命削りの秋茜 ―終わりへ向かう歩みの記録―   作:鈴目蜂

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第13話

 

 「最近、うまくやっているようだね」

 

 

 「えぇ、教える側の苦労を如実に実感しています」

 

 

 ――パチンッと、部屋に乾いた音が響く。

 

 

 「それは良かった。僕も色々便宜を図った甲斐があったよ。はい、王手」

 

 

 「色々とありがとうございます。この将棋盤もくれたし、彼女に武器も与えてくれました。……でも、本当に妖槍はもうないんですか?」

 

 

 王の駒を横にずらし、角の射線から逃す。

 

 

 「そんな簡単に言わないでよ。魔具なんてそう転がっている訳じゃないんだし。あの妖刀を手に入れたのも、結構偶然の産物なんだからね」

 

 

 「それは分かってますけど、てっきり魔具の作り方とか師匠なら知ってるもんだと」

 

 

 桂馬を動かして、銀を取れる位置に置く。

 ……あっ、逃げられた。それどころか、このままじゃどう動かしても桂馬を取られる。どうしよう……。

 

 

 「……いや、それは一応知っているよ」

 

 

 「そうなんですか?」

 

 

 割と冗談のつもりだったのに。

 

 

 「まぁね。すっごく面倒だからあんまり作りたくないだけ。どっかにそういう本がある筈だから、後で見せてあげる」

 

 

 「ありがとうございます」

 

 

 よし!飛車を裏返して"龍"にできた。後は、最初に突っ込ませた銀と一緒に側面から詰められる!

 

 

 「……まぁ、彼女は槍との相性が悪いからあげないし術を教えるつもりもないけどね。彼女の肉体は特殊だし、君と同じで下手に教えすぎるとかえって悪影響だよ」

 

 

 「だからってアレはどうなの?って思いますけど」

 

 

 「……まぁ、僕も斬馬刀なんて選んだ時は面くらったけど、本人が決めたんだからしょうがないでしょ。多分、天性の勘とかそんな感じだと思うから、任せて良いんじゃない?……はい、王手で詰み。終わり」

 

 

 「えっ、嘘!」

 

 

 見れば、手持ちから打たれた歩で押さえられていた。仮にとっても金で取られる。

 逃げられない、私の負けだ……。

 

 

 「も、もう一回」

 

 

 「ダメ。出直して澪花ちゃんと一緒にやってきなさい。そもそもとして、彼女とやるために覚えてるんでしょ?歴も彼女の方が長いっぽいし、教えてもらいながらやった方が絆も深まるんじゃない?」

 

 

 「それは、そうなんですけど……」

 

 

 こう、なんというか……失敗するたびに澪花ちゃんの目が怖いというか。多分私の錯覚なんだろうけど、「なんでこんなとこで躓いているの?」みたいに思われているんじゃないかって不安になる。

 はい。私だって偶にはお姉さんぶりたいんです。

 師匠みたいに頼れる大人みたいな雰囲気を醸し出したい。

 

 そんな思いで上目遣いをしてみるが、あんまり反応が芳しくない。

 

 

 「うーうー粘ってもダメ。僕だってやることあるし……それにほら、澪花ちゃん素振りから帰ってきたよ」

 

 

 「え」

 

 

 指さす方に振り返ると、汗で髪を貼りつかせ、肩で息をする澪花ちゃんの姿があった。

 

 

 「……どこから聞いてた?」

 

 

 「……?。なんの話、ですか?」

 

 

 「いや、分からないならそれでいいよ」

 

 

 何も聞いてない。

 ……で、良いのかな?

 すっとぼけてくれるなら、それでいい。

 変に蒸し返されたら私の尊厳が死んじゃう。

 

 

 「それより、どう?その刀……えっと確か、銘は――」

 

 

 「波哭(はこく)です!」

 

 

 「そう波哭。一応扱えてるみたいだけど、体力とか大丈夫?ずいぶんと重いんじゃない?」

 

 

 彼女の手に握られる、一本の太刀を見ながらそう言う。

 特徴的なのは、やはり大きさ。群青色の鞘に収まったその全長だけでも私の身の丈を越える勢いであり、分類上は大太刀と呼ばれる物であると師匠から教えてもらった。

 

 軽く見てみた感じ、最初は重さに振り回されるままだった。

 しかし徐々に適応し、今日にはもう、その重さを活用して薪をぶった切れるようになっていた。

 

