見ていた。

「……その目の中の絵、ケイと同じだよね。あなたもロボット? どういう関係?」

殺気さえ含んだミサキの問い。

彼女の視線の先、シキベのサイバネアイの奥には4枚翼のオイランの意匠ーーオイランドロイドのパテントを有するピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの社章。ケイの目にも同じ刻印がある。

つま弾くピックが離れる瞬間の三味線めいて、アトモスフィアが張り詰める。ケイは思わずミサキを制止しようとした。

ーーだが、

「ーーちょっと何やってるんデスか!? ケイ=サ……ああ違う! アー、えっと、今も『ケイ』=サン!? ドーモ!あなたの名前は!?」

シキベは目に見えて狼狽し、ケイに掴みかかった。彼女以上に狼狽するケイの頬を押さえ、問いを浴びせる。

「え? は?」

「いいっスか! 元の身体じゃなくて今の!そのドロイドの身体にいる時の名前っスよ!? 本名じゃなくて仮の名前ですからね!? ハイ、カンガエテ!」

「え、ええ……?」

意味が分からない。だがケイはふいに、ミサキと会った時の本能めいた直感を思い出した。本当の名前を名乗るのは危険……もしかしてこれか?

「えっと、人格AI仮称『Duplicate key』、意味は合鍵、同一機能の別個体。通称『ケイ』、ミサキが付けてくれた略称……です」

「大丈夫ですね? 何か変な記憶とかないデスか? 機体設定適当に弄ったりとかは?」

言われるがまま思い出す。記憶と言われても……機体のバイナリ等にアクセスしたのは、ビーチで放熱機能の起動方法をーー

「ーーっ!」

「え、まさか」

「違います! 変なこととかしていません! 本当です!」

あからさまに紅潮した顔で、ケイは必死に否定する。今まさに放熱機能が起動しそうだ。とにかくあの醜態を知られる訳には!

「何? どういうこと? ひょっとして『ケイ』ってーー」

「マッタ! ダメですって! ちょっとこっち来てください! ケイ=サンは耳塞いでて!」

訝しむケイには見えない角度、声が聞こえない距離まで、怪訝な顔のミサキをシキベは引き離し、まくし立てた。

「本名使っちゃダメっスよ。別の身体にいるときに本名使うと、自我が混乱したり元の人格と混線したりして崩壊、最悪死ぬ可能性あるんですから」

「『ケイ』って本名? 私マズいことした?」

「発音が偶然被っただけでケイ=サンはまだ大丈夫みたいデスが、もうひとりの方が。アー、私も映像見ただけで正直よく分からないんスけど」

「『もうひとり』?」

何か思い当たる節のあるミサキに、シキベは探偵手帳を開いて1枚の紙片を見せた。

写真だ。プリントアウトしたデータではなく、レトロな暖かみのある印画紙。枠には日付と『生誕祝いな』の文字。写っているのは親子らしき2人の女性ーーミサキにはそうとしか見えない。1人はケイと同じ顔だ。

「この子がケイの身体の本当の持ち主? ロボなんでしょ?」

アンティークな椅子に座る、上品なカッポ・メイドドレスと紅いリボンの少女。照れくさくて反抗期めいた表情は、言われたまま耳を塞いでいるケイとは別人で、しかし双子めいてよく似ていた。

ーー読者諸兄は思い起こしていただきたい。シキベの任務は「誘拐されたドロイドの捜索」である。然り、『窃盗』ではない。すなわち、

 

「この子、ウキヨなんです。自我があるんスよ」

 

ミサキは写真の中の少女をじっと見た。それから一度だけ、もう一度ケイと見比べて、

「……ああ、そういうことか」

そう小さく呟いた。

彼女の右手は無意識のうちに、包帯が巻かれた左手首を握っていた。

 

 

(#8終わり。#9に続く)




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今は静かに憩っています。(回復したとは言ってない)
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