仮面ライダーテイマー   作:夢野飛羽真

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第2話 テイマーとは?

「さて。これで住む準備は整ったな」

 

バイターズとの騒動を終え、商店街で最低限の日用品を揃えたレイと栞は、G-シェルターの事務所に戻っていた。空き部屋に栞の荷物を運び終え、ようやく一息つく。 だが、栞の心中はそれどころではなかった。

 

「あ、あの……買い物中からずっと気になっていたんですけど……さっきのあの力! 一体何なんですか!? アニマと一緒に戦ったり、合体したり……あんなの、光の層でも見たことないです!」

 

溜め込んでいた疑問が爆発する。彼女が目撃したのは、既存のゼノスアニマの常識を根底から覆す"仮面ライダーテイマー"の力。レイは少しの間をおいて、机の上に重厚な『テイムドライバー』を置いた。

 

「そうだな。これから助手として働くんだ、隠しておく必要もない。……俺と、こいつらの力の正体をな。」

 

レイがスマホ型のデバイス『ケージフォン』に一本のインジェクターを差し込む。すると、画面の中にフライ級のアニマ、メカカブトの姿がホログラムのように浮かび上がった。

 

『厳密には、俺の師匠……いや、親父さんの形見なんだけどな!』

 

「この子、喋れるんですか……!?」

 

アニマの中でも高度な知能を持つ個体は、人間の言語を学習できる。メカカブトもその一体だった。

 

『俺の師匠であり、生みの親……一橋博士が、このテイマーシステムを作り上げたんだ』

 

「一橋博士……!? まさか、ケージ・インジェクターの基礎理論を築いた、あの三博士の一人、一橋啓太郎博士のことですか!?」

 

栞は驚愕し、身を乗り出した。教科書に必ず名が載る偉人中の偉人だ。光の層の出身である彼女にとって、その名は神に近い。

 

「けど、一橋博士は確か……」

 

「数十年前に光の層を追放され、消息不明。……世間じゃそう言われてるな。だが博士は、この闇の層に潜伏して、人知れず研究を続けていた。アニマを単なる道具としてではなく、人間と共闘させるための道をな」

 

レイが補足する。表舞台からフェードアウトした天才科学者は、この混沌の地の底で、執念深くゼノスアニマの更なる可能性を追い求めていたのだ。

 

『その研究の果てに生み出されたのが俺と、人間がその力を身に纏って戦うための"テイムシステム"なんだよ』

 

「それで……レイさんは、一橋博士からこのシステムを託されたんですね?」

 

「……いいや、違う。俺が見つけた時には、既に博士は……」

 

『師匠はシステムの完成を見届けた後、更なる装備の研究中に……過労で倒れたんだ』

 

天才の最期は、孤独で静かなものだった。メカカブトの声に、一瞬だけ寂しさが混じる。

 

「俺は、ある時からこいつらの『声』が聞こえるようになった。取り残されて叫んでいたメカカブトの声に導かれて、地下の研究所に辿り着いたんだ。そこで、博士の遺志を継ぐことに決めた」

 

『本当、拾ってくれたのがレイで良かったぜ。他の奴に見つかってたら、俺たちもシステムも、ろくでもない悪用をされてただろうからな。レイには感謝しきれないよ』

 

メカカブトの真っ直ぐな言葉に、レイは何も言わず、ただ静かに頷いた。栞もまた、その"継承"の重みを感じ、深く首を縦に振る。

 

「テイマーシステムの由来は分かりました。一橋博士の傑作なら、あの力にも納得がいきます……。それで、次は他の子たちのことも聞きたいのですが……」

 

「ああ、いいぜ。……ただ、その前に飯の時間だ」

 

重い話に区切りを付けるように、2人の腹の虫が同時に鳴った。  レイはいつもの無愛想な横顔に戻り、手際よくキッチンへと向かうのであった。

 

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陽も沈み、バーやクラブのネオンが毒々しく輝き始める夜の時間。マッドタウンの裏通りを、5人の男たちが荒れた足取りで飲み歩いていた。

 