 

 「……はい。確かに今はまだ重いです。だけど、私はもっと大きくなって、この刀を自由自在に扱えるようになってみせます!」

 

 

 「そっか、そのためにはご飯いっぱい食べて頑張らないとね」

 

 

 「はい!」

 

 

 年相応の笑みに、私も顔がほころぶ。

 彼女はまだまだ成長期。きっと、そう遠くない内に言葉の通りになるだろう。

 ……でも、背丈だけは私より高くなって欲しくないな。って思うのは野暮だよね。

 

 ……うーん、そうだな。

 

 

 「せっかくだし、一戦やってみる?」

 

 

 「……いいんですか?」

 

 

 「平気平気。ちょっと体を動かしたいと思ってたところだし、試金石になってあげる。どうせなら、その波哭も使ってみよ?」

 

 

 「……え?」

 

 

 思い立ったが吉日。澪花ちゃんの手を握ると、稽古場へと向かう。

 

 実際戦ってみないとわからない弱点とかあるからね。

 善は急げとも言うし。そういうのは早めにやった方が得だ。特に斬馬刀みたいなのは技術書とかないから、自分で試行錯誤して体の使い方を学ばなければならない。

 ……かっこ悪いところ、見せないようにしないとね。

 

 

 

 

 

 「じゃあ準備は大丈夫?」

 

 

 「……私は大丈夫、です。けど、もし当たったら……」

 

 

 「いいのいいの。私って骨折程度ならすぐ治るから。胸を借りるつもりで、ドンと来て!」

 

 

 私は、いつもの稽古槍を中段に構える。

 澪花ちゃんは波哭……を鞘に収めて紐で抜けないようにし、その周りを布で覆っていた。

 簡易的で褒められたものじゃない。でも斬馬刀級の木刀が無かったからね、しょうがない。でもこれで、仮に当たっても死ぬことはない……と思う。

 

 私が引く気がないと分かったのか、澪花ちゃんは観念したように一つ息を吐き、上段に構えた。

 諸手右上段。それより更に奥に手を置き、刃を背中で隠していた。

 斬られる前に唐竹割りでぶった斬る。そんな捨て身の構え。

 

 だけど、

 

 

 ――怖い。

 

 

 私は澪花ちゃんとの距離を、実際より遠く感じていた。

 

 刀と槍、どっちが強いかと論争になるが、基本的には槍の方が優勢だ。

 理由は間合いの差。

 もちろん状況によって評価は逆転するが、圧倒的に間合いというのは戦況を決定づける。

 だからこそ、農民の多くが槍を選ぶ。間合いは心理戦でも表れ、刀側が三歩踏み込まないといけないのに対し、一歩動くだけで勝負が決まる。その差は、相手に相当な負担を強いる。

 

 だが今回は、その利点が逆転していた。

 私の槍は取り回しをよくするために、柄を切り詰めている。

 長さにして六尺。実際に握っている位置を考えれば、間合いはさらに短い。

 

 対して、澪花ちゃんの波哭は七尺。

 布で包んでいるとはいえ、あの長さを十分に活かし振り回されることによって生み出される破壊力は、骨を容易く粉砕できる。そんな気がした。

 

 私も大きく息を吐く。

 

 

 「じゃあ、いくよ」

 

 

 コクリと、頷く。

 それを確認し、僅かに芽生えた後悔の念を踏み越える。

 

 

 ――一歩目

 

 

 いつもと変わらず懐に飛び込んで一本とるだけ。

 懸念点は一つ。上段から振り下ろされる重い斬撃は、一撃だとしても潰されるだろう。それだけの怪力を彼女の細腕は内包している。

 

 

 ――二歩目

 

 

 おそらく、すでに彼女の間合いに入っている。でも彼女は動かない。流石に彼女自身も分からないってことはないと思うけど。  

 ……いや、違う。これ、

 

 

 ――三歩目

 

 

 ――私が二歩ぶん間合いの中に入って、避けられない瞬間を待っていたんだ。

 

 爆鳴。

 

 頭上から降ってきたのは「斬撃」というより、鉄柱の墜落に近かった。

 ガキンッ、と硬い音が脳髄を揺らす。

 

 でも、防げた。

 

 鈍い音と共に、長い刀身を跳ね上げる。

 

 

 「……っ!」

 

 

 初撃を槍の柄側で面から弾き飛ばしたが、両腕の感覚が一瞬で消し飛ぶほどの衝撃。

 

 立ち直りは澪花ちゃんの方が早い。

 

 弾かれた勢いを殺さず、独楽のように体を鋭く回転させた。遠心力を乗せた横薙ぎが、空気を切り裂く。

 反射的に頭を下げた直後、頭上を「ゴォッ」という凄まじい風切り音が通り抜けた。

 

 

 「よし!」

 

 

 完全に空振った。

 体勢が崩れている。今突っ込めば当てられる。

 そう思い、顔を上げる直前だった。

 

 ――重心が、崩れていない?

