学園ファンタジーが舞台のギャルゲー『エルネフィア・ブレイブ』の世界の下級貴族の子供として転生してしまったメルト・サマーソルト。
泣き顔が見たいという理由からゲーム内に登場する最強悪役令嬢、エレアノール・フィーネルンデを倒すことを決意するが───。

「メルト様、泣き顔なら二人っきりになったときにいくらでも見せて差し上げますわ! ささ、二人になりましょう、この時間でしたら噴水広場は誰もいませんことよ!」
「上級貴族のプライドどこ行った!」

何か勝ったら付き纏われるようになった。
こういうことってあるのか。うん。
いやねーよ。


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悪趣味 VS チョロイン

「決闘ですわ! 下級貴族が平民に与するなんて嘆かわしい、家柄と纏めてその自信を圧し折って差し上げましてよ!」

 

 眉間を吊り上げて、コロネ型に纏まった金髪を揺らしながら、鋭い碧眼で俺を威圧する。

 エレアノール・フィーネルンデ。

 エルネフィア王国においては三大貴族の一角、華麗で苛烈で勇猛果敢なフィーネルンデ家の長女にして、その次期当主である少女である。

 殊に───『エルネフィア・ブレイド』と言うゲームにおいては最強無敵の悪役令嬢だった。

 "最強無敵"と"悪役令嬢"という二つの言葉は相容れない印象もあるだろうが、エレアノール・フィーネルンデを語る上にはその二つの軸は外せない。

 悪役令嬢にして世界最強。

 悪役令嬢にして勇猛果敢。

 それがエレアノール・フィーネルンデという少女、その人で。

 

 そんなエレアノールの評判を少しでも知っている同級生たちが俄かに周囲が騒ぎ立つのも構わず、俺はエレアノールに相対する。

 

「ああ、受けて立つぜ。あんな言いがかりを見過ごしちまったら気分悪いしな」

 

 本日は栄誉あるエルネフィア王立学院の入学式当日だった。

 まあ、貴族ならほぼ全入で入ることが出来るこの学院に対して、栄誉ある、なんてお恐れた感情を俺自身は本気で抱いている訳じゃないが、それでも言いがかりを付けられていた少女の生い立ちを俺は知っていた。

 

 アリア・カトラス。

 『エルネフィア・ブレイド』においては六人現れるヒロインの中でも正ヒロインポジションで、ゲームにおいては学年で二人しかいない平民でもある。

 エレアノールは入学初日から平民であることを理由にアリアに難癖をつける。

 

 ───王立学院に平民は相応しくない。

 ───由緒ある王立学院の血統が爛れる。

 

 なんというか、そんなテンプレートな感じの、The 嫌味でお高く留まった貴族って感じで粗雑な罵倒をしていたわけだけど。

 俺はその七割を聞き流し、三割で「あー早速ヒロインに嫌味をぶちまけてんなぁ」という眠気眼を擦りながら雰囲気を確認した感じなのだが。

 

 まあ、端的には良かった。

 俺はこの光景を予見していたし、予見していたから後はその場を見てしまえば介入することは確定事項だった。

 ゲームとは違って、こうはならない可能性もあったから、エレアノールがアリアに絡んでくれたのは本当に良かった。

 

 エレアノールは睫毛に掛った前髪をさらりと払いのけると、勢いよく俺へと剣の切っ先を突き付ける。

 

「剣を取りなさい下級貴族。私が新入生を代表して、フィーネルンデを代表して、エルネフィア貴族の手本を教示しましてよ!」

「ああ、望むところだ。やってやんよ、エレアノール」

「その口、真っ二つに割いてあげますわ!」

 

 悪役令嬢というキャラに似合わない程の闘志。

 いや才気が。

 エレアノールの全身から溢れ、呼応するように一陣の風として大地を吹きつける。

 

 俺は生唾を飲み込むと、同じくして腰に吊り下げた剣を構える。

 絶好の機会だ。

 まさか入学早々に待望の瞬間がくるなんて思わなかったけども。

 

 ───俺はこの世界に来てからずっと、お前を、エレアノール・フィーネルンデを打倒したかったんだぜ。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 『エルネフィア・ブレイド』というゲームがある。

 言ってしまえば剣と魔法の学園もので、山あり谷ありラスボスありの4年に渡る学園生活の中でヒロイン6人と愛情や友情を育む、まあ良く見るRPG要素の有るギャルゲーって奴だ。

 

 簡潔に言えばそんなゲームの中に俺は転生した。

 気づいたら赤ちゃんだった。

 

