仮面ライダーテイマー   作:夢野飛羽真

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第3話 ロストアニマ

「クソッ……! なんでだ、なんで勝てねえんだッ……!」

 

静まり返った廃工場。バイターズのリーダー・根津は、獣のような荒い息を吐きながら、積み上がった金属のゴミ山を力任せに蹴り飛ばした。乾いた金属音が響き渡り、錆びた鉄パイプが床を転がる。その音さえも、今の根津には自分を嘲笑う声に聞こえていた。

 

「ビースト化までしたんだぞ……! この街を、俺の庭にするはずだったんだ!」

 

最強の用心棒と謳われる榊原レイに完敗し、あろうことか格下と見なしていたナンパ師の烏野にまで、ビースト化の力で蹂躙された。根津のプライドは、もはや修復不可能なほどにボロボロだった。

 

「そもそも、テメェが弱すぎるから悪いんだよ……!」

 

血走った眼で睨みつけたのは、手に握ったケージ・インジェクターだ。度重なる酷使と敗北によるダメージの蓄積。かつて鮮やかだったリキッドは、今やヘドロのように黒く濁り、実体化の出力も目に見えて落ちていた。

 

「テメェなんかいらねえよ! もっとマシな、もっと強いゼノスアニマを手に入れてやる!」

 

根津は、己を支え続けた相棒への感謝など微塵も見せず、インジェクターをゴミ山へと投げ捨てた。カラン、と力ない音がして、インジェクターは錆びた鉄屑の隙間に吸い込まれていく。

 

「クソが!」

 

唾を吐き捨て、根津は背を向けて立ち去った。だが、彼は気づいていなかった。暗がりに沈んだゴミ山の中で、捨てられたインジェクターが、心臓の鼓動のような不気味な脈動を始めたことに。

 

『……ル……ユ……サ、ナイ……』

 

リキッドから漏れ出した黒く禍々しいオーラが、触手のように周囲の金属廃棄物を侵食していく。捨てられた悲しみ、裏切られた怒り。それらが"遺棄"の絶望と混ざり合い、インジェクターという物理的な枠組みさえも呑み込んで再構築し始めた。

 

ドロリ、と金属の山が蠢く。そこにあるのはもう、健気に主人を待つラットバイターではない。全てを喰らい、全てを拒絶する"ロスト・アニマ"への変貌だった。

 

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「あの……今日も卵料理ですか?」

 

「ああ、当然だ」

 

1週間に及ぶクラブ『ナイト・ミスト』での緊張感あふれる警護任務を終えた、翌日の昼。ダイニングテーブルを囲む2人の前に並んだのは、黄金色に輝くオムライスだった。連日続く卵料理のパレードに、栞は思わず苦笑いを浮かべながら疑問を口にする。

 

「卵食わねえと、やってられねえんだよ……」

 

仕事のハードさを好物で上書きしようとしているのか。レイはどこか必死な形相でスプーンを動かしていた。

 

「……それに、このオムライス。卵の下、チキンライスじゃなくてバターライスなんですね?」

 

栞がスプーンで開いた断面を見て、首を傾げる。彼女が知っている一般的なオムライスとは少し仕様が違うようだ。

 

「……グリーンピースが食えないんだよ」

 

ぶっきらぼうに放たれたレイの言葉に、一瞬の沈黙の後、栞は「ぷっ」と吹き出した。

 

「わ、笑うなよ! あの見た目といい、妙な風味といい、食感といい……全部無理なんだ!」

 

「ふふ、すみません……。でも、何だかちょっと可愛いです、レイさん」

 

ムキになって顔を赤くするレイを見て、栞は思わず声を立てて笑ってしまう。無敵のガードマンの意外すぎる弱点。

 

(子供のころから全く進歩してないな、レイは)

 

(好き嫌いは戦場じゃ命取りだぜ? 克服しといた方がいいんじゃないか?)

 

(……っ、うっせぇ!)