 

 首元をぞわりとした悪寒が走った。

 

 澪花ちゃんの腰が捻れる。

 圧縮された撥条のように腕が跳ね上がっていた。

 

 一拍遅れての斬り返し。

 先ほどとほぼ同じ軌道で、白線を描く。

 

 あまりにギリギリだったため、巻き上がった髪が引っ張られる。だけど、それだけで済んだ。一瞬遅れていれば、顔面をぶち抜いていた。

 

 澪花ちゃんは刀を強引に引き戻したことによる反動か、ズザザッと床を削りながら後ろに一歩下がっていた。

 そして、構えるは先程と同じ上段。しかし今度は安定した八相の構え。

 

 ――分かっていた。これだけで終わるはずがない。

 

 だが、四連撃は流石に想定外。

 

 口元がヒクつく。

 

 正中線への振り落ろしが迫る。

 だけど、

 

 

 「唐竹割りが、一番やりやすい」

 

 

 槍の側面に当て、流す。

 弾いた訳ではないため、澪花ちゃん側には一切の手応えが無かったに違いない。その証拠に、小さな口をポカンと開いていた。空振った太刀が床を割り、亀裂を作る。

 でも、すぐに復帰するだろう。

 

 ――それで十分。

 

 踏み込み、身体を割り込ませる。

 背中の体当たりで、身体を浮かす。

 

 今度こそ姿勢が崩れ、重心が後ろに傾いた。

 澪花ちゃんは体勢を立て直そうと、後ろへ跳ぶ。

 

 

 「……ぁ」

 

 

 澪花ちゃんも分かったみたい。これで詰みだって。

 この間合いじゃ、刀は振れない。戻すにも、構え直すにも、間に合わない。

 

 

 ポンッ

 

 

 澪花ちゃんの胸元を、軽く突く。

 

 私の勝ちだ。

 

 

 「……ぐへゅ」

 

 

 澪花ちゃんは、勢いのまま後ろに倒れ込む。

 お尻を痛めたんじゃないかと心配になったが、そんな柔じゃないだろう。

 大の字になって寝転んだ澪花ちゃんの横に、私も腰を下ろす。

 

 

 「……負けちゃった。いけると思ったんだけどなぁー……」

 

 

 「まぁ、良い線はいってたと思うよ。とはいえ、流石に刀振り回してるだけの素人にまだ負けるつもりはないからね」

 

 

 そうは言うけど結構危なかった。特に三撃目の斬り返しとか、頭が吹き飛んでたかもしれない。

 いや、流石に無理のある動きだったし、それはないか。

 

 ――ん?無理のある動き?

 

 澪花ちゃんは顔を覆い、口を固く結んでいた。

 試しにその脇腹を小突いてみる。

 

 

 「……ギャっ!」

 

 

 すると、彼女はあられもない声を上げて悶えた。

 ……やっぱり。

 

 

 「動かないで。腰と腕にかなりの無茶をかけて動いたんでしょ。按摩してあげ……る!」

 

 

 「ちょっ待っ――きゅあっっ――!!」

 

 

 親指を押し込むと同時に、道場中に絶叫が響いた。

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 「……そろそろ機嫌直して、澪花ちゃん。お詫びに私の羊羹もあげるから、ね?」

 

 

 「……。」

 

 

 あっ、受け取ってくれた。でもまだ足りないみたい。

 むすーっとした仏頂面で、兎を模った練り物をつつく澪花ちゃんを尻目に手を上げて店員を呼ぶ。

 

 

 「すみません。緑茶おかわりと、おはぎ一つお願いします」

 

 

 「は〜い!」

 

 

 店員の元気な声が響く。

 私たちがいるのは、麓の茶店。以前妖魔を倒してくれたお礼ということで、軽いおまけがつくので毎度お世話になっている。

 中にはこじんまりとした机が二つ、外に長椅子が一つ。あまり人気はないが、寂れてはおらず、しっかりとした店構え。

 言い方は悪いが、町に埋もれた店だ。

 

