21世紀中盤
宇宙から飛来した巨大な隕石が、地球を直撃した。隕石はユーラシア大陸の中央部に海を作ってしまうほどの大穴を穿ち、内包していた未知の物質を地球全土へと拡散させた。その物質は地球上のあらゆる物体や生物の情報を取り込んで進化し、"ゼノスアニマ"と呼ばれるモンスターへと変貌。既存の国家機能をことごとく停止させ、世界に混沌の時代を招き入れた。
22世紀を迎える頃には、人類側の技術発展により、ゼノスアニマを"ケージ・インジェクター"というアイテムに封じ込め、管理することに成功する。しかし、その代償はあまりに大きかった。地球の人口は、かつての半分ほどにまで激減していたのである。
「今日こそ決着を付けてやるぜ!」
混沌の波は、この日本も例外ではなかった。かつて大阪と呼ばれた地域は、富裕層が住まう
「今回も勝たせてもらうぜ!」
「いつも通りボコボコにしてやるよ!」
「二度と歯向かえんようにしたるわ!」
マッドタウンの闇の層、その片隅にある廃工場。重油の臭いが漂う中で、2組の男たちが睨み合っていた。それぞれ5人、剥き出しの首筋や腕に彫られたタトゥーが、彼らがこの街の毒に染まりきっていることを物語っている。街で遭遇すれば、誰もが目を逸らして道を開けるであろう荒くれ者たちだ。片方は腕に青いバンダナを巻き、もう片方は揃いの青いジャケットを羽織り、互いの縄張りを賭けて火花を散らしている。
「ボコボコになんのはお前らの方だ!」
10人の男たちが、一斉に手の中のデバイスを握りしめた。筒状の本体の上部には注射器の押し子を模したスイッチがあり、先端はスポイトのように細くなっている。それは医療器具のようでありながら、より凶悪な殺傷力を予感させる形状をしていた。
「行け! ストリート・ブル!」
男たちがスイッチを押し込むと、インジェクターの先端から毒々しい緑色の液体が噴射され、コンクリートの床へと滴り落ちた。液体は意思を持つかのように蠢き、急速に固形化していく。ネズミ、カラス、猛犬、蛾、そして重機のようなカニ。形を得た物体は、それぞれの性質を象徴する体色へと染まり、命を吹き込まれたかのように咆哮を上げた。フィクションの怪物が現実へと這い出したかのようなゼノスアニマたちが、主人の命を待って対峙する。
「突撃だ! ラットバイター!」
「守れ! ジャンク・クラブ!」
これこそが現代の暴力の形。ゼノスアニマはケージ・インジェクターに封じられた戦うための道具に過ぎない。 召喚された獣たちは、持ち主の歪んだ野心に応えるように爪を立て牙を剥く。法なきこの街では、ゼノスアニマを使った戦いの勝者が正義であり、敗者はただ奪われるのみ。
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混沌の街、マッドタウン。この殺伐とした騒乱の陰で、新たな物語の歯車が静かに回り始めようとしていた。
(メカカブト。あの黒い帽子に金のネックレスの客をマークしてくれ)
(了解だ。任せろ)
マッドタウンにも「クラブ」という業種の店は存在する。 重低音の効いたDJのトラックに合わせて、フロアの客は陶酔したように踊り、酒を煽っている。若い男女が多く、中には熱気にあてられて強引なナンパを始める者の姿もあった。 そんな喧騒を、フロアの端で静かに見守る男がいた。黒髪に鮮やかな青のメッシュが混じる青年――榊原レイ。サングラスをかけた彼は、手元のケージ・インジェクターを専用の小型ドローンへと装填した。
『メカカブト・ライドオン』
インジェクターを挿入されたドローンが駆動音を上げ、プロペラを回転させて天井付近へと飛び立っていく。
(どうした、レイ。あんな小物に何か用か?)
(あの男、数日前にも別の店で女性客とトラブルを起こして出禁になってる。……ここでも何かやらかすはずだ)
本来、人間がゼノスアニマの力を借りるには液体を放出し実体化させる"召喚"のプロセスが必要だ。しかし、レイは召喚することなく、脳内対話のみでアニマと意思を疎通させている。彼の意思を受けたドローンは、サーチライトを消したまま、ターゲットの男を静かに尾行し始めた。
(レイ! 男がポケットから白い錠剤を取り出したぞ!)
