タイトルまま。
バ バ コ ン ガ。

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ババコンガに転生した件について

 信じられないかもしれないがわたしはババコンガだ。いつから、と言われても困る。気がついたらそうだったのだ。幼少のころ、猛獣に育てられていたのだ。でっぷりとした腹、ピンクの硬い毛に覆われたゴリラに。

 今? 今は違う。当然自立したさ。ババコンガは本来群れで行動するようだが、わたしは孤高の一匹狼だ。馴れ合いは好かない、どんなにつらくても他人の手は借りん。プライドがそれを許さないのだ。ウム。

 

 今日も一人、食事を求めて蒸し暑いジャングルを駆け回る。主食は主にきのこや果物だ。ほかの同族は肉も食べるそうだが、人間のころと違い、それほど魅力は感じなくなった。なぜかはわからないが、もともとババコンガのようなゴリラが獰猛な肉食というのもおかしな話だ。

 かわりにバナナに対する欲求が異常なほど高まった気がする。あの悩ましい形状、艶やかな黄色、なんともいえない芳醇な香り。たまらん! 信じられないことに同族はバナナを青いまま食べる。実に愚か。わたしが熟したほうがおいしいといくら言っても聞かないのだ。どうも本能のままにしか行動できないらしい。バナナの方向性の不一致というやつだ。

 まあわたしが人間の高度な知識、常識を獣に押し付けるのもよくないと思う。群れを離れたのも、そういった些細な認識の違いが積み重なり、ストレスに感じていたのが原因かもしれない。

 

 それはさておき、しばらくじめつく熱帯雨林を散策するがなかなか食事にありつけない。決してこの森の果物やキノコの絶対数が少ないのではない。むしろそこらじゅうにあふれているが、わたしの舌を満足させるほどの質のものが少ないのだ。しかしそこそこの空腹具合。しかたがない、隠してあるバナナを食べることにしよう。

 わたしは慎重な男だ。見つけた青いバナナは採取し、森に点在するねぐらへと持ち帰り、熟すまで大切に保管するのだ。重要なのは、それぞれのねぐらに分配すること。一つの場所にまとめるなど愚の骨頂。リスクは分散させるべきなのだ。

 

 と、巣に戻る途中に気配。間違いない。この感覚、ハンター。

 

 

 

 うっそうとした木木の隙間から様子を窺う。数は二人、男は小剣、女がランスを携えている。

 

「な、なあ大丈夫だよな。なあおい」

「あんたが油断しなけりゃね。そうそう手こずる依頼でもないわよ。ちゃっちゃとこなしましょう」

「ああ、そうだな……先日の狩りもうまくいったしな。へへ……」

「あんたは罠仕掛けただけだったじゃない。しかもビックリするほど意味無いところに」

「いや、違うんだよ。あれはだな」

 

 会話から察するに、女のほうが実力は上か。こういった開けた場所で戦闘力の多寡をにおわすような会話をするとはな。まあわたしが人語を理解するという特殊性もあるが、ハンターとしては三流か。

 わたしは無益な戦いを好まない。群れではこれを臆病と評すらしいが、粗野な戦闘行為にいかほどの価値が見出せるのだろうか。力とはむやみやたらと振り回すものではない。大切なものを護るためだけに行使すべきなのだ。

 しかしと再考する。ここはわがねぐらに近いのだ。あのハンターたちが荒らす可能性を考慮すると、黙って立ち去るのは精神衛生面上よろしくない。もと人間だったこともありハンターたちを殺そうなどとは思わないが、ここは警告の意味をこめて少し遊んでやろう。

 

 去れ、とな。

 

 このジャングルはいわばわたしの庭。地の利はこちらにある。この場のあらゆる環境要素がわたしに味方するのだ。灼熱の太陽は容赦なく鎧の中の温度を上げ、喉にへばりつくほどの湿度は呼吸を乱し、木木は視界を遮り、生息する巨大昆虫は久久の人間に嬉嬉として襲いかかるだろう。

 そしてわたしの神出鬼没な波状攻撃。

 

 さあ、狩りの時間だ。

 

 

 