「あの野郎、絶対に許さねえ! 反則だろ、あんな力!」

 

「まあまあ兄貴、俺たちが『反則』なんて言うのはお門違いでっせ……」

 

バイターズの面々だ。リーダーの根津は、テイマーに惨敗した屈辱を酒で紛らわそうと、夜の街に呪詛を吐き散らしていた。

 

「ったく、あのクソセキュリティめ……付近の店全部に、俺の出禁通達を出しやがって……!」

 

レイを恨む男はここにもいた。昨夜、クラブで睡眠薬を使おうとしてレイに看破された男――烏野。彼はその一件以来、どこのクラブからも門前払いを食らい、行き場のない怒りを抱えて夜道を彷徨っていた。

 

「……あいつ、良いもん持ってんじゃねえか。」

 

根津と烏野がすれ違う瞬間。根津の濁った瞳が、烏野の胸元を射抜いた。

 

「よう、兄ちゃん。そのネックレス、良いじゃん! 俺らにくれよ!」

 

「おっ、その帽子もレア物じゃねえか。それもだ!」

 

バイターズが烏野を囲む。彼らは鬱憤を晴らすため、自分たちよりも弱そうな獲物を"狩り"に決めたのだ。

 

「いきなり何なんだよテメェら!」

 

烏野が拒絶の声を上げる。どちらも彼が虚勢を張るために手に入れた高級品だ、渡すはずがない。

 

「だったら、痛い目に遭ってもらおうか!」

 

根津は懐から、汚れたケージ・インジェクターを取り出した。レイに負けた恐怖をかき消すように、あろうことかその針を再び自分の腕に突き立て、スイッチを押し込む。

 

「この力で、なぶり殺してやるよ!」

 

「ゼノスアニマと合体した……!?」

 

眼前で醜悪なラット・ビーストへと変貌する根津。その圧倒的な暴力を前に、烏野は驚愕するが……その表情はやがて、歪んだ歓喜へと変わった。

 

「なるほどな……そんな使い道があるのか。なら! 俺だって……俺だってやってやるよ! 俺を出禁にした店も、あのクソセキュリティも、全部ぶっ壊してやる!!」

 

烏野の脳を支配したのは、純粋な破壊衝動だった。自分の不手際を棚に上げ、世界すべてを呪う彼にとって、怪人の力は"救い"に見えた。彼は自身の相棒――スクラップ品を漁るカラスのアニマ、スクラップクロウのインジェクターを取り出すと、迷わず己の肉体へと刺した。

 

「あいつ、マジかよ!?」

 

リキッドが駆け巡り、烏野の姿が急速に変容する。漆黒の羽が皮膚を突き破り、顔面は鋭い嘴へと突き出す。スクラップを纏った鴉の怪人、クロウ・ビーストの誕生だ。

 

「変身したから何だってんだぁッ!」

 

ラット・ビーストが爪を立てて飛びかかる。だが、クロウ・ビーストは嘲笑うかのように大きく羽ばたき、漆黒の空へと逃れた。

 

「喰らえ!」

 

近接特化のフェザー級のラットに対し、フライ級のクロウは空中からの蹂躙を選択した。クロウが翼を振るうたび、背負ったスクラップメタルの塊が弾丸となって掃射される。

 

「クッ……! ガアッ!!」

 

地上に縛られたラット・ビーストに、空からの攻撃を防ぐ術はない。鋼鉄の礫がラットの巨体を執拗に撃ち抜き、逃げ場を塞いでいく。一方的な蹂躙の末、ついに耐えきれなくなった根津の変身が解除された。

 

「ぐはぁッ……!」

 

「兄貴! ここは一旦逃げましょう!」

 

バイターズのメンバーは、ボロ雑巾のように倒れた根津を担ぎ、脱兎のごとく夜の闇へ消えていった。

 

「すげえ……力が、漲ってくる! これなら、俺は……!」

 