メカカブトの鋭い報告が、レイの脳内に響く。彼は即座に足を動かした。 極彩色の照明が明滅し、酔客が作り出す熱狂の壁を、レイは流れるような身のこなしで掻き分けていく。
(何かを入れようとしてる!)
(大丈夫だ……もう見えている)
ターゲットの男の標的は、1人で来ていた女性客だった。彼女が他の客と談笑し、テーブルに置いたドリンクから目を離した隙を狙い、男は白い錠剤を握った手を伸ばす。 だが、その指がグラスの縁に触れるよりも早く、レイの手が、男の腕を万力のように締め上げた。
「お兄さん。それ、何かな?」
「こ、これはッ……そのッ……!」
不意を突かれた男は、逃げようと足掻くが、レイの握力から逃れることはできない。男の額から、焦りの汗がだらりと滴り落ちた。
「えっ、ちょっと何……?」
異変に気付いた女性客が、怪訝そうな顔でテーブルを振り返る。
「睡眠薬だろ。これを入れて、酩酊したところをホテルにでも連れ込むつもりだったか?」
レイの淡々とした指摘に、女性の顔が瞬時に青ざめた。
「マジ……? 最低……!」
「クソッ……!」
計画を台無しにされ、周囲の軽蔑を浴びた男は、苦々しく顔を歪める。
「選ばしてやるよ。この場で俺に叩き出されるか、今すぐ店を出て、二度と面を見せないか……」
レイの指に込められた力が一段と強まり、サングラスの奥に隠された視線が、男の逃げ場を塞ぐ。
「分かったよ! こんなセキュリティがいる店なんて、二度と来るかよ! バーカ!」
男はレイの手を振り払うと、捨て台詞を残してそそくさと出口へ逃げ去った。レイは、反省の色のないその背中に向かって、小さくため息を漏らす。
「……ったく。選択肢なんて与えず、ボコボコにしておく一択で良かったな」
「あの、ありがとうございました!」
助けられた女性が、恐縮した様子で頭を下げた。レイはサングラスを少しずらし、右は赤、左は青のオッドアイで彼女を見つめる。
「礼には及ばない。だが、酒が入ったグラスからは目を離すな。この街じゃ、何が起きるか分からないからな」
「は、はい……! えと……あなたは?」
「榊原レイ。ただの雇われセキュリティだ」
レイは懐から一枚の名刺を取り出した。そこには、彼の事務所である"G-シェルター"の住所が記されている。
「何かあれば、連絡してくれ。……護衛の依頼なら、いつでも受ける」
再び礼を言う彼女に背を向け、レイは再びフロアの喧騒へと溶け込んでいった。
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(相変わらず、今日もオムレツか?)
(当たり前だ。これ以上の朝食があるか)
翌朝。G-シェルターの事務所兼自宅である古びた一軒家のキッチンで、レイは手際よくフライパンを振っていた。 熱したフライパンパンの上でバターを溶かし、よく溶いた卵液を流し込む。ジ、と食欲をそそる音が響く中、仲間のゼノスアニマの1体、ソードウルフが「またか」と言わぬばかりに脳内で声をかけてきた。
(昨日は出し巻き、一昨日は目玉焼き……。本当にお前、卵料理には飽きないな)
カタパルトパンサーも、呆れたような、それでいて感心したような思念を送ってくる。レイはそれらを適当に聞き流しながら、絶妙な手つきでフライパンを傾けた。
(レイ! 味見させて! 早く味見!)
(バスターか。もう出来上がる、少し待ってろ)
レイは、自身と交信できるアニマたちと五感を共有することができる。アニマたちはレイの瞳を通じて世界を見て、彼の舌を通じて「味」を知るのだ。 ヤンチャなバスターレックスの催促に応えつつ、ちょうど良い半熟加減で固まったオムレツを皿へと滑らせる。ダイニングテーブルには、こんがり焼けたトーストとアロエヨーグルト。これが今日の彼の朝食だ。
「いただきます」
レイは律儀に手を合わせ、オムレツにフォークを入れ、一切れ口に運んでいく。
((((((うんめええぇぇーー!!))))))
