拝啓、最低なキミへ   作:金木桂

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#2 告白当日

 

 

 目が覚めるとカーテンの隙間から、喧しいほどに眩い朝日が部屋を照らしていた。

 

 朝か……。

 ……。

 

 あれ、昨日寝たの夕方なのにもう朝。

 どんだけ熟睡したの私。

 確かに精神的に疲労困憊ではあったけど、だからって、半日以上寝るような感じでもなかったんだけど……。

 

 まあ寝てしまったものは仕方ない。

 たっぷりと一睡したことで思考回路もある程度上向いてるし。

 私は未来志向な生き物なのだ。

 

 澪白のことは───置いておくことにする。

 下手に触ってもお互いに傷付くだけであるのは自明の理で。

 ならば一旦放っておくという手段も検討に値する、などと考えながら私は欠伸をする。

 切り替え。切り替えが大事。

 今でも澪白のことは好きだけども、彼氏がいる澪白に未練がましく付き纏っても良いことはないからね。

 

 今日は折角日曜日だし、羽目を外して遊びに行くのもアリかもしれない。

 遊ぶ相手はいなくなったけどそこは大丈夫。今は一人になりたい気分だから。

 

 脳裏で本日の予定を立てながらスマホを確認する。

 ───『4月23日(火)』の文字がロック画面に表示されたのを見てバグを疑う。

 

 おかしい。

 今日は4月28日の日曜日のはず。だって昨日が土曜日なんだからどう考えてみても今日は日曜日でしかない。

 まさか3日ずっと寝込んでいたわけじゃないし……。

 とにかく、スマホの表示は変だけどスマホの不調か何かだろう。

 そう思ってあまりに気にも留めないまま適当な私服に着替えて、私は1階に降りる。

 

 1階ではキッチンで料理をする母親と、リビングでスマホに夢中になっている妹がいた。何時もながら父はもう出社しているみたいだ。日曜なのに休日出勤なのかな、朝早くから大変そう。しかし将来私も社会人になると思うと、まだ先の話なのに気が重くなるな。

 というか。

 

「おはよ夏音(かおん)……なんで制服?」

 

 福生家の次女にして私の妹、福生夏音(ふくさかおん)は私の声に反応すると眠そうに瞼を中開きにする。

 

 夏音はツインテールが特徴的な、年齢よりも少し幼い雰囲気を持った中学2年生だ。制服は今年私が卒業したばかりのブレザーで身を包み、しかし服と反して全体的にはまだまだ成長期半ばという相貌のため、一見すれば背伸びをした小学生に見えなくもない。まあそれが同年代の男子的に良いのか分からないけど、去年私が在籍しているときにこの妹は10回は告白を受けたとかいう話を聞いたりもした。一応外面では元気っ子で通しているから、それも相まって人気があるとかないとか。

 しかし、家での話をするなれば、こいつは私のことを大いになめている。

 軽い悪戯や意地悪は日常茶飯事。3つも下の癖に私の名前の春乃を文字って『はるのん』とか呼んでくるし、挙句にはよくよく私の私物を持ち出しては自分の物にしようとする悪癖まである。盗っ人猛々しいとは夏音のことを指す表現に違いない。

 学校では純粋無垢な元気っ子の猫を被り、家では傍若無人な可愛くもない妹。

 

 そんな夏音だけども、朝から揶揄う気力は無いらしく、私の言葉を聞いて純粋に首を傾げていた。

 

「はるのん寝ぼけてるの?」

「はあ」

「今日平日なんだから制服で当然でしょ」

 

 日曜日はいつから平日になったのだろう。

 いや、私が寝ている間にも国会で新しい法案が可決されていた可能性はあるか。例えば日曜休日制度を撤廃して、全国民は6勤1休で働いて働いて働いて下さい、みたいなアルティメット社畜国家日本が誕生していた可能性とか。

 でも日曜じゃなくて今日は火曜日だって夏音は言ってるし違うか。

 スマホの表示も火曜日だし。

 

 やっぱり過眠で火曜日までスキップしてしまった……?