 

脳内で茶化してくるソードウルフとカタパルトパンサーの声を一蹴し、レイは逃げるように食事を再開した。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

食事を終え、食器を洗う水の音だけが響く。G-シェルターに流れる、束の間の穏やかな時間。だが、その静寂は不意に鳴り響いたインターホンの音によって破られた。

 

「……誰だ?」

 

レイが警戒を解かずに玄関の扉を開ける。そこには、煤けた街の景色の中でひどく浮いている、真っ赤な髪に派手なアロハシャツを着た男が立っていた。

 

「よっす~! 元気してる? 最強の用心棒レイちゃん!」

 

男は親指を立て、サングラスの奥から軽薄なウィンクを飛ばす。

 

「何の用だ、ジョー。それと、その呼び方はやめろと言ったはずだ」

 

「つれないねぇ。せっかく、とびきりホットな事件の情報を持ってきたってのにさ」

 

「えっと……この方は?」

 

「嬢ちゃんの方こそ、見ない顔だね。」

 

エプロン姿の栞が、戸惑いながらレイの背後から顔を出す。それに対して、ジョーが栞の方を見て首を傾げる。

 

「こいつは最近助手として雇った九条栞だ」

 

「おっ、栞ちゃんか! 良い名前だね! 俺はこの街で一番イケてる情報屋、赤城丈さ。皆からはジョーって呼ばれてるよ。よろしくね、子猫ちゃん!」

 

「こ、子猫ちゃん……?」

 

自称"街で一番イケてる"男のチャラついた態度に、栞は引き気味に身を引く。

 

「こいつの戯言は気にするな。……それで、ジョー。用件は何だ?」

 

「西区の廃棄物処理場だ。――『ロスト・アニマ』が出たぜ」

 

その単語が出た瞬間、レイの瞳から日常の温度が消えた。彼は無言で顎をしゃくり、ジョーを事務所の奥にある会議室へと招き入れた。

 

「改めて、件の場所はここだ」

 

ジョーがタブレットを操作し、街の西側に位置する廃棄物処理場を示した。

 

「えっと、ここはどういう場所なんですか……?」

 

「廃棄物処理場とは名ばかりの、ただの『ゴミ捨て場』だ。誰も管理しちゃいねえ。法も秩序もないこの街じゃ、いらなくなった金属のゴミを積み上げてるだけの掃き溜めさ」

 

栞の疑問に、レイが苦々しく応える。するとジョーは"本題はここからだ"と言わんばかりに画面をスワイプした。そこに映し出されたのは、ゴミ山の間を蠢く巨大な四足歩行の怪物だった。ネズミのように丸いフォルムだが、その肉体は毛ではなく、錆びついた金属の外骨格で覆われている。

 

「何なんですか、これ……。これもゼノスアニマ、なんですか?」

 

「コイツはただのアニマじゃねえ。……『ロスト・アニマ』だ」

 

ジョーが深刻なトーンで口を開く。

 

「ケージ・インジェクターに閉じ込められたアニマが、何らかの事情で主人と離れたり……あるいは主人に『廃棄』され、溜め込んだ負の感情で変貌した姿だ。」

 

「けど、アニマは人間の操作がないとインジェクターの外には出られないんじゃ……」

 

既存の常識を覆す存在に、栞は思わず声を震わせた。

 

「ああ、本来はな。だが、奴らは自身の檻であるインジェクターそのものをも呑み込んで実体化する。それほど溜め込んだエネルギーが巨大だってことさ。周りの鉄屑を吸収し、際限なく巨大な怪物へと膨れ上がる。」

 

「アニマにとって『廃棄』ってのはな、存在そのものを否定されるってことなんだ。悔しくて、悲しくて……耐え難い屈辱なわけさ…」

 

レイの言葉には、当事者のような重みがあった。

 

(……その気持ちはよく分かる。俺たちだって、一歩間違えればあの中にいたかもしれないんだからな)

 

脳内で、サンダージラフが低く、静かに呟いた。

 

「それが、ロスト・アニマ……」

 

「ああ。姿形からして、恐らくはラットバイターが変貌した姿だろうな」

 

「ラットバイター…バイターズ…」

 

レイの推察に、栞の脳裏に先週のバイターズとの死闘が蘇る。彼女のハウリングドッグを傷つけ、変身してまで襲いかかってきた強欲な男たち。

 

