命削りの秋茜 ―終わりへ向かう歩みの記録―   作:鈴目蜂

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第九話 夜襲で奇襲、それから強襲

 

 時は師走。

 

 山気は凍りつき、息を吸うたびに肺が軋むようだ。

 そんな極寒の中、上半身裸で乾布摩擦を始めようとした馬鹿――もとい師匠に弟子入りして、早一ヶ月。

 ちなみにその馬鹿には、手桶の水をぶち撒けてやったところ。

 

 そんな私は台所で朝食の準備。雑用は、だらしない師匠に代わって私の仕事だ。

 

 

 「うぅ……しかし寒いですね。師匠、もしかしてこの山には雪女とか住んでたりするんですか?」

 

 

 「……いるよ。この寒空に水をぶっ掛けて風邪にさせる、冷酷非道の女が眼の前にね……クシュン!」

 

 

 「……負い目があるので、今回は絶世の美女だと解釈しておきます。……でも次に同じこと言ったら、今度は味噌汁ぶっ掛けます」

 

 

 「ひぇー、恐ろしい。葵ちゃんって素でえげつない事吐くのヤバいよね。……まぁいいや、それより葵ちゃん、ちょっとこっち来てもらって良い?」

 

 

 「?……はい。丁度出来たのでご飯も持って行きますね。はい師匠、本日の朝食です」

 

 

 私は二人分の器を持って行く。

 今日は白飯にたくあん、味噌汁の具は大根とわかめ。シンプルながらも朝食として十分なメニューである。

 

 

 「おー、ありがとう葵ちゃん。それじゃあ此処に立って。あぁあと、ちょっと後ろ向いてくれない?」

 

 

 「……?」

 

 

 言動は怪しいがネバネバとした嫌な感じはしない。いや、正確には少しするけど、目立った悪意は無い。

 今の師匠は至って真面目だ。私の勘はそう言っている。

 だから私は師匠の言葉に素直に従った。

 

 

 「うんそうそう。――じゃあちょっと触るね。」

 

 

 「は?――!!?!??」

 

 

 その言葉を頭で理解するより早く、太腿に氷を当てられたかのような感覚が脳髄を通して突きつけられる。

 

 冷たい手で脚を触られたのだ。

 

 この時、私の足は反射的に跳ね上がっていた。

 

 

 「――ひゃっ!!?」

 

 

 「うん温か――ひゃっ」

 

 

 ――びゅっ、バンッ!!

 

 と、風切り音と共に師匠の横の空気が爆発する。

 

 爆ぜた音の正体は、私の回し蹴りだった。

 思考より先に身体が動いた、躊躇のない一撃。

 本来なら命中率は低いが、今回ばかりは私の踵が師匠の顔面を捉えていた――はずだった。

 

 普通なら、視界に映る前に吹き飛ぶ一撃。

 だが師匠は、紙一重でそれを躱した。

 まるで最初から、私の踵の軌道を知っていたかのように。

 その動きは、感嘆の息を漏らすのに値する。

 

 それはそれとして……

 

 

 

 

 ――カチャ…

 

 

 「待って待って!ふざけたのは認めるけど、割と真面目な問題だから!その手に持ってる味噌汁置いて!?液体は、液体なダメ!沸騰したての熱々の味噌汁とか最悪死ぬから!!」

 

 

 「……」

 

 

 師匠の必死な制止に渋々、本当に渋々、味噌汁をちゃぶ台に戻して話を聞きます。

 

 

 「お、おおぅ……。まぁ、それで真面目な話なんだけど……」

 

 

 「はい」

 

 

 「……葵ちゃんって隠れて修行サボってたりしてないよね?」

 

 

 「……は?師匠じゃあるまいし、そんな事する訳無いじゃないですか。私は座右の銘は勤勉尚武。さっきも師匠の言いつけ通り、山で走り込みしてきたんですよ?」

 

 

 割と心外な質問に、思わず眉を顰める。

 

 

 「…固い座右の銘。葵ちゃんって武士の家系だったっけ?まぁいいや、それがねぇ……って、話の前にご飯食べちゃおうか。冷めない内にね」

 

 

 「……話は気になりますが、それには賛成です。いただきます」

 

 

 「いただきます!……って、あちち」

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、さっきの話ですが。私がサボってるって思われた理由とは、一体何ですか?」

 

 

