クレアがラクーンシティにやってくる日、レオンは無理やり仕事を調整し、半ば強引に「街の治安巡回」という名目で時間を確保していた。
普段はあまり使わないパトカーを引っ張り出し、ピカピカに磨き上げてクレアを待つ。
「ごめんね、無理させちゃって」
警察署の正面玄関に現れたクレアは、少し申し訳なさそうに言った。
レオンはパトカーの助手席のドアを開けながら、爽やかに笑った。
「とんでもない。せっかく来てくれたんだ。ラクーンシティの魅力を余すところなく伝えないと」
クレアがパトカーに乗り込むと、レオンは慣れた手つきでエンジンをかけてサングラスをかける。
サイレンは鳴らさず、ゆっくりとパトカーは発進した。
「まさかパトカーに乗せてもらえるなんて!なんだかちょっと緊張するね」
クレアは窓の外を眺めながら、はしゃいだように言った。
「今日は特別だ。普段俺が仕事で回ってる場所を中心に案内するよ」
レオンはまず、ラクーンシティのメインストリートを走行した。
パンデミックの爪痕はまだ残るものの、再建された商店やカフェが立ち並び、人々が往来している。
「ここは最近できたカフェで、コーヒーがうまいんだ。休憩中によく立ち寄るんだ」
レオンはそう言って、街の日常を語る。
次に、市民公園の脇を通る。
「ここは休日に家族連れで賑わう場所だ。俺もたまにジョギングするよ」
レオンの言葉に、クレアは
「レオンがジョギングしてる姿、想像つかないな」
と笑った。
レオンは少し照れながらも、普段の自分の一面を見せることに喜びを感じていた。
彼は、ただ単に街を案内するだけでなく、自身の警察官としての日常、そして人間としてのレオン・S・ケネディの生活を、クレアに伝えようとしていた。
道端で出会う同僚の警官や、顔なじみの店の店主と軽く挨拶を交わすレオンの姿に、クレアは彼がこの街にしっかりと根を下ろし、信頼されていることを感じた。
「あのね、レオンって、普段こんな風に街を回ってるのね。私、もっとこう、事件現場とかを飛び回ってるのかと思ってた」
クレアの言葉に、レオンはハンドルを握りながら穏やかな表情で答えた。
「それが俺の仕事だからな。こうして街の平和を守るのも、大切な役目なんだ」
パトカーは小高い丘に差し掛かった。
そこからはラクーンシティの街並みが一望できる。
「ここが俺の一番好きな場所なんだ。夜景も綺麗でな」
レオンはそう言って、クレアの方をちらりと見た。
クレアは、真剣な眼差しで街を見つめるレオンの横顔に、彼のこの街への深い愛情を感じ取っていた。
午後の日差しがパトカーの窓から差し込み、二人の間には心地よい静けさが流れる。
言葉を交わさずとも、お互いの存在を感じ合う時間。
それは、二人の関係をより深く、温かなものにしていくには十分な時間だった。
[newpage]
パトカーでのラクーンシティツアーを終え、警察署に戻ったレオンは、今日の業務を早々に切り上げた。
デスクに戻るとクリスが訝しげな顔でこちらを見ているが、レオンは軽く会釈するだけに留めた。
クレアを待たせてはいけない。
「まさかパトカーに乗せてもらえるなんて、面白かったよ。ありがとう、レオン」
警察署の入口で待っていたクレアが、満面の笑みでレオンに言った。
レオンは彼女の笑顔に少し気恥ずかしさを感じながら、切り出した。
「どういたしまして。もしよかったら、この後、俺のお気に入りのピザレストランに行かないか?ラクーンシティで一番うまいんだ」
クレアは目を輝かせ、
「本当に?いいの?ぜひ行きたい!」と即答した。
その素直な反応に、レオンの頬が緩む。
二人が向かったのは、署から少し離れた路地裏にある、こぢんまりとしたピザレストランだった。
店内は香ばしい匂いに満ち、レオンは慣れた様子で隅の席にクレアを案内した。
「ここ、落ち着くね」
クレアは店内の雰囲気に満足げだ。
ピザとドリンクを注文し、会話が途切れたタイミングで、レオンは思い切ってクレアに尋ねた。
「クレアは、大学ではどんなことしてるんだ?南極の話も面白かったけど、他には?」
クレアは少し考えるように視線を泳がせた後、
「研究室では環境問題とか、生態系について学んでるよ。あとは、趣味で古いカメラで写真撮ったり、友達と旅行に行ったりかな」と答えた。
彼女の言葉から、充実した大学生活が垣間見える。
「へえ、写真か。今度撮った写真、見せてくれるか?」
レオンは興味津々だ。
「もちろん!レオンも何か趣味とかあるの?」
レオンは「趣味と言えるかは分からないけど、休みの日は射撃訓練に行くくらいかな」と答えた。
二人の共通の話題が見つかり、会話が弾んでいく。
そして、レオンは胸の奥で温めていた、一番聞きたいことに触れた。
「クレアは…その、彼氏とか、いるのか?」
レオンの声は、ほんのわずかに震えていたかもしれない。
クレアは一瞬、きょとんとした表情をしたが、すぐにふっと微笑んだ。
「いないよ。今は研究と、旅で手一杯かな。レオンは?」
まさかの質問返しに、レオンは焦った。
「俺も…いない。仕事ばかりで、そういう暇もなくてさ」
レオンは少し自嘲気味に笑った。
クレアは、彼の返事に小さく頷いた。
「そっか。意外だね。レオン、モテそうなのに」