 ……まぁ、それが良いんだけどね。

 なんてったって、変装しているとはいえ、半妖である澪花ちゃんは厄介事を招きやすい。

 

 現在の澪花ちゃんは、包帯で右手と顔を覆い、その上に長袖の小袖を纏い、腕と脚を隠している。

 小袖は、水色を基調に白い装飾が施されており、芝桜の模様が描かれている。帯は紫色。更にその上から頭巾付きの外套で髪を包んでいた。

 せっかく櫛でといてあげたのに、綺麗な髪が台無しである。

 

 ……いずれは、一人で町に行けるようにしたいな。

 外出する?と聞いたとき、まだちょっと不安げな顔をしており、ここに来るまでもずっと引っ付いていた。

 

 その様子を思い出すと、勝手に頬が緩んでしまった。

 当然、澪花ちゃんはいぶかしげな顔で聞いてくる。

 

 

 「……なに笑ってるんですか?」

 

 

 「いえ、別に。甘味処に来るのなんて久しぶりだから、嬉しくって。美味しいでしょ、ここ」

 

 

 「はい。特にお茶の渋みとの相性が良いです。特にこの羊羹とか――あ」

 

 

 コツンと、針が空振った。

 

 ……やっぱり、片目だと距離感を測るの難しいか。胴体とかは服で隠せるけど、首から上はどうしても怪訝な目で見られてしまう。だから包帯で目ごと顔の半分を覆った訳なんだけど。まだ、うまく慣れていないみたい。

 お面とかの方が良いのかな?戦闘時、片目は致命的。咄嗟に取ることも難しい。でも、包帯で怪我人を装った方が関所とかで止められづらいし……。

 

 ――まぁ、後で考えよ。今は思いつかない。

 

 結論と共に湯飲みを置く。

 

 

 「じゃあそろそろ反省会しよっか」

 

 

 「……はい」

 

 

 そう澪花ちゃんは返事をすると、お茶を飲み干した。

 

 

 「まず目立つのは攻撃が大振りすぎるところ。どうしても一撃を振った後が無防備になりやすい。それを、澪花ちゃんなりに腰の捻りと身体能力で無理やりその隙を潰そうとしたみたいだけど」

 

 

 「……どうしても身体に負担になりやすい」

 

 

 まだ違和感が残るのか、たどたどしく右手を擦る。

 

 でも発想自体は良いように見える。

 きっと、彼女なりに考えた結果なのだろう。咄嗟に頭の中でだけで考えただけでは、流れるような連続斬撃を使うことはできない。何度も何度も刀を振るって試行錯誤した努力の結晶。

 素振りだけであれを成したんだ。

 

 ……まぁ、修行初期にやることではないと思うけど。

 

 

 「そもそもとしてあの太刀はとっても扱いにくい。その点を考慮すると、初見殺しとしては良い線いってるんじゃない?。威力は中々のもんだし、私も少し呆気にとられちゃったもん」

 

 

 「……そうでしょうか?」

 

 

 「そうだよ。だから今はそれでいい。手段の一つとして覚えておいて、身体に負担のかからない他の案も考えてみよう」

 

 

 一応、本心なんだけどね。澪花ちゃんはあんま納得してないみたい。

 でも、それならそれで別に良い。

 結局、決めるのは澪花ちゃん自身だ。

 

 懐を弄り、あるものを取り出す。 

 

 

 「提案なんだけど、こんなものがあるんだよね」

 

 

 「……卵、ですか?」

 

 

 「いや、確かに材料に卵を使っているけど違うよ」

 

 

 机に出したのは、楕円形の白いまんま卵。けど中身は違う。

 

 

 「正解は目潰し薬。唐辛子や砂を混ぜた物を卵の殻に詰めたもので、握り潰して目元にぶん投げて使うんだって」

 

 

 最近、ある程度槍術の基礎を修めたということで教えてもらった。

 他にも鋲や鉄砲など、色々くれた。半分くらい忘れていたが、師匠の得意分野は暗器術だったね。

 何で今まで教えてくれなかったの?と聞いたら、「葵ちゃんは物覚えが悪いから、一つずつ教えるのは得策じゃないと感じたから」だってさ。

 ある程度納得してしまったのが、ちょっと悲しい。でもありがとうございます。

 

