仮面ライダーテイマー   作:夢野飛羽真

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第4話 猛り狂う闘犬

「メカカブト。開発の進み具合はどうだ?」

 

『おう、レイか。……見ての通り、8割方は仕上がってるぜ』

 

G-シェルター地下、青白いLEDに照らされたメンテナンスルーム。レイが訪ねると、メカカブトはモニターから目を離さずに応えた。部屋の中央に鎮座するのは、巨大な3Dプリンターと精密旋盤を組み合わせたような装置『ケージ・ラボ』。一橋博士の手によるこの開発ユニットは、メカカブト自身のインジェクターを装填し、コアとして接続することで、驚異的な精度で装備を組み上げていく。かつてのケージ・ドローンや、ケージ・インパクターを生み出したゆりかごの中で、今は"鉄の塊にしか見えない無骨な大剣"が、幾本ものロボットアームによって研磨されていた。

 

「よし。引き続き頼む」

 

『ああ。……けど悪いな、しばらくはこの開発にリソースを食われちまう。実戦への同行は、この武器が完成するまでお預けだ』

 

「構わないさ。佳境ならそっちに集中してくれ。幸い、俺の横には助手がいるしな」

 

レイは、メカカブトの不在を"栞たちがいるから心配ない"と言い切った。その言葉には、メカカブトへの信頼と、栞への確かな評価が滲んでいた。

 

「そっちは任せたぜ、頼れるメカニック」

 

『へへっ、任せな。……最高の『相棒』を仕上げてやるからよ!』

 

頼もしい声に見送られ、レイがラボを後にしようとしたその時、栞が慌てた様子で階段を降りてきた。

 

「レイさん、お客様です! ……マッド・バザールの方が」

 

「商店街の連中が? すぐに行く」

 

応接室。そこに座っていたのは、煤けた作業着を律儀に着こなした、白髪混じりの男――和田だった。マッドタウン随一の活気を誇る商店街『マッド・バザール』の組合会長である。

 

「しかし、和田さんが直接ここに来るなんてな。」

 

「……本来なら、自分たちのシマの問題は自分たちで解決するのが組合の矜持なんだがな。そうも言ってられなくなったんだ。」

 

和田は苦渋に満ちた表情で、目の前の冷めた茶を見つめた。基本的にマッド・バザールの商人たちは気が荒く、団結力も強い。自分たちの街を脅かす野良犬共は、組合の自警団がゼノスアニマを使って追い払うのが通例だった。

 

「組合の若い衆が……闇討ちされた」

 

「闇討ちですか!?」

 

栞が息を呑む。和田は震える手で言葉を継いだ。

 

「ああ。夜道を一人で歩いていたところを、一気に囲まれてな。相棒のアニマたちも再起不能なまで痛めつけられた。その上で奴らは言い残していきやがった……『次は商店街に乗り込んで、更地にしてやる』とな…」

 

「主力のアニマを先に潰して、抵抗力を削いだわけか。……用意周到だな。」

 

レイの瞳が鋭く細まる。相手は単なるチンピラではない。

 

「みかじめ料か」

 

「察しの通りだ。暴れられたくなければ、商店街を奴らギャングの傘下に置け、と。……最近のギャングの抗争は、なりふり構わなくなってきている。マッド・バザールの活気が、ハイエナ共に目を付けられてしまったようだ」

 

和田は席を立ち、レイの前で深く、深く頭を下げた。

 

「戦える者がもういないんだ……。情けない話だが、普段はただの買い物客である君に、商店街のボディーガードをお願いしたい。報酬は組合で出し合う! どうか……商店街を、みんなの居場所を守ってくれ!」

 

和田の切実な願いが、静かな部屋に響く。レイは視線を落とし、自らの拳を見つめた後、迷いなく告げた。

 

「その依頼、引き受けた。……ギャング共は、俺が1人残らず追い払ってやる」

 

「……! ありがとうございます、ありがとうございます……!」

 

和田の顔に、ようやく微かな希望の光が宿る。その横で、栞もまた"自分も精一杯サポートする"と決意を固めるように頷いた。

 