 ご飯が半分ほど減った所で改めて師匠に質問する。

 

 

 「単刀直入に言うね。一ヶ月前から、葵ちゃんの体がほとんど変わってない。……変な意味じゃなくて、本当に筋力が増えてないんだ」

 

 

 「は?いやいやそんな事……ありますね」

 

 

 確かにちょっと思い当たる節があった。

 そもそもとして、以前から私は自分の体に違和感を持っていた。

 

 例えば、一時期身長が伸びたのです。私は小柄。

 以前の身長は130cmで、対して今は150cm。成長期だと流していたが、一年でそれだけ伸びるのは異常。

 そして現在、私の身長は一月前から一切変化していなかった。

 

 まるで、成長の前借りをしているようだと、師匠に伝えます。

 

 

 「……うん?そういや葵ちゃん、年いくつ?ちなみに僕は十七くらいだと思ってたけど……」

 

 

 「……十四です」

 

 

 「「……」」

 

 

 …………。

 

 

 

 

 「マジか……いや、そこら辺は別にいい。良くないけど流そう。問題は何で今成長しないのかだけど……まぁ、君の経歴からしてある程度予想出来るよね。多分、加護貰った神様からなんか呪いでも受けたんじゃない?」

 

 

 「呪い……ですか?」

 

 

 確かに呪いをかけたのが八咫烏様だとしたら理由なんて幾らでも考えつく。例えば、単純に私の存在が邪魔になったとか。

 ……まぁ、それならこんなまどろっこしい事なんてせず、神様なら率直に呪殺すれば良いのでは?と思いますけど。

 

 

 「まぁ、似たような呪いを見たことあるからそう言っただけで、別に祝福の副仕様の可能性もあるけどね。見方を変えれば若さを保つという効果もあるし。というか祝福だったら大体そうだし」

 

 

 「そうですね。……じゃあ、解決法とかはありますか?」

 

 

 「解決法?そんなの無いよ」

 

 

 ……はぁ?

 

 

 「……今、何て言いましたか?師匠」

 

 

 「ん?いやだから解決法は無いって。そもそも加護なんて神からの施しだよ?それを人がどうこう出来る訳ないじゃん。例え神様云々の考察が全部間違って妖怪の手による呪いだとしても、僕は専門家じゃないから分かんない。なら、割り切って別の事を考えた方が良いよ」

 

 

 ……確かに、師匠の言うことは一理あります。分からないのであれば放置するしか無いと、なら……

 

 

 「別の事って?」

 

 

 「そりゃあ技を磨くしかないでしょ。体力訓練がほぼ無意味だと分かったんだしね。記憶が続いてるって事は頭まで成長しないって訳じゃないでしょ?なら見取り稽古でも何でもやって経験を積むのが最適解じゃない?。…っていう事で、朝ごはん片付けたら実戦行くから、よろしくね」

 

 

 「実戦?…つまりは妖怪退治…ですよね?一体何処で何を?」

 

 

 数週間前に麓の町で妖怪退治をした事は記憶に新しい。

 殆ど弱い妖怪ばかりでしたが、流石に街中の妖怪を倒すのは骨が折れました。でもそのお陰で、近頃妖怪被害は殆ど無いそう。

 なので、遠出しないといけないと思うのだけど。

 

 ……まぁ、直近生まれたとか別の所から移ってきた可能性もあるか。

 

 

 「……えっとね。此処から二つくらい離れた山だよ。そこに天狗が棲み着いたって話が来てね。……うん、葵ちゃんには丁度いい相手だよ」

 

 

 「……天狗ですか?」

 

 

 天狗と言えばアレだ。鼻が長くて大きな翼を持ち、山伏の格好をした妖。

 妖怪退治の道に進む以前にも知っていた、妖怪の中の有名どころだ。

 

 

 「そう。天狗。……まぁ手強いけど、今の葵ちゃんならそう苦戦しないと思う。僕もついて行くしね」

 

 

 「師匠も一緒なら、まぁ?。ときに聞きますけど、師匠ってちゃんと妖怪と戦えるんですか?妖怪と戦うなら、私の神槍“茜刺し”のように特殊な武器が必要だって聞きますけど」

 

 

 「そりゃあ勿論。持ってなければこんな話持ち出さないよ。というか、葵ちゃんが道場に来てから僕と一緒の妖怪退治って今回が初めてか」

 

