Shadow Convergence=影に生きる二人= 作:最上 イズモ
最初に異変に気づいたのは、通信士だった。
通信士「……第六小隊、応答ありません」
前線指揮官は眉をひそめる。
指揮官「また妨害か?
この基地、今日はやけにノイズが多いな」
通信士「ノイズというより……通信が“抜け落ちてる”感じです」
モニターに映る赤点が、一つ消える。
爆発はない。
銃声のログもない。
指揮官「……戦闘は?」
通信士「発生しています。
ただ……死者報告がありません」
指揮官の手が止まる。
指揮官「……何だと?」
そこへ、現場カメラの映像が割り込む。
暗い通路。
倒れているのは兵器だ。
装甲は無事。
だが、関節が“正確に”潰されている。
整備士(通信)
「……ありえません。
破壊されてない……止められてるだけです」
指揮官「EMPか?」
整備士「違います。
制御回路は生きてる。
物理的に……“使えない状態”にされている」
別の映像。
兵士が壁にもたれ、息を荒げている。
銃は、分解されたように床に散らばっている。
兵士(震え声)
「……撃たれなかった……
でも……気づいたら……銃が……」
指揮官「……敵は何人だ」
通信士「……二人です」
指揮官「二人で、この被害か?」
一瞬の沈黙。
通信士「……正確には……
一人が戦っているように見えます」
指揮官は、ゆっくりと椅子に座り直す。
指揮官「……もう一人は?」
通信士「……“見られているだけ”という報告が……」
その言葉に、室内の空気が冷える。
通信士「撃ってこない。
近づかない。
ただ……いる、だけだと」
指揮官は無意識に唾を飲み込んだ。
指揮官「……核に代わる兵器を守る基地で、
我々は……何と戦っている?」
返答はない。
さらに警告。
通信士「対人制圧兵器、第四・第五区画で停止。
原因……不明」
指揮官「破壊ではない?」
通信士「はい。
“戦えなくなった”だけです」
指揮官は、拳を握る。
指揮官「……最悪だ」
参謀(低声)
「司令……この侵入者……
“殲滅”を目的にしていません」
指揮官「……なら、何が目的だ」
参謀「……通過です」
司令室が、静まり返る。
参謀「彼らは、基地を壊していない。
兵も殺していない。
ただ……我々の“抵抗能力”だけを削っている」
指揮官は、ようやく理解した。
指揮官「……時間を、奪われているのか」
通信士「……はい。
しかも……こちらが気づくより、ずっと速く」
指揮官は、低く命じた。
指揮官「全兵に通達。
侵入者との接触を避けろ」
参謀「反撃は?」
指揮官「意味がない。
……これは戦闘じゃない」
一拍置いて、続ける。
指揮官「……“狩り”だ」
彼らはまだ知らない。
その“狩人”の一人が、
世界線の重さを計算しながら、
あえて引き金を引いていないことを。
そして、もう一人の狩人――
ただの兵士に見えるその男が、
この戦場で最も“人間的な方法”で、
戦争を壊していることを。
監視モニターに映る通路。
そこには――いる。
黒い影。
立っているだけ。
撃ってこない。
進んでもこない。
通信士「……司令、例の“高機動個体”ですが……」
指揮官「分かっている。
さっき、中型兵器を単独で無力化した存在だろう」
通信士は、ためらいがちに続ける。
通信士「……その個体、動いていません」
指揮官「……停止しているのか?」
通信士「いえ……違います。
生命反応、熱源、全部、正常です。
ただ……」
画面が拡大される。
暗がりの中、微動だにしない人影。
通信士「こちらを見ているだけです」
指揮所に、嫌な沈黙が落ちる。
指揮官「……罠か?」
参謀「可能性は高いですが……
奇妙です」
指揮官「何がだ」
参謀「彼が動いていた時、
我々の兵器は全く歯が立たなかった。
なのに……今は」
参謀は言葉を探す。
参謀「……“待っている”ように見えます」
若い通信兵が、思わず口を挟む。
通信兵「……あの……
もしかして……もう、戦う必要がないんじゃ……」
指揮官「何を言っている」
通信兵「だって……
あの存在が本気なら、
ここにいる全員……」
言葉が、途中で途切れる。
別のモニターに、映像が切り替わる。
倒れた対人兵器。
無力化された兵士。
殺されていない。
参謀「……彼は、
“戦力を削る役目”を終えたのかもしれません」
指揮官「……削る?」
参謀「はい。
あの怪物が動いていた時、
我々は“抵抗できる”と思っていた。
ですが今は……」
参謀は、低く続けた。
参謀「抵抗できないと、全員が理解している」
指揮官は、ゆっくりと息を吐く。
指揮官「……つまり……
あれは、もう勝った後だということか」
通信士が、震える声で報告する。
通信士「司令……
現場の兵士から、同じ質問が上がっています」
指揮官「……何だ」
通信士「
『なぜ、あの怪物は……
――今、動かないんですか』
と……」
誰も、答えられなかった。
指揮官は、画面の中の影を見つめる。
指揮官(独白)
「……核に代わる兵器を守っているはずの我々が、
たった一人の“何か”に、
動きを止められている……」
その時、
モニターの端に、もう一つの影が映った。
銃を構え、
静かに前へ進む――人間。
参謀「……司令。
動いているのは……もう一人の方です」
指揮官「……あの怪物は?」
参謀は、はっきりと言った。
参謀「……あれは、もう戦っていません」
一拍。
参謀「……戦場を“測っている”だけです」
指揮官は、初めて理解した。
あの存在が止まっているのは、
疲れたからでも、油断でもない。
これ以上動けば、
何か“取り返しのつかないもの”が壊れるからだ。
だが――
そんな理由を、彼らが知る由もない。
敵兵たちは、ただ恐れる。
――なぜ、
勝てる怪物が、こちらを殺さないのか。
その答えは、
彼らの世界の“外側”にあった。