 捕まってしまった。

 満天の星空がやけに虚しい

 

 ところで盛者必衰の理という言葉を聞いたことはないだろうか。いかに優れた者でも滅びは必ずやってくるという意味だ。他意はない、なんとなく思い出しただけだ。

 わたしは頑丈な金属で造られた檻の中で敗因を探る。敗北を喫してしまったが、それは次への糧となる。ここで腐るようなわたしではない。将来においてこの敗北を思い出すときが来るだろうが、それは後悔の念からではないだろう。

 

 敗因としては、二つ挙げられる。一つは巨大昆虫、ランゴスタがわたしを狙ったこと。それにより集中力を乱されてしまった。思い返せばこの昆虫はたびたびわたしを攻撃することがあった。敵は二人ではなく、二人とこの群れだったのだ。戦力を見誤っては勝てるものも勝てない。

 

 そして二つ目。こちらが主な理由なのだが。それはわたしが朝から何も食べていなかったことに起因すると考えられる。空腹による戦闘能力の低下は、人間である諸君らには言い訳がましく聞こえるかもしれない。しかしわれわれババコンガにとっては致命的なのだ。最大の武器である放屁や、排便した際の汚物を投げつけるといったことができなくなるのだ。もし、あのときのわたしが満腹状態であったなら泣きを見るのは人間だ。勝敗はどうあれ。

 

 言い忘れたがわたしは今、ハンターたちのキャンプ地からやや離れた場所にいる。彼女らは狩りの成功を祝った宴会の最中だ。

 

「いやあ、いがいとあっけなかったな」 と小剣の男の声。

「……あんたペイントボール投げただけじゃない」 イラついた口調でランスの女。

「それはそうと結局檻に入れたのですか? 弱っているのなら、縄で縛っておけばよかったのでは」

 三人目の女性だ。わたしと同じく知的な声。

 

「そうしようと思ったが、やけに暴れやがってよ。結局回復薬を四リットルも飲むはめになっちまったぜ」

「グレート飲めよ」

 

 しばらく会話が続き。

 

「さて、わたしたちはもう寝ますので、見張りは頼みますよ」

「大丈夫だって。やらなくてもよ、逃げやしねえって。こんなめでたい日くらい多めに見てくれよ」

「あんた、狩りで役に立たないんだから、それくらいしなさいよ」

 

 どうやら小剣の男はこのパーティーの中でもお荷物的存在らしい。捕獲したモンスターを縛ったりする雑用を一手に任されているようだ。

 ぶつくさと文句を垂れながら、バニーズ酒を片手に男がやってくる。

 

「あ~めんどくせえ。ま、今回は大物を捕まえたからな。こいつを見ながら時間を潰すか」

 

 と、わたしの隣の檻にかけられていた布を勢いよく取り払った。純白のたてがみ、スラリと引き締まった体躯に、細く伸びる優雅な足、宝石のようにきらめくひづめ、特徴的な頭部の美しい角は、純潔の象徴であるユニコーンを連想させた。

 キリンと呼ばれるモンスターである。

 

「ヒャアッ! たまんねえぜこの神神しさ! 幻の生き物だと呼ばれるのも納得う。ヘイ見ろよ! このおびえ、うるんだ瞳。まるで自分の置かれた状況を理解できてねえぜ。ちとサイズの小さい幼生だが文句は言ってられねえ。成体だったなら、あいつらでも敵いっこないもんな! ヒヒヒ」

 

 誰に語るでもなく説明とも感想ともとれる言葉を発すると、男はキリンを眺めながら一杯やりだした。

 

「残念だがその檻は並大抵のことじゃびくともしねえぜ。おれもよくは知らんが、そういうものなんだよ。こいつがなけりゃあ……」 言って男はこれ見よがしに鍵を取り出し。 「絶ッッッ対に出れんのだ! んまあ言ったってわかるわけもないか」

 

 と、大きなあくびと伸びをして。

「あいつらも心配性だよな、檻にいる限り出られやしないって……のに。まあ、いざとなったらあいつらもいるし、大丈夫だろ……」

 どうやら酔いが回り、睡魔に身をゆだねたようだ。

 

