ナオとシホは恋人同士である。
2人とも同郷で、とある田舎町で生まれ育った。
しかし、同性愛カップルというのは田舎での生活は肩身が狭い。
高校を卒業するや否や駆け落ち同然に、2人は東京に出て同棲している。
何もかも順風満帆とはいかなかったが、2人が暮らしているマンションの住人がとにかく良い人達だったので、幸せな時間を過ごせている。
最近では2人でキッチンカーで店を始めて、行列とまではいかないまでも、夕方には売り切れが出る程度には繁盛している。
商売を始めるという大きなチャレンジもひとまずの成功をおさめた辺りから、2人の中に何か物足りなさというか、ぽっかり穴の空いた様な感覚が芽生える。
2人でその原因を考えてみると、今までは挑戦、挑戦と2人で協力して生きて来た。
キッチンカーでの出店は言わずもがな、
田舎から東京に行くのも挑戦だったし、
当時アルバイトだった2人にはちょっと高めのデザイナーズマンションに引っ越したのも挑戦だった。
そうやって挑戦していく事が当たり前だった。
2人で協力して問題に立ち向かう事で連帯感を強め、2人の絆の確かさを確認出来た。
しかし、事業の成功によりその挑戦も終わり、2人の絆を担保する「課題」が無くなってしまった。
その心許なさ、不安が漠然と2人の中に空虚な感覚として芽生えているのだと2人は気付く。
一般的な異性同士のカップルなら、結婚という公的な関係を築く事が出来る。それなら、自分達もそう言った制度に頼ってみようか?
「何か違うんだよねぇ」
2人同時に言う。
そうなのだ、2人の関係は2人のもの。
誰かに認めて欲しいわけじゃない。
ましてや、公的な制度を自分達に合わせろって言うのは絶対違う。
ましてや自分達は2人で子供を作れない。
作らないとか出来ない以前に構造的に不可能。
調べた事はないけど、養子や里子制度も同性愛カップルには門戸は開かれていないだろう。
結婚制度というものは、子供という未来の宝を繋いでいく為のものであるとナオとシホは考えている。少なくともそう期待された制度だと思っている。だからこそ税金で様々な優遇措置がされるのだ。
そういったものに自分達が乗っかるのはズルい気がする。
少なくとも全然格好良くない!
「流石に私達じゃ子供は作れないもんね」
「子供か…」
2人の間にしばしの沈黙が生まれる。
最近、マンションに新しい住人が増えていた。
同じマンションの老夫婦のお孫さん。
小学3年生の女の子と小学1年生の男の子。
老夫婦のお子さん、すなわち子供達の両親が事故で亡くなり、老夫婦が育てる事になったのだ。
はじめの頃は表情は硬いし、他人行儀な様子だったが、2人が家出をした時にマンションの皆んな全員で迎えに行った事で打ち解けてくれ、今ではマンションの皆んなのマスコット的な存在となっている。
「マコト、可愛いよね」
「リンちゃんたおしゃれな話で盛り上がったよね」
子供達のことを思い出し、思わずニヤける2人。
その時ナオが何かを閃く。
「子供がいたら、こんなにすごい挑戦はないよね」
「子供が大きくなるまで、ずっとチャレンジの連続だろうね」
2人で協力しながら悪戦苦闘している姿をイメージして思わずワクワクしている2人。
あまりに幸せな想像にシホは、
「するしないは別にして、2人が子供を持つ方法があるのかだけでも調べてみない?」
と提案してみる。
「里親とか、そんな感じ?」
と満更でも無い顔のナオも。
「うーん。出来ればナオと私の子供が良いけど、とりあえず今は可能性のあるやつは全部調べてみて、それから考えてみよう」
とひとまず調べてみる事にした。
一番可能性のありそうな里親については早々に実現不可能であることが分かった。
案の定、里親はあくまで婚姻関係の夫婦にしか認められないらしい。
2人ははじめ、その事に怒ったが、人身売買など反社の悪用を防ぐ為だったり、同性カップルの場合、夫婦間の抑止力が働かず、むしろ子供への性加害がエスカレートした事例が海外であったという事を聞き、納得した。子供を育てる為にお互いがお互いを牽制し合うのに異性の夫婦というのはちょうど良いの距離感なのかもしれないと、変に感心した。
次に女性同士の卵子を掛け合わせて子供を作るのに成功したというニュースについて調べてみたが、まだ実用化されていなかった。