 

 「そういやそうですね。まぁ、師匠は師匠なので特に心配とかしていないですけど。……で、その武器とは?もしかして道場に飾っている奴ですか?」

 

 

 「そうだよ。じゃあ話はここらへんにして準備しようか。行くのも結構時間掛かるし。僕は地図とか色々用意してくるから…皿洗いお願いできる?じゃ、ごちそうさまでした」

 

 

 「……了解です。ごちそうさまでした」

 

 

 ……天狗。それは妖魔の一種であり、主に山や森に棲むと言われる人に似た姿をした妖怪です。その特徴は、人間より遥かに高い身体能力と飛行能力。そして何より、妖術を扱えるというところ。

 

 以前の私ならほぼ逃げに徹する妖魔。

 私なら大丈夫だと師匠は言っていたけど本当にそうだろうか?この一月の間にどれだけ成長出来ただろうか?。

 

 そんな不安を胸に抱きながら、後片付けを済ませた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 「……ふぅー…流石に山二つ越えるのは疲れました…」

 

 

 私は荷物を床に下ろすと、疲労を溜め息に乗せて吐き出した。

 今いるのは依頼主の町。そのとある宿。

 道中、都合よく整備された道なんてある訳もなく、山越えをする事になった。

 殆ど獣道に等しかったけど、予想よりかは楽だった。どうやら朝の走り込みの修行が活きたみたい。

 毎日の修錬が無駄にならなくて良かった。と胸を撫で下ろした。

 

 

 「お疲れ様。お昼は流石に過ぎちゃったけど、でもまぁ結構良い調子で来れたね。少し休憩したらこれからの方針を決めようか。葵ちゃん、お水もらえる?」

 

 

 「はい」

 

 

 水の入った竹筒を師匠に渡す。

 

 

 「ありがとう」

 

 

 そう言って、師匠は受け取った水を一気に飲み干した。

 

 

 「ぷはぁ!……うん、うまい!。……さて、と。じゃあこれからの事だけど、まず依頼の確認しようか。はいこれ」

 

 

 そう言って師匠は地図を広げる。

 

 

 「えっと問題の山は南西だから……あっちか。うん、ギリギリこの窓から見えるね。あそこの中腹にお寺があって、そこに居着いてるらしい。最近はあまり山から降りてこないみたいだけど、多分寒さのせいかな?そこら辺は人間と同じだね」

 

 

 師匠が指さす先には、茶色が目立つなだらかな山。

 その中腹に、隠れ蓑のように小さなお寺が建っているのが見える。

 ただ、流石に妖魔らしき影を此処からでは確認できない。

 

 

 「冬眠…とまでは言いませんが、確かに眠っていたりすれば相当楽にやれますね」

 

 

 「ほんとほんと。今回()()()()()()からね。悠長にやっていたら、他の天狗が集まって最悪どん詰まりに追い込まれちゃう。だから迅速に――「…ちょっと待って下さい」――何?」

 

 

 …今、猛烈に聞き捨てならない言葉が聞こえましたよ。

 

 

 「……今、一匹だけじゃないって言いましたか?もしかして天狗って複数いるんですか?」

 

 

 「あれ?言ってなかったっけ?そうだよ。情報通りなら全部で七匹。ここまで同じ所に留まるのは珍しいけど、別に不思議な事じゃない。……そんな予感はしていたけど、やっぱり葵ちゃんって同時に複数の妖魔との交戦経験ない感じ?」

 

 

 「…ええそうです。にしても言って下さい。私も決めつけで勝手に一体だと勘違いしたのも悪いですが、そう言うのは最初の段階でちゃんと言って下さい。二、三体なら兎も角、流石に七体は悪意が見えます」

 

 

 「それはまぁ…ごめん。でも、葵ちゃんの強さなら多分大丈夫だと思うよ」

 

 

 「…その根拠は?」

 

 

 いや無理だと思うんですけど。

 まぁ、素直に私は強いと褒められて悪い気はしませんが、それで「じゃあ行きます」となるほど自惚れてはいません。

 だって相手はあの天狗ですよ?自在に空を飛び、妖術によって竜巻を起こすと恐れられる妖魔の中の妖魔。

 実際に対峙した事は無いので、意外と……?となる事はあっても“七”ですかね。“七体”!そこらの妖獣程度の力しか持っていなかったとしても数で圧殺される未来が見えます。