『あの……』

 

 呼ばれ首を向けるとキリンがこちらを不安そうにうかがっていた。

「なんだね?」

 

『わたしたち、どうなってしまうのでしょうか』

「そうだな」 と人間だったころの記憶を探る。 「訓練所で死ぬまで新人の相手をさせられるか、剥製にされて金持ちの家に送られるか、解体され、武器防具の素材にされるか……」

 

 しまった、という後悔は先に立たない。

 

『そんな……わたし、もうお母さんに会えないのですね』

 

 穢れを知らぬ瞳から雫がこぼれ落ちる。それは硬質な床に落ちるよりも早く結晶となって音をたてた。響く音色が悲哀を誘う。

 

「落ち着きなさい。そもそもきみはどうして捕まったりしたのだね」

 

 キリンは古龍種と呼ばれるほどの存在だ。その名のとおり、古き龍。その歴史は長く、蓄えられた力と知識は膨大なはず。

 

『ちょっとした、ことで、喧嘩しちゃって……それで、少し困らせちゃおうって、思って』

 

 家出、か。嗚咽を堪え、なんとか答えるさまは直視できないほど痛ましかった。思春期なのだろう。人間で例えるなら十四、五歳。親に反抗したくなったりと多感な時期だ。説教する気など起きはしなかった。親子の問題に首を突っ込むほど無粋ではない。

 

『わたし、もう一度お母さんに会いたい。会ってあやまりたい…………最後に。一度だけで、いいから』

 

 本人も反省しているようだ。仕方がない、一肌脱ぐとしよう。

 

「泣くのはおやめなさい。すぐにここから出してあげよう」

『えっ!?』

 

 わたしは人差し指を唇に添える。

 

「シッ……まあ、見ていなさい』

 

 わたしはその辺に転がっていた木の棒で男の持っていた鍵を引き寄せた。酔っ払った男が掌の上に置いたままだったのが救いだ。人間には、モンスターが鍵といった概念を理解していないという先入観を抱いていたのも盲点だろう。

 すぐさま檻の錠前を外し、続いてキリンを解放する。ババコンガに転生してよかったと思えるのは指があることだ。人間基準で作られた人工物をそのまま使えるというのは大きなメリットだ。

 

『ああ、まさか……生きて出られるだなんて』 とキリン。感無量といった声色だ。 『なんとお礼を言ってよいのか』

「感傷に浸るのは後だ。人間の仲間がかぎつける前に」

『はいっ!』

 

 駆けるキリンの少女を追い、わたしもキャンプ地を後にしようと歩を進めようとし、ふと、高いびきをかく男を一瞥する。

 

 愚かな男だ。たしかにこのキャンプ地はお前の仲間がいる。なにか問題が起きたとしても助けに来てくれるだろう。手を伸ばせばすぐそこに道具が、武器が。森とは違い、勝手はよいだろう、住み慣れたものだろう。どこになにがあるか、襲われた際はどの荷物を障害物として利用するか。そういったマニュアルもあるに違いない。いわばここはお前の城、最後の砦、ホームグラウンド。だからこそ油断した、それが命取りだということに気づかないとはな。

 

「状況が常に自分に味方するとは考えぬことだ。お前たちの用意したこの絶対的な信頼を寄せるキャンプ地。それに驕ったか……」

 

 

 

 キャンプ地から遠く離れた森、その小高い丘の上でわたしとキリンは一息ついた。

 

『あらためて言わせてください。ありがとうございました』

「おきになさらず。困ったときはお互い様です」

 

 雲から顔を出した月明かりがキリンを照らす。小首をかしげて言った。

 

『そういえば、あなたはなぜ捕らえられたのですか』

 

 わたしは視線をそらして物憂げに答える。

 

「……あの男が子供のケルビを執拗に追いかけ、そして……いや、きみには少し残酷すぎる。どうか穢れを知らぬままでいて欲しい」

『そんな!』 と声を甲高くして。『あのおとなしい草食動物のケルビさんを!?』

「寸でのところだった。危なかったよ」

『ではその子をかばって』

 