 ここで赤ん坊時代の黒歴史を赤裸々に晒すのも恥辱的なので大いに割愛するが、俺は『エルネフィア・ブレイド』というゲームで名前すら出てこぬ下級貴族に転生していたことに気づいたのは、この国の文字にも少し慣れた三歳の頃だった。

 

 メルト・サマーソルト。

 それが転生後の俺の名前である。

 なんだか宙返りキックが強そうな家名だった。

 

 サマーソルト家は代々エルネフィア王国の南西部の小さな地域を治め、領内に存在する鉄鉱山を資源に武具や金属用品などを生産している一族である。だから子爵という下級貴族に位置する肩書きの割にはかなり権力がある方だ。

 

 つまり下級貴族ながら裕福ということで。

 俺は三歳ながらも(精神年齢は違うけども)理解した。

 

 生まれながらにして大勝利。

 勝ち組だらだら利権ずぶずぶなニート確定。

 

 当然当主としての職責はあるんだろうけども、前世は普通にサラリーマンをしては軽い頭を取引先に下げ続け、上司には月の目標売上を達成していないとして合理的に詰められ続けた元社畜の身としては、何もしなくとも金が入ってくる身分なんて想像もしたことが無かった。

 もうね、最高の一言。

 大手を振って楽が出来るってわけ。

 

 しかしすぐに、子供ながらに青天白日な将来を見通せてしまったことで、あれ、でも今後の人生をどうしようかと悩み始める。

 だって暇つぶしにも困るのがファンタジー世界。

 魔物とかもそりゃいるけど、貴族である以上冒険者になって世界各地を冒険するだなんて破天荒な真似も出来ないし、僕自身がそんなアクティブ志向じゃないし。

 魔法というワードに心躍らせるほど子供心も持ち合わせていないし。

 

 というわけで何をしようかと、でも何もすることないな、なんて先が見えた人生に退屈する三歳児が爆誕してしまった訳で。

 何かとんでもなく可愛げのないガキな気がしてならない。

 

 そんな中、三歳になってしばらくして、俺は貴族諸侯のパーティーに出席することになった。

 その時の主催がフィーネルンデ家───『エルネフィア・ブレイド』の悪役令嬢だった。これが俺がこの世界がギャルゲーであると自覚したきっかけでもあるのだが、そこは重要ではないので一旦置いておく。

 

 そのパーティーではエレアノール・フィーネルンデとは会話こそしなかったものの、 その堂々たる立ち姿だけは目にして思った。

 女児ながらも自信に溢れた表情。

 凛然として清澄として、だけども灰汁のように微かに覗かせる野性味というか、意地の悪さ。

 これだと思った。

 性格が悪いと言われるかもしれないが───俺はエレアノール・フィーネルンデの負け姿を見てみたい。

 心の底から。

 得意分野で、すなわち武力で、敗北する姿を見てみたいと本気で思ったのだ。

 

 エレアノール・フィーネルンデは作品中では名実ともに最強キャラに名を連ねる武闘派悪役令嬢だ。

 武闘派で悪役令嬢で最強とは少しキャラ付けが過ぎるとは思うけれども、実際、ゲーム中でもこのエレアノール、基本的には勝てないキャラクターに位置づけられる。恋愛イベントを切り捨て、全てのイベントを鍛錬に偏らせて、主人公のステータスを戦闘特化にしてもなおエレアノールには敵わない。

 

 世界最強の悪役令嬢という称号を開発陣はエレアノールに与えたかったのだろう。

 そんな設定もあり、各ヒロインルートでエレアノールを絡まれた際には戦闘では退けられない。ルートによって正解択は違うけども、フィーネルンデ家よりも上の権力───王権に頼るか、或いは精神的に追い詰めるか、フィーネルンデ家の不正を暴き立てて没落させるか。

 要するに裏工作が求められる訳だ。えぐ過ぎる。幾ら悪役令嬢相手とは言え、ギャルゲーの美少女相手にやる仕打ちじゃない。最強悪役令嬢という属性を与えてしまったせいで正々堂々と打倒するルートが作れなかったんだろう。それはちょっと可哀想だなとか思ったりもするけども。

 

 それはそれとして、エレアノールは主人公に裏工作で敗北しても最後まで毅然と立ち上がり続けた。

 己が実力に自負があるからだろう。

 ここまで来ると感じざるを得ない。

 悪役令嬢に有るまじき気高さというか、高潔さというか。

 悪役令嬢とは思えぬほどの豪傑っぷりというか。

 