 

 そんな事を考えていると、師匠は妙に自信満々に言った。

 

 

 「そりゃまぁ、馬鹿正直に真正面から突っ込んだりしたら僕たちなんて一分保らずに挽き肉にされちゃうけどさ。寝込みを襲うなら話は別。狩人が狩人になる前に急所を潰せば終わるのは、僕も妖魔もそう変わらないよ」

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ……で、あの後、師匠の「今回の依頼主、最近お孫さんが拐われたみたいでね。もう人づてに受けちゃったし、あの爺さん断ったりしたらガッカリするだろうな〜」という言葉に最終的に私は折れた。

 そして現在、しんしんと空気すら凍りついたかのような静かな夜。私たちは件のお寺を草木の影に隠れながら観察していた。

 見回りだろうか?視線の先には切り立った丘があり、その先端にある小岩の上で、妖魔が二人立っている。

 

 山伏の格好をした妖魔……あれが天狗。

 赤い顔と長い鼻が特徴的な存在は、腕組みをしながら警戒を続けている。

 あっ……彼ら、自分の手に息を吹きかけて暖を取ってる。

 

 ……うん、本当に寒い。手がかじかむ。

 

 私も寒さに耐えるように、両手を擦り合わせる。……が、あまり効果はない。

 それ程までに冷えていた。

 

 

 「……まだですか師匠?このままだと私、凍えて死にそうです」

 

 

 「……う〜ん。もうちょっと待てない?来る前にかなり啖呵切ったけど、やっぱり相手が相手だし。打てる手は全部打っておきた――来た」

 

 

 「え?」

 

 

 師匠の視線の先。お寺の門から、また二人の天狗が出て来た。

 そして、先ほどまで見回りをしていた二人が、入れ替わるように寺に戻っていく。

 

 私はそれでピンっと来た。

 

 

 「なるほど、交代の時間ですか。もしこのタイミングでさっきの二匹を襲っていれば、私たちは四人の天狗を同時に相手しなくてはならなかったかもしれない…と」

 

 

 「そう。葵ちゃんの言う通りだよ。暫くは…少なくとも半刻は代わりは来ない。もっと言うならもう少し待ちたいけど、これ以上は私たちも不利益が大きいしね。じゃあ葵ちゃん、行くよ」

 

 

 「了解です」

 

 

 そうして私たちは、天狗たちの背後へと足を進める。

気付かれないよう慎重に、かつ迅速に。

 

 

 「…じゃあ、葵ちゃんは左を僕は右を殺る。三から数えて、零で行くよ」

 

 

 「…はい」

 

 

 私は槍に被せていた布を取り、槍の穂先を露出させる。

 そして槍を腰だめに前傾姿勢に構え、いつでも飛び出せるようにする。

 戦闘態勢に移ったことで自分の感覚がグ〜ンと引き延ばされるのを感じる。

 私の用意ができるのを確認すると、師匠は指を三本立てる。

 

 

 …三

 

 

 私は師匠の手元を視界に入れながら、天狗たちとの距離を測る。

 おおよそ十歩の距離。その間には何も無い。私の目の前を境に森は消え、ただ平坦な地面が広がっている。

 

 

 …二

 

 

 師匠が一つ指を折る。

 

 この草木から出れば、瞬く間に天狗の餌食となってしまう。だから反撃を受ける前に一撃で仕留める。その為には不意打ちを確実に成功させる必要がある。

 

 私は更に前傾姿勢になり、左足の踵を僅かに浮かせた。全身の筋肉が軋む。

 

 

 …一

 

 

 ……これから死に行く天狗(彼ら)は今どんな事を考えているのだろう?もしかして「寒い」や「寝たい」と、自分と同じ事を思っているだろうか?