さらに体外受精による妊娠も調べてみた。
これも日本では婚姻関係の夫婦だけだった。海外では認められている所もあるが渡航費用等諸々合わせて200万円はかかるという見積もりだった。
「200万!ちょっと無理かもー」
想像以上の金額に思わず絶叫する2人。
「でも子供1人育てるのに2000万円掛かるって言うから、これしきの出費にビビってちゃダメって事なんだろねー」
諦めた様にナオは天井を仰ぎ見る。
そんなナオをよそにシホは
「1人200万円なら、2人分だと400万円か…」
と呟く。
それを聞いてナオは驚く。
「2人って!子供、2人育てる気だったの?」
「…だって、子供産むのも2人でやりたい。それに…」
後半はゴニョゴニョと言い淀むシホ。
「えー何、何?ちょっとー隠し事は無しだよ!」
後ろから抱きつきながら抗議するナオ。
少し考えてシホはポツリ、ポツリと話し出す。
「ほら、…さ。結局、2人の子供を作るのは無理、って事だったじゃん。…で、2人が同じ男性の精子使って妊娠したら、2人の子供は異母兄弟って事になるからさ。…2人がその母親になれば、何か、家族って事になるかなぁ…って」
あまりに突飛な発想に一瞬混乱するが、しばらく考えて理解力が追いつく。
「それ、面白い!私達の子供がちゃんと兄弟で、でも私とシホはちゃんと愛情で繋がってて、自分の子供の兄弟で、愛する人の子供なんて、もう完全に家族じゃん!」
興奮気味に賛同してくれるナオを嬉しく思いながらも、
「でも、これを達成する為にはまずは400万円掛かるし、その後の生活に更に4000万円の子育て費用が必要になるんだからね?」
と暴走しない様に釘を刺す。
「うっ…」
現実を突きつけられ再び天井を仰ぎ見るナオ。
「一応、初期費用が必要無くなる方法もあるけど…」
暗に医療機関を介せずに妊娠する一般的な方法も有る事をあえてほのめかすシホ。
「無理!」
二人同時に否定する。
考えるまでも無い。
想像しただけでも嫌悪で鳥肌が立つ。
「まあ、そもそも協力してくれる男の人に心当たりないしね」
その選択肢を完全に潰す為に更に可能性を絞り出す。
「ジュンさんは?」
数少ない男性の知り合い、同じマンションに住む熟年夫婦(最近離婚したが、何故か2人とも同じマンションの別々の部屋に住んで仲良くしている)の息子さんを提案してみる。
「確かに事情を話せば協力してくれるかもしれないし、男性として好感度は高いけど…」
「無理」
またしても2人同時に否定するが、どこか柔らか否定だった。
2人の知るジュンは優しく、真面目過ぎるのだ。
恐らく責任感から大きな負担をかけてしまう。
そういう不器用さを感じさせる青年だ。
不用意に巻き込む訳にはいかない。
「じゃあ、やっぱり…」
「頑張ってお金を貯めよー!」
「だね!」
ひとまずは先立つモノを用意しようという事になった。
なんだかんだで、結局新しい2人の目標を手に入れることが出来たのだ。
そして、3年後…
「オギャー!オギャーー!」
2人の腕にはそれぞれ赤ちゃんが抱きかかえられていた。
父親の顔は2人も知らない。
ただ間違いないのは、互いの赤ちゃんの父親は同じという事だ。
精子バンクで、せっかく海外だし、ハーフも良いかなと考えなかった訳ではないが、母親が2人という異質さでただでさえ悪目立つだろうと自重して日本人の精子にして貰った。
この3年、色々あった。
売上が落ち込んだ時、
材料費が高騰した時、
クレーマーによる嫌がらせ等
色んなことがあった。
特別な事が無くても、日々の多忙によるイライラや小さなミスの積み重ねで互いへの気持ちが薄れる。
普通ならよく有るそういう事が2人には一切無かった。
どんな時でもお互いが同じ目標に向かっている分かっていたから、関係が悪くなる事は無かったのだ。
まさに子供を産み育てるという目標が2人の結びつきを強化したという事になる。
そして、1年とちょっとで目標金額を達成。
さらに1年は育児で休業する為の生活費をやや多めに貯めた。
そして、無事、2人とも母親となった。
そして、2人は再び誓う、
「次なる目標はこの子達を立派に育てる!」
未知への挑戦に不安がない訳ではないが、2人なら、いや、この子供達と4人なら必ず成し遂げられる。
そういう確信が2人の目には宿っていた。