「バイターズと言えば、リーダーの根津の目撃情報があった。さっきゼノスアニマショップで、新しいインジェクターを買い漁ってたって話だぜ。」

 

「……新しいアニマを、だと?」

 

レイのオッドアイに鋭い怒りの火が灯る。確証はない。だが、状況証拠は真っ黒だ。

 

「アイツ、負けた理由を自分のせいじゃなく、ラットバイターが弱いからだと決めつけやがったな……。もしあの怪物が根津の個体なら、相当まずいぞ。俺との戦いも含め、短期間で何度も敗北を経験している。……蓄積された負のエネルギーは計り知れない。」

 

「こりゃあ、のんびりしてる場合じゃなさそうだな!」

 

レイとジョーは視線を交わし、力強く頷き合う。その横で、栞もまた自分にできることを見据えるように、拳をぎゅっと握りしめた。

 

「よし、作戦を伝える。まずはメカカブトとジョーが空からロスト・アニマを捕捉、場所を特定してくれ」

 

「OK、任せときな」

 

(了解だ、レイ!)

 

レイの的確な指示に、ジョーとメカカブトが力強く頷く。

 

「ジョー。お前はそのままオペレーターも頼む。現場の情報を取りまとめて、俺たちを最短ルートで導いてくれ。」

 

「頼ってくれるねぇ! いいよ、最高のナビゲートを約束しよう。」

 

ジョーは笑みを浮かべ、親指を立ててみせた。

 

「次に栞。お前は現場の近くまで来てもらう。メカカブトたちが逃げ遅れた住人を見つけた場合、避難誘導を頼みたい。……できるか?」

 

「はい、お任せください!」

 

自分に与えられた役割の重さを感じ、栞は真っ直ぐにレイを見つめ返した。

 

「そして――俺が廃棄場でロスト・アニマを叩く」

 

「……1人でやれんのかい?」

 

ジョーの問いに、レイは腰に据えた『テイムドライバー』に手を添えた。8本のインジェクターが鈍い光を放つ。

 

「問題ない。……こいつらがいる」

 

(おう!)

 

(任せとけ!)

 

(派手に暴れてやるよ!)

 

脳内に響く相棒たちの咆哮。作戦の全貌が決まったその時、栞がふと疑問を口にした。

 

「あの……ところで、空からの偵察って、具体的にはどうやって?」

 

「ああ。栞にはまだ見せていなかったな」

 

レイが机の上に置いたのは、手のひらサイズの高機能ドローンだった。

 

「これは『ケージ・ドローン』。俺の相棒たちが操作できるアニマ専用機だ。」

 

レイがドライバーからメカカブトのインジェクターを抜き、ドローンのスロットへ装填する。すると、ドローンのレンズが青く発光し、ローターが軽快な音を立てて回転し始めた。

 

『こうやって俺が直接操作して、映像をレイたちに飛ばせるんだ。……ほら、ジョー、電話だぜ』

 

「お、なんだ?」

 

ジョーのケージフォンにコールが鳴る。彼が思わず通話ボタンを押すと、目の前のドローンからメカカブトの声が響いた。

 

『――俺だ。油断すんなよ?』

 

「ははっ、一本取られたね。……だが、空の偵察なら俺の独壇場だぜ。お披露目といこうか。カモ〜ン!」

 

ジョーがインジェクターを起動すると、大きなカメラを背負った親ガモの『カメラ・ダックス:マザー』と、その後に続く10体の『チャイルドダック』がピヨピヨと賑やかに現れた。

 

「可愛いだろ? だけど能力は本物だ。マザーが司令塔、チャイルドが端末になって、死角なしのマルチ中継を可能にする。……ほら、この子を受信役にしよう」

 

ジョーが1羽のチャイルドを栞の手元へ促す。栞がそっと撫でると、その子ガモは嬉しそうに「カモッ!」と鳴き、会議室のモニターへと飛び乗った。直後、モニターにはダックスたちが捉えた街の各所の映像が、幾つものウィンドウとなって表示される。

 

「よし、準備完了だ! 散れ、野郎ども!」

 

「「「カモッ! カモッ!」」」

 