地面に着地したクロウ・ビーストは、獲物を引き裂いた充足感に震え、再び烏野の姿に戻る。その瞳には、怪人の力がもたらす全能感が宿っていた。彼はもう、ただのナンパ師ではない。街を破壊し、恨みを晴らすための"爪"を手に入れたのだ。

 

「待ってろよ、クソセキュリティ……。次はお前だ」

 

烏野は不敵に笑い、自分を拒絶した世界を叩き潰すべく、夜の雑踏へと歩き出した。

 

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夕食後のダイニングは、温かな余韻と、わずかに残るスパイスの香りに包まれていた。片付けを終えたレイは、使い込まれた質感のケージフォンを手に取り、テーブルを挟んで栞の正面に座る。

 

「さて。これからお前はこの事務所の一員だ。俺一人ならともかく、こいつらのことを知らないと仕事にならないからな。……改めてメンバー紹介を始めるぞ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

栞は背筋を伸ばし、真剣な眼差しでレイの手元を見つめた。レイは慣れた手付きで、ホルダーから一本のインジェクターを抜き取り、ケージフォンへと装填する。

 

「メカカブトはさっき話した通りだ。まずはコイツ……と言っても、さっきの戦いで一番に顔を合わせたな」

 

電子音と共に、画面の中に小さな影が結像する。忍び装束を纏い、大蛇の意匠を凝らした仮面を付けた怪人――バンタム級のニンジャスネークだ。

 

『ニンジャスネークだ。さっきの戦いぶりでお分かりの通り、俺の専門は隠密と忍術だ。よろしくな、お嬢ちゃん』

 

「本物の忍者みたい……! あの、火遁の術は本当に凄かったです。あんなことが出来るなんて」

 

栞が瞳を輝かせて称賛すると、画面の中の忍者は、どこか誇らしげに腕を組んだ。

 

『ハハッ、嬉しいことを言ってくれる。俺の階級はバンタム。スピードを活かし、敵が気づかぬうちに勝負を決めるのが俺のスタイルだ。……忍術の指南が必要なら、いつでも言ってくれよ』

 

レイはわずかに口角を上げ、次のインジェクターへと差し替える。

 

『さっきぶりだな。ソードウルフだ』

 

画面に現れたのは、銀色の毛並みを持つ孤高の剣士だった。その手には、既に己の体の一部となったかのように馴染んだ魔剣『狼楼丸』が握られている。

 

「さっきの剣士さん……」

 

『如何にも。どのような敵が来ようと、俺の剣が貴殿の盾となり、矛となろう』

 

「コイツはフェザー級。俺がまだ、戦い方すら知らなかったガキの頃からの付き合いでな。……こいつら八体の中で、付き合いの長さなら一番だ」

 

レイの言葉には、長い年月を共に生き抜いてきた者だけが持つ、深い信頼の響きがあった。栞はその言葉を聞き、自分のカバンの中に眠るハウリングドッグを思い出す。

 

「私にとっての、ハウちゃんみたいな……。本当の『相棒』なんですね」

 

「ああ、そうだ。……次はコイツだ」

 

入れ替わりで画面に躍り出たのは、重火器の塊を背負った黒豹、カタパルトパンサーだ。その姿には、猛獣のしなやかさと兵器の無機質さが同居している。

 

『おう! 俺のことは覚えてるだろ? 俺はカタパルトパンサーだ。レイと合体してもしなくても、俺の弾丸からは誰も逃げられねえぜ!』

 

「カタパルトはライト級。栞のハウリングドッグと同じ、遠距離支援に特化した階級だ。……階級が同じなら、いつか連携も取れるようになるかもしれないな」

 

レイのさりげない一言に、栞は"いつか自分のアニマも戦力になれるのか"という小さな希望を抱く。その後も紹介は続く。

カタパルトパンサーに続いて画面に表示されたのは、ミステリアスな雰囲気を纏った紫の使者・スターオクトパス。

 

『俺はスターオクトパスだ。俺の戦いぶりはまあ、いずれ分かるだろう…』

 

「戦いを見るのが楽しみです。」

 

ミステリアスな雰囲気を醸し出すスターオクトパスに、栞は静かに頷く。

次に、先ほどトドメを刺したサンダージラフが画面に現れた。

 