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「ここにいたか、ジョー」

 

「よ、レイちゃん。レイちゃんの方から声をかけてくるなんて珍しいね。俺の顔が見たくなっちゃった?」

 

「……その呼び方はやめろと言ってるだろ」

 

依頼人である和田も店を構えるこの一帯は、マッドタウンの中でも比較的安全な地域――『フリューゲル地区』だ。無法地帯の中で慎ましく暮らす人々にとって、商店街『マッド・バザール』はまさに生活の生命線だった。  そんな商店街の一角にあるオープンカフェで、レイと栞はジョーと合流していた。

 

「それで、欲しい情報ってのは?」

 

「この付近で抗争をしているギャングどもの情報だ。特に、商店街の主力連中を闇討ちした犯人の心当たりを教えてくれ。」

 

「はいはい、そう言うと思って準備してるよ。」

 

ジョーは手慣れた手つきでタブレットを取り出し、フリューゲル地区の地図を表示した。画面上には、商店街を囲むように配置された3つの赤いピンが、獲物を狙う獣の目のように光っている。

 

「知っての通り、ここフリューゲル地区は今のところ特定のナワバリに属さない中立地帯だ。だが、最近の抗争激化で、近くのギャング3組がここを虎視眈々と狙っててね」

 

レイたちのG-シェルター拠点やマッド・バザール、ラット・ロストアニマ戦った廃棄物処理場に隣接するこの地区は、これまでバイターズのようなコソ泥がうろつく程度だった。しかし、ナワバリを奪い合うギャングたちにとって、この活気ある商店街は格好の"収益源"に見え始めたらしい。

 

「3組のギャング……?」

 

「ああ。まず1組目は『チーム・ヴェノム』。コンセプトは『毒を以て毒を制す』。毒使いの蛾、ニードル・モスを主力にするジャンキー集団だ。リーダーの『鱗』は、目的のためなら街中に毒を撒くことも厭わないイカれた野郎さ。」

 

栞の問いに、ジョーは画面をスワイプしながら解説を続ける。

 

「次にここ、『スクラッパーズ』。ジャンク・クラブっていう防御特化のアニマを壁にして、重機代わりに店をなぎ倒す壊し屋集団だ。リーダーの『蟹江』は、正面突破でバリケードを組む戦法を得意としてる。……闇討ちなんて器用な真似をするタイプじゃないな」

 

「そうなると、残りの1組が……」

 

栞の視線が、地図上で最も不気味に光る最後のピンに向けられる。

 

「本命、『ピットブルブラザーズ』だ。獰猛なストリート・ブルを操る武闘派で、リーダーの猛田兄弟のコンビネーションは抜群。……何より、こいつらはこの辺りで一番長く活動してる『地元の顔』だ」

 

「ああ。古株ゆえに、ナワバリへの執着も一番強いだろうな」

 

レイが頷きながら言葉を添える。ジョーはニヤリと笑ってタブレットを叩いた。

 

「正解。新興勢力の『ヴェノム』や『スクラッパーズ』にナワバリを削られ、追い詰められた猛田兄弟が、起死回生の一手としてこの商店街を丸ごと飲み込もうとしてる……。闇討ちの犯人は、十中八九こいつらだ。」

 

「ピットブルブラザーズ……」

 

ジョーの推察に、栞の顔が不安げに曇る。穏やかな商店街の街並みが、まるで巨大な檻に囲まれているように見えた。

 

「ま、いずれにせよ、こっちには最強の用心棒――レイちゃんがいるから大丈夫だけどね!」

 

「……だから、その呼び方はやめろと言ってる」

 

ジョーは軽くレイの肩を叩き、席を立った。

 

「俺はさらなる裏付けを探ってくるよ。犯人の顔を拝んでおいた方が、戦いやすいだろ?」

 

「ああ、引き続き頼む」

 

「任せろって!」

 

赤い髪を揺らし、ジョーは雑踏の中へと消えていった。

 