 

 天狗の姿が中途半端に人型であるため、少しそんな事を考えてしまう。だが、仮に人間でただの山賊だったとしても彼らは許されないだろう。人を襲った時点で人も妖魔も関係ない。

 

 ただ、「人の生き肝は美味」などと下衆な事を思っていたら殺すのが楽なんだけどな〜……

 

 そんな考えを胸に秘めながら呼吸を止め、ただその時を待つ。

 

 

 …零

 

 

 師匠が最後の指を折るのと同時、私は地面を爆ぜさせた。

 

 槍が起動し、身体能力が極限まで跳ね上がる。全身の血液が沸騰し、世界が更に引き伸ばされる感覚。

 一足飛びに距離を食らい、無防備な背中へ愛槍"茜刺し"を突き入れる。

 

 

 「!?……ガハッ!」

 

 

 心臓を貫かれた天狗が、痙攣して跳ねた。

 口から血が溢れるより早く槍を引き抜き、即座に次の標的へ意識を向ける――だが、その必要はなかった。

 

 

 「……!??」

 

 

 視界の隅、師匠は既に槍を振り抜いていた。

 二体の天狗は、自分たちが死んだことすら理解できずに崩れ落ちていく。

 

 

 「……ふぅ」

 

 

 私は槍に付いた血を振り払い、一息ついた。

 

 死体となった天狗たち(彼ら)が膝から崩れ落ちる。グシャりと水っぽい音がし、地面に血が広がっていく。……と思えば、その液体は灰のような黒い靄となって消えて行く。妖魔は通常こうなる。いつもの事ながら不思議な光景だ。

 どんなに人に似通っていたとしても、人ではないことは一目瞭然。彼らの体が霧状の靄なって消えていく度、私の心がスーっと楽になっていくのを感じていた。

 

 

 「死体が残らないから首級を挙げられないっていうのが妖怪退治の面倒な所だよね。後処理はしなくて良いのは楽だけど、倒した証拠が無いから証明するのが凄い面倒。村人を元とはいえ妖怪の巣へ案内するのも難しいしさぁ。葵ちゃんもそれで何か言われたことある?」

 

 

 「…まぁ、確かにそういう経験は何回かありますね。でもその時は、その村人と少し話したら一緒に確認に来てくれましたよ?」

 

 

 「へぇ、それは良かったね。ただ葵ちゃんって見た目ただの女の子じゃん。舐められそうなもんだけど?」

 

 

 「はい。なので自分はちゃんとした退治屋だってことを示す為に、最初の段階で色々やるんですよ。一番やっているは試し切りですね。巻き藁やそこらの木やり何なりを使って」

 

 

 「なるほどね。僕は葵ちゃんと違って地味なことしか出来ないからなぁ……。と、そろそろ突入するよ。打ち合わせ通り、入るのは寺の裏手から。準備は大丈夫?」

 

 

 「はい。大丈夫です」

 

 

 師匠の言葉に頷き返し、私は改めて気合を入れ直す。

 

 …大丈夫、大丈夫。いつも通りやれば大丈夫。

 

 自分に言い聞かせながら、私は再び深呼吸をした。

 

 

 

 

 

 …そういえば、彼らはどうしてこの山に来たのだろう?一つの山でこんなに生まれるなんて初めて聞くし、何らかの要因があって別の所から移動した筈なんだけど。妖魔のほとんどは生まれた場所を縄張りとするのに。

 …まぁ、それを言うなら天狗ともあろう存在が七体も集まるのも異常なんだけどね。人肌が恋しかったとか?

 

 

 ふと、そんなふざけた考えが頭を過った。

 けど、私はこれからの戦いに集中するため、すぐにその考えを振り払う。

 

 

 「さてと。じゃあ、始めますか」

 

 

 師匠の言葉を合図に、私たちは行動を開始した。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 寺に突入した私たちは手当たり次第に天狗どもを屠った。

 師匠の言う通り、寝入った天狗どもはあっけなく奇襲に嵌まった。

 とはいえ、流石に最後の一体……いや、二体には勘付かれて反撃を受けた。だけど、寝起きの状態。しかも奇襲を受けてまともに狙いを定めることなどできる筈も無かった。

 葉団扇によって放たれた透明の何か…恐らく空気の塊は、私の頬を掠める。そして後方の壁で炸裂し、吹き飛ばした。

 すこし肝が冷えたけど、私はそのまま槍を振るい、天狗の首を刎ねた。

 

 同時に視界の隅で師匠がもう一人の天狗の心臓を一突きする。

 彼らの屍から妖気が消え、いつものように灰となって消えていくのを見届けた私は、そこで漸く一息をつく。

 寺の中には私たち以外に誰もいない……ことも無いけど、その気配は拐われた人間たちのものだ。

 後は、囚われの人間たちを救出して依頼完了。

 

 私は師匠に労いの声をかけようとした……その時だった。

 本日何度目か分からない、全身の毛が逆立つような感覚。

 一歩遅れて、全てを叩き潰すだけの暴虐な敵意が、私の身体に突き刺さった。

 

 ――嘘でしょ!境内の妖魔は全部倒したはずなのに、まだ…!