 ───俺はそんなエレアノール・フィーネルンデの敗北顔を見てみたい。

 至極興味本位かつ、我ながら悪癖極まってるとは思うけど。

 道楽貴族に成り果てた俺の、唯一の生きる気力がそれだった。

 

 それ以来俺は剣の鍛錬を重ねて、初見殺しの魔法を極め、エレアノールを打倒する方法を本気で磨き上げた。

 ゲームであればステータスやスキルで勝敗が決してしまうが、現実世界なら可能性がある。

 即ちパラメータに依存しない可能性。

 初見殺し技で嵌められる可能性。

 俺への慢心で隙を見せる可能性。

 

 幸いなことに俺には剣と魔法の才能が程々には存在していた。

 ただし、重要なのは程々という点。

 どれだけ鍛えても、親にせがんで有名な家庭教師を付けてもらっても、そこそこ出来る魔法剣士止まりの実力でしかない。

 それでも俺はエレアノールに勝ちたい。

 勝って、自身の根底が圧し折られ、絶望する敗北顔が見てみたい。

 ゲーム内スチルでも存在しないその悲壮感で歪んだ表情。

 想像するだけで───脳裏を冷たい手で撫でられるようなゾクゾクとした背徳感が走る。

 

 全く、俺という人間は趣味が悪い。

 ギャルゲー世界に転生してやることがこれかよとは思う。

 ま、目標は遠大だ。

 エルネフィア王立学院に入学してからは四年も時間があるわけだし、気長に機会を待てばいい。

 

 そんなことを考えていた俺は入学式の日は、エレアノールとアリアとのイベントに遭遇すればラッキー、原作主人公に先行されてイベント回収されちまったらそれはそれで次の機会を待つ。

 そのくらいの、綿あめよりも軽い気持ちで入学式の日に臨んだのだが───。

 

「フィーネルンデの焔碧の刃(ネロ・マレディレ)を御覧なさいませ! 見事わたくしの剣で焦がし斬って見せますわ!」

 

 ───まさか想像通りに決闘になるだなんてな。

 

 入学式を終え、場所は学院闘技場(コロッセオ)に移動していた。学院の敷地内最南端に位置しているこの施設はその名の通り、学生専用決闘場であり、学院公認の決闘を行う際に用いられる乙誂え向きな場所だ。

 フィーネルンデが決闘をするとあってか上部席には観客の姿も多い。それもそうだ。入学以前から特にエレアノール・フィーネルンデは数々の武闘大会で優勝を収める国内最強の逸材である。物見遊山の対象になっても然るべき存在だ。

 

 そんな観衆には目もくれず、鼻を鳴らして威勢良く凄むエレアノールに俺は肩を竦める。

 

「前口上だけは立派だが入学式の間に考えてきたのか? ただちょっとカッコつけ過ぎだろ、平民虐めをする奴が吐く台詞としては少し上等が過ぎるぜ。あーあ。王国最強の、華麗で苛烈で勇猛果敢なフィーネルンデって聞いてたのに、次期当主がこんなダセェ奴とはガッカリだ」

「あ、ああ、貴方! 下級貴族の癖に立場も弁えずよくもまあつらつらと!」

「悪い悪い。悪気は無かったんだ。ただお前があまりにも俺より上位貴族には見えなかったもんでな。許せよエレアノール」

「気安く私の名前を……許せませんわ! 絶対に許しませんわよ! いいでしょういいでしょう! 無礼はこの剣で以て償わせていいただくことよ!」

 

 良い感じに熱くなってくれたようだ。

 言わずもがな、この挑発も策の一つ。

 足りない実力を誤魔化すために、少しでも冷静さを削らせてもらう。

 

 エレアノールは両刃剣を構える。

 事前知識(ゲーム)からエレアノールのスタイルは大体分かっている。フィーネルンデ固有の超高温炎魔法と両手剣を組み合わせ、相手の懐に入っては薙ぎ焼き、アウトレンジからは炎を飛ばす。それ自体は魔法剣士としては王道ながら、魔法の精度や破壊力、精密な剣技に腕力と、付け入る隙があまりない。

 特に厄介なのが特殊アビリティーの熱直感。

 ゲーム中では温度の高低によって相手の出方を読むという、サーモグラフィー染みた能力まで持っている。

 要するに、世界最強という称号は伊達ではないって訳だ。

 

 俺とエレアノールの間に風が巻き起こる。 

 観客席からの歓声が止み、決闘場が静寂で包まれた。

 

 審判もいないこの決闘。

 必然的に闘技場の土埃が風下へ流れ、晴れた瞬間が合図となった。

 

 エレアノールが踏み込んでくる。

 右足一歩。

 そのたった一歩でグンと加速する。まるで輪ゴムを弾いたような、急激な接近。

 

 胴体を撫でるように鋭く振るわれた剣閃を両手で受ける。

 ……重い!