「レイさん、私たちはどうしますか?」

 

「決まってるだろ。……まずは卵の買い足しだ。ついでに、あの兄弟がどこで牙を研いでいるのか、この足で探る」

 

レイは財布を片手に、静かに闘志を燃やしながら立ち上がった。

 

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「……こんなところで何を企んでいる? 随分と熱心に下界を眺めているじゃない」

 

マッドタウン・フリューゲル地区、薄汚れた雑居ビルの屋上。吹き抜ける夜風を切り裂き、巨大な翼が着地した。鷲の頭と翼、獅子の胴体を持つ伝説の幻獣――グリフォン・ビーストへと変貌したエレナが、先客であるスピノサウルスの怪人へ問いかける。

 

「標的が厄介な男と接触した。あの『テイムドライバー』の詳細は不明だが、戦闘能力が高いのは確かだ。迂闊に我々から刺客を向かわせても、無駄にリソースを削られるだけだからな。」

 

スピノ・ビーストが傍らのダイヤルを回すと、肉体から青白いリキッドが逆流するようにケージ・インジェクターへと吸い込まれていく。 現れたのは、黒いフードコートを纏った金髪の男、レンジだ。彼は顔の半分を隠すマスクの奥で、スピノサウルスの核が脈動するインジェクターを冷淡に見つめた。

 

「ゼノスアニマと心を通わせ、共闘する、か……。一橋の遺した時代遅れのシステムが、未だに息をしていようとはな…」

 

「フフ……。でも、その『時代遅れ』に手こずっているのも事実でしょう?」

 

エレナもまた変身を解除し、軍服ジャケットを揺らしながらレンジの隣に立つ。

 

「認めよう。だが、強力なアニマで『ビースト化』すれば、決して超えられぬ壁ではない。……問題は、奴の持っている手数がその程度かだ。それ次第では精鋭や…俺自身が出ないといけなくなる。」

 

「情報を探るにしても、私たちが直接動けば足が付く。"仮面ライダーテイマー"に感づかれるのは避けたいわね」

 

レンジは不敵に口角を上げた。

 

「そこで、この街に蔓延るゴミ共――ギャングたちの出番だ。奴らにビースト化の技術を『餌』として与え、仮面ライダーテイマーと戦わせる。傍から見れば、単に禁断の技術が流出して抗争が激化しただけにしか見えないだろう。……だが、その阿鼻叫喚の裏で、俺たちは奴の戦闘データを隅々まで解析させてもらう。」

 

駒が自らの意志で動いていると信じ込ませ、その実、すべてを手のひらで踊らせる。レンジの瞳には、実験動物を見下ろすような冷徹な狂気が宿っていた。

 

「仮面ライダー……一体、誰がそんな名前を付けたのかしら?」

 

「さあな。だが、やるべきことはただ一つ。俺の真の目的は、奴と行動する女が持つとされる伝説の鍵――『黄金のケージ・インジェクター』だ。あれさえ手に入れば、我々の『進化』は完成する。」

 

2人の視線の先では、何も知らない商店街の人々が、今まさに襲撃の火の手に包まれようとしていた。

 

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「にしても、ここの卵は安くて美味い。助かるな」

 

「ですね。卵を重宝するレイさんからしたら、ここは聖地みたいなものですね」

 

レイはマッド・バザールの精肉店で、10個入りの生卵パックをいくつも買い物かごに積み上げていく。混乱の時代を経ても、この街では円という通貨が生き残っていた。1パックあたり150円前後。それがこのエリアの相場だ。

 

「人口が今の2倍いた21世紀って時代は、1パック200円や300円もしたらしい。……今じゃ考えられない高値だな」

 

21世紀から22世紀にかけて、隕石の衝突やゼノスアニマの誕生という未曾有の事態により、地球の人口は半減した。一時期は食糧難により卵1パックが500円を超えるような不況もあったという。だが、その後の区画整理と、何よりゼノスアニマを農耕や畜産に投入する"効率化"が成功したことで、皮肉にも闇の層の住人であっても、安定した価格で栄養を手にできるようになったのだ。