ジョーの合図でダックスたちが窓から夜空へ飛び立ち、メカカブトのケージ・ドローンもまた、青い火花を散らして急加速した。

 

「よし、俺たちも行くぞ」

 

「はい! ……でも、廃棄物処理場までは距離がありますよね?」

 

西区の処理場は広大で、その中を移動して敵を探すとなると、徒歩や一般の車両では時間がかかる。だが、レイは不敵な笑みを浮かべてガレージのシャッターを開けた。

 

「ようやく使える……このマシンの調整が終わったんだ。」

 

埃避けの白い布を剥ぎ取ると、そこには白を基調とし、鮮やかな赤と青のラインが走る大型オフロードバイクが鎮座していた。

 

「――『マシン・ケージインパクター』。テイマーシステムの機動力を支える、俺のもう一つの足だ。」

 

レイがヘルメットを被り、シートに跨る。エンジンを始動させると、腹に響くような力強い重低音がガレージ内に轟いた。

 

「お前も乗れ、栞。振り落とされるなよ」

 

「わ、分かりました!」

 

栞もヘルメットをしっかりと締め、レイの腰に手を回して後部座席に跨る。

 

「さあ……救いに行くぞ、ラットバイター!」

 

フルスロットル。ケージインパクターは爆発的な加速と共に、鉄屑の悲鳴が待つ西区へと向かって走り出した。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「栞はここで待機していろ。後はジョーの指示に従ってくれ」

 

「分かりました……!」

 

廃棄物処理場の入り口。栞はマシン・ケージインパクターから降り、不安を押し殺して頷いた。レイは彼女に小型の通信インカムを手渡す。

 

「連絡はそのインカムに入る。付けておけ。……行くぜ」

 

「どうか、ご無事で……!」

 

「ああ。俺たちは大丈夫だ。……行くぞ、野郎ども!」

 

栞の祈りに背中で応え、レイはケージインパクターのアクセルを煽り、鉄屑の山が連なる迷路へと消えていった。走りながら、彼は腰のテイムドライバーのダイヤルを力強く回す。

 

「――変身!」

 

『マスクドオン! テイマー!』

 

溢れ出した白いオーラが、レイの肉体を包み込む装甲へと結晶化し、白いアンダースーツに黒いプロテクターを纏った『仮面ライダーテイマー』へと姿を変えた。

 

「ジョー、ロスト・アニマの位置は?」

 

『そっから直進だ! チャイルドの一羽が先導してる。見失うなよ!』

 

上空のジョーからのナビゲート。レイの視界には、一羽のチャイルドダックが赤い光を曳きながら敵の位置へと誘導していた。

 

(ターゲット補足。レイの推測通り、ラットバイターのロスト・アニマだ。……かなり肥大化してるぜ)

 

(了解、メカカブト。現在の動きは?)

 

(ゴミ山を漁ってやがる。外骨格を強化するために、手当たり次第に金属を喰らってやがるんだ)

 

(OK……なら、オーダーは決まりだ!)

 

ドローンからの詳細な報告を脳内で統合し、テイマーは最短の攻略手順を弾き出す。

 

『来るぞ! ――真横だ、気を付けろ!』

 

ジョーの怒号と同時に、巨大な鉄屑の塊が横合から飛び出してきた。かつての面影を失い、錆びたパイプや刃物を全身から突き出した異形のネズミ。

 

「止まるかよ……!」

 

『サンダージラフ!ライド・イン!』

 

テイマーはバイクを止めない。ベルトからサンダージラフのインジェクターを引き抜き、バイクのヘッドにある拡張ソケットへ装填した。直後、ケージインパクターの車体に激しい紫の電光が走り、タイヤが火花を散らす。

 

「食らえ……ッ!」

 

雷撃を纏ったバイクが、ラット・ロストアニマの脇腹に正面から激突した。バリバリッ! という鼓膜を焼くような放電音が響き、巨体が横へと弾き飛ばされる。

 

(うおお! こんなことまで出来るなんて、最高だぜレイ!)

