「好き、澪白のこと、本当に好きなんだ……難しいのは分かってるけど、私と付き合ってほしい」
誰もいない校舎裏。
放課後。
私は
呼び出された彼女に大きな驚きは無かったように見える。
無理もない。
今年で高校二年生になった私と澪白は何年も前から、それこそ小学生の頃から親友として、長い時間を過ごしてきた。
だからこそ分かる。
分かられているということを。
澪白は多分、前から私に好かれていたことを認識していたのだろうと思う。
それでも離れなかった事実は……つまりそういうこと。
そうして確信が固まったからこそ、私は今、告白をしている。
「そうなんだ……
澪白は私の目を見た。
桜色の旋風が澪白の白みがかった茶色の髪を巻き上げる。
「駄目かな澪白?」
「駄目っていうかね……すぐに答えは出そうもない。時間が欲しい」
「いいよ。待つ」
「ごめんね」
ポツリと言い、澪白は申し訳なさそうに瞳を伏せ、頭を下げる。
今思えば、この所作も、表情も、全て、返事に時間がかかるからではなかったのだろう。
全て───決めていたから。
返事をしないことを。
私の告白を有耶無耶にすることを。
決めていたからこそ、霞に紛れるような謝罪の言葉を、形の良い唇から紡いだのだ。
澪白とは小学4年生の水泳教室で出会った。
当時、入会したばかりの私は3級でクロールを習っていて、対して澪白は1年間の間3級で足止めを食らっていた。
「哺乳類が魚類の真似事をするのが変なんだよ」
澪白は進級テストのクロールに失敗するたびにそんな言い訳を並べていた。
今思うと小学生らしくない言葉だなとか思うけど、澪白は昔から妙に大人っぽいというか、理屈っぽい。
だからこそ当時、周囲の言うことが全て幼稚に思えていたクソガキの私からすると、澪白という少女は同年代から一つ頭が抜けた存在……憧れの存在として目に映っていた……自分で言うのも恥ずかしいけど。
中学生になると同じ学校になって、クラスは違ったけど一緒にいる時間が多くなった。互いに帰宅部だったこともあって登下校も二人でするようになって、私が恋愛的に好きになったのもこの辺り。
色素が今にも抜け落ちそうな儚い茶髪も、ふとした瞬間の冷ややかながらも穏やかな眼差しも、日を知らない雪化粧な肌も。
気怠げに世間を捉える変わったところも、それでいて真っ当な価値観は持っているところも、袴田澪白という少女の魅力で。
私はその全てに引き寄せられて、好いてしまった。
好きになってしまった。
惚れた弱み。
澪白のやること成すこと、全てに肯定的になってしまった。
澪白も私の感情に気づいたはずだ。
ダウナーな雰囲気を纏う澪白だが、幼いころから物事を穿って見れるその視座を持ってすれば、私の態度から恋愛感情を察することなど容易だったと思う。
それでもなお澪白は私から離れようとしなければ、寧ろ私とより一緒にいる時間は年々長くなっていった。
中学2年では同じクラスになって殆ど全ての行動を共にし、中学3年では同じ高校に行こうと約束をして、修学旅行先の京都では夜に抜け出しては二人で鴨川の河川敷に並んで座ったりもした。
告白してから思う。
遅すぎたのかもしれないと。
もっと早く告白していてもよかったんじゃないかと。
告白してから早7日が経った。
澪白からの返事はない。
悶々とした日々が過ぎ去る中、私と澪白にはぽっかりと微妙な距離感が生まれていた。それも仕方ないことだと私は澪白の事情を慮る。告白を保留している相手と何を話そうとしても、結局会話が上滑りしてしまうことが目に見えているからだ。
……でも。
正直に言って……澪白がここまで悩むとは思わなかった。
なんて言うと烏滸がましいかもしれないけど。
そりゃ社会的な見られ方もあるだろうし、本人の主義思想もある。
私の告白を受け入れることは、簡単なことじゃない
それでも澪白は私の告白を承諾してくれると思ってた。
こんなに返事に窮すると思ってなかった。
断られるんじゃないか、これ?