 

「……お恥ずかしい話ですが、私はこの前まで、100円の差すら意識したことがありませんでした」

 

光の層でも指折りの資産家の下で育った栞は、自嘲気味に呟く。レイの下で生活を始め、限られた予算でやりくりをする。その経験は、箱入り娘だった彼女にとって、闇の層の熱気以上に刺激的で、新鮮なものだった。少しずつだが、彼女は"この街で生きる"ということがどういうことか、レイの背中を見て理解し始めていた。

 

「光の層の連中にしちゃ、100円なんてのは誤差ですらないんだろう。……だが、俺のところじゃお前の食費もタダじゃない。その分、出費はデカくなってるんだ。しっかり働いて稼いでもらうぞ」

 

「はい! 事務所の経理もガードマンのサポートも、精一杯頑張ります!」

 

栞はレイの言葉に、花が咲いたような笑顔でガッツポーズを作ってみせる。  買い物客の活気と、卵パックの心地よい重み。このありふれた、けれど確かな幸せがこの先も続くのだと、栞が信じかけたその時だった。

 

(レイ、気をつけろ。……来やがったぜ)

 

(ああ。……どす黒い殺気がこびりついてやがる)

 

カタパルトパンサーの警告を待つまでもなく、レイはその"異質"な存在に気づいていた。活気に沸く商店街の中、そこだけがぽっかりと穴が空いたように冷え切っている。

 

「……ここが組合長の店か?」

 

「ああ、間違いない。ボロい八百屋だぜ」

 

和田が営む八百屋の前に、緑のバンダナを巻いた2人の男が立っていた。1人は岩のように大柄な男、もう1人は蛇のように鋭い目つきをした小柄な男。

 

「なんだ、あんたらは。……買い物しないならよそを当たってくれ」

 

店の奥から出てきた和田が、2人組のただならぬ雰囲気に声を震わせる。

 

「あんたが組合長の和田か? ……なら話は早い。例の金、用意できてんだろうな?」

 

背の低い方の男が、眉間にしわを寄せて和田を睨みつける。

 

「だ、誰なんだあんたたちはッ……!」

 

「俺は猛田剛!」

 

「俺は猛田直太!」

 

2人は示し合わせたように、不敵な笑みを浮かべて名乗った。

 

「「――泣く子も黙る、ピットブルブラザーズだ!」」

 

その名が出た瞬間、周囲の客たちがざわめき、蜘蛛の子を散らすように距離を取る。この辺り一帯で最も凶暴なギャングのヘッドが、自ら乗り込んできたのだ。

 

「若い連中から聞いただろ? 次はここで暴れるってよ」

 

「暴れられたくなかったら、どうすればいいか……分かってるよな?」

 

剛が太い指を擦り合わせ、露骨に金を要求する。だがその時、2人の間に割って入る影があった。

 

「……組合の若い奴らを闇討ちしたのは、お前らか?」

 

レイだ。卵の入った袋を静かに栞に渡し、猛田兄弟の前に立ちはだかる。

 

「あぁ? 誰だテメエは」

 

「ただの雇われボディーガードだ。ここで暴れるなら、容赦はしない」

 

レイの力強い眼差しに、猛田兄弟の顔が歪む。

 

「おいおい、まだ戦える奴がいたとはな……」

 

「いいぜぇ、こいつもろともスクラップにしてやるよ!」

 

2人が懐からケージ・インジェクターを取り出そうとした瞬間、レイが低く通る声で制した。

 

「――いいのか? ここで暴れて」

 

「……はぁ? 何を言ってやがる」

 

「周りを見てみろ。ここで暴れるなら、お前たちはこの商店街の人間全員を相手にすることになるぞ。」

 

レイの言葉に促され、兄弟が周囲を見渡す。すると、怯えていたはずの店主たちや和田までもが、震える手で自らのケージ・インジェクターを構え始めていた。多勢に無勢。いくら猛田兄弟が強力なアニマを操ろうとも、これだけの人数を一気に相手にすれば無傷では済まない。