 

(ああ……流石は一橋博士とメカカブトの設計だ。)

 

相棒の力をマシンに直接乗せる強化機能『ライド・イン』。その威力に驚くサンダージラフと共に、テイマーは素早くUターンを決めた。

 

(気を付けて、また動き出した。)

 

飛ばされたラット・ロストアニマは、電撃に身を焼きながらも、憎悪の炎を宿した瞳で即座に起き上がった。ゴミを噛み砕く凄まじい咆哮を上げ、四足で地面を抉りながら突進してくる。

 

『ユルッ……サ、ナイッ……!』

 

「……ちょっと痛いだろうが、今すぐ助けてやる」

 

『ライトヘビー! シールドビー、テイム・オフ!』

 

テイマーが別のインジェクターを操作すると、重装甲を纏った蜂型アニマ、シールドビーが実体化した。

 

「ハニカムシールド、最大展開ッ!」

 

シールドビーが放った無数の六角形エネルギーパネルが空中で連結し、巨大な多層防壁を形成する。ドォォン! という重低音と共に、ラット・ロストアニマの突撃がその壁に衝突した。

 

「……食い止める!」

 

シールドビーが六本の脚を踏ん張り、バリアを支える。突進の衝撃で一層目のシールドに亀裂が走るが、すぐさま背後から新しいパネルが生成され、破損箇所を埋めていく。

 

「……新手が来るぞ! 爪に気を付けろ!」

 

突進が防がれたと見るや、ラット・ロストアニマは狂ったように金属の爪を突き立て、バリアを切り裂こうと暴れ出した。

 

「ハニカムシールドの硬度、舐めるな!」

 

シールドビーは防壁を二重、三重と重ね、敵の攻撃を完全にシャットアウトする。激しい火花が散る中、テイマーは冷静にラット・ロストアニマの隙を伺っていた。

 

「……そろそろだ。カウンターを見舞え!」

 

「了解!」

 

バリアの一層目が限界まで砕け散った瞬間、シールドビーはその破片を爆発的に前方へ射出した。鋭いエネルギーの欠片がラット・ロストアニマの巨体を切り刻む。

 

「押し込めッ!」

 

怯んだ隙を見逃さず、シールドビーは残ったバリアを盾として構え、そのまま全力のタックルを食らわせた。  ズゥゥゥン! と重い音を立てて、ラット・ロストアニマが地面を転がっていく。だが、奴は立ち上がる。捨てられた悲しみが消えない限り、その闘志は尽きないのだ。

 

「ジョー! メカカブト! 周囲に民間人はいないか!?」

 

『いないぜ、安心して暴れな!』

 

(こっちもクリアだ、レイ!)

 

ジョーとメカカブトから、周囲の安全を確認したテイマーの瞳が、ヘルメットの奥で鋭く光る。のたうつラット・ロストアニマへ畳みかけるべく、彼は次なる「オーダー」を選択した。

 

「よし! 一気に引き剥がすぞ!」

 

『タクティカル・チェンジ!』

 

シールドビーが最後の一層であるハニカムシールドを弾丸のように射出し、目眩ましとして炸裂させる。それと同時にシールドビーは白い光の粒子となり、ベルトへと帰還した。

 

『ウェルター! スターオクトパス、テイム・オフ!』

 

次に召喚されたのは、深海の支配者クラーケンを彷彿とさせる巨大なタコ型アニマ、スターオクトパスだ。ミステリアスな紫の体色に、吸盤の1つ1つが星のように発光している。

 

「……さあ、始めようか。」

 

バリアの破片に怯んでいたラット・ロストアニマが、再び体勢を立て直して突進してくる。だが、スターオクトパスはその巨体に似合わぬ優雅な動作で、8本の脚を宙に掲げた。

 

「――メテオ・スマッシュ!」

 

スターオクトパスの周囲に、紫色のオーラを纏った隕石状のエネルギー弾が幾つも生成される。それは不可視の重力に導かれるように、直進してくるロスト・アニマの顔面へと真正面から叩きつけられた。

 

『グギャアッ……!!』

 

衝撃波が巻き起こり、ラット・ロストアニマは仰向けにひっくり返る。だが、捨てられた悲鳴は止まらない。奴は狂乱したように四肢をバタつかせ、再び腹を地面に据えてテイマーを睨みつけた。