脳内が、一斉に歓喜の叫びで埋め尽くされる。レイの舌が卵のふんわりとした甘みを感じ取ると同時に、その味覚情報は仲間のゼノスアニマ達へと伝播するのだ。
(美味すぎるなあ!)
(絶品だ!)
(流石、レイの火加減は完璧だな)
次々に流れ込んでくる思念の奔流。普通の人間なら脳がパンクしかねない情報量だが、慣れっこのレイは淡々とオムレツを口に運び、トーストを皿に残った黄金色の黄身に浸して食べ進めていく。
「ごちそうさまでした」
最後のアロエヨーグルトを流し込み、再び手を合わせたレイは、食器をシンクへ運んで手際よく洗い上げた。 ふと顔を上げると、壁の時計は午前11時を示している。昨日まで受けていたクラブのセキュリティは夜通しの拘束だったため、どうしても生活リズムが昼夜逆転してしまう。その仕事も昨晩で契約満了。今日からは再び、新たな依頼を待つフリーの身だ。
「さて……何か来てるかな」
パソコンを開き、仕事用のメールボックスをチェックする。しかし、即日対応を要するような急ぎの案件は届いていない。どうやら今日は、久々に骨を休める1日になりそうだった。
「……ジムにでも行くか」
セキュリティをこなすには肉体と格闘技の鍛錬も重要ではある。
現場での実戦経験も豊富だが、身体を鈍らせないためのトレーニングは欠かさない。部屋着から運動着に着替えようと、クローゼットの扉に手をかけた、その時だった。
(レイ、お客さんだ)
冷静なスターオクトパスの思念と同時に、玄関のインターホンが鳴り響いた。
「はい、どうぞ――」
レイが重い扉を開けると、そこには場違いなほどに美しい、だが酷く困憊した様子の女性が立っていた。ブロンドの髪は乱れ、清楚な白い服には闇の層特有の煤や泥がこびりついている。緑色の瞳は不安に揺れていたが、レイの姿を捉えた瞬間、縋るように輝いた。
「あの! ここがセキュリティやボディガードを請け負っている『G-シェルター』の事務所ですか……!?」
「ああ。如何にもそうだが」
慌てた様子の彼女に対し、レイは寝起きの熱いコーヒーを飲む時のような、至極淡々とした態度で頷く。
「お願いします! 私を……私を守ってください!」
彼女は必死の形相で深く頭を下げた。その震える声からは、逃げ場を失った者の切迫した意志が伝わってくる。
「……分かった。話は中で聞こう。まずは入れ」
レイは彼女を玄関に招き入れ、応接室へと案内した。
「部屋着のままで悪いが、早速その依頼の内容を聞かせてもらおう。か」
クローゼットを開ける直前だったため、レイの格好は上下グレーのスウェットという、プロの用心棒らしからぬラフな姿だ。だが、そのオッドアイの鋭さだけは、対面に座った女性を射抜くように冷静だった。
「えっと、その、私……つい先日まで光の層に住んでいたんです。でも、色々あって、この闇の層まで逃げてくることになって……」
安全な室内に入れた安堵からか、彼女はポツリポツリと身の上を語り始めた。
「ここに来てから、ずっと知らない人たちに狙われて、追われていて……」
「そりゃそうだ。そんな高そうな服を着ていりゃ、光の層の令嬢が迷い込んだと、チンピラどもに宣伝して回っているようなもんだ」
レイは冷徹に分析する。高級な生地の白い服。そして上品な物腰。闇の層に巣食うチンピラ達からすれば、これ以上ない「恰好の獲物」だ。
「ですよね……」
苦笑いを浮かべ、彼女は力なく俯く。
「それで、なんでまた
「……親が経営していた会社が倒産したんです。多額の借金が残って、向こうにはもう居場所がなくて。借金取りから逃げる途中で、両親とも離れ離れになってしまいました……」
絶望的な境遇だ。光の層から地獄へ突き落とされ、頼れる肉親もいない。
「事情は分かった。それで、護衛期間は? それと一番大事な『報酬』はどうする?」
「……期間は分かりません。ずっと狙われているんです。私の、この子も……」
彼女は震える手でカバンからケージ・インジェクターを取り出し、スイッチを押し込んだ。アニマ・リキッドが床に溢れ、姿を成す。背中に巨大な拡声器《ハウリングラウダー》を背負ったドーベルマン型ゼノスアニマ――ハウリングドッグだ。だが、その勇猛なはずの姿は無惨だった。四肢に力はなく、床に突っ伏したまま、苦しげに荒い息を吐いている。
「なるほど。既に限界ってわけか」
アニマは無敵ではない。酷使されればダメージが蓄積し、やがては召喚すら維持できなくなる。
「私には、この子しかいないんです。でも、他の子を買うお金も、この子を治療するお金もなくて……」
「ということは、俺への報酬も支払い能力なしか。」
「……恥ずかしながら。やっぱり、ダメですよね。お金もないのに、頼むなんて……」
彼女が諦めて席を立とうとした、その時だった。
「確かに報酬はない。期間も未確定。……だが、その仕事、引き受けよう」
「え……本当ですか!?」
(おいおいレイ! 大丈夫なのかよ、タダ働きだぞ!)