 

「提案だ。ここで戦うのは、俺たちも好まない。そっちも、こんな見方もいない場所で人数の不利を背負って戦いたくはないだろ?」

 

「……チッ、それでお前は何が言いたい」

 

「お前たちのナワバリで話し合おうじゃないか。余計な連中は連れて行かない。俺と、和田さんだけだ」

 

レイの言葉に、和田と栞の顔が強張る。だが、レイは瞬き1つせずに兄弟を見据えていた。

 

「いいぜ、その度胸だけは買ってやる。……案内してやるよ、地獄の特等席までな!」

 

剛が下卑た笑い声を上げ、踵を返した。

 

(レイ、正気か!? 相手はギャングだ。何をしてくるか分からんぞ!)

 

(罠だったらどうするつもりだ!)

 

ソードウルフとニンジャスネークが脳内で叫ぶ。だが、レイは冷静に栞の方を振り返った。

 

「……栞、一度シェルターに戻ってメカカブトを呼んでこい。それと……『アレ』もだ」

 

「わ、分かりました……!」

 

栞はレイの意図を汲み取り、買い物袋を抱えて走り出す。  レイの瞳には、敵の本拠地に乗り込んででも奴らを完全に叩き潰すという、静かな、しかし激しい覚悟が宿っていた。

 

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「大丈夫なのか……? 敵の懐に自分から飛び込むなんて」

 

「問題ない。何があっても、あんたのことだけは守り抜く」

 

猛田兄弟の後を歩きながら、和田が震える声で漏らす。レイはその視線を真っ直ぐ前方に据えたまま、短く、だが確かな決意を込めて返した。

 

「着いたぜ! ここが俺たちのナワバリだ!」

 

辿り着いたのは、錆びついた鉄製のバリケードで厳重に囲まれた区画だった。ここがピットブルブラザーズの支配域。マッドタウンにおけるギャングは、一方的に搾取するだけの存在ではない。みかじめ料を取る代わりに、他勢力の侵攻を防ぐ"壁"としての役割も持つ。歪んではいるが、これもまた一つの街の形だった。

 

「まあ、中に入れよ。」

 

猛田直太に促され、レイと和田はバリケードの奥へと足を踏み入れる。その瞬間、背後の重い鉄門がガシャンと音を立てて閉ざされた。

 

「ククッ……まさか、本当にノコノコ付いてくるとはな!」

 

「お前ら、出てこいッ!」

 

猛田兄弟が吼えると同時に、周囲の廃屋や路地裏から、緑のバンダナを巻いたメンバーたちが次々と姿を現した。その数、およそ二十。全員が殺気立った目でレイたちを包囲している。

 

「わざわざ俺たちのホームまで来てくれてありがとな!」

 

「だが、ここを通れるのは死体になってからだ!」

 

猛田兄弟は不敵に笑い、自らの前腕にケージ・インジェクターを突き立てた。 ――ドクン、と不気味な心音が響き、彼らの肉体が膨張していく。皮膚を突き破って硬質な毛が生え、顔面は獰猛な闘犬のそれへと変貌した。

 

「か、怪人になっただと……!?」

 

2体のブル・ビーストが咆哮を上げる。さらに周囲のメンバーたちも一斉にインジェクターを起動。10数体もの犬型アニマ『ストリート・ブル』が召喚され、牙を剥いて低く唸り声を上げた。

 

「……下がってろ。ここは俺が引き受ける」

 

絶望的な戦力差。しかし、レイの瞳に微塵の揺らぎもなかった。彼は懐から、7本のインジェクターが装填された重厚なベルト――テイムドライバーを取り出し、腰へと装着する。

 

「変身」

 

『マスクドオン! テイマー!』

 

レイが側面部のダイヤルを力強く回転させると、白い閃光が爆発的に吹き荒れた。光が収まった中心には、無機質な装甲を纏った守護者、仮面ライダーテイマーが静かに佇んでいた。

 

「こっちも変身した!? レイさん、あんた一体……!」

 