 自嘲気味に笑う。

 

「わたしの命と引き換えなら安いものだと思ってね…………さあ! もうお行なさい。きみのお母さんも首を長くして待っているだろう」

 

『そんな……わたしもっと』

 

 手で制し。有無を言わさぬ口調で言った。

「帰りなさい……ここは危険だ。実力の無いモノからハンターの餌食となる、いわば戦場さ」

『……わかりました。では、どうかこれを受け取っていただけませんか』

 

 突然キリンのたてがみか光ったかと思うと、何本かが抜け落ちてわたしの前に浮遊してきた。うっすらとした微光の帯びは失われていない。

 

「わかった。大切にするよ」

 

 わたしはそれを懐に入れて背を向けて歩き出した。振り向きはしない。背後に雷鳴が聞こえた。おそらく帰ったのだろう、空高くへと。

 

『もしも、わたしが大人になったとき。そのときはわたしの角をあなたに……』

 

 かすかに聞こえたのは気のせいだろうか。わたしはもう会うこともない少女に言葉を捧げる。

 

 

『ウホウーホッホ……ウホ!』

 

 

 

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 ジャングルの奥地、円柱状に岩壁が囲う不思議な場所。降り注ぐ光が幻想的だ。ここだけはジャングルとは別世界のように思える。澄んだ水は、近くの洞窟から流れ出たものだろう。火照った体を冷やしてくれる。ここはわたしお気に入りのねぐらだ。

 しかし住み心地がいいからといって、ずっと住むわけにはいかない。常に同じ場所に居を構えるなど正気の沙汰ではない。すぐにハンターたちにかぎつけられてしまうのだ。この厳しい生態系の中で生きていくには、こういった高等知識が必要なのだ。

 

 さて、今日も森に食料を調達しにいかなければならないのだが、その前にやることがある。そう、頭の毛の手入れだ。

 同族はみな、やたらとんがったスタイルを好む。その高さ、硬さが強さの象徴だそうだ。長老などは二メートルほどの長さだった。しかしわたしからすればこっけいだと言わざるを得ない。笑止。強さなどは象徴として見せびらかすものではない。内に秘め、ここぞという時に初めて日の目を浴びるのだ。

 

 わたしは水で毛をほぐし、しばらく日光浴して自然乾燥させる。洞窟で見つけたマカライト鉱石の鏡面に自分を映す。さらさらと風にあおられる毛を確認。

 その後は人間が置いていった、くしを入念に当てる。最後に花の蜜から造ったお手製の整髪剤を掌になじませ、そっと撫で付ける。ウム。

 今日もばっちり決まった。これまた人間が捨てて置いたのを拝借したリュックを背負う。中には空になった瓶が入っている。人間が回復薬などを飲んだ後に、森にポイ捨てしたのを再利用したのだ。

 人工物は貴重品だ。基本的な入手方法は二つあり、運よく拾うか、人間からアイテムを盗むモンスター ――ランゴスタ同様、たまにモンスターであるわたしからもアイテムを盗もうとする。ひどい。なぜだ―― との交渉交換だ。安全が保障されていない自然界で多種族と関わりを持つのは好ましくないので、必要不可欠な品だと結論しなければ後者は選択しない。

 大切なリュックを肩に掛ける。

 さて、森に出かけよう。今日もまた、死線をくぐりに。

 

 時に諸君らは本格的なジャングルに足を踏み入れたことはあるだろうか。もし行ってみたいと考えているのならば、気をつけることだ。ジャングルというのはどこもかしこも同じような景色。しだいに方向感覚は麻痺し、それは焦りを生じさせ、無駄な体力を使うことになり、結果、永遠にさまようことになるだろう。

 重要なのは観察力だ。少し意識して景色に注意を払えば、なあにたいしたことはない。もしこのジャングルを観光したいのなら案内してやろう。遠慮せず言ってくれ。バナナ三本で請け負おう。ただし、自分の身は自分で守るのだな。ここではそれがルールだ。

 