「そんなことないさ」
レオンは照れ隠しにピザを一切れ取った。
しかし、クレアの「いない」
という言葉に、レオンの心は密かに歓喜していた。
「今までも、色々なことがあったからね。なかなか、ゆっくり誰かと向き合う時間もなかったし」
クレアは遠い目をして、少しだけ過去を振り返るような表情を見せた。
レオンは、彼女の言葉の裏にある、パンデミックでの経験が残した傷跡を感じ取った。
無理に深入りせず、ただ静かに彼女の言葉を受け止める。
そして、ゆっくりと、しかし確実に二人の距離が縮まっていくのを感じていた。
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ピザレストランでの夜は更け、二人の会話は尽きなかった。
クレアが彼氏の有無を尋ねたことで、レオンの過去の恋愛に話が及ぶ。
少しばかり気まずい沈黙の後、レオンは意を決したように口を開いた。
「俺も…実は、ラクーンシティに来る前に、振られたばかりなんだ」
クレアは少し驚いたようにレオンを見た。
彼の表情には、微かな苦笑いが浮かんでいる。
「そうだったんだ…」
クレアは、それ以上の言葉を慎んだ。
レオンは、ピザの耳をちぎりながら続けた。
「彼女は、大手製薬会社に勤めるOLだった。名前は…そうだな、ここでは伏せておくよ。正直、俺とは住む世界が違いすぎるくらい美人で、周りからも羨ましがられたものさ」
レオンは、遠い目をしながら過去を回想する。
「初めて会ったのは、たまたま立ち寄ったバーだった。向こうから声をかけてきて、最初は正直戸惑ったんだ。俺みたいな警官が相手でいいのかって。でも、彼女は強引で、あっという間に俺を彼氏にした」
レオンの脳裏に、当時の彼女の姿が鮮やかに蘇る。
艶やかな金髪に、ギラギラと強く光る青い瞳。
スリットの入ったタイトスカートから伸びる脚は、いつも彼の視線を釘付けにした。
時に無邪気に、時に挑発的にレオンを翻弄する彼女の言動は、うぶなレオンには刺激的すぎた。
レオンは、指先でグラスの縁をなぞった。
彼女は、常にスポットライトの中にいるような女性だった。
初めて彼女の部屋に行った夜、シャンパンの泡が弾ける音だけが響く静かな空間で、彼女は突然レオンの制服のボタンに手をかけた。
「ねぇ、レオン。制服って、やっぱり素敵ね」
甘い声で囁かれ、そのまま引き寄せられるように唇を重ねた。
初めての、大人の女性とのキス。
彼女の柔らかい唇の感触、微かに香るフローラルの香水。
レオンの心臓は激しく高鳴り、手のひらには汗が滲んだ。
そして、二人の肌が触れ合った瞬間の、ゾクッとするような熱。
彼女のしなやかな指がレオンのシャツの下に滑り込み、背中を撫でるたびに、全身に電流が走るような感覚に襲われた。
夜は長く、そして甘美だった。
彼女の吐息、肌のぬくもり、絡み合う指。すべてがレオンを魅了し、抗えないほどに引き込んでいった。
「彼女は、警察官の仕事の大変さを全く理解してくれなかった。
事件で呼び出されれば『せっかくのデートなのに』と不機嫌になり、危険な現場に行けば『怪我でもしたらどうするの』とヒステリックに怒鳴った。
彼女にとって、俺の仕事はただの『かっこいい制服を着た男』でしかなかったんだろうな」
レオンの声には、諦めと、わずかな疲労が滲んでいた。
しかし、甘い時間は次第に亀裂が入り始めた。
彼女の気まぐれな態度、レオンの仕事を軽んじるような発言。
ある日、非番のレオンが疲れて眠っていると、彼女は突然ベッドに乗り上げてきて、レオンの顔にキスを降らせた。
「ねぇ、レオン。いつまで寝てるの?今日、高級レストラン予約したのよ。起きてよ」
彼女の肌着から漂う甘い香りに誘惑されながらも、レオンの心は疲弊していた。
身体はまだ眠りを求めているのに、彼女の要求は止まらない。
「とにかくワガママで、俺はいつも振り回されてばかりだった。ある時なんて、仕事で徹夜明けの俺を、高級ブランドの新作発表会に無理やり連れて行こうとしてさ。断ったら、目の前で派手に泣き出して、結局俺が折れるしかなかった」
レオンはグラスに残った水を一気に飲み干した。
「肉体的な疲れよりも、精神的に参ってしまって。最後は、彼女の方から『あなたの仕事は刺激が足りない』って言われて、あっさり振られたよ」
クレアは、レオンの意外な過去に静かに耳を傾けていた。
彼女の目には、レオンへの同情と、そしてかすかな怒りの感情が混じっていた。
「それは…大変だったね、レオン」
クレアは、優しく、しかしはっきりとそう言った。
レオンは、クレアの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく頷いた。
過去の傷を彼女に話すことで、心の奥底にしまっていた感情が少しだけ解放された気がした。
レオンが過去の恋愛を語り終え、テーブルの上に沈黙が落ちた。クレアは、レオンが抱えてきたであろう苦しみを思い、静かにグラスを傾けた。そして、そっと口を開いた。
「レオン…話してくれて、ありがとう。つらい経験だったんだね」
その優しい言葉に、レオンの心がわずかに解けるのを感じた。
彼は小さく頷き、クレアの次の言葉を待った。