 

 そんな思いで私は一瞬にして戦闘態勢に移り、先ほど殺した天狗たちを睨むが。それはただの屍。

 

 敵意の発生点。

 

 それは、寺の外からだった。

 

 

 

 

 ――ズガッ゙ァ゙ア゙ア゙アアア゙アアア゙アアアア゙ア゙ア゙!?!!?

 

 

 鼓膜を揺さぶる爆音と共に、寺の壁が紙細工のように弾け飛んだ。

 

 

 「ッ!?」

 

 

 思考より先に体が動いた。

 愛槍"茜刺し"を床に突き立て、棒高跳びの要領で宙へ逃れた。

 直後、私のいた場所を黒い暴風が通り過ぎた。

 

 壁面に張り付き、眼下の光景に息を呑む。

 土煙の中、黒く巨大な影が揺らめいている。

 

 

 ――速い…!

 

 

 思考が加速する中でも、眼が追いつかない。姿形は人間に近いが、動きは妖獣そのものだ。

 影は不規則に動き――次の瞬間、明確な殺意を持って直進した。

 狙いは私ではない。

 

 

 「ししょ――ッ!」

 

 

 叫ぶより速く、私は腰の脇差しを引き抜き、投げ放った。

 風を切り裂き、切っ先が人狼の鼻先を掠める。

 鮮血が舞い、ギョロリとした獣の眼が、わずかな間だけ私を捉えた。

 

 

 (止まらない!?)

 

 

 だが、殺意の行き先は変わらない。

 

 

 「ガァア゙アア!!」

 

 

 咆哮と共に叩きつけられる剛腕。

 

 ――ガギンッ!!

 

 鼓膜を劈く金属音が響き、師匠の体が鞠玉のように吹き飛ばされた。

 

 

 「ぐッ!」

 

 

 ……そう、金属音。

 師匠は咄嗟に、持っていた槍で人狼の拳を受けていた。

 ……大丈夫。

 見た目は派手だが、壁に出来た窪みは小さい。本来であれば穴が空く筈だが、ギリギリで後ろに飛んで威力を殺したみたい。

 流石にしばらくは動けないだろうけど命に別状ない……筈。

 

 

 「グゥ゙?」

 

 

 仕留め損なったと悟ったのか、人狼は追撃の構えを取る。

 

 

 (させない!)

 

 

 「はぁッ!」

 

 

 思考より先に、私は壁を蹴っていた。

 壁に縫い付けていた槍を引き抜き、落下の運動エネルギーを全て前進への加速に変換する。

 狙うは無防備な背後。心臓の裏側!

 

 必殺の刺突。

 だが人狼は、背後に目があるかのように身を捻った。

 切っ先は分厚い僧帽筋を浅く抉るに留まる。

 

 

 (硬い……!?)

 

 

 筋肉の鎧に槍が阻まれる感触。

 私が次弾を繰り出すコンマ数秒、その隙を人狼は見逃さない。あえて傷を負いながら、奴はさらに前へと踏み込んできたのだ。

 長柄武器の弱点。それは、懐に入られると無力化すること。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 視界いっぱいに、人狼の裏拳が迫る。

 引き戻す時間はない。私は咄嗟に槍の柄を滑らせ、両手の間隔を短く持ち直してガードを固める。

 

 

 ――ドォンッ!!

 

 

 「かはぁ……!」

 

 

 防御の上から全身を粉砕機にかけられたような衝撃。

 私の体は木の葉のように吹き飛び、反対側の壁を突き破って地面に転がった。

 受け身を取る余裕すらなく、肺の中の空気が強制的に吐き出される。

 

 衝撃で動けない私に向かい人狼は追撃に走る。

 馬乗りになり、その凶爪を私に突き立てようと振りかぶるが……その前に股間を蹴り上げた。

 

 

 ――グッ!?ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!?!!