「さあ……教育の時間だ」

 

驚愕する和田を背中で守りながら、テイマーの指がベルトのインジェクターへと伸びる。一対多、圧倒的な逆境を覆す"オーダー"が今、始まろうとしていた。

 

「数で押せば勝てると思っているなら……まずはその幻想から壊してやる。」

 

『ウェルター! スターオクトパス! テイム・オフ!』

 

取り囲む20体近いストリート・ブルの群れに対し、テイマーが選んだのは巨大な重力使い、スターオクトパスだった。

 

「蹴散らせ」

 

「ハッ……任せろッ!」

 

テイムドライバーから溢れ出した白いオーラが、巨大な8本の触手を持つ紫色のタコへと姿を変える。地上に降り立つや否や、スターオクトパスはその巨躯を唸らせ、鉄鞭のような触手を縦横無尽に振るった。

 

「な、なんだコイツはッ!?」

 

「デカすぎる! 避けろッ!」

 

悲鳴を上げる間もなく、ストリート・ブルの半数が重厚な触手の下敷きとなり、一撃で戦闘不能に追い込まれる。

 

「逃がさんぞ……メテオレイン!」

 

後退した残りの群れを狙い、スターオクトパスが頭上に重力の塊を生成。激突したエネルギー弾が火花を散らす雨となって降り注ぎ、逃げ惑うアニマたちの装甲を次々と貫いていく。

 

「嘘だろ……俺たちの相棒が一瞬で!?」

 

圧倒的な火力の前に、ピットブルブラザーズの取り巻きたちが召喚したストリート・ブルは一掃されて、取り巻き達は狼狽える。だが、その混乱を切り裂き、2体のブル・ビーストが吠えた。

 

「慌てるな!デカいだけのタコなら、食い千切ってやる!」

 

(レイ、来るぞ。……こういう時は『変わり身』といこうぜ)

 

(ああ。……一気に懐を突く!)

 

『タクティカルチェンジ!』

 

テイマーがダイヤルを弾く。突進するブル・ビーストたちの目の前で、巨大なスターオクトパスが霧のように消え去った。

 

(後は任せたぞ)

 

(承知……!)

 

『バンタム!ニンジャスネーク!テイム・オフ!』

 

白いオーラの中から現れたのは、細身の隠密、ニンジャスネーク。巨大な的を狙っていたブル・ビーストたちの攻撃は空を切り、逆にそのすれ違いざま、鋭いクナイが彼らの肉体を深く切り裂いた。

 

「分断して叩く。……1対1だ」

 

テイマーは兄の剛が変貌したブル・ビーストAへ肉薄し、ニンジャスネークは弟の直太が変貌したブル・ビーストBを路地裏へと引きずり込む。

 

「ハッ、さっきのデカいのがいねえなら、テメエ1人で何ができる!」

 

ブルAは、武器も持たず素手で構えるテイマーを侮り、大振りのパンチを放つ。だが、テイマーはそれを紙一重の差で回避。プロボクサーのような流麗なステップで、猛攻をすべて虚空に捨てさせた。

 

(動きが荒いね。ただの喧嘩自慢だ。)

 

(ああ。レイの敵ではないな。)

 

脳内で冷静に分析するシールドビーとソードウルフ。その言葉通り、テイマーの反撃が始まった。

 

「なッ……!?」

 

我武者羅に腕を振るっていたブルAの足元に、テイマーの鋭いカーフキックが突き刺さる。ふくらはぎの神経を正確に射抜く打撃。その激痛はブルAの思考を真っ白に染め上げた。

 

「所詮はその程度の格闘経験……チンピラの喧嘩だな」

 

バランスを崩し、膝をつきかけたブルAの顎を、テイマーの右ストレートが下から跳ね上げる。

 

「クソがぁッ!」

 

ブルAはタフさを見せて踏みとどまるが、続く回し蹴りも、裏拳も、テイマーの格闘経験の前には無力だった。

 

「動きが単調すぎるんだよ」

 