 

「逃がさないよ。……メテオ・インパクトッ!」

 

間髪入れず、次なる一撃が放たれる。今度はロスト・アニマの頭上に、先ほどよりも巨大なエネルギーの塊が星の如く出現した。

 

「――堕ちろッ!」

 

超重量のエネルギー弾が、重力に従って垂直に落下する。ドォォン! という地響きと共に、ロスト・アニマの背中を覆っていた金属の外骨格が、ボロボロと剥がれ落ち、半壊した。

 

「食らえッ!」

 

怯んだ隙を見逃さず、テイマーは懐に飛び込み、渾身のストレートをその鼻面に叩き込む。脳を揺らされた怪物は、大きな音を立てて横向きに倒れ伏した。

 

「後は僕の仕事だね」

 

スターオクトパスが吸盤付きの脚をしなやかに伸ばし、ロスト・アニマの巨体をがんじがらめに拘束する。そのまま軽々と持ち上げると、無慈悲なまでの力で地面へと叩きつけた。

 

「……さあ、決めるぞ」

 

(今日は俺が!)

 

(いや、俺に行かせろ!)

 

相棒たちの闘志が脳内でぶつかり合う。遠距離戦を得意とするカタパルトパンサー、電撃と言う強力な武器を持つサンダージラフ。だが、テイマーが選んだのは――。

 

(こういうデカい相手こそ、俺の出番だろ!)

 

「……ああ、お前の出番だ。バスターレックス!」

 

『タクティカル・チェンジ!』

 

スターオクトパスが満足げに光の中に消え、代わって大地を揺らしながら現れたのは、ティラノサウルス型の巨大アニマ、バスターレックスだ。その金属質の硬質な肉体は、まさに"歩く破壊兵器"。

 

『ヘビー! バスターレックス!テイム・オフ!』

 

「……最終段階だ!」

 

召喚されたバスターレックスの頭上へ、テイマーは高く跳躍した。頭部の操縦席に滑り込み、重厚な操縦桿を握りしめる。

 

『テイム・バースト!』

 

テイマーがドライバーのダイヤルを最大出力まで回転させると、純白のエネルギーがバスターレックスの全身を駆け抜け、その巨大な顎へと収束していく。

 

「ターゲット……ロックオン!」

 

バスターレックスの口内に備わったキャノン砲が、臨界点までエネルギーを充填する。のたうち回るラット・ロスト・アニマへ向け、テイマーは精密に狙いを定めた。

 

「ぶっ放すぜ! ――ジュラシック・バーストッ!!」

 

放たれたのは、夜の廃棄場を白銀に染め上げる破壊光線。大気を震わせる衝撃波が、廃棄場の錆びた匂いを焼き尽くす。それは半壊していた金属の外骨格を跡形もなく呑み込み、絶望に染まった闇を真っ向から貫いた。耐えきれなくなった巨体が爆発四散し、鉄屑が雨のように降り注ぐ。

 

「ジョー、メカカブト。周囲の状況は?」

 

『民間人はゼロだ。被害も最小限、完璧だぜ!』

 

(こっちも異状なし! お見事、レイ!)

 

2人の報告を聞き、テイマーは安堵の溜息を漏らしながら変身を解除した。レイは通信機を叩き、栞へ呼びかける。

 

「栞、そっちは大丈夫だったか?」

 

『はい! 一度だけ業者の車が入ろうとしたんですが、何とか説得して止めてもらいました。……もう、入ってもらっても大丈夫ですか?』

 

「ああ、助かった。お前が止めてくれなきゃ被害が出ていたはずだ。いい仕事だったな、栞」

 

『……! はいっ!』

 

インカム越しに聞こえる栞の弾んだ声。レイは口元を少しだけ緩めると、足元に転がっていた"それ"を拾い上げた。黒い濁りが消え、元の輝きを取り戻したラットバイターのケージ・インジェクター。

 

「……もう大丈夫だ。これからは、俺たちが守ってやる」

 

酷使され、負け続け、最後にはゴミのように捨てられた小さな命。その悲鳴を止めたのは、力ではなくレイの"救いたい"という意志だった。

 