 

 

 その咆哮はあまりに野太く、濁ったものだった。

 視線が私から僅かに逸れる。

 その一瞬の隙を付き、私は人狼の横っ面に槍の柄をめり込ませる。

 怯んだ事によって作られた隙を見逃さず、私は一気に立ち上がり肩を切り上げる。

 厚い皮を引き裂き、生ぬるい鮮血が私の顔に降りかかる。

 

 ……でも、またも浅い。

 さっきの蹴りで急所を潰しきれなかった。顔面への打撃も腰が入らなかった。理由は幾らでもある。何にしても、人狼の姿は一見隙だらけに見えるが、その実、重心がしっかりしている。

 それだけは確かで、下手に踏み込めば思わぬ反撃を受けるだろう。

 ……やっぱり頭が良い。絶妙に飛び込みたくなってしまいそうな隙を作る小賢しさは人間のそれだ。

 

 そんな事を思いながら私は飛び上がり距離を取って構える。そして大きく息を吸い、吐いた。

 

 

 ――スー……ハァ〜……

 

 

 ……うん、大丈夫。私がやるべきことは分かっている。

 コイツは強い。倒すことは出来なくもない…けど、それでどれだけの代償を払うことになるか分からない。

 最悪……どころか、高確率で命を失うことになる。

 

 だから、まだ攻めない。

 私がやるべきなのは時間稼ぎ。

 

 木が密集したこの場所は、長尺の槍にとって邪魔なだけだ。対して、小回りの効く人狼には有利な地形。

 私は痛む体に鞭打ち、夜の森へと飛び出した。

 目指すは二十歩先の開けた場所。あそこなら、槍を最大射程で振り回せる!

 背後から、木々をなぎ倒して迫る重戦車の気配。

 速い。だが、直線的な速さなら対処できる。

 

 

 「ッ!」

 

 

 頭上からの殺気。

 走る私の頭上を飛び越え、人狼が先回りして着地する。

 強烈な爪撃が降ってくる。私はスライディングで泥にまみれながら、その一撃をギリギリで回避した。

 

 爪が地面を抉り、土塊が顔に飛ぶ。

 起き上がりざま、私は左腕を盾にするように構えた。

 次いで放たれた人狼の前蹴り。

 

 

 「ぐ、ぅぅッ!」

 

 

 ビキリ、と左腕と肋骨から嫌な音が響く。

 だが、その衝撃を利用して後方へ――目的の「広場」へと吹き飛ぶことには成功した。

 

 

 

 

 

 人狼を真正面から見据える。

 距離、おおよそ五歩。

 槍の間合いだが、奴の踏み込み速度なら一瞬で潰される距離。

 普通に突けば躱される。なら、視界ごと焼き尽くす!

 

 

 《"燃えろ"》

 

 

 私の意思に呼応し、"茜刺し"の穂先から爆発的な焔が噴き上がる。

 狙いは焼殺ではない。この爆炎を目くらましにした、回避不能の広範囲薙ぎ払い。

 

 

 「"炎輪"!」

 

 

 「……ッ!?」

 

 

 一瞬、壁が現れたと錯覚するほどの大きな炎。それは、人狼の体を一瞬で呑み込んだ。

 費用度外視で放った。これで終わって欲しいと願った。

 だが、バンッ!と何かが爆発する音が響いたことで、その期待は裏切られたと悟る。

 上だ。跳躍で炎から逃れた人狼が、真上から剛腕を振り上げていた。

 

 私の頭を叩き潰すつもりだった掌底を、槍の柄を合わせる形ではたき落とす。

 間髪入れずに私は槍を回転。正中線をぶった切るつもりで、全力で振り回した。

 人狼の位置は身動きの取れない上空。だからこの一撃は決まった――筈だった。

 

 槍が空を切る。炎の残滓が残るばかりで、人狼の姿が消えていた。

 

 

 「え」

 

 

 私は間抜けな声をあげてしまう。

 そんな私に、背後から声が掛かった。

 

 

 「――死ネ」

 

 

 その言葉には純然たる殺意が宿っていた。

 殆ど反応すら許されず左半身に衝撃。

 吹き飛ばされ木に叩きつけられた私は、一瞬意識を失う。

 

 ……そして、次に気がついた時には。私の視界には星空が広がっていた。

 

 

 「え?あ……」

 

 

 状況を確認しようとするが、視界がぐるぐるしていて上手くいかない。

 ただ分かるのは私が大樹を背に倒れているってことと……まだ生きてるってことだけ。でも、それも時間の問題だろう。私は何本か骨を折っているし血もかなり流している。そんな状態で意識を保てているのが奇跡だ。

 

 だが現実として私は生きている。なら打開策を見つけなければならない。

 ……でも、どうやって?