大振りのパンチを潜り抜けて腕を掴むと、テイマーはそのまま腰を入れ、鮮やかな背負い投げで巨体を地面に叩きつけた。

 

「水遁の術!」

 

一方、直太が変貌したブル・ビーストBと対峙するニンジャスネークは、高速で印を結び、足元から巨大な水流を噴出させた。路地裏を埋め尽くす激流が、ブルBの足を掬い、その巨体を壁際へと押し流す。

 

「クソッ……! チョコマカと小細工をォ!」

 

ブルBは苛立ちに任せ、水飛沫を切り裂きながら突進する。しかし、ニンジャスネークは水面を滑るような身のこなしで後方へ飛び退き、空中で腰のホルダーから3本のクナイを放った。

 

「当たるかよ、そんなもん!」

 

ブルBが腕を振り回してクナイを叩き落とした瞬間、クナイに巻かれた起爆札が赤く光る。至近距離で炸裂した爆炎に、ブルBの視界が白く染まった。起爆札によって爆発するクナイ、これもまたニンジャスネークの武器の一つである。

 

「さて、どこを狙っているのかな?」

 

耳元で囁かれた声に、ブルBは反射的に拳を振るう。だが、手応えはない。殴り抜けた先には、丸太にニンジャスネークの襟巻きが巻き付いた"変わり身"が転がっているだけだった。

 

「どこだ……どこにいやがるッ!」

 

混乱するブルBの周囲に、ニンジャスネークの声が反響する。次の瞬間、建物の壁や配管の影から、無数の手裏剣が四方八方から飛来した。ブルBの分厚い皮膚を切り裂き、その手足に深く突き刺さっていく。

 

「やってやるよ……ぶっ殺してやるッ!」

 

怒り狂ったブルBが、闇雲に爪を振るう。だが、ニンジャスネークは既に彼の頭上の看板に音もなく着地していた。

 

「……終わりだ。影縫いの術」

 

ニンジャスネークが忍者刀を抜き放ち、地面に映るブルBの"影"を突き刺す。すると、不可視の力がブルBの足を地面に縫い付けたかのように、彼の動きがピタリと止まった。

 

「な……足が、動かねえ……!?」

 

「影を刺され、筋肉が硬直したのさ。……トドメだ」

 

看板から飛び降りたニンジャスネークは、空中で一回転しながら忍者刀を横一閃。無防備な直太の背中を、袈裟斬りに深く切り裂いた。

 

「グハァッ……!」

 

予期せぬ位置からの鋭い斬撃に、直太は膝から崩れ落ちる。さらにニンジャスネークは着地と同時に残りの手裏剣を連射し、動けない獲物の急所を正確に射抜いていった。ピットブルを自称する男は、今や完全に、熟練の猟師に遊ばれるだけの哀れな獣へと成り下がっていた。

 

 

「レイさん!」

 

その時、戦場を切り裂くような叫び声が響いた。路地裏のバリケードを豪快に突き破り、特殊バイク『ケージ・インパクター』に跨った栞が、激しい火花を散らしながら滑り込んでくる。

 

「遂にできたか……!」

 

「はい! ギリギリで間に合いました!」

 

栞の瞳には安堵と決意が宿っている。ケージ・インパクターのサイドスロットには、ケージラボの総力を挙げて開発された新型の武器が装填されていた。

 

「これを使ってください!」

 

栞の近くまでレイが駆け寄ると、彼が翳した手に呼応して、バイクのボディが機械音を鳴らして展開。眩い光と共に、重厚な大剣が中空へと射出された。

 

(これが、新たな武器――『ケージ・ブレイカー』だ!)

