仮面ライダーテイマー   作:夢野飛羽真

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第6話 暴走する獣達前編

「データは大方、まとまったな。」

 

ギャングたちが解散し、静まり返った跡地を見下ろしながら、レンジがポツリと呟いた。

 

「仮面ライダーテイマー……想像以上の力を持っているわね。」

 

レンジとエレナは、タブレットに映し出された先日の戦闘記録を冷徹な目で見つめていた。

 

「ああ。アイツが使っているゼノスアニマは、外見上はすべて『クラスC』の部類だろう。だが、発揮している実力はクラスB……いや、一部はクラスAの領域に片足を突っ込んでいる。」

 

一般的に、ゼノスアニマにはA・B・Cの三つのクラスが存在する。クラスCはラットバイターやジャンク・クラブ、そしてレイが連れている動物型のゼノスアニマたちだ。本来、これらは最も普及している"標準的な個体"のはずだった。

 

「並のクラスB遣いでは、今のアイツには勝てないだろうな」

 

レンジはそう言って、自らの重厚なケージ・インジェクターを掌で弄ぶ。彼の相棒である『ジェノ・スピノ』をはじめとする恐竜型アニマは、古代の生命力を持つ『クラスB』に分類される。一般的にはクラスCを圧倒するパワーを誇るが、レイの仲間のアニマたちは、そのクラスBと対等以上に渡り合える"異常な練度"を持っているとレンジは分析していた。

 

「そうね。……私たちの『クラスA』ですら、生半可な戦い方では苦戦させられるレベルだわ。」

 

エレナもまた、自らの見解を述べる。彼女のルナ・グリフォンに代表される幻獣型のアニマは、最高位の『クラスA』。その力は自然界の法則を歪めるほど強大だ。だが、ゼノスアニマの実力はクラス分けだけで決まるものではない。クラスCであっても、テイマーとの絆や戦闘経験によって、上位クラスを喰らい得る"特異な個体"へと変貌する。レイのアニマたちが、まさにそれだった。

 

「ただの用心棒にしては、出来過ぎている……。これ以上アイツを放置するのは、黄金のインジェクター回収の障壁になるだろうな。」

 

「ええ。そろそろ、私たち直属の精鋭部隊を動かす必要があるわね。」

 

だが、レンジは不敵な笑みを浮かべて首を振った。

 

「いや、上が納得するほどの決定的なデータがまだ足りねえ。……もっと追い詰め、アイツの底を完全に暴く必要がある。」

 

「あら、ならちょうどピッタリな『舞台』が整いそうよ。」

 

エレナが視線を向けたのは、霧に煙る近くの廃工場だった。主を失い、野生の凶暴性を取り戻した3つの黒い影が、闇の中で蠢き始めている。

エレナだけが気付いていたその不穏な胎動は、平和を取り戻したはずのマッド・バザールに、再び血の匂いを運び込もうとしていた。

 

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「ここがアイツらの元ナワバリか……」

 

3つのギャングが崩壊してから数日。レイはかつて『チーム・ヴェノム』が支配していた地区に足を踏み入れていた。

 

「何と言うか……マッド・バザールと比べると、その……」

 

隣を歩く栞が、言葉を詰まらせて周囲を見渡す。"光の層"で育った彼女にとって、この街の荒廃ぶりは想像を絶するものだった。壁には剥がれかけた手配書や暴力的なグラフィティが躍り、窓ガラスが割れたまま放置された店が延々と続いている。

 

「無理もない。ここで商売をするには、高額な土地代に加えてギャングへの多額のみかじめ料を納めなきゃならない。利益のほとんどを吸い上げられれば、店の修繕どころか明日の食い繋ぎもままならないからな。耐えきれずに街を捨てる奴も多かった。」

 

ギャングの支配下にある街は、常に衰退と隣り合わせだ。重税に喘ぐ店主たちは、夜逃げ同然に自由な土地へと逃げ出す。それがこの界隈の"常識"だった。

 

「まあ、『スクラッパーズ』のナワバリだけは、それすら許されなかったらしいがな」

 

「えっ……逃げることもできなかったんですか?」

 

レイの言葉に、栞が足を止める。

 

「ああ。あいつらは『ジャンク・クラブ』を使い、鉄屑を溶接して街の境界線に強固なバリケードを築いていた。外敵を防ぐための方針だったようだが、それは内側の人間を閉じ込める監獄としても機能していたのさ。逆らう者は、その『壁』の一部にされる……なんて噂もあったくらいだ。」

 