(チュウ……ッ)

 

インジェクターの奥で、ラットバイターが感謝を伝えるように小さく鳴いた。

 

「さて、戻ろう。ジョー、栞、みんな……協力に感謝する」

 

『レイちゃんの方こそナイスファイト! 』

 

(また1体、居場所を作ってやれたね。お疲れ様、レイ)

 

通信機越しの賑やかな声に包まれながら、レイはマシン・ケージインパクターのエンジンを回した。  孤独な戦いではない。仲間と共に、明日もこの街のどこかで泣いている"声"を救うために。 マシン・ケージインパクターは、マッドタウンを颯爽と駆け抜けていった。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

マッドタウンの極彩色なネオンも届かない、腐った水の匂いが漂う路地裏。そこでは、緑色のバンダナを首に巻いた2人の男が、闇に溶け込むような黒いフードの男と相対していた。

 

「……おい。絶対に負けねえ『勝ち方』を知ってるってのは、テメェか?」

 

大柄な男が、威圧するようにフードの男へ問いかける。だが、フードの男は微動だにせず、地の底から響くような声で短く応じた。

 

「ああ。……望むなら、授けてやろう。」

 

「俺たちは、勝ち続けなきゃならねえんだ……! このままだと、俺たちのシマが、全部あいつらにッ!」

 

小柄な方の男が、焦燥感を剥き出しにして吐き捨てる。 彼らは闇の層を根城にする武闘派ギャング『ピットブルブラザーズ』。かつてはこの一帯を牛耳っていたが、最近、新興勢力の台頭によって縄張りを削り取られ、追い詰められていた。無法都市において縄張りを失うことは、活動資金を失い、死を意味する。

 

「他のカスどもも、最近急に勝ちまくってやがる。……何か『特別な薬』を使ってるとしか思えねえ。」

 

男たちの不満を受け流しながら、フードの男は懐から一本のケージ・インジェクターを取り出した。

 

「理屈は不要だ。見せてやろう……ゼノスアニマの『真の飼い方』を」

 

男は躊躇いなく、インジェクターを自身の腕へと突き立て、親指でスイッチを叩き込んだ。  ――瞬間、路地裏に肉が裂け、骨が軋む悍ましい音が響き渡る。

 

「「……なッ!? 姿が、変わりやがった……!」」

 

男たちが絶句する。目の前の人間は消え、そこには背中に鋭い帆を持ち、青白い鱗に覆われたスピノサウルスを彷彿とさせる怪人が立っていた。

 

「これが『ビースト化』。……アニマと血肉を一つに混ぜ合わせることで、その力を己の意思で振るう禁断の術だ。引き出せる出力は、普通に戦わせる時の比ではない」

 

怪人の口から漏れる、霧のような青いリキッド。その圧倒的な威圧感に、ピットブルブラザーズの2人は恐怖を通り越し、狂喜に目を輝かせた。

 

「……こいつは、すげえ!」

 

「これだ……この力があれば、どんな奴らも敵じゃねえ!」

 

2人は吸い寄せられるように、自身の相棒であるゼノスアニマ『ストリート・ブル』のインジェクターを抜き放ち、迷わず自身の腕へと突き刺した。

 

「うおおおっ!」

 

「力が……力が漲ってきやがったぜッ!!」

 

黒濁したリキッドが2人の血管を駆け巡り、顔面が、四肢が、猛犬を模した醜悪な怪物『ブル・ビースト』へと変貌していく。人としての理性が、獣の闘争本能に塗りつぶされていく感触。

 

「……その力があれば、お前たちが望むものは全て手に入るだろう。」

 

フードを脱ぎ捨てたスピノサウルスの怪人が、暗闇の中で冷たく笑った。

 

「おうよ! これで俺たちは……!」

 

「邪魔な連中を全員噛み殺して、この街の頂点まで駆け上がってやるぜ!」

 

暗い路地裏に、2の獣の咆哮が重なり合う。  マッドタウンに蔓延し始めた"ビースト化"という病。その裏で糸を引く影が、確実にレイたちの日常を侵食しようとしていた。

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