レオンがバイオハザード2のあと、そのまま警察官をやっている世界線。女子大生クレアとの甘々、アメリカ青春ドラマを目指しました。
午後の署内。
任務報告の整理を終えたレオンは、給湯室の隅で紙カップにコーヒーを注いでいた。
まだ勤務時間は終わっていないが、少しだけ空きができた。
ふっと肩を回していると、背後から聞き慣れた低い声が響いた。
「お、サボりか? 新人くん」
振り向くと、そこには私服姿のクリス・レッドフィールドが立っていた。
濃紺のジャケットに、署員証をぶら下げるでもなく、明らかに『見回りついで』の空気感。
「……クリスさん。いえ、今ちょうど終わったところです」
「おう。それはよかった」
クリスはレオンの隣に立ち、自分もコーヒーを注ぐ。
しばし沈黙が流れ、署の壁時計の秒針だけが音を立てていた。
「……最近、妹とよく会ってるみたいだな」
その言葉に、レオンの手がわずかに止まる。
「ええ、まあ……ときどき」
「あいつ、変なもん買って帰ってくる日が増えた。スカートとか、ピアスとか」
「そう……ですか」
「しかも、鏡の前でやたら髪いじっててな。明らかに“気にしてる”顔だった。……理由、心当たりあるか?」
レオンはごく自然を装いながらも、視線を正面のカップに落とした。
「……俺だとしたら、すみません」
「謝るのはまだ早い」
クリスはそう言ってレオンを見つめる。
冗談めいた笑いの裏にある、鋭い眼差し。
レオンはその視線から逃げず、だが言葉は少し慎重だった。
「クレアさんといる時間は……俺にとって、大事です。どこまで進んでるとか、そういう言い方はしたくないですけど……一緒にいると、落ち着くんで」
「……ふぅん」
クリスはそれ以上何も言わず、カップのふちを指でなぞったあと、やっと口を開いた。
「お前のそういう真面目なとこ、嫌いじゃない。でもな」
「……はい」
「うちの妹に泣かせるような真似だけは勘弁だ」
「……しません」
「そう言い切れるうちはいいさ。……で、今日は何時に迎えに行くんだ?」
レオンは目を見開いた。
「……なんで知って…」
「クレアの香水が、朝からやけに甘かった」
クリスはにやりと笑って、肩を軽く叩く。
「楽しんでこいよ、新人。でも、帰りはちゃんと家まで送って、玄関先でバイバイだ。いいな?」
「……了解です、クリスさん」
[newpage]
夕方、レオンの自宅。
シャワーを浴び、髪を軽く乾かしたレオンは、クローゼットを開けて服を眺めていた。
黒のジャケットか、グレーのニットか。
普段は何も考えず選ぶ服が、今日はやけに判断を鈍らせる。
「……見せたいわけじゃないけど、嫌われたくもない、か」
独りごちて、落ち着いたネイビーブルーのシャツを手に取る。
ボタンを留めながら、ふと机の上の手帳に目が留まる。
そこには、かつて彼が一人で訪れていた『レオンの灯台』の場所が記してあった。
クレアに、あの場所を見せようと思ったのは、単なる思いつきではない。
誰かに静けさを共有したいと思ったのは……きっと初めてだった。
鏡の前に立ち、シャツの袖を折り返す。
コロンをひと吹きし、ポケットに車のキーを滑り込ませた。
玄関を出る直前、レオンはふと立ち止まる。
深く息を吸って、小さく、確かに呟いた。
「……焦るな。ひとつずつ、ちゃんと」
それは、クレアと向き合うための、自分自身への言葉だった。
[newpage]
玄関先のインターホンを押したレオンは、微かな緊張感を胸の奥に押し込んだ。
数秒の沈黙のあと、ドアが開き、クレアが姿を現す。
「……レオン」
「……やあ。迎えに来たよ」
クレアは淡いピンクベージュのシャツに、揺れるイヤリング。
髪は軽く巻かれていて、普段より少しだけ背筋を伸ばしていた。
「遅れてない?」
「いや、ちょうど。……似合ってる、すごく」
その言葉に、クレアは一瞬だけ視線を外して、小さく笑った。
「ありがとう。レオンも、なんだか……いつもより大人っぽい」