いやいや私、弱気になっても意味がない。
もう私の意思で賽は投げられてしまったんだ。あとは澪白の気持ち次第。例え断られたとしても、澪白の本心がそうであるなら、私は最大限尊重するつもりだ。未来は分からないけども、少なくとも。
私はそう考えていた。
───澪白が見知らぬ男子生徒と手を繋いでデートをしているところを見るまでは。
偶然だった。
本当にただの気分転換だった。
学校の授業の無い土曜日。図書館で本を借りてこようと思って自転車を漕いでいる最中の出来事だった。
澪白の後ろ姿を見かけて、声でも掛けてちょっと話そうかと思った私の目に、隣に並んで歩く男子の姿はすぐに目に飛び込んできた。
誰だこの男。
高校のクラスメイトではない……澪白には兄弟もいないし、中学の知り合いか?
私は自転車から降りると、歩いて澪白を追いかける。
二人は喫茶店、ゲームセンター、電車で移動してショッピングモール、そして夕焼けの公園と姿を移していった。
私も自転車を駅の駐輪場に置いてその後を追って、そして。
二人の唇が重なるのを見て、頭が真っ白になった。
真っ白、なんて陳腐な言葉じゃ片付かない。
地平全ての砂が大波で洗い流されて岩盤しか残っていないような、そんな脳内の思考回路を全て無に帰すような衝撃。
見間違えでも勘違いでもない。
自分から……澪白からキスを求めていた。
それが全てで、それが事実で。
私は振られていた。
とっくのとうに振られていた。
青天霹靂だなんて目じゃない。
私は───私は。
ただの浮かれた馬鹿でしかなかったんだ。
本当は、澪白からしたら私はキープでしかなかったのかもしれない。
或いは澪白の中じゃ私なんて大した存在じゃなかったのかもしれない。
友人と思っていたのは私だけで、澪白からすれば唯の腐れ縁だったのかもしれない。
かもしれない、かもしれない。
なんて。
無秩序な妄想だけが膨らんでは破裂して、胸が一杯になって苦しくなる。
驕っていた。
私は澪白の特別な存在に───なれなかった。
家に帰ってベッドの中に入ると、暗く温かい毛布に包まった。
心地良い。
嫌な現実、忘れたい相手、滑稽な自分。
眠気と共に全てが心の中で溶けていく。
どうせまた目が覚めたら強固な現実として眼前に出現するんだろうけど。
ふわふわと回らない頭で寝がえりを打って、目を閉じながら考える。
告白したのが間違いだった。
私は、澪白との関係性を明確なものにして、次のステージに進めたいと思ったけど、それは悪手でしかなかったと今なら言える。
それどころか───澪白とああやって親しく馴れ合っていたのも良くなかった。
これはお互い悪影響だったと言える。
澪白からすれば私からの告白なんて困りごとでしかなかっただろうし、私はそんな澪白の気持ちを知らずに意気揚々と天守閣に上がりきった気持ちでいた。
……自分勝手で勘違い乙女で気持ち悪い。
数日前に告白した自分を殺したくなる。
両想いであると、主観的な確証だけで勇んで踏み切った私。
その相手に本当は彼氏がいると絶望する私。
愚か者の末路として、なんて相応しいんだろう。
断言───断言できる。
こんなことになるなら、私と澪白は仲良くなるべきじゃなかった。
澪白と距離を置いて、本来の有るべき関係性、同じクラスの友達程度の関係性として一線を引くべきだった。
こんな思いをするなら私は澪白と仲良くなるべきじゃなかった。
過去に戻れるなら───私は澪白とは距離を置いて、別のコミュニティに属す。
過去に戻れるなら……。
過去に……。
泡のように意識は弾けて、意識が薄暗い闇に飲まれる。
夕方16時。
私は寝入った。
一度目の、タイムリープだった。
まだストックそんな無いので正月頑張ります。
あらすじの登場人物名、仮置きしてた名前から変えてなかった…何年やってるんでしょうね…。