『俺のことは忘れてもらっちゃ困るぜ! サンダージラフだ!』

 

「このサンダージラフはミドル級のアタッカーだ。突進、電撃、格闘……どれも高水準でこなす、俺の『切り札』の一つさ。」

 

「あの……さっきの『テイムバースト』。あれは一体、どういう仕組みなんですか?」

 

 栞の問いに、レイはテイムドライバーを軽く叩きながら答える。

 

「あれはテイマーシステムの真骨頂だ。アニマが持つ本能的なエネルギーを限界まで引き出し、俺自身の装甲とリンクさせる。2人分の力を一点に集約して放つ、必殺の術式だ。……その分、放った後の消耗も激しいがな」

 

話を聞きながら、栞はレイがどれほどの重圧を背負って戦っているのかを察した。そして、続いて紹介されたのは、礼儀正しい防御の専門家、ライトヘビー級のシールドビー。

 

『こんばんは、シールドビーです。栞さん、お困りの際は僕が必ずお守りします。』

 

「……凄く、優しい声。防御特化のライトヘビー級なんですね」

 

「ああ。地味に見えるが、こいつの盾がなけりゃ死んでた場面は数え切れない。そして……最後はコイツだ」

 

最後に現れたのは、画面からはみ出さんばかりの巨躯を持つ恐竜型アニマ、バスターレックスだった。

 

『やっと俺の出番か! 待ってたぜ! 俺はバスターレックス、全てを粉砕する超パワーの持ち主だ!』

 

「ヘビー級、バスターレックス。最大火力ならカタパルトをも凌ぐが、繊細なコントロールには向かない。要は『ロマン砲』だ」

 

「ロマン砲……当たれば、無敵ということですね」

 

『ガッハッハ! その通りだお嬢ちゃん!』

 

豪快に笑うバスターレックスの声がダイニングに響き渡る。8体のアニマ。それぞれに意思があり、誇りがあり、レイとの絆がある。彼らを見つめるレイのオッドアイは、戦場での冷徹なものとは違い、どこか身内を慈しむような穏やかさを湛えていた。

 

「とりあえず、これが俺の仲間たちだ。……こいつらのことも、これからよろしく頼む」

 

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 

栞は椅子から立ち上がり、8体の守護者たちへ向けて、心からの敬意を込めて深々と頭を下げた。窓の外ではマッドタウンの喧騒が続いているが、この事務所の中だけは、確かな信頼に裏打ちされた静かな熱が灯っていた。

 

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「今日から、ここで……」

 

風呂を浴び、商店街で購入したばかりの簡素な綿のパジャマに袖を通した栞は、事務所の空き部屋のベッドにそっと腰を下ろした。使い込まれてはいるが清潔に整えられた家具。レイから「客用だから自由に好きに使っていい」と言い渡されたこの部屋が、今日から彼女の唯一の安息の地となる。

 

「ハウちゃん、しばらくゆっくり休んでいてね……」

 

栞はサイドテーブルに置かれたインジェクターホルダーへと、ハウリングドッグの入ったインジェクターをカチリと差し込んだ。そして、その隣へ――もう一本の『金色のインジェクター』を、宝物を扱うかのような手つきで収める。

 

「お父さん……お母さん……。いつかまた、皆で笑い合える日が来ますように」

 

その黄金の輝きは、両親と離れ離れになる直前に託された、再会の約束。煤けた闇の層では不釣り合いなほどに美しいその色彩を眺めていると、遠い日の温かな記憶が、胸の奥をチクリと刺す。

 

「しばらくはレイさんに守ってもらうことになったけれど……。私は、いつまでも守られているだけの『荷物』でいたくない」

 

ホルダーに並んだ2本のインジェクターを指先でなぞりながら、栞は独りごちた。  報酬の代わりの助手。だが、戦う術を持たない自分に一体何ができるのか。ゼノスアニマの鳴き声が聞こえるわけでも、レイのように重厚な装甲を纏えるわけでもない。

 