脳内で、レイの仲間のアニマ達の兄貴分であるサンダージラフが驚愕の声を上げる。
(仕方ないだろ。ここまで事情を聞いて放っておけるか。それに、勝算はある)
(まあ、お前がそう言うなら止めねえけどよ……)
レイは呆れる相棒をなだめ、改めて彼女を見つめた。
「ただし条件がある。ウチの事務所は、俺とこの『仲間たち』だけで回していてな。絶賛人手不足だ。住み込みの助手として働いてもらう。それが依頼料の代わりだ。いいな?」
「……! はい、是非お願いします! なんでもやります!」
住み込みであれば衣食住が確保され、常にプロの護衛が側にいることになる。彼女にとっては、これ以上ない救いの手だった。
(なるほど。助手として使いつつ、近場において守り続けるってことか。やるじゃねえか!)
様子を見ていたサンダージラフが感心したように笑う。
(けどよ、大丈夫か? 素性も知らん人間を、俺たちの拠点に入れるなんて)
慎重派のニンジャスネークが懸念を口にするが、レイは迷わなかった。
(彼女からは、さっきの弱ったアニマ以外の『声』が聞こえてこない。別の刺客だとか、他にアニマを隠し持っている形跡はないさ。……それに、何かあれば『こっちにはお前ら8体がついてる』。だろ?)
(ハッ。違いないな)
アニマの声を聞けるレイにとって、脳内の静かさは何よりの身分証明だった。
「ああ、よろしくな。……そういえば、まだ名前を聞いていなかった」
「九条栞と言います。……本当に、ありがとうございます」
「俺は榊原レイだ。よろしく」
レイが差し出した無骨な手を、栞が静かに、しかし力強く握り返す。2人の奇妙な契約が成立した瞬間だった。
「さて、早速仕事開始だ。準備するぞ。」
そう言ってレイは席を立つなり、上下に着ていたグレーのスウェットを躊躇なく脱ぎ捨てた。
「えっ……!? ちょっと、何してるんですか!?」
唐突な出来事に、栞は悲鳴に近い声を上げて両手で顔を覆った。指の隙間から見えたのは、実戦の証である無数の傷跡と、鋼のように鍛え上げられたレイの肉体。無駄な脂肪の一切ない、ボディガードとしての説得力に満ちたその背中が、窓から差し込む陽の光を浴びて鈍く光る。
「……悪い。いつもの癖が出た。」
普段は自分とアニマたちだけの生活だ。気兼ねなく着替える習慣が仇となった。レイは謝りつつも、淀みのない動作で黒いインナーとタクティカルジャケットを羽織り、戦闘用の服装へと切り替えていく。
「つ、次からはちゃんと一言言ってください! 後ろ向きますから……!」
「ああ、悪い。……だが、俺のことは気にするな。その辺で着替える分には、俺の方は問題ないからな」
自分の着替える姿を"見られる"こと自体には全く頓着しない、というレイの主張に、栞は顔を赤くしたまま力なく笑った。この男、強くて頼りになるが、どこか世間一般の常識からはみ出している。
レイはインジェクターを刺すソケットが付いたホルダーに8本のケージ・インジェクターをカチリと装填してカバンに入れ、プロの顔に戻る。
「それで……どこへ行くんですか?」
「決まってる。まずはその服をなんとかする。そんな綺麗な服で歩いていたら、『闇の層』じゃ格好の獲物だ。汚れも目立つし、何より動きにくいだろ。」
「……そうですね」
栞は自分の汚れた白いワンピースを見下ろした。光の層では当たり前だった気品ある装いも、この煤けた街では呪いの装備でしかない。 カバンを肩から掛けてサングラスを付けてレイは、玄関へと向かった。
「さあ、行くぞ。……ハウリングドッグは一度インジェクターに戻しておけ。あいつは、しっかり休ませる必要がある。」