 むむむ、他愛無い話の最中に蜂の巣を見つけた。今日はこれが目当なのだ。大地の結晶という鉱石を砕いて作った簡単なナイフで巣に切れ目を入れて、瓶に蜜をたらす。巣ごと壊して採取するなど野蛮なまねはしない。

 

 この採取方は時間がかかるので瓶は地面に置いたまま、別の巣を探す。回収するころには半分ほど溜まっているだろう。はじけクルミと落陽草のはちみつ漬けを想像し、生唾を飲む。驚くほどおいしいのだ、これが。落陽草の冴えた風味が利いて後味もスッとしている。ゆっくりと噛み潰さないと衝撃でクルミが口内ではじけるが。

 まあ、はじけクルミあるあるだ。人間だと痛いかもしれないが、わたしにとってはちょっとした刺激に等しい。

 

 三つの巣に同じ仕掛けを施し、川辺で休憩。リュックの中から葉で作ったお弁当を取り出す。特産キノコとオニオニオンのトウガラシ入りソテーだ。メラルーという人間からアイテムを盗む子猫のようなモンスターから交換入手した、紅蓮石の欠片のおかげでホカホカが保たれている。封を開けると湯気と香ばしさがたゆたった。たまらず一口つまむとキノコが吸ったじゅうしぃなエキスが口に溢れる。うまい。自然に育った作物は人間の手によって作られたものとは一線を画す。

 とはいえ農作に挑戦してみても面白いかもしれん。問題は農場を人間に見つからないようにしなければならない点だが……

 

 こういった空想は楽しい。人間に知性のあるモンスターと勘付かれては面倒なのでなかなか実行に移せないが、暇つぶしになる。

 食事を終え、ふとリュックを見やると少し汚れているのに気がついた。葉っぱで包んだだけの弁当箱なので汁が漏れてしまったようだ。もっとしっかりとした箱が欲しいが無い物はしょうがない。

 ちょうど川辺だし洗濯しよう。拾い物とはいえ大切なリュックだ。実用性重視のシンプルで丈夫な造りだが、かわゆいアイルーのデフォルメされた刺繍が小さくある。どうしてゴリラではないのかが疑問だ。ウッホウッホ。

 

 

 

 とその時。目に映ったものに驚いた。ポツリと地面に落ちているそれ。思わずリュックをその辺に落とす。

 

 あれはバナナ? バナナか……バナナだ!

 

 ウホッ いいバナナ! 力強く、恐ろしいほど蠱惑的に悩ましげな美しい反りだ。そしてあの艶やかな色、黄色を超越してもはや黄金色であると評しても過言ではない。周囲の地面すら輝いて見える。もう何も考えられん。今まで誰も気がつかなかったのか? このようなお宝を見逃すとは。いや、むしろわたしの幸運をあばばばばばあば――

 

 

 

 捕まってしまった。

 欠けた月がやけに虚しい

 ところで弘法にも筆の誤りという言葉を聞いたことはないだろうか。いかにその道のプロだったとしても、ミスはするものだという意味だ。他意はない、なんとなく思い出しただけだ。

 

 わたしは頑丈な金属で造られた檻の中で敗因を探る。敗北を喫してしまったが、それは次の勝利への布石だ。ここで腐るわたしではない。将来において、この敗北を思い出すときが来るだろうが、それは後悔の念からではないだろう。

 

 敗因としてはシビレ罠という、わたしにとってまったくの未知の道具を使われたのが痛い。

 

 諸君らにはなじみないかもしれないがシビレ罠とは、ゲネポスの麻痺牙を粉末状にし、トラップツールと呼ばれる道具に詰めて造られたものだ。トラップツールの内部構造は詳しくは知らないが、内部にはネットと起爆剤と感圧スイッチが仕込まれている。ハンターがこのシビレ罠を地面に設置すれば、数秒後には起爆剤によりツールを中心点としてネットが飛び出す。あとはバカなモンスターがツールの感圧スイッチを踏むのを待つだけだ。スイッチが反応すると小さな電流が流れる。すると先に説明した麻痺牙の粉末は化学反応を起こて空気中に舞い上がり、肌に吸着。そのまま浸透し、一時的にだが中枢神経に作用するのだ。見分け方としてはいたって簡単で、目視による確認が一般的だ。麻痺牙の粉末はどんな些細な光にも反応して発光するので、夜でも目立つ。

 

 いかに聡明なわたしといえども知らない道具には対応できない。考えてもみて欲しい。原始人だったとして、相手がミサイルなどを使ってきた場合、どう対処するのかね?