レオンは少し照れくさそうに頬をかいた。
「一応、先輩から『玄関でバイバイしろ』って釘さされたからな。失点はしたくなくて」
「……クリスったら……」
クレアは呆れたように、けれどどこか安心したように微笑むと、鍵を手にしてドアを閉めた。
車に乗り込むと、しばらくは街の喧騒とウィンカーの音だけがふたりの間に流れていた。
気まずさではなく、穏やかな沈黙。互いに言葉を選んでいる、そんな空気だった。
「……この先、どこに向かうの?」
クレアが静かに尋ねる。
「Victory Lakeの灯台、…みたいなところ。街から少し離れてるけど、夕方の光がきれいに差し込む場所がある。……人も少ないし、静かで」
「……いいね。レオンが静かな場所、選ぶの意外かも」
「喧騒には慣れてるけど、落ち着く場所が恋しくなることもある」
ハンドルを握るレオンの横顔を、クレアはそっと見つめた。
「……その場所に、私を連れていこうと思ったのは、なんで?」
信号待ちで車が止まる。
レオンはほんの少し考えてから、前を向いたまま答えた。
「話すと……うまく言えないけど、クレアと静かな場所にいると、落ち着く気がする。変な意味じゃなくて」
「……ううん。わかる。私も、そう思ってる」
短く、けれど確かなやりとりだった。車は再び走り出し、山の方へと向かっていく。
[newpage]
目的地に着いたころには、空は夕暮れの手前。
ヴィクトリー・レイクの防潮灯周囲には人影もなく、風の音と、遠くから聞こえる波の響きだけが静かに包んでいた。
レオンはクーラーボックスとブランケットを後部座席から取り出し、崖の手前に敷いた。
「ここ、いい風が通るんだ。ちょっと肌寒いかもだけど」
「ううん、ちょうどいい」
クレアは座り込むと、湖の方を眺めた。
遠くに街の灯がちらちらと見える。
「……落ち着くね、本当に。水の音と風だけって、贅沢かも」
「そうだな。贅沢な静けさ、ってやつだ」
並んで座ったふたりは、しばらく言葉を交わさず、ただ景色を見つめていた。
時間が止まったような、優しい空白。
気を使わずにいられる相手とだけ、共有できる沈黙。
「ねえ、レオン」
「ん?」
「……さっき『変な意味じゃなくて』って言ったけど。私は、ちょっとくらい変な意味でも……嬉しかったよ」
レオンは視線をそらさず、しかし心臓の音が少しだけ速くなるのを感じていた。
「そういうの……言われ慣れてないから、結構効く」
「ふふ。なら、もっと言おうかな」
レオンは笑って、わずかに肩が触れる距離に身体を傾けた。
「今は、それくらいがちょうどいいかもな」
そして、ふたりはそのまま、防潮灯の光が回るたびに顔を照らす、ゆっくりとした時間を過ごした。
観光地でもなんでもない、地元の人間しか知らないような、静かな場所。
風は冷たく、花の香りがわずかに混じっている。
「……こんなところ、初めて」
クレアは、眼前に広がる景色をまた見つめた。
湖は深い群青で、水面がまだ赤く染まっている。
レオンは車の後部座席から、保温ポットとブランケットを取り出した。
「静かな場所、好きなんだ。誰もいない、喧騒もない、ただ静寂の音だけが聞こえる……そういう場所」
「……レオンらしいね」
クレアは笑って、ブランケットを受け取ると、彼と並んで防潮灯のふもとのベンチに腰かけた。
しばらく、言葉はなかった。
風の音、水面の揺れる音、それに時折、防潮灯の上で風見がきしむ音だけ。
レオンが、ポットの蓋を開けて二人分のコーヒーを注ぐ。湯気が、ほんのりと鼻をくすぐった。
「ありがとう」
「今夜は、コーヒーに合うもの、用意してないけど……」
「大丈夫。あなたと飲むのが、今日のメインだから」
不意にそう言ったクレアに、レオンは目を細めた。
「……じゃあ、今日のコース、君の好みに合ってたか?」
「うん。すごく」
クレアは、カップを両手で包み込むようにして持ったまま、ぽつりと呟いた。
「静かだけど、淋しくないね。あなたといると」