(……それでも。レイさんが、あのアニマたちを『家族』と呼ぶ人なら、私にもきっと居場所があるはず)

 

今はまだ、答えは出ない。けれど、何もしないままではいられないという強い意志が、彼女の瞳に小さな火を灯した。

 

「まずは……今の私にできることから始めよう」

 

それが掃除であっても、食事の準備であっても。 栞は意を決したように小さく頷くと、これまでの逃亡生活で蓄積した心身の疲労を解き放つべく、冷たいシーツの中に身を沈めた。窓の外から聞こえるマッドタウンの低い唸り声も、今夜だけは遠くの子守歌のように聞こえ、彼女は深い眠りへと落ちていった。

 

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「おはようございます! レイさん!」

 

「……ん、おはよう。朝から元気だな」

 

翌朝。あくびを噛み殺しながらリビングへと姿を現したレイは、思わず足を止めた。そこには、昨夜の憔悴した様子が嘘のように、エプロン姿で忙しなく掃除機をかけ、棚を拭き上げる栞の姿があった。朝日を浴びて、彼女の表情は助手としての使命感に燃えている。

 

「昨日お話しした通りです。G-シェルターの助手として、家事は私に任せてください!」

 

「あー……。洗濯や掃除をやってくれるのは助かるが、料理だけは俺がやる。こだわりがあるからな」

 

料理以外の身の回りの世話に無頓着なレイは、栞の申し出をありがたく思いつつも、聖域であるキッチンだけは死守すると釘を刺した。

 

(レイ、彼女張り切ってるね。床がピカピカだぜ)

 

(真面目な子なんだろうな。……悪くない)

 

脳内ではニンジャスネークが感心したように呟き、レイもまた、少しずつ事務所が"家"らしくなっていく光景に、密かな心地よさを感じていた。だが、その平穏を切り裂くように、無機質な電子音が響き渡る。

 

「……電話か。こんな朝早くに」

 

レイが取り出したケージフォンの画面には、『クラブフォックス』の名が表示されていた。

 

(一昨日まで警護についていた店だ。契約は満了したはずだが……嫌な予感がするな)

 

レイは表情を引き締め、通話ボタンを押す。

 

「もしもし。G-シェルター、榊原だ」

 

『フォックスの三浦だ。……レイ、大変なことになった』

 

電話の主は、店の代表を務める三浦という男だった。その声は酷くかすれ、隠しきれない動揺に震えている。

 

「大変なこと……事件ですか?」

 

『ああ。深夜、閉店直後の店に“黒い怪物”が突然乱入してきてな。暴れ回るだけ暴れて消えた。……お陰で店は壊滅状態だ。従業員にも怪我人が出たよ』

 

「……なんだって」

 

レイのオッドアイが鋭く細められた。

 

「すみません。俺が目を離していたせいで……」

 

『気にするな。契約満了後だ、お前の責任じゃない。……この件は他のオーナー仲間にも伝えておくが、今夜また別の箱が狙われる可能性が高い』

 

「梶原さんの店……『ナイト・ミスト』ですね。あそこなら俺も構造を知っている。」

 

『ああ、アイツは俺の後輩だ。事情は説明しておく。……頼んだぞ、レイ』

 

「了解です。今夜向かいます。」

 

通話を終えたレイは、静かにケージフォンをポケットに収めた。その背中からは、先ほどまでの緩やかな朝の空気は完全に消え失せ、冷徹なプロの用心棒の気が立ち上っていた。

 

「……どうかしたんですか?」

 

掃除の手を止め、不安げに見つめる栞に、レイは短く告げる。

 

「今夜、早速仕事が入った。内容は夜のクラブの警護だ。……お前も連れて行く。」

 

「分かりました!」

 

レイは栞を安全な場所に残すことも考えたが、昨日の件もあり1人にする方が危険だと判断し、彼女を伴って戦場へと赴く決意を固めるのだった。

 

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極彩色のネオンが夜の街を縁取る頃。重低音が腹に響くクラブ『ナイトミスト』の楽屋口で、レイは店長の梶原と短く握手を交わした。