「……中に生まれてしまったら、一生外に出られないなんて。そんなの……」

 

逃げ道さえ奪われた絶望的な人生を想像し、栞は思わず青ざめて自分の腕をさすった。

 

「それだけに、そんな閉ざされたナワバリの内部にまで潜り込んで、情報を集めていたジョーさんは……本当に凄い人なんですね。」

 

「ああ。相棒の『カメラ・ダックス』と、もう一体のゼノスアニマの性能もさることながら、ジョー本人の機転と度胸があってこその仕事だ。」

 

「あの人、いつもふざけてるみたいですけど、本当は一流のプロなんですね。」

 

「……そうでなきゃ、俺がこの背中を預けるような真似はしない。」

 

レイの短くも信頼の籠もった言葉に、栞はジョーの存在を改めて見直した。  この冷徹な用心棒が唯一"頼りにしている"という事実こそが、情報屋ジョーがこの街で生き抜いてきた実力の証明なのだ。

2人は荒れた路地をさらに進む。その先には、かつてギャングたちが秘密裏に利用していたという地下下水道への入り口が、沈黙を守ったまま佇んでいた。

 

「それで、ここは一体……?」

 

「腕利きの医者がこの奥にいる。まずは、お前のハウリングドッグを診てもらうつもりだ」

 

「ハウちゃん……」

 

栞のインジェクターの中で眠るハウリングドッグは、あのバイターズを始めとするチンピラ達から受けたダメージが未だに癒えていなかった。フリューゲル地区の一般的なゼノスアニマ治療施設にも持ち込んだが、そこでの診断は"修復不能、あるいは数年単位の休眠が必要"という絶望的なものだった。

 

「ここに居るのは、いわゆる『闇医者』だ。だが、その腕だけは表の病院の比じゃない。どんな瀕死の傷でも繋ぎ合わせる、という評判だ。」

 

レイに促され、栞は恐る恐る地下下水道の奥へと足を踏み入れた。

 

「これは……」

 

「アニマたちの死骸だな……」

 

下水の中を、無惨な姿のゼノスアニマたちが流れていく。中には腹部を精密に切開され、内臓の一部が取り出されたような個体も混じっていた。

 

「ジョーの情報によれば、ここの主は死んだアニマを解剖し、その身体構造を独自に研究しているらしい。その異常な探究心の代償に、どんなアニマの負傷や病気にも対応できる知識を蓄えているそうだ。」

 

「そんな……。でも、ハウちゃんが元通りになるなら……!」

 

栞がレイの下で過ごし始めてから、1ヶ月近くが経とうとしていた。その間、ハウリングドッグを無理に召喚することはなかったが、1ヶ月の静養を経てもなお、彼は四肢で立ち上がることすらできずにいた。

 

「心配は要らない。ジョーの掴んだ情報の精度は確かだ。……問題は、報酬だがな。」

 

レイが唯一懸念していたのは、治療費のことだった。腕が立つ闇医者ほど、要求する代価は跳ね上がる。

 

「そうですね……何かあれば私が……」

 

「いいや。ハウリングドッグの治療費は俺が持つ。」

 

「ええ!? そんな、申し訳ないです! レイさんにはいつも助けてもらってばかりなのに……」

 

栞は慌てて首を振ったが、レイは視線を正面に向けたまま淡々と告げた。

 

「ハウリングドッグが動けるようになれば、お前の自衛能力が上がる。それは結果として、俺が『依頼人』を守りやすくすることに繋がる。……これはあくまで、G-シェルターの戦力補強に対する『投資』だ。気にするな」

 

「投資……。確かに、ハウちゃんが戦えるようになれば私も、少しはお役に立てるかも……」

 

レイの冷徹に見えて、その実、栞の安全を第一に考えた合理的な説明に、彼女は納得して頷いた。

 

「(レイさん、投資なんて言ってるけど……本当はハウちゃんのこと、気にかけてくれてるんだよね。)」

 

栞は胸元でインジェクターを握りしめ、闇の奥に佇む診療所のドアを見据えた。

 

「失礼する。」

 

「入れぇ……」

 

レイが重い鉄扉をノックすると、奥から低く野太い声が響いた。ドアノブを回して足を踏み入れた先は、下水道の腐敗臭を薬品の鋭い香りが上書きした、異様な診療所だった。

 

「アンタが、マッド・タウン随一のドクターか?」

 

「そうだとも。如何にも私が、何でも治すスーパードクターの黒羽晶だ。……で、ここに来たってことは重病のアニマか?」

 