 

「……妹、今日って何日?」

「その呼び方止めてって。夏音って言ってくれないと答えないし」

「いいから答えよ」

 

 ぶーたれる夏音を脅すように急かせば、夏音は不平不満を顔に出しながらも答える。

 

「23日だし。何もない素敵な平日」

「ちなみに何年?」

「2025年だけど……ってそれ聞く必要ある? タイムリーパーなの?」

 

 夏音から怪訝な眼差しで見られるけど、そんなのはどうでも良い。

 だって───つまり。

 現状を整理すると。

 常識さえ無視してしまえば、私は過去に戻ってしまっているという仮説が一番合点がいく。

 有り得なすぎて今まで可能性から排除していたけど、腑に落ちた。寧ろこれしか腑に落ちない。

 

 今日は4月23日。

 私が───澪白に告白を敢行する日。

 自分の愚かさを呪いながら後悔に苛まれる、その発端となる日。

 

 だけども、今の私はこの朝時点ではまだ澪白には告白をしていない。

 放課後の校舎裏への呼び出しすらしていない。

 全ての事が起こる前の時間帯。

 私からすれば非常に都合が良い時間軸。

 

 と、なると。

 本来予定していた告白を辞めることは容易い。

 過去改変が出来るってことだよね。

 少なくとも、4月27日の未来を経験した私が、澪白に告白することはない。

 澪白から男を理由に振られることもない。

 

 ……澪白には振られているのには変わりはないけども。

 昨日───この時間軸からすると未来で起きた澪白と見知らぬ男子とのキスのワンシーンが脳裏に蘇り、私は嫌な気分になる。

 でもそれは乗り越えなきゃならないもんだ。

 たった4日程度であんな親密な恋人関係が築き上げられるとも思えない。過去に戻ったとしても、既に澪白はあの男子と懇ろな付き合いであるのは疑いようもない事実。だとしたら何で私の告白を保留したのかというモヤモヤもあるけど。

 

 もう、良い。

 どうせ私は澪白とは他人同士なんだから。

 片思いはもう止める。

 勿論止めると宣言して簡単に行くわけも無いから、まずは距離を離す。

 だから、親友は───止める。

 もう、幼馴染───でもない。

 ただのクラスメイト───それが私と袴田澪白の新しい距離感。

 

 それが過去をやり直す贅沢を得た私の方策。

 出来るだけクラスでも澪白とは話さず、放課後も一人で帰ろう。

 それが良い。

 そうした方が彼氏がいる澪白の為でもあり、失恋を払拭したい私の為でもある。 

 

 私は頭を擦りながら、眼が冴えてきたとばかりに瞬きを何度か繰り返してみせる。

 一応弁明はしておこう。

 

「ごめん、寝ぼけてたみたい」

「ちゃんとしてよはるのん。ただでさえ、はるのんってコミュ障気味なのに高校入学早々からそんなぼおっとしてたら友達出来ないよ?」

「夏音の癖にうるさいな」

 

 実際、澪白以外の友達は私にはおらず、指摘自体は鋭いのがウザい。

 

「五月蠅くもなるってば。ただでさえ根暗で感じ悪い女なのに、更に頭までパアじゃ妹の沽券に関わるもん」

「なんだとコノヤロー」

「ばーか野郎じゃなくて女郎(じょろう)だし! いたたたたっ!」

 

 意味も知らずに語感だけで言ってるのが丸分かりなんだよ。

 この馬鹿妹。調子に乗るな。

 と、そんな教育的指導の意図も込めて頬を抓り上げる。

 数秒間グネグネと動かしてから手を離せば、夏音の頬は若干赤くなった。物理的に。

 

「痛いんだけど!」

「姉への名誉棄損に対する刑罰がこれくらいで済んだことを感謝したまえ」

「なんだとー! ……いたたたたっ! ギミュ! ギニュだから!」

「ギニュー特戦隊?」

「ギブ!!」

 

 夏音の右手が私の頬に伸びてきたので避けてカウンター。

 ふふふ……3年先に生まれた姉の裏を搔こうなど百年早いわこの間抜け。

 

 頬を引っ張られながらもギブを訴えかけてきたので仕方なく私が手を退かせば、夏音は若干涙目になりながら私を見上げる。

 

「うえーん、姉々(ねえねえ)が虐めるー」

「信賞必罰に従っただけなんだけど? てか姉々(ねえねえ)ってなに……気色悪い……」

「はるのんが酷すぎる!」

 

 そりゃ猫撫で声のまま今まで言われたこともない呼ばれ方をされたら、人間、打算とか裏を疑うに決まってるよね。気色悪いでしょ。

 夏音は肩を竦めると、涙をスッと引っ込め、やれやれと言いたげに手を振った

 

「そやってすぐに手が出るから友達が袴田以外に出来ないんだよ?」

「妹から指摘される謂れはないからねそれ」

 

 鬱陶しくなった私は妹の口を手で塞ぎながら考える。

 普段なら示し合わせるわけでもなく澪白とは一緒に登校するんだけど、今日は道と時間をずらしてしまおう。

 それがいい。

 私が澪白と疎遠になる第一歩は、二人きりの時間を削ることから始まるのだから。

 

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