 この馬鹿力め、腕が千切るじゃねえか!

 

 力を受け止めきれず、俺の両腕は大きく左後ろに弾き飛ばされる。左から右へ薙いだ剣を戻すように、エレアノールは右から左へと追撃を繰り出す。

 二の太刀。

 この体制じゃ間に合わない。

 

 ……魔法が無ければな。

 

 両手で持った剣が、火薬が破裂して押し出されたみたいに背後から押し出される。

 初級魔法『ウィンド』。

 普通に使えば突風を吹かせるだけの魔法だが、局所的に使えばさながら身体強化のような使い方もできる。風で無理矢理押し出す関係上、コツを知らねばすぐに骨折や脱臼の憂き目は免れないのだが、習得してしまえば中々使える小技である。

 

 エレアノールの刃が辿り着くよりも、俺の刃が届く方が早い、そう察したエレアノールの動きは早かった。ステップを踏むと後方へと後退る。

 

「へえ、やるじゃありませんこと。ですがヌルい! ヌルすぎますわ! そんな虚仮威しが通用するとお思いで!」

 

 言い切るや否や、エレアノールの手から青い焔が迸る。

 フィーネルンデ家で伝わる固有魔法、『焔碧の刃(ネロ・マレディレ)』。

 摂氏1万度を超える炎が蒼く煌めき、刃のように断続的に襲い掛かる。

 

「どうかされましたか? まさか私のこの程度の魔法で太刀打ちが出来ないと言うのなら、ふふ、笑わせてくれますわね!」

「うっせ!」

 

 勿論この魔法も知っているので対策済み。

 フィーネルンデ家に固有魔法があるようにサマーソルト家にも固有魔法があるのだ。

 

 俺は地面に手を当てて、エレアノールとの間に等間隔で鉄壁を生成。

 『耐火の城壁(アグニ・インターセプト)』。

 鉱物を資源とするサマーソルト家ならではの土魔法である。

 

 しかし1万度はきつい。

 壁に当たって数秒と持たず、耐火の壁が焼き溶けてしまう。寧ろコイツ相手に数秒持つ程に練度を上げた自分を賞賛すべきか本気で悩みそうだ。

 

「ご自慢の土くずも頼りないですわね!」

「や、数秒持てば十分」

「……!」

 

 壁を隠れ蓑にし風に乗って移動。壁から壁へと加速して、エレアノールの懐へと飛び込む。これもウィンドの応用だ。始点では体全体を前へ押し出し、終点では体全体をクッションで包み込む感覚。そうすることにより、まるで瞬間移動のように、背中にターボジェットでも背負ったかの速度で距離を詰めることができる。

 方向転換をミスればあらぬ方向に吹っ飛ぶので制御は目茶苦茶という言葉が三つ並ぶくらいに難しいが、この日の為に俺は習熟してきた。

 エレアノールを倒すために。

 負け顔を拝むためだけに。

 

 エレアノールは本能的にか、熱直感からか、両刃剣の間合いへ踏み込んだその瞬間、俺へと返しの刃を見舞う。俺からは剣が届かず、エレアノールからは届き、防御するには体制を変える隙すら無い。

 完璧な間合い。

 想定外をものともしない咄嗟の技術こそが、エレアノールが最強である所以。

 

 俺にはこの間合いを潜り抜けることは出来ない。

 ……と思うじゃん?

 

 そっちが完璧な間合いだとして。

 何故俺は不完璧な間合いだと思うんだ?

 

 斯くして、俺の初見殺し(とっておき)は果たされる。

 

 エレアノールの剣が届く、その寸前。

 突如不可思議な力が加わり、エレアノールの剣が軌道を変わる。

 真上へ打ち上げられる。

 空気の大剣にぶち上げられたかの如く。

 

 風塵の大剣(エアロ・ブラシ)

 

 目にも見えず、温度も外気と同じ。

 空気中の分子密度がマナによって結合された不可視の大剣が、剣の軌跡を狂わせた。

 一撃必殺。

 初見必殺。

 これはエレアノールの為だけに生み出した技だ。正確にはコイツは刃も無ければ実態は棍棒みたいなもので、切断性能も何もない、名前ほどカッコいい技じゃないけど───。

 

 それでも、エレアノールに隙ができた。

 それこそがこの技の存在意義である。

 