「はい。……お願いします、レイさん」
事務所の扉を開けると、マッドタウン特有の重油の匂いを含んだ風が吹き込んできた。
2人は街を歩いて、服屋の方を目指す。
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「覚えておけ。この辺は服も日用品も、食料も一通り揃う商店街だ。」
「はい。ここで当面必要なものを揃えればいいんですね」
レイに案内された商店街を、栞は緊張した面持ちで見渡した。闇の層とはいえ、人々が生活を営む活気がそこにはある。今の自分に何が必要か、栞は記憶に焼き付けるように店を吟味していく。
(とりあえず、この辺の店で手頃な服を買えば目立たなくて済みそうだな。)
ソードウルフも、このまま平穏に買い物を終えられるだろうと安堵しかけていた。だが――。
(気をつけて! レイ、誰か来る!)
末っ子気質のシールドビーが、鋭い気配を察知して警告を飛ばす。
「よう、姉ちゃん。昨日ぶりじゃねえか! そんな綺麗な服着てりゃ、すぐに見つかるぜ」
路地の先から、灰色のバンダナを巻き、ボロボロの革ジャンを羽織った5人の男たちが現れた。獲物を見つけたハイエナのような、下卑た笑みを浮かべている。
「こいつらは……?」
「昨日、私を襲った人たちです! 彼らのせいで、私のハウちゃんは……!」
(数は5人……。だが、背後に控えてる『声』はざっと20か。1体がやられたら次を出す、使い捨ての物量作戦だな)
レイは視線を動かさず、男たちの周囲から聞こえてくる"アニマの鳴き声"に耳を澄ませる。通常のテイマーは一度に1体しか使役できないが、彼らは予備のインジェクターを大量に持ち込み、波状攻撃を仕掛ける戦法を得意としていた。栞のハウリングドッグも、この執拗な連戦の末に力尽きたのだろう。
「なるほどな。お前らがハウリングドッグを痛めつけた張本人か。」
「ハウリングドッグだかなんだか知らねえが、今日もボコボコにしてやるよ!」
「ボコボコにする、か。……そもそもテメェら、誰に向かって口を利いてる?」
レイは無造作にサングラスを外した。露わになった赤と青のオッドアイが、バイターズを射抜く。
「そのオッドアイ……まさか、榊原レイか!?」
「ああ、そうだ。俺の評判を知ってるなら、今すぐ消えろ。怪我じゃ済まなくなるぞ」
伝説的なボディガードの名に、バイターズの面々は一瞬怯んだように見えた。だが、リーダー格の男が狂ったように笑い出し、一歩前に出る。
「ちょうどいいじゃねえか! 街一番のセキュリティだって? なら、コイツの力を試す最高の踏み台になってもらおうぜ!」
男は懐から、ケージ・インジェクターを取り出した。そしてあろうことか、それを自身の剥き出しの腕へと迷わず突き刺した。
「自分の身体に……!? 何を……!」
栞の悲鳴が響く。インジェクターのスイッチが押し込まれると、毒々しい緑色のリキッドが男の血管を逆流し、身体を侵食していく。
「――ガ、アアアアアアッ!!」
絶叫と共に男の肉体が膨れ上がり、皮膚から灰色の剛毛が突き出す。顔は引き裂かれ、醜悪なネズミの形相へと変貌を遂げた。 人間にアニマを強制融合させ、怪物へと変える禁忌の技術――"ゼノス・ビースト"。 誕生したのは、飢えた牙を持つ怪人、ラット・ビーストだった。
「ひ、人が変身した……!?」
「バケモノだ! 逃げろッ!!」
阿鼻叫喚の渦が巻き起こり、商店街の客たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。取り残されたメンバーたちも、リーダーに呼応するようにラットバイターを次々と召喚し、レイたちを包囲した。