2人の目の前に現れたのは、黒のスーツの上から薄汚れた白衣を羽織った男だった。無精髭を蓄えた中年の顔には、眠たげだが獲物を解剖するような鋭い眼光が宿っている。

 

「俺は榊原レイだ。こっちは九条栞。治して欲しいのは、栞の相棒だ。」

 

紹介された栞が緊張した面持ちで会釈すると、黒羽は彼女を値踏みするように眺めた。

 

「ほう、このお嬢ちゃんの相棒かい。早速だが、見せてもらおうか。」

 

「は、はい……お願いします。」

 

栞は震える手でケージ・インジェクターを操作し、ハウリングドッグを召喚した。光の粒子と共に現れたのは、傷つき、力なく横たわる一頭の犬型アニマだった。

 

「ほう……こいつはまた、この界隈じゃお目にかかれないレアな種だ。どれどれ……」

 

黒羽の目が一瞬で"医者の目"に変わる。ハウリングドッグは光の層でも希少な個体であり、この闇の層では存在自体が伝説に近い。見かける機会がほぼないのだ。黒羽の知的好奇心に火がついたのが、傍目にもわかった。

 

「少し精密検査をさせてくれ。詳しく見る必要がありそうだ。」

 

「ああ、構わない。徹底的にやってくれ」

 

レイは治療費を惜しむ様子もなく即答した。

 

「じゃあ、運ぶのを手伝ってくれ。私の腕はメスを握るためにあるんでね。重いものを持ち上げるのは専門外だ。」

 

「わかった。手伝おう。」

 

レイは袖を捲り、ハウリングドッグを診察台へと抱え上げた。黒羽は手際よく様々な機械をアニマの身体に接続し、モニターに流れるデータを目で追っていく。栞は祈るような気持ちでその様子を見つめることしかできなかった。

 

「……なるほど。こういう状態か。」

 

「どうなんですか、先生……?」

 

黒羽はモニターから目を離すと、重々しく口を開いた。

 

「簡単に言えば、度重なる酷使とダメージの蓄積で、筋肉も内臓もボロボロだ。普通の回復薬じゃ体表面の傷は塞げても、死にかけた器官までは復活させられない。」

 

「それじゃあ、どうすれば……!?」

 

「アニマ専用の『活性化薬』が必要だ。」

 

聞きなれない単語に、栞は困惑した表情を浮かべる。

 

「要は、ゼノスアニマの細胞を強制的に再起動させる、超強力な栄養剤だ。ドーピングにも使われる代物だが、精製すれば治療にも転用できる。こいつを週に2度、1ヶ月点滴し続ければ、立ち上がれるようにはなるだろうな。」

 

光が見えたことに、栞の表情がパッと明るくなる。だが、黒羽は"ただ"と指を二本立てた。

 

「問題が2つある。まず、治療費だ。投薬代と設備使用料、私の技術料を合わせて300万だ。」

 

「……ああ、その額なら問題ない。」

 

高額だが、闇医者の相場としては妥当なところだろう。レイは事も無げに頷いた。

 

「それで、もう一つの問題というのは?」

 

「簡単な話だ。その『活性化薬』の在庫が、丁度切れてしまった。」

 

栞の顔から血の気が引く。

 

「つい先日、派手な抗争で負けたギャングの元ボス共が這いずり込んできてな。あいつらのアニマを救うために全部使い切っちまった。ったく、アニマに無茶をさせる無能共のせいで、こっちは在庫管理もままならん。」

 

(ギャング……。もしや、先日の戦いか?)

 

自らの戦いの余波が、巡り巡ってハウリングドッグの治療を阻んでいる。皮肉な因果に、レイは微かに眉を潜めた。

 

「待っていれば、在庫は入るのか?」

 

「納品される保証はないし、時期が遅れれば値を吊り上げられる。この薬の材料となる花を独占しているのは、南の麻薬カルテル『エビル』だからな。価格も納期も、連中の機嫌次第だ。」

 

南のエリアを牛耳る麻薬カルテル"エビル"。彼らにとって、この花はアニマの強化剤という莫大な利益を生む商品であり、その流通は厳格にコントロールされている。

 

「私が仕入れに行くにはここを空けるわけにはいかない。だが……」

 

黒羽はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、レイと栞を交互に見た。

 

「お前たちが南まで行って、薬の材料を直接ひっぱって来てくれるなら話は別だ。その場合、報酬は半額……いや、150万で手を打ってやろう。」

 

