通学路は遠回りをした。
お蔭で澪白と会うことはなかった。
それは既定路線だったけど……。
しかし本当に過去に戻ってるとはなー……。
町行く学生達に黒や紺のスーツを着たサラリーマン達。今日は本当に平日らしい。
考えれば考えるほどに非現実的。
でも戻ってしまったものは仕方がない。
理由なんて考えても分からないしね。
大事なのは、この千載一遇の機会をどう活かすか。
折角過去に戻ったんだ。ドラマとか映画の主人公みたいに、タイムリープでしかできない何か特別なこととかもしてみたい。
例えば宝くじが当たれば最高だし───まあ当選番号覚えてないけど。
或いは今週のテストでズルが出来る───今週テスト無かったな。
ダメだ!
私の貧困な想像力だとあんまり有効的な活用法が思いつかない!
でもタイムリープなんて今後の人生でもう一回経験できるか分からないから、何もしないはしないで勿体ないお化けに襲われそうだし。
……それに、何か考えていないと澪白のことを考えてしまいそうになるし。
幾ら私が未来志向な女でも、想い人が裏で彼氏を作っていた事実は10tハンマーで殴られたくらい重たい事実なのだ。
特にタイムリープだからとやりたいことを考えてみたが、登校中に思いつくわけも無く、気が付くと私は学校の下駄箱で上履きに履き替えていた。
階段を上がりながらも、緊張で汗が滲む。
思えば始めてじゃないだろうか。澪白とこんなにも距離を置こうとするのは。
私たちはこれまで喧嘩を一度もしたことないくらい仲良しこよしで───そんな綺麗な思い出が脳裏を過るたびに罪悪感で脳味噌が縮まりそうになる。
『今ならまだ、告白をしなければ今まで通りの関係に戻れるよ?』と悪魔の私が囁く。
でもダメ。ダメなんだそれは。
澪白と一緒に居たら……また私は繰り返す。
ふとした切っ掛けさえあれば、絶対に私はまた告白する。
自分のことだ。自分が一番分かる。
どれだけ辛くても、自分の半身が千切られているみたいに痛くても、この道は引き返せない。
ぎゅっとスカートの裾を掴んで、過去の記憶に蓋をするように階段を強く踏みしめる。
強く。
より強く。
心持ちを固くするんだ私。
もうこれからは───ただの同級生になるんだ。
私は教室のある4階まで来ると、既に登校している澪白の残り香が肌を粟立たせて、本能的に躊躇心を覚えながら、何とかいつも通りに教室へと入った。クラスメイトの視線が一瞬私へと突き刺さる。しかし登校してきた人間が私であることが分かるや否や、視線はすぐに散開した。
……一人を除いて。
視界の隅で確認すれば、私の元想い人、袴田澪白だけは私に視線を注ぎ続けている。
そうだろうそうだろう。澪白からすれば私は一緒に登校する約束を破って朝のHRギリギリに登校してきた私に不信を抱いているに違いない。
好きな人から注目を浴びていることに微かな高揚感を覚えつつも、そんな感傷は振り切って、私は澪白のことを考えないようにする。
幸い席は遠い。澪白は窓側で私は廊下側。
丁度本鈴が鳴ったこともあって、朝の時間帯に澪白から話しかけられることはなかった。
でも昼休みまでには話しかけてくるはずだ。
登校中に澪白から来ていたチャットも既読スルーをしちゃっているから、事情聴取は避けられない。
でもこの朝のHR時間で心臓を落ち着かせることは出来る。
高地順応するかのようにスーハ―スーハーと静かに呼吸を繰り返して、幾分か緊張感を散らすことに成功。
よし……っと。
澪白がいるこの空気に肺が慣れてきた。
これで多少は正常心で澪白と話せる気がする。
朝のHR中が終わると、予想通りというべきか、徐に澪白は立ち上がって私の席へやってきた。鋼鉄を纏わせたような無表情な碧眼で私を射止める。
「寝坊でもしたの?」
「ううん、そう言う訳じゃないんだけど」
「うん」
幽鬼の如く、不気味で捉えどころがない相槌だった。
湿った口内を乾かすように私は一度息をつく。
「ただ……さ。私たち、ちょっと距離が近すぎると思うんだよね。中学からずっと2人でいたけど、高校だと友達まだできてないじゃんお互いに。1回見直す必要があるんじゃないかなと」
「そんなの今更じゃん。なに。私に不満があるなら言ってよ」
「ないよ。ないない」
「それとも……誰かに変なことを吹き込まれた?」
「澪白以外の誰かなんていないって」
「ふーん」
未だ訝しむ面持ちを崩さない。
確かに唐突な話の持ち出し方だったのかもしれない。
澪白の綺麗な顔を見ると発言を撤回しそうになる……けどね。
やっぱり頭に浮かぶ。
澪白がキスを強請って知らない男子がそれに応える、私からすれば昨日の出来事を。
確かに私も出来る行けると確認を持った私も愚かだったけども。
それでも……あれは……裏切りだよ。
せめて私の告白を断ってくれているなら、全然構わなかった。いや訂正。凄い構うけども、それでも一定の納得はしたと思う。