「……下がってろ、栞」
「で、でも……あんなバケモノ、どうやって……!」
怯える栞の前に、レイは悠然と立ちはだかる。その手には、右側には8つのスロットを備え、左側面に重厚なダイヤルを冠した機械――『テイムドライバー』が握られていた。
「ここにいる全員に教えてやる。俺がなぜ、この街で1番のセキュリティと呼ばれているか」
レイがドライバーを腰に当てると、金属質の帯が生き物のように伸び、彼の腰を力強く締め上げた。
「変身」
レイが静かに、だが重々しく告げる。テイムドライバーの側面にあるダイヤルを力強く一周させると、ベルトの奥底から純白のオーラが吹き出し、荒れ狂う嵐となってレイの身体を包み込んだ。
『マスクドオン! テイマー!』
オーラは瞬時に実体化し、汚れなき白いアンダースーツを形成。その上から、胸、肩、腹部へと、漆黒の強化装甲が吸い付くように装着されていく。頭部は鋭い黒のマスクに覆われ、左右の瞳を象徴するように、巨大な赤い複眼が爛々と輝きを放った。
「なんだ、その姿はッ……!」
絶句するラット・ビーストが、震える爪でレイを指差す。
「仮面ライダーテイマー。……それが、この姿の呼び名だ」
「仮面ライダー……」
栞はその神々しくも禍々しい姿を、祈るような目で見つめた。暴力が支配するこの街で、初めて目にする"正義"の輝き。彼なら、この絶望を切り裂いてくれる。
「仮面ライダーだか何だか知らねえが、やっちまえ!」
「おうッ!」
ラット・ビーストの咆哮と共に、バイターズの面々が召喚したラットバイターたちが一斉に跳躍する。牙を剥き出しにしたネズミの群れが、テイマーを食い殺そうと殺到した。
「いつものオーダーで行くぞ。」
テイマーの手が、ベルトのソケットにある1本のインジェクターへと伸びる。
『バンタム! ニンジャスネーク! テイムオフ!』
バンタム級スロットが開放され、白いオーラと共に一人の戦士が這い出した。黒い忍び装束に身を包み、大蛇を模した不気味な仮面をつけたゼノスアニマ――ニンジャスネーク。
「まずは雑魚から片付けるッ……! 忍法・火遁の術!」
ニンジャスネークが結印と共に両掌を突き出すと、爆炎が渦を巻いて放たれた。先頭のラットバイターたちは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされ、コンクリートの上を無様に転がる。
「武器を借りるぞ」
「ああ、使いな……」
テイマーはニンジャスネークから手渡されたクナイを逆手に握ると、2体同時に爆発的な踏み込みを見せた。立て直そうとするラットバイターたちの隙を見逃さず、テイマーのクナイとニンジャスネークの斬撃が交差する。2体、3体と、切り裂かれたアニマたちが緑のリキッドへと還り、主人のインジェクターへと強制送還されていく。
「クソッ……! 俺たちの可愛いラットが!」
取り巻きたちが喚く中、戦場に焦燥が広がる。彼らの自慢の物量が、たった2人の連携によって容易く瓦解していく。
「だったら一気にやるまでだあ!」
痺れを切らしたラット・ビーストが、鋼の爪を振りかざして突進する。取り巻きが新たに召喚した別固体のラットバイターたちも死兵となってテイマーに飛びかかった。
「……忍者らしく、トリッキーに行こうか」
ニンジャスネークが不敵に笑い、懐から複数の手裏剣をバラまく。それは空中で蛇がのたうち回るような軌道を描き、ラットバイターたちの急所を的確に貫いていった。
(次は俺の番だ。派手に行くぜ、レイ!)