 

「お疲れ様です、梶原さん。」

 

「お疲れ様、レイ君。三浦から話は聞いてるよ。今日は頼んだよ。」

 

梶原は安堵の息をつきながら、レイの隣に立つ見慣れない少女に視線を移す。

 

「そっちの子は? 珍しいね、君が連れ歩くなんて」

 

「最近雇った助手の九条栞です。……挨拶しろ。」

 

「あ、はい! 九条です、よろしくお願いします!」

 

栞は緊張で少し肩を強張らせながらも、深々と頭を下げた。 梶原の指示により、2人はオープン直後のエントランスへと配置される。入場待ちの客たちのIDカードをチェックする、最も"火種"が持ち込まれやすい場所だ。

 

「……今のところ、怪しい奴はいないな。」

 

「レイさん、どうやってそれを見分けているんですか?」

 

整然と並ぶ客の列を見守りながら、栞が小声で尋ねる。レイは無機質なサングラスの奥で、じっと列の奥を睨み据えたまま答えた。

 

「俺はゼノスアニマの『声』が聞こえる。悪意を持って使役されているアニマは、その鳴き声にどす黒い負の感情が混じるんだ……。それが、俺にとっての嘘発見器さ」

 

その刹那――レイの脳内を、鼓膜を突き破るような不快な咆哮が駆け抜けた。それは恐怖に怯える叫びでも、空腹を訴える声でもない。破壊そのものを渇望する、歪んだ"悦び"の声だった。

 

「……来たか。栞、ここで待ってろ。異変があったら即座に客を建物から遠ざけろ。避難誘導を頼んだぞ。」

「わ、分かりました……!」

 

レイは瞬時にテイムドライバーを手に取り、客の列を掻き分ける。その視線の先、1人の男がニヤついた顔で立っていた。黒い帽子、そして先日と変わらぬ金のネックレス。

 

「お前、この前の男だな。この界隈の店はすべて出禁通達を出したはずだ。」

 

「ヒヒッ……! お前の方からノコノコやって来てくれるなんてな、クソセキュリティ!」

 

烏野は待ちわびた獲物を前にした獣のように、狂った笑い声を上げた。

 

「俺の遊び場を全部ぶっ壊してくれた礼だ……。お前ごと、この街を更地にしてやるよ!」

 

烏野が懐から抜き放ったインジェクターを、迷わず己の剥き出しの腕へと突き刺した。毒々しい紫のリキッドが血管を焼き、彼の肉体を引き裂いて再構築していく。

 

「――グググッ!!」

 

絶叫と共に現れたのは、漆黒の翼と鋭利な嘴を持つ怪人、クロウ・ビースト。背負ったスクラップが不気味な駆動音を立て、周囲の客たちは悲鳴を上げて散り散りになる。

 

「全員、無茶苦茶にしてやるよ!」

 

クロウ・ビーストは力強く羽ばたき、重力に逆らって夜空へと舞い上がった。

 

「空を飛ぶ奴が相手か……。なら、今日のオーダーはこいつからだ」

 

レイは瞬時に思考を巡らせる。敵の高度、攻撃手段、そして背後にいる守るべき人々。腰に据えた8本のインジェクターを備えたテイムドライバーのダイヤルを力強く回す。

 

「変身!」

 

『マスクドオン! テイマー!』

 

咆哮に近い電子音と共に、レイの全身を眩い白いオーラが包み込む。光が弾けた瞬間、そこには重厚な装甲を纏った守護者、仮面ライダーテイマーが立っていた。

 

「くたばれぇッ、クソセキュリティ!!」

 

「まずはここを死守する! 」

 

『ライトヘビー!シールドビー!テイムオフ!』

 

上空から降り注ぐスクラップメタルの雨。それに対し、テイマーが召喚したのは防御特化のライトヘビー級のシールドビーだ。その体長は2m程になる蜂型ゼノスアニマのシールドビーは空中で静止すると、自身の翅を振動させ、無数のハニカム型エネルギーパネルを展開。それらが瞬時に連結し、巨大なドーム状の障壁が入り口を覆い尽くした。