「半額だと? ……それほどまでに仕入れが困難ということか……」

 

「それだけじゃない。あのカルテルの連中は、部外者には花一輪たりとも渡さない偏屈揃いだからな。」

 

黒羽の提示した条件は、破格の提案であると同時に、命懸けの依頼でもあった。

 

「……その話、引き受けよう。栞、いいか?」

 

「ええ……! ハウちゃんが治るなら、私、どこへだって行きます!」

 

栞の瞳に迷いはなかった。幼い頃からの相棒を救うため、彼女は闇の層に来てからは初めてフリューゲル地区の"外側"へ向かう決意を固めた。

 

「よし、契約成立だ。詳細な見積もりと場所のデータは後で送る。」

 

「ああ、頼む。これが俺たちの連絡先だ。」

 

レイは『G-シェルター』の名刺を差し出した。ハウリングドッグを救うための旅。それは同時に、レイと栞がこの街のさらに深い闇へと踏み込む、新たな戦いの始まりでもあった。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「頑張って、活性化薬の材料を取りに行かないとですね……」

 

「そうだな。一先ずG-シェルターに戻って準備を――」

 

レイと栞が地下診療所を後にし、地上へ戻ろうとしたその時だった。

 

(レイ! 気を付けろ! 表で嫌な気配がするぜ!)

 

インジェクターの中から、サンダージラフの鋭い警告が響く。

 

「……栞、どうやら上で何か起きている。」

 

「えっ、上でって……」

 

直後、2人の耳に重低音の崩落音と、逃げ惑う人々の悲鳴が届いた。レイは瞬時に表情を引き締める。

 

「栞、ここを出たら真っ直ぐにG-シェルターまで走れ。」

 

「え、でもレイさんは……」

 

「あそこに『ケージ・インパクター』がある。複数の敵を相手にするならアレが必要になる。持ってきてくれ!」

 

「わかりました! 気を付けて!」

 

レイは普段、身軽さを優先してテイムドライバーのみを携行している。大型武器であるケージ・インパクターの必要性を感じ、栞を安全圏へ逃がすと同時に、彼女にバックアップを託した。

地上へ飛び出したレイの目に飛び込んできたのは、地獄絵図と化した街の光景だった。

 

「アレは……ロストアニマか!」

 

(しかも3体同時たぁ、主人がいなくなってハジけすぎだぜ!)

 

暴れていたのは、コウモリ型のソニック・バット、コブラ型のベノム・コブラ、そしてクモ型のトラップ・スパイダー。捨てられた怨嗟をぶつけるように、彼らは無差別に破壊を繰り返している。

 

「やるしかないな……変身!」

 

レイは腰にテイムドライバーを装着し、ダイヤルを力強く回した。

 

『マスクドオン! テイマー!』

 

白いオーラがレイを包み込み、仮面ライダーテイマーへと姿を変える。

 

「さあ、まずはお前の出番だ……サンダージラフ!」

 

『ミドル! サンダージラフ! テイムオフ!』

 

実体化した黄金のキリンが、長い首を振りかざす。上空からはソニックバットの衝撃波が建物を砕き、路地裏ではトラップスパイダーが粘着性の糸で住民の逃げ場を塞いでいた。さらに足元からはベノムコブラが毒霧を撒き散らしながら迫る。

 

「3体一気に痺れさせろ!」

 

「任せな!」

 

サンダージラフの首から放たれた三条の稲妻が、ロストアニマたちに直撃した。ソニックバットが墜落し、ベノムコブラも激しい痙攣を起こして地面に伏せる。

 

「もう一発だ!」

 

追撃の雷撃。だが、それをトラップスパイダーが阻んだ。スパイダーが吐き出した巨大な糸の盾が、稲妻を霧散させる。

 

「電撃が効かない……!? そうか、あの糸は絶縁体か!」

 

怯まなかったスパイダーが、8本の脚をバネのようにしならせてテイマーへと跳躍した。絡め取られれば終わりだ。

 

『ライドオン! ――ニンジャ・ソウル!』

 

テイマーは瞬時に判断し、ケージブレイカーにニンジャスネークを装填。刀身に深緑のエネルギーが渦巻く。

 

『ニンジャ・ブレイク!』

 

振るわれた一閃が手裏剣状の刃となって放たれ、スパイダーが放った糸ごと、その硬い外殻を切り裂いた。

 

「ナイスだ、ニンジャ!」

 

(……礼は不要。次が来るぞ。)

 

立ち上がったソニック・バットが、墜落の屈辱を晴らすべく、耳を震わせて超音波攻撃を放つ。

 

「くっ……!」

 

テイマーとサンダージラフは後方へ飛び退いて回避するが、衝撃波が足元を抉り、土煙が視界を遮る。

 

「複数相手は、流石に骨が折れるな……」

 

(レイ! 空飛んでるチョロスケから先に片付けちまおうぜ!)