でも結論を出さないまま男子と付き合うのは……無いんじゃないかな。
私ってその程度の存在なんだって。
澪白の中では誠意の欠片すらも見せる価値も無いくらいに大した存在じゃないんだって。
そう思っちゃう。
思ってしまう。
……そっか。
私は怒ってる。
澪白の不義理に怒ってるんだ。
言葉にすれば凄い腹落ちした。
私は澪白に怒ってる。
それはもう、恋愛感情とか通り越して───澪白との関係性解消を目指しているのとは別の感情で───私は非常に立腹である。
理解はしている。
この世界軸で私は告白をするつもりもないし、恋心を言語化もする気も無い。
筋違いだから───表情に出さないよう我慢しなきゃ。
笑顔、笑顔。
「私さ、人生をもっと深めたい。このまま澪白と送る学生生活もそれはそれで楽しいんだろうけど……刺激が足りないというか……心地良くて脳が溶けるというか……だから敢えて澪白にから離れて自分にストレスを与えたいんだ」
咄嗟の言い訳にしてはそんなに悪くはないような気がした。
実際私たちの現状は共依存に近い。共依存は長く続かない。早ければ大学進学で澪白とは進路を違えることになる。そうでもなくともその後の社会人生活、その後の人生。結局早いか遅いかの違いでしかない。
……私と澪白は一緒になることも、ないからね。
ただ突然言って納得するほど物分かりが良い澪白じゃない。
一筋縄では行かないだろうなと考えていれば、澪白は少し気後れしたように半身引いていた。
「春乃、誰か邪魔者でも殺そうとしてる?」
「いやなんで!?」
「犬歯を剝き出しにして獰猛な笑みを浮かべながらそんな事を言ったら誰だってそう思うけど」
「いやいや思わないでしょ」
大分バイオレンスな澪白である。
でもそうね……上手く笑えていなかったかー。
仕方あるまい、笑顔は成績優秀な私の唯一にして最大の不得意科目だ。
澪白はコクリと顔を横に倒す。ミルクチョコレートのような髪がさらりと頬を流れた。
「ストレスね。私は春乃さえいればこのまま怠惰でもいいんだけど」
どの口で言うんだどの口でどの口で!
と、いう指摘は喉元に押さえつけて。
こんなことを言っておきながら彼氏がいるんだから、人間、内臓までかっぴろげてみないと本性なんて分からないものだ。
「私がやりたいの。澪白は応援してくれないの?」
「……勝手にすればいいんじゃない。応援をするかどう明言する気にはなれないけど、私の許可を取る必要なんてないでしょ。春乃の人生は春乃のものでしょ」
「そっか」
「船荷のない船は不安定でまっすぐ進まない。一定量の心配や苦痛、苦労は、いつも誰にでも必要である───か」
「なにそれ、何かの名言?」
「覚える価値も無い戯言。まあいいんじゃない。やるだけやってみれば?」
澪白は言葉とは裏腹に冷たく言い放つ。
良く分からないけど、ともあれ、案外、淡白に認めてくれたものだ。
これで澪白と疎遠になる大義名分が成立した。
余りにも呆気な過ぎて、やはり私に大した思い入れはなかったんだと少し凹みかけたけど……まあいいか。
澪白の言質は取った。
やるだけやってみればって言ったからね。
私を振ったことを後悔させてやる───は違うけど。
でも、そのくらいの意気込みでやってやる。
───と、そう思っていたけども。
澪白はそれからも私に話しかけてきた。
昼休みには「食堂行こうよ。今日のA定食、和牛ハンバーグって噂だよ」と、断るにも角が立つ(過去に戻ろうとも私は澪白に友達もいないので断りづらい)申し出をされたので、仕方なく一緒に昼ごはんを食べ。
放課後には「やることないでしょ。今日はカラオケ行こ、クーポンあるから奢るし、デートしよ」とこれまた断りづらいお誘い。それは勉強を理由に何とか断った。
しかし毎回誘われたら流石に断るのも気まずい。今日はまだ固い決心があったから断ることが出来たけども、何度もそう誘われて断れるほど私はまだ澪白に対する未練を捨てきれていないのだ。
てか私、距離を離そうって言ったよね。
一度関係を見直そうって言ったよね。
なんでいつも通り話しかけてくるんだ。
……まあ、やっぱり言って簡単に聞くような人間じゃないってことか。
それにもしかしたら。
私が澪白のいない毎日を想像できないのと同じく、澪白も私と関わらない毎日を想像できないのかも。
だとすればこの上なく嬉しい事ではあるけども、でも彼氏を作ってるんだよな……。
全く何なんだこの澪白って女は。誰が好きになるんだよこんな面倒くさい女。
私か。
あといつの間に作っていた彼氏も。
死にたい。
ぬめぬめと複雑な感情が胸中で蠢く。
帰り路に甘いコーラを飲みながら情緒不安定な精神を何とか立て直す。
このままじゃ何も変わらない。
過去に戻った利を生かせない。
何か対策を立てないと。
───そうだ、部活動に入るとかどうだろう。