キン、キン! と火花を散らして弾丸が弾かれる。

 

「皆さん! 今のうちに、あちらの路地へ逃げてください! 急いで!」

 

ドームの陰で、栞が懸命に声を張り上げる。その必死の誘導に応え、パニックに陥っていた客たちが次々と安全圏へと走り去っていく。

 

「助かるぜ、栞。……これで、ようやく戦いやすくなったな。やってやれ、シールドビー!」

 

「はい! ハニカムシールド、射出!」

 

防御に徹していたハニカム型エネルギーパネルのハニカムシールドが分離し、意志を持つ弾丸となってクロウ・ビーストを追尾する。

 

「そんなのアリかよッ……!?」

 

烏野は空中で不格好に身を捩り、飛来するパネルを回避した。舌打ちと共に、さらに巨大な鉄屑の塊を生成し、カウンターを放つ。だが、その一撃もテイマーの眼前でべリアを形成したハニカムシールドに易々と阻まれた。

 

「レイ、アイツ意外と速いよ!このシールドじゃ、決定打を与える前に逃げられちゃう!」

 

「……分かってる。守りは十分だ。ここからは、アイツに引き摺り下ろしてもらう!」

 

『タクティカル・チェンジ!』

 

再びテイムドライバーから白いオーラが放たれ、シールドビーがオーラに呑み込まれる。守勢から攻勢へ。空中を支配するクロウビーストの"優位"を打ち砕くための、冷徹な戦術転換が始まった。

 

『フライ! メカカブト! テイムオフ!』

 

シールドビーからバトンを受け取るように、白いオーラの中から青い閃光が飛び出した。ラジコンヘリほどのサイズながら、全身が重厚な装甲に包まれた飛行特化アニマ――メカカブトだ。召喚と同時に、彼はジェットエンジンのような駆動音を響かせ、弾丸のごとき速度でクロウ・ビーストへと肉薄する。

 

「なッ……!?」

 

標的の急変に、鳥野の反応は一歩遅れた。回避行動を取る間もなく、メカカブトの鋭利な一本角が、クロウ・ビーストの腹部を深く抉り抜く。

 

「クソッ……!ちょこまかと!」

 

烏野は形勢不利を悟り、メカカブトに背を向けて夜闇の奥へと逃げ込もうとする。だが、メカカブトに死角はない。複眼に内蔵された赤外線カメラと高精度レーダーが、逃走する熱源を確実にロックオンしていた。

 

「捕捉……逃がさないよ」

 

加速。メカカブトが黄金の軌跡を描いて夜空を切り裂く。狙いは、漆黒の翼が肉体に繋ぎ止められている背中の付け根の部分だ。金属質の激突音が響き、翼の根元に凄まじい衝撃が叩き込まれる。

 

「んだよこれッ……! 当たってんのに止まらねえ!」

 

空中でバランスを大きく崩し、もがくクロウ・ビースト。だが、小回りに優れるメカカブトは既に次の旋回を終えていた。

 

「その翼を折ってやる!」

 

再びの突進。今度は逃げようと広げられた翼のど真ん中を、ドリルを思わせる回転を加えた一本角が貫通した。

 

「あ……が、ああああ! 飛べないッ!」

 

揚力を失った漆黒の翼が、無残に折れ曲がる。重力に捕らわれたクロウ・ビーストは、断末魔のような叫びと共にアスファルトの地面へと叩きつけられた。

 

(最後は俺が決めよう、レイ)

 

「分かった、いくぜ」

 

レイは地面に這いつくばるクロウ・ビーストへ静かに歩み寄り、ドライバーのケージインジェクターを操作する。

 

『タクティカル・チェンジ!』

 

上空で円を描いていたメカカブトが光の粒子に還り、レイの傍らに新たな影が結像した。

 

『フェザー! ソードウルフ! テイムオフ!』

 

現れたのは、銀狼の剣士・ソードウルフ。テイマーとソードウルフ。2人は無言のまま、愛剣『狼楼丸』を同時に抜き放ち、クロウ・ビーストへと切っ先を向けた。

 