 

インジェクターの中からメカカブトの威勢のいい声が響く。

 

『タクティカルチェンジ! フライ! メカカブト・テイムオフ!』

 

白い光の中から飛び出したラジコンサイズのメカカブトが、ソニック・バットへ向かって一直線に突撃した。

 

「喰らえ! 超小型特攻だ!」

 

メカカブトの鋭い角が、バットの腹部にクリーンヒットする。巨体ゆえに小回りの効かないバットを翻弄するように、メカカブトは上下左右から縦横無尽に刺突を繰り返した。

 

「このまま叩き落としてやる!」

 

「キィィィィィィィ!」

 

だが、バットも狂暴な本能を剥き出しにした。大きく翼を羽ばたかせ、猛烈な突風を巻き起こしてメカカブトを弾き飛ばす。

 

「メカカブト!」

 

援護しようとケージブレイカーを構えたテイマー。しかし、その足元が不自然な感触に捉えられた。

 

「……ッ!? しまった、糸か!」

 

ダメージから回復していたトラップ・スパイダーが、いつの間にかテイマーの退路に糸を仕掛けていたのだ。身動きが取れないその瞬間、上空のバットが容赦なく超音波を浴びせ、メカカブトとの距離が致命的に開かされる。

 

「分断された……!」

 

孤立するテイマーと、空中で翻弄されるメカカブト。そして、糸を操るトラップスパイダーが、逃げ場のないテイマーにゆっくりと牙を剥いた。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「街が……大変なことに……」

 

ロストアニマに蹂躙され、悲鳴が渦巻く街の中を、栞は一心不乱に走っていた。目指すはG-シェルター。レイに託された『ケージ・インパクター』を回収するためだ。

 

「逃げろ! 怪物だッ!!」

 

逃げ惑う群衆の怒号と共に、巨大な影が栞の背後に迫った。

 

「ロストアニマ……っ!?」

 

暴走するベノム・コブラ。それは特定の狙いを持ったものではなく、ただ目の前の動くものを食い尽くそうとする、純粋な飢餓の牙だった。  光の層で何不自由なく暮らしてきた栞にとって、地を這う死神の速度はあまりに速すぎた。

 

「逃げないと、早く……っ!」

 

必死に足を動かすが、背後からは鱗がコンクリートを削る不気味な音が刻一刻と近づいてくる。絶体絶命――そう思われた瞬間。

 

「こっちだ、お嬢ちゃん!」

 

路地の闇から伸びてきた力強い腕が、栞の身体を強引に引き込んだ。

 

「ジョーさん!」

 

「しーっ。危ないところだったな……」

 

そこにいたのは、いつものようにニヤついた笑みを浮かべたジョーだった。彼は人差し指を立てて口元に当て、背後の大通りを横切るコブラの影をやり過ごす。

 

「レイちゃんはどうした?」

 

「レイさんは今、戦っていて……でも、ここまでロストアニマが来たってことは、もしかしてレイさんが……!」

 

この場にロストアニマがいるということはレイが敗北したのではないかという最悪の想像が、栞の脳裏を過る。しかし、ジョーは肩をすくめて軽く笑い飛ばした。

 

「心配ねえよ。あのアホ面連中が放置してたアニマがロストアニマになって3体も野に放たれちまったんだ。レイちゃんがその内の2体を足止めして、漏れた1体がここに来た……ってとこだろ。今頃アイツは、派手にやり合ってるはずだぜ。……それより、栞ちゃんはどうするつもりだ?」

 

ジョーの冷静な分析に、栞の震えが少しだけ収まった。

 

「私は、レイさんの頼みで『ケージ・インパクター』を持ってこようと思って……」

 

「あのバイクか。……なるほどな、レイちゃんらしい。この大混乱を突破して一気にケリをつけるには、あの馬力が要る。」

 

ジョーは納得したように頷き、周囲の様子を窺う。

 

「フリューゲル地区の方まで戻るんだな。だったら、俺のアニマを一匹付けてやる。こいつがいれば安心だ」

 

「でも、ジョーさんのアニマって……」

 