 

 言い忘れたが、わたしは前回と同じく、ハンター達のキャンプ地からやや離れた場所にいる。人間たちは狩りの成功を祝って、宴会の最中だ。

 

「いやあ、いがいとあっけなかったな」 と小剣の男の声。

「……あんた捕獲用麻酔玉投げただけじゃない。しかも七つも」 イラついた口調でランスの女。

「コントロール悪すぎませんか。それはそうと今回はしっかり見張っといてくださいよ」

 

 三人目だ。わたしと同じく知的な声。

 

「だから居眠りなんてしてねえって。知ってるだろ? あの小人、チャチャブーが突然襲ってきて鍵を奪われちまったんだよ」

「倒せよ」

 

 しばらく会話が続き。

 

「さて、わたしたちはもう寝ますので、見張りは頼みますよ」

「大丈夫だって。やらなくてもよ、逃げやしねえって。酒くらい飲ませてくれよお」

 

「あんた前回の依頼失敗の違約金、払えるの? あと、その辺きれいに掃除しといて」

 

 どうやら小剣の男は相変わらずパーティーの中でお荷物的存在らしい。捕獲したモンスターを縛ったりする雑用だけでなく、もはや普通の雑用係と化している。

 ぶつくさと文句を垂れながら、こっそりと持ち出したのだろう。酒を片手に男がやってくる。

 

「あ~めんどくせえ。ま、今回も大物を捕まえたからな。こいつを見ながら時間を潰すか」

 

 と、わたしの隣の檻にかけられていた布を勢いよく取り払った。きめ細かい黒の体毛。悩ましげな曲線の体躯。力強く、しかししなやかに鞭打つ尻尾。前腕から開かれる、ぞっとするほど鋭いブレード膜。爛爛と燃ゆる真紅の瞳は鮮やかな血を想起させた。

 

 ナルガクルガと呼ばれるモンスターである。

 

「ヒャアッハァーン! たまんねえぜ、この禍々しさ! 密林の暗殺者と呼ばれるのも納得う。ヘイ見ろよ! この反骨心丸出しの瞳。捕獲されたってのに、ちっとも自分を弱者と認めてねえ。そして一見筋肉だらけの体だが、触ったときの弾力は信じられないほどに甘美い! ちょうど成体になったころかぁーん? 人生これからって時に残念だったなあ。それを思うとたまんねえぜ! フヒヒ」

 

 誰に語るでもなく説明とも感想ともとれる言葉を発すると、男はナルガクルガを眺めながら一杯やりだした。

 

「隙あらばぶっ殺してやるって顔だなあ。目は口ほどにものを言うってか。感情が昂ぶると、目が赤くなるらしいが。どうやっても出れねえぜッ、こいつがなけりゃあ……」

 

 男はこれ見よがしに鍵を取り出した。

 

「絶ッッッ対に出れんのだ! そして前回の二の舞はごめんだ! こいつは懐にしまっておくぜ」

 

 と、鍵を服のうちポケットに入れて、大きなあくびと伸びをするが、しかし。

 

「あいつらも心配性だよな……でもまあ今回はまじめにやるか。さんざん違約金を払わされたからなー」

 

 リュックから液体が入った瓶を取り出した。色とラベルからして狂走薬だろう。徹夜の覚悟らしい。

 

『ふざっけんじゃないわよ!』

 

 突然の怒声に驚き、首を向けるとナルガクルガが男に吼えていた。

 

『さっさとここから出しなさいよ! 八つ裂き程度じゃあ、済まないんだからね!』

 

 檻に爪や、尻尾をぶつけ騒ぎ立てている。やれやれだぜ。

 

「無意味な行動はよしたまえ。これは絶対に壊れないらしい」

 