(おう、行くぞ。)
『タクティカルチェンジ!』
手裏剣の弾幕に怯んだラットビーストたちの隙を突き、テイマーは即座に次なるインジェクターを起動させる。 先ほどまで共闘していたニンジャスネークが白いオーラへと還り、ベルトへと吸い込まれていく。テイマーが一度に実体化させられるアニマは1体のみだが、このドライバー操作によって瞬時に別のアニマを呼び出すタクティカルチェンジが可能となるのだ。
『フェザー・ソードウルフ! テイムオフ!』
再び放たれた白いオーラの中から、銀色の毛並みを持つ狼の剣士が姿を現した。人型の肉体に狼の頭部、そしてその手には狼の首を象った意匠の魔剣"狼楼丸"が握られている。同時に、テイマーの右手にも同じ狼楼丸が実体化し、1人と1匹は鏡合わせのような構えを取った。
「「ハアッ!」」
2人の息は完璧に合っていた。テイマーが左から右へ、ソードウルフが右から左へ。鋭い銀光が交差し、逃げ遅れたラットバイターたちを一閃する。一刀両断されたネズミたちは断末魔を上げる暇もなく、緑のリキッドへと弾けてインジェクターへと強制送還された。
「クソがッ! 喰らえェッ!!」
逆上したラットビーストが、巨体を活かして両手の爪を振り下ろす。だが、テイマーは一歩も引かず、自身の狼楼丸を掲げてその重圧を真っ向から受け止めた。
「……隙だらけだ」
両手の爪を攻撃に回したことで、怪人の腹部は無防備に晒されていた。その隙を逃さず、ソードウルフの剣がラットビーストの腹部を深く切り裂く。
「グッ……アアァッ!?」
悶絶し、体勢を崩した怪人。そこへテイマーの剣が容赦なく振り下ろされ、唐竹割りの一撃がその肩口に叩き込まれた。
「畳みかけるぞ!」
そこからは、目にも止まらぬ連撃の嵐だった。ソードウルフの薙ぎ払い、テイマーの突き。交互に繰り出される鋭い斬撃が、ラットビーストの硬い外殻を確実に削り取っていく。近接戦闘に特化したフェザー級の真骨頂――間合いを一切詰めさせない、圧倒的な手数の暴力だった。
「まずいな、兄貴が……!」
「俺たちだって……このままじゃ!」
誇っていた物量も、最強のビースト化も通用しない。想定外の"本物のプロ"の戦いを前に、バイターズの面々に戦慄が走った。
だが、バイターズのしぶとさは、その底辺ゆえの数にあった。怪人化したリーダーを含め、残る4人の取り巻きたちが狂ったように予備のインジェクターを掲げる。
「行けッ! ラットバイターども! 食い殺せッ!!」
再び召喚されたラットバイターの群れが、餌に群がるドブネズミさながらに殺到する。その数は先ほどよりも増え、全方位からテイマーを押し潰そうと迫る。
「……流石に、この数は剣じゃ効率が悪いか」
(だったら俺の出番だな! 派手にお見舞いしてやるぜ!)
テイマーとソードウルフは、包囲を逃れるために大きくバックステップで距離を取った。
『タクティカルチェンジ!』
レイの呼びかけに応じ、ソードウルフが光となって還る。入れ替わりに、重量感のあるインジェクターが輝きを放った。
『ライト・カタパルトパンサー! テイムオフ!』
再び放たれた白いオーラの中から現れたのは、漆黒の光沢のある肉体に鋼の重武装を纏った黒豹――カタパルトパンサーだ。その背にはマシンガンやミサイルランチャーがそびえ立ち、遠距離殲滅に特化したライト級の"重火力"を体現していた。
「また新しいアニマが……!」
次々と現れる新たな仲間の姿に、栞は驚きのあまり目を丸くする。
「行くぜレイ! いつものヤツで一掃だ!」
「ああ、撃ちまくるぞ!」
カタパルトパンサーが軽快なジャンプを見せ、空中で鮮やかに回転する。すると、その身体が機械的な駆動音と共に、頭部、胴体、そして重火器群へと精密に分割された。
「……分かれた!?」
栞が驚愕の声を上げた瞬間、分割されたパーツが磁石に引き寄せられるようにテイマーへと殺到した。
マシンガンが右腕に、ランチャーが左腕に。さらに左右に分かれた胴体が変形し、二対の巨大なキャノン砲となってテイマーの両肩をガッチリとロックする。最後に右肩のランチャー上部へカタパルトパンサーの頭部が鎮座し、合体が完了した。
「合体した……!?」
「あんなの、ありかよ……!」
テイマーとカタパルトパンサーが一体となった、要塞のような重武装形態。栞もバイターズも、その圧倒的な威圧感に言葉を失う。
「一斉掃射だ!」
「狙いは任せろ。ロックオン完了!」
テイマーの両腕と両肩から、銃弾と砲弾の雨が降り注いだ。放たれた無数の弾丸は、カタパルトパンサーによる超高精度の照準サポートを受け、飛びかかるラットバイターたちを正確に撃ち抜いていく。弾丸に晒されたネズミたちは、悲鳴を上げる間もなく爆散し、緑のリキッドとなってケージインジェクターに戻っていく。。
「グ、ワアアアッ!?」
さらに、逃げ場を失ったラットビーストにも砲火が炸裂。爆炎に包まれながら、怪人の巨体が紙屑のように後方へと吹き飛んだ。
「ナイスアシストだ、カタパルト」
「ヘッ、当然だろ。外す方が難しいぜ!」
硝煙の中、テイマーは静かに銃口を向け直した。そのプロフェッショナルな連携の前に、バイターズの数という唯一の武器は、既に瓦解していた。
「さあ、チェックメイトだ!」
(トドメは俺にやらせろ、レイ!)