 

 

 「■■■」

 

 

 人狼が何か言っているが、上手く聞き取れない。

 

 ……耳もイカれたみたい。

 

 ぼーっとそんなことを考えていると唐突に首元に圧迫感。

 呼吸が止まる。身体が持ち上げられる。

 

 

 「■■」

 

 

 人狼は、私の首を掴み持ち上げていた。

 明らかに先ほどとは動きが違う。

 

 ――今までは、遊ばれていたのだと嫌でも分かった。

 

 

 「■■■■、■■■■■!」

 

 

 「……何を…、言って、るのか、分かんないん…けど――」

 

 

 ――凄い怒ってる。

 

 それだけはすぐに分かった。

 何がなんでも殺してやる!とでも言いたげな顔だ。

 怒りの原因は……たぶん、私が妖術を使ったと認識されたから。殺意が溢れ出したタイミングと‘‘茜刺し‘‘を見る嫌悪の眼差しからして、ほぼ間違いないだろう。

 その理由は妖術を無粋な異物と見なしているからか。それとも、過去に妖術によって痛い目でもみたからか。

 それは分からない。……ただ分かるのは、私は何かを間違えたということ。

 

 

 「ぐっぅ…!」

 

 

 首を掴む手に力がこもる。

 喉が圧迫され息苦しい。意識がぼんやりとしてきた。あぁ……もう限界かも。

 

 息も絶え絶えな私に人狼は左腕を振り上げ、五つの指を突きつける。掌打の構えだ。

 その先は私の心臓。

 このまま叩き潰す気だろう。

 

 

 

 左手は動かない。右手はまだ動くが槍の間合いではない。刺さっても致命傷を及ぼすことは出来ない。

 

 つまり……殆ど詰んでいる。

 この事実が私の心に重くのしかかった。

 ……死ぬの? 私は。ここで何も出来ずに、ただ殺されるだけなの?

 

 ――確かに私は死に損ないだ。勝也がいなくなったあの日から、私は死に場所を探してきた。

 

 ……でもだからって、こんな所で死にたくない!まだ……まだ生きていたい。

 せめてあの神を、常夜神を倒すまでは……!

 

 

 「…生きるんだ…!」

 

 

 "茜刺し"を再起動。

 噴出された焔が再び地面を焼く。

 その焔は円状に広がり人狼の足元をも飲み込んだ。

 ……でも、それだけ。足掻きは足掻き。私は依然として掴まれている。それは変わらない。

 

 しかし、人狼の意識は完全に焔へと向いた。あれだけの殺意を滾らせていたのだ。当然、他のことに反応が疎かになる。

 

 

 「……あは」

 

 

 私は思わず笑ってしまった。

 だってそうだろう?こんな窮地に立たされて……こんなにも都合良く来てくれるなんて!

 

 私の感知機能が急激に近づいてくる気配を捉えたその刹那……

 

 ――ズプッ…

 

 人狼の胸部から刃が生えた。

 

 

 「……■、に?」

 

 

 人狼は困惑の声を出す。

 やっぱり何も分かっていない様子だ。まぁ、そう仕向けたのは私だけど。

 

 私は人狼の背後へと視線を向ける。

 

 

 「まったく……無茶をするなぁお前は」

 

 

 そこには案の定、呆れながら私を見つめる師匠の姿があった。

 

 師匠の一撃は人狼の心臓を貫き、胸から刃先が突き出ている。ボタボタと、赤黒い血が剣先を伝って地面に落ちた。

 完全な致命傷である。

 

 人狼が握る首の圧力が弱まる。私はそれを見逃さず、人狼の手を強引に振りほどき拘束から逃れた。

 が、すぐにその場で膝が折れた。

 

 

 「……けほっ」

 

 

 咳と共に血を吐き出した。

 無理をしたせいで身体が悲鳴を上げている。

 もう、体のどこにも力を入れられない。

 緊張の糸が切れ、一気に意識が遠のいていく。 

 そんな私の頭を師匠は優しく撫でながら、こう言った。

 

 

 「……よく頑張ったな」

 

 

 安堵と共に、私は泥のような闇へと沈んでいった。

 

 

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