 わたしの言葉に灼熱の瞳が向けられる。

 

『うるさいわね! あんた……やけに落ち着いてるじゃない』 僅かに震えた声で。 『わたしたち……わたしたちっ……死んじゃうかもしれないのよ! わかってるの!? 殺されるのよ!』

 

「だからといって、大暴れするのは好ましくない」 と人間だったころの記憶を探る。 「捕獲したモンスターが夜中に目覚め、大声を出し、ハンター達の睡眠の邪魔をすれば彼女らは当然そのモンスターを黙らせるべく行動に移るだろう。つまり――」

 

 しまったと思ったが、もう遅い。彼女の瞳には不安の色が。

 

『何よ、どうするって、いうのよ。人間は』

 

 しかし震える声で続きを促される。

 

「よくて麻酔処理、最悪この場で解体されてもおかしくはない」

 

 それを聞き、情熱を失った瞳が黄色に変わり、三角の耳が垂れ下がる。それは希望を断たれ、神に救いを請うだけの絶望者。先ほどまでの気丈な彼女は見る影もない。

 

「元気をお出し。そもそも、お嬢さんはどうして捕まったりしたのだね」

 

 ナルガクルガは迅竜と呼ばれる存在だ。その名のとおり、目にも止まらぬ三次元機動を誇り。光を反射しない体毛は暗闇に溶け込み、夜での発見は困難とするはずだ。

 

『その……ちょっとご飯食べた後に。お昼寝しちゃって……その時に、その』

 

 慢心、か。自らの恥を正直に告白することは、なかなかにできることではない。尊敬に値する。ちょうど成体になったばかりなのだろう、人間で例えるなら二十歳くらいか。親の庇護下を離れ、初めての独り立ちはさぞ心細かったことだろう。説教する気など起きはしなかった。今回の失態を踏まえ、彼女は真に大人へと近づいただろう。

 

『わたし、まだ一回しか狩りに成功してない……もっとおいしいものが、食べたかった。もっと、生きていたかったよお』

 

 本人も反省しているようだ。仕方がない、一肌脱ぐとしよう。

 

「はじけクルミのはちみつ漬けは食べたことあるか? あれはうまいぞ。落陽草が決め手だ」

『えっ』 彼女が信じられぬといった表情でこちらを振り向いた。

「泣くのはおやめなさい。すぐにここから出してあげよう」

『バカいわないで! 変な希望なんかっ……持たせないでよ!』

 

 わたしは人差し指を唇に添え。

 

「シッ……まあ、見ていなさい』

 

 わたしはわざと声を立て、男の注意を引いた。そして懐からチラリとこれを見せる。

 

「あ、おいなんだその穏やかに美しく光り輝いている滑らかで繊細な毛は……おいおいおい。そりゃキリンのたてがみじゃねえか」

 

 思ったとおりの反応だ、無用心にもわたしの檻に近づく。

 

「へへへ。早くそいつをよこしてくれよ……見張り番も、やってみるもんだな。このたてがみは独り占めだぜい」

 

 ほら、といった感じで手を出してくるが一歩遠い。しかたがない、【Cover The Fact】(擬態された真実)を使うか。

 

「ウホウホ?」

「なんだ? ゴリラ語なんてわかんねえ……けど、まあ。うほうほうーほ、うーほ」

「ウホーウ!ウホウホ」

 

 かかったな。そら、後一歩。踏み出せ。それが破滅への一歩だ。

 

「なんだか通じてるみてえだな。うほうほう? うほうほほほ! ごりーら」

「ウホウホホホーイ! ウホウ?」

「ごりごりうほーい!ごりほーい」

「ウホーウホウウウホ! ッホウ!」

「うほ! うほ! うほ! うほほ! うっほー!」

 

「人語でしゃべれ」

「うぼあっ!」

 

 隙をつき、みぞおちを一突き。男の懐を探って鍵をいただく。

 すぐさま檻の錠前を外し、続いてナルガクルガを解放する。あまりのアホくささについ人語を話してしまったが。大丈夫だろう、忘れているはずだ。

 