 

空中でその柄を掴み取ったレイは、凄まじい風圧を巻き起こしながら着地する。漆黒の刀身に深紅のラインが走る大剣を、レイは迷いなく敵へと向けた。

 

「ほう、それが新しい主の牙か……悪くない」

 

ニンジャスネークもまた、影から這い出るようにテイマーの隣へと並び立つ。

 

「ええい、ごちゃごちゃと小癪な真似をォ!」

 

「まとめてぶっ潰してやるッ!」

 

窮地に陥り、理性を失ったピットブルブラザーズが、獣の咆哮を上げながら同時に襲い掛かる。

 

「……フッ!」

 

2人の戦士が同時に地面を蹴った。ニンジャスネークの忍者刀がブルAの巨体を火花と共に弾き、テイマーはケージ・ブレイカーを軽々と振り回して、突進してきたブルBの拳を真っ向から叩き伏せる。

 

「ラット、力を貸してくれ」

 

(チュウ!)

 

テイマーが取り出したのは、かつて死闘を演じ、今は盟友となったラットバイターのインジェクターだ。それをケージ・ブレイカーの柄部にある『ベイル・ソケット』へと力強く叩き込む。

 

『ライドオン! ――バイター・ソウル!』

 

大剣の刀身に凄まじい黄色の雷光が収束していく。エネルギーは巨大な前歯の形を成し、獲物を噛み砕く準備を整えた。

 

『バイター・ブレイク!』

 

レイが全身のバネを使って大剣を振り下ろす。ラットバイターの執念を宿した一撃は、ブルBの装甲を容易く食い破り、その身体に致命的なエネルギーを流し込んだ。

 

「兄貴……すまねえ……ッ!」

 

ニンジャスネークに翻弄され、こちらを向くことすらできない兄へと手を伸ばしながら、ブルBの巨体は激しい爆発に包まれる。炎の中から弾き飛ばされたのは、変身の解けた猛田直太の姿だった。

 

「このまま、トドメだ!」

 

だが、テイマーの勢いは止まらない。そのまま爆炎を突き抜け、ニンジャスネークと交戦中のブルAの懐へと潜り込む。渾身の前蹴りがブルAの腹部にめり込み、その巨体を空中へと高く吹き飛ばした。

 

「いくぞ、ニンジャスネーク…」

 

「ああ……地獄への路銀を払ってやるとしよう…」

 

レイはケージ・ブレイカーを地面に突き立て、テイムドライバーのダイヤルを限界まで回転させる。

 

『テイムバースト!!』

 

溢れ出す白いオーラがレイの脚部に集束し、同時にニンジャスネークが10本のクナイを頭上へと放り投げた。それと同時に、テイマーが空高く跳躍する。

 

「ハアァァァッ!」

 

急降下するテイマーの右足から、破壊の軌道が描かれる。その軌道に沿うように、空中のクナイが連鎖的な輝きを放ちながらブルAに殺到した。ライダーキックが胸部を直撃すると同時に、10本のクナイが急所を完全に貫通する。

 

「ピットブルブラザーズは……こんなところで、終わらねえ……ッ!!」

 

断末魔の叫びと共に、ブルAは中空で爆散。地面を激しく転がったのは、ボロ雑巾のようになった猛田剛であった。

 

「ぜ、全員倒したのか……?」

 

圧倒的な力で街の脅威をねじ伏せた光景に、和田は呆然と立ち尽くしている。

 

「ええ、これが……私たちが信じる、レイさんの力です!」

 

栞の晴れやかな微笑みが、戦いの終わりを告げた。

 

「ピットブルブラザーズはしばらくまともに動けないだろう。ふぅ、これでようやく一件落着……」

 

「――っていう、訳でもなさそうだぜ?」

 

安堵して変身を解除したレイの背後に、影のようにジョーが姿を現した。

 

「ジョー!? なぜ俺たちの場所が……」

 

「街で一番イケてる情報屋を舐めるなよ。それより、他のギャングを洗ってたら面白いもんが見つかってな。」

 

ジョーが差し出したタブレットには、マッド・バザールの周辺地図と、そこに群がる無数の不穏なシンボルが記されていた。

 

「なんだ、これは……」

 

「どうやらこの場所を狙ってるのは、ピットブルブラザーズだけじゃない……ってことだな。」

 

画面を見つめるレイの表情が再び引き締まる。商店街を守るための戦いは、まだ序章に過ぎなかった。

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