『テイムバースト!』

 

ドライバーのダイヤルと回転させ、二振りの刀身が深く、澄んだ青色の輝きを放ち始める。

 

「……ハアッ!」

 

2人の呼吸が完璧に同調した。振るわれた二条の斬撃が夜空を裂き、交差しながら巨大な「X」の字となってクロウ・ビーストを真正面から切る。

 

「クッソォ……! 俺が、こんなところで……!」

 

自分より弱い者を蹂躙するために手に入れた暴力。それが、より強固な「絆」の力に打ち砕かれる皮肉。烏野は無念の叫びを上げ、青い閃光の中で爆散した。

 

「……これで、一件落着か」

 

変身を解除したレイは、舞い散る火花の中を歩き、地面に転がったスクラップクロウのケージ・インジェクターを静かに拾い上げた。その瞳には勝利の喜びはなく、ただ仕事を終えた用心棒の冷徹な静けさだけが宿っていた。

 

「レイさん!」

 

「レイ君!」

 

静寂が戻った現場に、栞と梶原が警官隊を引き連れて駆け寄ってきた。周囲にはまだ戦闘の熱気が残り、アスファルトにはクロウ・ビーストが穿った爪痕が深く刻まれている。

 

「この男がクラブを襲撃した犯人か?」

 

事情を聴きに来た警官の1人に、レイは拾い上げたばかりの烏野のインジェクターを差し出した。

 

「恐らく。……得物はこれです。本体はそこに転がっています。」

 

「なるほど、現行犯だな。一先ず犯人の身柄を確保! インジェクターも証拠品として押収だ!」

 

警官たちの手によって、気を失った烏野が連行されていく。彼が夢見た"復讐劇"は、あまりにも呆気なく幕を閉じた。

 

「にしても、助かったよ。レイ君のお陰で客に怪我人はゼロだ。什器も無事だし、明日から営業できそうだよ。」

 

梶原が安堵の息をつきながら礼を述べる。だが、レイの表情は晴れない。

 

「……いや。犯人が俺を逆恨みして起こした凶行だ。俺がもっと別のやり方で対処していれば、こんな騒動には……」

 

「君が気負うことじゃないさ」

 

梶原はレイの肩にポンと手を置いた。

 

「結局、悪事に手を出した奴が悪いんだよ。君は自分の仕事をしただけだ。……さて、明日から通常営業に戻るつもりだが、この界隈の治安もまだまだ不安でね。一先ず1週間ほど、改めてセキュリティを頼めないかな?」

 

その言葉に、レイは少しだけ驚いたように目を見張ったが、すぐにプロの顔に戻って頷いた。

 

「……ありがとうございます。引き受けましょう」

 

「期待しているよ、レイ君。それと……」

 

梶原が視線を栞へと向ける。

 

「栞ちゃんだったね。君の誘導も実に見事だった。避難が早かったおかげで、パニックにならずに済んだよ」

 

「えっ、あ、ありがとうございます……!」

 

突然の称賛に、栞は恐縮して身をすくませる。だが、追い打ちをかけるようにレイが続けた。

 

「栞。……避難誘導、助かったぞ。お前のお陰で戦いに集中できた。ありがとう。」

 

「……っ! はい! こちらこそ、これからも頑張ります!」

 

不愛想なレイからの、真っ直ぐな感謝の言葉。  栞は思わず頬を林檎のように赤く染め、照れ隠しをするように強く拳を握った。自分がこの街で、誰かの役に立てた。その実感は、彼女の胸にある"居場所がない"という不安を、温かく溶かしていく。

 

ネオンが瞬くマッドタウンの夜。傷ついた街を背に、レイと栞、そしてケージインジェクターの中で微睡むアニマたちは、自分たちの拠点であるG-シェルターへと歩き出した。助手としての初仕事は、こうして幕を閉じた。  明日からの一週間、そしてその先に待ち受ける運命を、彼女はもう恐れてはいなかった。

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