『あんた……すっごいバカっぽかったわよ』 とナルガクルガ。あきれてものも言えないといった声色だ。 『でも……ありが』

「感傷に浸るのは後だ。人間の仲間がかぎつける前に」

『そそそ、そうね!』

 

 駆けるナルガクルガのお嬢さんを追い、わたしもキャンプ地を後にしようと歩を進めようとし、ふと、昏倒し、うなる男を冷めた目で一瞥する。

 

 わたしはこの男を軽蔑する。たしかにハンターにとって素材というものは命よりも大事かもしれない。だがそれは物のたとえであって、目先の欲に捕らわれ、結果死ぬようであれば、末代までの恥だ。それが嫌ならわたしのように、常に自分の行動と、その結果から生まれるリスクとリターンを計算しなければならない。決して頭を休ませることはない。死と隣り合わせを常にするものであれば当然のことだ。

 

「希望的観測による軽率な楽観行動は死を招くぞ。おまえも戦いに身を置く者ならば、ゆめゆめそれを忘れるな……」

 

 

 

 キャンプ地から遠く離れた森、その小高い丘の上でわたしとナルガクルガは一息ついた。

 

『助かったわ。ちょっとバカっぽかったけど……その、ありがとう』

「気にすることはない、困ったときはお互い様だ」

 

 厚い雲が月光を遮り。彼女の黄金の瞳だけが闇夜に浮かび上がる。

 

『そういえば、あんたはなんで捕まっちゃったのよ。それに人間語みたいな言葉話してなかった?』

 

 わたしは視線をそらし、物憂げに答えた。

 

「……実はわたしが小さいころ、ハンターに襲われたことがある」

『えっ?』

 

「両親はわたしを逃がすために、ね」

 

 自嘲気味に笑い。

 

「まぬけなもんさ、それでも捕まってしまったよ。生まれたばかりのわたしを、人間は何とか手なずけようとした。見世物にするために。その後……」

 

 空を仰ぐ。悲しみが――こぼれてしまわぬように。

 

「その後、何とか逃げ出した。ほうほうの体でね。でもわたしには帰る場所なんて無かった。受け入れてくれたのは、この無法地帯だけさ。しかしこんな僻地にまでやつらは追ってきた、それであのザマさ……人語を少し話せるのは人間と長い間すごしたからね」

 

『ごめんなさい……わたし、そんなつもりじゃ』

 

 手で制し。有無を言わさぬ口調で言う。

 

「それ以上は言うんじゃない……その感情はしまっておけ。ここでは優しいやつから、消えていく…………だが、決して忘れるな! それなしで生きていられるほど、生き物は強くない」

 

『そうね……そうよね』 と目を伏せるナルガクルガ。

 

『ねえ。はじけクルミのはちみつ漬け、食べてみたいわ』

 

「……蜂の巣に切れ目を入れ、垂れてくる場所に、はじけクルミを置いておけばいい。下に落陽草を敷くとなおいい」

 

『落陽草が決め手なんでしょう? わたしの指ではできそうにない』

 

 鋭利な爪を動かして、寂しそうに言った。彼女もわかっているのだろう、その爪はハーブを摘むためのものではない。糧とするため、命を摘むものだと。

 

「お嬢さんが立派なレディになったら。家にきなさい。とびきりのやつをご馳走しよう」

『本当? 約束よ! 破ったら、八つ裂きにしちゃうから』

「ああ。本当だとも!」

『わたし、この森で一番強くなる。そしたら、そのときは……そのときまで、死なないでね』

「修羅場の数はきみより上さ」

 

 わたしの声は聞こえたのだろうか。彼女は音も無く消え去った。赤い瞳の残光の軌跡がそれを示す。

 こつりと頭に何かが当たる。彼女の尻尾の先端に生えている針だ。ぬれているように滑らかで。美しかった。

 果たして、このどこまでも続くかのように広いジャングルの中で再会することはあるのだろうか。それは誰にもわからない。

 

 さあ、はちみつとリュックを回収して早く寝よう。ゴリラの朝は早い。

 

 

 

「ウホ……ウホウホ。ウホ……」


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