(いいや、俺だ! このタコ足で締め上げてやる!)
(こういう時こそ、俺のパワーで粉砕すべきだろ!)
勝機を悟り、脳内ではサンダージラフ、スターオクトパス、バスターレックスの3体が騒がしく名乗りを上げる。だが、テイマーは冷静に戦場を見渡した。
(待て。ここは商店街だ。攻撃範囲が広すぎるバスターや、図体がデカすぎるオクトパスは被害がデカい。……消去法だ。サンダージラフ、お前の正確な電撃で行くぞ!)
(合点だ!暴れさせてやるぜ!)
『タクティカルチェンジ!』
ライト級の重武装が光となって霧散し、入れ替わりに中距離・高精度を得意とするミドル級のアニマが呼び出される。
『ミドル・サンダージラフ! テイムオフ!』
現れたのは、全身に青白い稲妻を纏った機械的なキリン型アニマのサンダージラフ。その長い首の内部には巨大な発電器官が脈打っており、逃げ場を失ったラットビーストを鋭い眼光で射抜く。
「一気に決めるぞ。……サンダージラフ、打たせろ!」
『テイムバースト!』
テイマーがドライバーのダイヤルを力強く回すと、全身の装甲にサンダージラフから供給された超高圧電流が駆け巡る。
「乗れッ!」
「おうッ!」
サンダージラフが長い首をしならせて、地面を叩く。その反動を利用して上空へ跳ね上がったテイマーを、サンダージラフは逃さなかった。 自由落下するテイマーに対し、サンダージラフは野球のバットのように、電撃を纏った首をフルスイングで叩きつける。
「ハアッ!!」
撃ち抜かれたテイマーの肉体は、文字通り弾丸となって加速した。稲妻の尾を引きながら、ライナー性の軌道でラットビーストの胸部へと突き刺さる必殺のライダーキック。
「ガ、アアアアアアッ!?」
凄まじい電撃が体内に流し込まれ、怪人の身体を構成していた悪意のリキッドが強制的に分解されていく。ラットビーストは眩い光の中に吹き飛ばされ、そのまま地面を転がった。
「クソおおおおお!!」
断末魔と共に、怪人の外殻が弾け飛ぶ。爆煙が晴れた後には、元の姿に戻って気絶したバイターズのリーダーと、真っ黒に汚れきったラットバイターのインジェクターだけが転がっていた。
「す、すごい……」
仮面ライダーテイマーの、圧倒的でありながら一切の無駄がないその力。栞は恐怖を忘れ、ただただその背中に感服の眼差しを向けていた。
「クソッ!覚えていろよ!」
残ったバイターズのメンバーが気絶したリーダーとラットバイターのケージインジェクターを回収して、その場から逃げ去る。
「とりあえず、買い物を続けるか。」
「え、ええ…そうですね…」
栞はまだ驚いたままの状況ではあるが、生身の状態に戻ったレイの言葉を聞き正気に戻る。
気になることを聞くのは一度後回しにして、一先ずは日用品を揃えることを優先し、服屋の方に足を運ぶのであった。