 俺はなんてこともないように右手で持っていた剣をエレアノールの首筋に突き付ける。

 呆気ない最強の終わり。

 メタればこんなもんか。

 つっても、俺の勝ち筋はこの短期戦闘しかなかったんだけどな。もう残り魔力は1割も切ってる上に、ウィンドで自分の身体を急加速させたり急停止した代償に筋骨がミシミシ軋んでいる。

 

 あんまり勝った気はしない。

 なにせHPバーのあるRPGとは違う。

 現実は首筋に刃を当てることが出来れば終わりなのだ。

 ぶっちゃけエレアノールは本気ではなかっただろう。

 いや、本気は本気だったろうが、奥の手や奥の奥の手なんか切っていないし、最初から全力戦闘だったら俺に勝ち目なんざなかったはずだ。

 

 それでも、まあ。

 

「俺の勝ちだ。なんつーか、思ったよりもよえーなお前」

 

 満身創痍な素振りなど欠片も見せず、俺は肩を鳴らしながら傲岸不遜な態度でエレアノールを見下した。

 

 実力差は隔絶としていた。ちょっと戦っただけでも分かる。

 俺はエレアノールの油断とメタで隙を縫って勝っただけに過ぎない。

 もう一度やれと言われても難しい。

 

 だが、エレアノールの敗北を煽るのならば圧倒的に勝ったと思わせる方が都合が良い。

 であるならば、事実よりも圧倒的に実力差があるかの如く振舞って、俺はエレアノールの表情を伺う。

 負け知らずの最強悪役令嬢、エレアノール・フィーネルンデ。

 その彼女が入学初日からこんな大勢の前で呆気なく敗北を喫した。

 常勝街道を進んできた彼女にとって、それがどれだけ屈辱的だろうか。

 悔しいことか。

 さあ、どんな顔をするんだ。エレアノール・フィーネルンデ。

 号泣とかされたら少しやり辛いが。

 

 ───そんな辛苦に歪む表情を予想する俺を裏切るように、エレアノールは無表情だった。

 感情に風穴を開けられたかのような、ストンと抜け落ちた顔色だった。

 ただただ、俺の顔を呆然と見ている。

 

 なんか、全然予想と違う。

 もっとプライドが圧し折られて痛ましい顔色を見せるかと思ったんだけども。

 

「強い……ですのね」

 

 ぽつりと。

 本心から漏れたようにエレアノールは呟く。

 お前みたいなチート性能キャラと比べたら大分劣るっての。

 

 あーあ。

 本当に呆気ねえな。

 転生してから長年、エレアノールの負け姿を見るためだけに生きてきた。

 趣味でもないのに剣の鍛錬も魔法の特訓も筋トレも、地道に毎日幼いころから欠かさず励んできた。

 もっと暴れ嘆き、激情に身を任せる様を期待していたのに、結果こんな一般人みたいな感じになるとは……。

 正直肩透かしだ。

 三歳からの俺の十二年は何だったのだろう。

 これから何を楽しみに生きていくべきか。

 

「お前よりは強いだけで、別に強かねえよ」

 

 捨て台詞を吐いて俺は決闘場を後にする。

 もうエレアノール・フィーネルンデには興味はない。

 かと言ってヒロインたちに興味があるわけでもないし。

 今後は転生直後を思い出して、気楽に学生生活を送って領地に帰ったら領民の反感を買わない程度に気ままに暮らすとするか。

 

 と、その日はエレアノールと顔を合わせることもなく、寮内でその勝利を騒がれる程度だったのだが。

 

 翌日。

 

「わ、わわ、わたくし! と! い、一緒に、登校するというのはいかがでしょうか!?」

 

 男子寮を出たらエレアノールが立っていた。

 

 呼吸をスーハーと繰り返すと、寄り添うように胸を上下に揺れて、あからかさまに緊張するように照った赤い顔が朝日でより強調されている。

 ちなみに男子寮と女子寮は校舎を挟んで反対側に位置する以上、一緒に登校なんて概念はこの学校に存在しないのだが……。

 

 というか俺、エレアノールとちゃんとした面識を持ったのは昨日が初めてなんだけども。

 それも決闘して散々煽り倒した関係性だ。

 お世辞にも朝から出待ちされる理由がないというか、嫌われて当然というか。

 ……え?

 いやまさか。

 もしかして……俺の想像でしかないけども……。

 この悪役令嬢、物凄いチョロい?

 今まで一度も負けたことないからって、それだけの理由で俺に興味を持ってる?

 

 指を絡ませながら小刻みに身体を震わせるエレアノールを見ながら、俺は額に手を当てた。

 

 

 





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