栞は、偵察用のカメラ・ダックスたちが戦闘向きではないことを案じた。だが、ジョーはアロハシャツの襟元を叩き、不敵に笑う。

 

「俺の相棒は、鳥公だけじゃないぜ。――来い、クリア・カメレオン!」

 

ジョーのインジェクターが輝くと、彼の肩の上に周囲の風景を歪ませながら、1匹のカメレオンが実体化した。

 

「栞ちゃんが目的地に着くまで、しっかりガードしてやれ。」

 

クリア・カメレオンはジョーの言葉を理解したように頷くと、栞の肩へと飛び移る。

 

「これは……!?」

 

瞬間に、栞の身体が境界線を失うように周囲の景色に溶け込んでいった。

 

「クリア・カメレオンの特殊能力、『光学擬態』だ。この状態なら、ロストアニマの節穴な目じゃ絶対に見つからねえ。……さあ、行った行った!」

 

「分かりました! ジョーさんも、お気を付けて!」

 

自分の姿が見えていないことを承知で、栞は声のする方へ深く頭を下げた。彼女とクリアカメレオンは"透明な影"となり、瓦礫の山を飛び越え、迷いなくG-シェルターへと駆け出す。

 

「頑張れよ、栞ちゃん。……さて、俺も安全なとこに逃げないとな……」

 

ジョーはこの戦禍に巻き込まれないように静かにその場を去る。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「一橋博士、メカカブト……この力、存分に使わせてもらうぞ!」

 

トラップ・スパイダーと対峙するテイマーは、ケージブレイカーを振るい、猛攻を正面から凌いでいた。 視界を埋め尽くす粘着糸を斬り裂き、鋼鉄の槍と化した8本の脚を次々と弾き返す。火花が路地裏を照らし、激しい金属音が夜の闇に響き渡った。

 

「ハアッ!」

 

糸の隙間を縫うようにして、テイマーは地面を蹴り、一気に距離を詰める。接近する獲物を串刺しにせんと、スパイダーが巨大な前脚を振り下ろす。だが、テイマーは直前で踏みとどまり、円を描くような剣筋でその脚の先を鮮やかに斬り落とした。

 

「……ッ!」

 

そのまま踏み込み、がら空きとなった頭部へケージブレイカーの渾身の一撃を叩き込む。

 

「硬いな……!」

 

ロストアニマと化したスパイダーは、周囲の瓦礫や金属を取り込み、その外骨格を異常なまでに強化させていた。剣撃は鈍い音を立てて弾かれ、さらに斬り落としたはずの脚が、負のエネルギーを糧に瞬時に再生していく。

 

「流石はロストアニマ、一筋縄ではいかないか……」

 

主人に捨てられた負のエネルギーが生み出す圧倒的な再生能力と防御力。テイマーは突破口を見出すべく、再び剣を構え直した。

一方、上空ではメカカブトがその真価を発揮していた。巨躯を誇るソニック・バットに対し、ラジコンサイズの利点を活かして翻弄。超音波の射線を常に空に向けさせ続けて、街や住民たち、そして主であるテイマーへの被害を最小限に食い止めている。

 

「全速力で……ブチ抜くッ!」

 

一瞬の隙を突き、メカカブトのブースターが最大出力で火を噴いた。目にも留まらぬ速度で加速し、ソニック・バットの腹部へと突撃。金属の角が肉を穿つ。 ヒット&アウェイを繰り返すその戦法は、確実に大翼の怪物を消耗させていた。ソニックバットの肉体にはダメージが蓄積し、集中力もやや切れつつあった。

 

「いける……今の一撃で、集中力が切れた!」

 

メカカブトは確信する。次の一撃こそが決定打になる。彼は再びブースターを全開にし、ソニック・バットの眉間を目指して、弾丸のごとき勢いで一直線に突き進んだ。

 

「……ッ!?」

 

だが、それは罠だった。疲弊したふりを見せていたソニック・バットが、その醜悪な顔を真正面に向け、真っ赤な瞳を見開く。その巨大な耳が激しく震え、ゼロ距離で破壊的な超音波が解き放たれた。

 

「うわあぁぁぁぁっ……!」

 

「メカカブト!!」

 

超音波の直撃を受けたメカカブトは、制御を失い、近くのビルへと叩きつけられた。金属の悲鳴を上げながら、力なく地面へと落下していく小さな影。

 

「しまっ……!」

 

テイマーは咄嗟に剣を投げ捨て、落下する相棒を救うべく駆け出した。だが、その隙をロストアニマたちが逃すはずもなかった――。

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