レオンの目が、一瞬だけ柔らかくなった。
この防潮灯には、彼にとって特別な意味がある。
何度も一人で来ていた場所、ただ静けさを求めて。
でも今、その隣に誰かがいることの違いが、彼にははっきりとわかっていた。
「君がいてくれるなら、ここも、ただの避難場所じゃなくなるかもな」
「じゃあ……また来てもいい?」
「もちろん」
しばらくして、風が少し強くなった。
クレアが肩をすくめたのに気づいて、レオンは自然な仕草で自分のブランケットを半分、彼女の肩にかけた。
その距離、数センチ。
クレアが、彼の横顔をちらりと見た。
「……ねぇ、レオン」
「ん?」
「今日、私が何を考えてるか……わかる?」
「当ててみてもいいか?」
「どうぞ」
レオンは視線を空に向けたまま、少し考えてから、低く静かな声で言った。
「……この静けさを、また味わいたいって。俺と一緒に」
クレアは、口元を隠すようにして笑った。
けれどその目は、揺れずにまっすぐ、彼の横顔を見つめていた。
「……正解」
そしてクレアは、ブランケットの下からそっと手を伸ばし、レオンの腕に触れた。
レオンが驚いて視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
「……ねえ、少しだけ、いい?」
その言葉に答えるように、レオンはゆっくりと腕を広げた。
クレアは躊躇いなく、彼の胸元にすっと身体を預ける。
風が吹いても、彼女の体温ははっきりと感じられた。
抱きしめたクレアの背中に、彼の手が自然に添えられる。
ふたりの間に流れていた沈黙は、そのままぬくもりに形を変えていた。
言葉では届かない想いが、今はしっかりと、体温として伝わっている。
クレアがぽつりと、彼の胸元で言う。
「……レオンの匂い、落ち着く」
レオンは笑って、額をそっと彼女の髪に預けた。
「君の声も、落ち着くよ」
それは長くはなかったけれど、確かに『ふたりだけの灯り』が生まれた瞬間だった。
[newpage]
車は海沿いの道を走っていた。
窓の外は闇に包まれ、街灯すらほとんどない。
遠くに灯る街の明かりが、まるで星のように瞬いていた。
クレアは助手席で静かにシートベルトを引き直し、少しだけ体をレオンの方へ向けた。
「……ねぇ、レオン」
「うん?」
「あそこって、誰かを連れてくるの、初めて?」
レオンは、一瞬だけハンドルを握る手に力を込めた。
そして短く答えた。
「ああ。君が最初だ」
クレアの表情が、ゆるやかにほどける。
「やっぱり」
「なんで?」
「空気が……すごく、あなたっぽかったから。静かで、でも温かくて、ちょっと不器用で……でも、ちゃんと誰かを受け入れようとしてる場所だった」
レオンは笑わなかった。
ただ、少しだけ顔を彼女に向けて、真剣な瞳で見た。
「……そう見えてたなら、嬉しいよ」
クレアは少し黙っていたが、やがて手を膝の上で組みながら、そっと言葉を落とした。
「……あなたのこと、もっと知りたいって思ってる。今日、そう思った」
レオンの呼吸が一瞬だけ止まりかけた。けれど、それはすぐにゆっくりとした息に変わる。
「……俺も、同じこと考えてた」
沈黙。
でも、それは重くも苦しくもなかった。
ただ、何かが確かに形を得て、ふたりの間に静かに降り立った。
しばらくして、赤信号で車が止まった。
レオンが、そっと口を開く。
「クレア」
「ん?」
「もし、これから先……少しずつでいいなら、俺の隣にいてくれるかい?」
クレアは驚いたように彼を見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「うん。少しずつなら……喜んで」
信号が青に変わる。
再び車が走り出す音とともに、ふたりの関係も、確かに一歩、進んでいた。
外の景色は変わらず夜だったが、車内にはあたたかい静けさがあった。
まるで、互いの存在が小さな灯りになって、次の一歩を照らしているかのように。