 

 「澪花ちゃんってさ、その太刀を片手で扱えるでしょ?。ならこういうのも良いんじゃないかな。作り方は教えてあげるし、どう?」

 

 

 「……良いんですか?」   

 

 

 「いいのいいの。師匠には後で私が言っておくから、澪花ちゃんなりに試してみて」

 

 

 目潰し薬を手渡し、握らせる。

 すると、澪花ちゃんは目に見えて口角が上がった。その姿はまるで年相応の子供のようで微笑ましい。

 

 

 「あっ、取り扱いに重々注意してね?外側は本当に卵の殻で、ぶつけるだけで壊れちゃうから」

 

 

 「……はい。ありがとうございます……!」

 

 

 いつもはジトッとした目なのに、喜ぶときは本当にいい顔してくれるよね。声も一段高くなるし、教え甲斐がある。

 だけど、とりあえず今日はここらへんでお開きかな。

 

 

 「……じゃあ、そろそろ出よっか。流石に無駄話で居座り続けるのもいけないしね」

 

 

 「あ、はい……」

 

 

 店を出ると、もう夕暮れ。 

 空は赤らみ、日が向こうの山に半分ほど隠れていた。

 

 これから夕飯作るのは嫌だし。飯だけ炊いて、総菜は適当に買って済ませるかな。

 

 

 「澪花ちゃん。今日は夕飯買って帰るつもりなんだけど、なんか食べたい物ある?何でも言ってみて」

 

 

 試しに聞いてみた。

 すると、

 

 

 「……えっ?、私は別に何でも――いや……じゃ、じゃあ」 

 

 

 澪花ちゃんは少し躊躇う仕草をし、煙を炊く向こうの店に目をやった。

 

 

 「……鮎の塩焼きとか、どうですか?」

 

 

 そういう系かー。

 

 

 「お魚、好きなの?」

 

 

 「……はい。ダメ、でしたか?」

 

 

 「いや、大丈夫。鮎の塩焼きね」

 

 

 師匠も入れて三匹。後は漬物を出すとして、みそ汁も作るか。ほうれん草と豆腐はあったよね、確か。

 でも、それだけだと少し嫌だな……。

 

 

 「せっかくだし大根も買って、おろしも作っちゃおう――って、どうしたの?」

 

 

 不安そうな顔を一転させ、キラキラと目を輝かせていた。

 なんで急に笑顔に?そんなに鮎の塩焼きが大好物だったの?でも、タイミング的に少し違う気がするんだよね。目の色を変えたの、大根云々の話をした時だし。……うん?

 

 まさか、ねぇ……

 

 

 「……そういえば、しょうゆ切らしちゃってた。店は向こうだし、大根おろしは止めておくか」

 

 

 「……え?」

 

 

 露骨に。本当に露骨に、彼女の口元が「への字」に曲がった。

 頭巾の奥で、見えないはずの耳までしょんぼりと垂れ下がっているような、そんな絶望感。

 

 

 「いや、冗談冗談。しょうゆはちゃんと残ってたし、大根も買うから、そんな顔しないで」

 

 

 「……。」

 

 

 あれま。不貞腐れちゃった。

 でもまぁ、澪花ちゃんの好みが何となく分かった気がする。

 さっきの甘味処でもそうだけど、なんか合わせるおまけを出すと機嫌良くなるんだよね。甘味を出すより、普通の苦いお茶を出した時の方が目を輝かせていた。

 

 ……だいぶ渋い感性してる、って言ったらかわいそうだよね。

 

 若干顔を赤らめる彼女を見てそう思った。

 

 

 「ごめんね。少し気になることがあって、ちょっと意地悪しちゃった。何か他に欲しい物ある?」

 

 

 「……別にいいです」

 

 

 試しに聞いてみると、ぶっきらぼうにそう答える。

 ……流石に、もう物で釣られてはくれないか。

 

 鮎の塩焼きと野菜をそれぞれ買うと、香ばしい香りが周囲を漂う。

 さっき甘味処に寄った帰りだというのに、妙にお腹が空いてきた。さっさと帰って、パパっとご飯作って食べて、早めに風呂入ろ。

 今日は、ちょっと疲れちゃった。

 

 でも胸のうちは真逆の充足感に満ちていた。

 澪花ちゃんも、花がほころぶような屈託のない笑みを浮かべていた。

 

 

 「また、来よっか」

 

 

 「……はい!」

 

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