Shadow Convergence=影に生きる二人=   作:最上 イズモ

10 / 18
境地

 最初に異変に気づいたのは、通信士だった。

 

 

 

通信士「……第六小隊、応答ありません」

 

 

 

前線指揮官は眉をひそめる。

 

 

 

指揮官「また妨害か?

 この基地、今日はやけにノイズが多いな」

 

 

 

通信士「ノイズというより……通信が“抜け落ちてる”感じです」

 

 

 

 モニターに映る赤点が、一つ消える。

 爆発はない。

 銃声のログもない。

 

 

 

指揮官「……戦闘は?」

 

 

 

通信士「発生しています。

 ただ……死者報告がありません」

 

 

 

 指揮官の手が止まる。

 

 

 

指揮官「……何だと?」

 

 

 

 そこへ、現場カメラの映像が割り込む。

 

 

 

 暗い通路。

 倒れているのは兵器だ。

 装甲は無事。

 だが、関節が“正確に”潰されている。

 

 

 

整備士(通信)

「……ありえません。

 破壊されてない……止められてるだけです」

 

 

 

指揮官「EMPか?」

 

 

 

整備士「違います。

 制御回路は生きてる。

 物理的に……“使えない状態”にされている」

 

 

 

 別の映像。

 

 

 

 兵士が壁にもたれ、息を荒げている。

 銃は、分解されたように床に散らばっている。

 

 

 

兵士(震え声)

「……撃たれなかった……

 でも……気づいたら……銃が……」

 

 

 

指揮官「……敵は何人だ」

 

 

 

通信士「……二人です」

 

 

 

指揮官「二人で、この被害か?」

 

 

 

 一瞬の沈黙。

 

 

 

通信士「……正確には……

 一人が戦っているように見えます」

 

 

 

 指揮官は、ゆっくりと椅子に座り直す。

 

 

 

指揮官「……もう一人は?」

 

 

 

通信士「……“見られているだけ”という報告が……」

 

 

 

 その言葉に、室内の空気が冷える。

 

 

 

通信士「撃ってこない。

 近づかない。

 ただ……いる、だけだと」

 

 

 

 指揮官は無意識に唾を飲み込んだ。

 

 

 

指揮官「……核に代わる兵器を守る基地で、

 我々は……何と戦っている?」

 

 

 

 返答はない。

 

 

 

 さらに警告。

 

 

 

通信士「対人制圧兵器、第四・第五区画で停止。

 原因……不明」

 

 

 

指揮官「破壊ではない?」

 

 

 

通信士「はい。

 “戦えなくなった”だけです」

 

 

 

 指揮官は、拳を握る。

 

 

 

指揮官「……最悪だ」

 

 

 

参謀(低声)

「司令……この侵入者……

 “殲滅”を目的にしていません」

 

 

 

指揮官「……なら、何が目的だ」

 

 

 

参謀「……通過です」

 

 

 

 司令室が、静まり返る。

 

 

 

参謀「彼らは、基地を壊していない。

 兵も殺していない。

 ただ……我々の“抵抗能力”だけを削っている」

 

 

 

 指揮官は、ようやく理解した。

 

 

 

指揮官「……時間を、奪われているのか」

 

 

 

通信士「……はい。

 しかも……こちらが気づくより、ずっと速く」

 

 

 

 指揮官は、低く命じた。

 

 

 

指揮官「全兵に通達。

 侵入者との接触を避けろ」

 

 

 

参謀「反撃は?」

 

 

 

指揮官「意味がない。

 ……これは戦闘じゃない」

 

 

 

 一拍置いて、続ける。

 

 

 

指揮官「……“狩り”だ」

 

 

 

 彼らはまだ知らない。

 その“狩人”の一人が、

 世界線の重さを計算しながら、

 あえて引き金を引いていないことを。

 

 

 

 そして、もう一人の狩人――

 ただの兵士に見えるその男が、

 この戦場で最も“人間的な方法”で、

 戦争を壊していることを。

 

監視モニターに映る通路。

 

 そこには――いる。

 

 黒い影。

 立っているだけ。

 撃ってこない。

 進んでもこない。

 

 

 

通信士「……司令、例の“高機動個体”ですが……」

 

 

 

指揮官「分かっている。

 さっき、中型兵器を単独で無力化した存在だろう」

 

 

 

通信士は、ためらいがちに続ける。

 

 

 

通信士「……その個体、動いていません」

 

 

 

指揮官「……停止しているのか?」

 

 

 

通信士「いえ……違います。

 生命反応、熱源、全部、正常です。

 ただ……」

 

 

 

 画面が拡大される。

 暗がりの中、微動だにしない人影。

 

 

 

通信士「こちらを見ているだけです」

 

 

 

 指揮所に、嫌な沈黙が落ちる。

 

 

 

指揮官「……罠か?」

 

 

 

参謀「可能性は高いですが……

 奇妙です」

 

 

 

指揮官「何がだ」

 

 

 

参謀「彼が動いていた時、

 我々の兵器は全く歯が立たなかった。

 なのに……今は」

 

 

 

参謀は言葉を探す。

 

 

 

参謀「……“待っている”ように見えます」

 

 

 

 若い通信兵が、思わず口を挟む。

 

 

 

通信兵「……あの……

 もしかして……もう、戦う必要がないんじゃ……」

 

 

 

指揮官「何を言っている」

 

 

 

通信兵「だって……

 あの存在が本気なら、

 ここにいる全員……」

 

 

 

 言葉が、途中で途切れる。

 

 

 

 別のモニターに、映像が切り替わる。

 倒れた対人兵器。

 無力化された兵士。

 殺されていない。

 

 

 

参謀「……彼は、

 “戦力を削る役目”を終えたのかもしれません」

 

 

 

指揮官「……削る?」

 

 

 

参謀「はい。

 あの怪物が動いていた時、

 我々は“抵抗できる”と思っていた。

 ですが今は……」

 

 

 

 参謀は、低く続けた。

 

 

 

参謀「抵抗できないと、全員が理解している」

 

 

 

 指揮官は、ゆっくりと息を吐く。

 

 

 

指揮官「……つまり……

 あれは、もう勝った後だということか」

 

 

 

 通信士が、震える声で報告する。

 

 

 

通信士「司令……

 現場の兵士から、同じ質問が上がっています」

 

 

 

指揮官「……何だ」

 

 

 

通信士「

 『なぜ、あの怪物は……

 ――今、動かないんですか』

 と……」

 

 

 

 誰も、答えられなかった。

 

 

 

 指揮官は、画面の中の影を見つめる。

 

 

 

指揮官(独白)

「……核に代わる兵器を守っているはずの我々が、

 たった一人の“何か”に、

 動きを止められている……」

 

 

 

 その時、

 モニターの端に、もう一つの影が映った。

 

 

 

 銃を構え、

 静かに前へ進む――人間。

 

 

 

参謀「……司令。

 動いているのは……もう一人の方です」

 

 

 

指揮官「……あの怪物は?」

 

 

 

参謀は、はっきりと言った。

 

 

 

参謀「……あれは、もう戦っていません」

 

 

 

 一拍。

 

 

 

参謀「……戦場を“測っている”だけです」

 

 

 

 指揮官は、初めて理解した。

 

 

 

 あの存在が止まっているのは、

 疲れたからでも、油断でもない。

 

 

 

 これ以上動けば、

 何か“取り返しのつかないもの”が壊れるからだ。

 

 

 

 だが――

 そんな理由を、彼らが知る由もない。

 

 

 

 敵兵たちは、ただ恐れる。

 

 

 

 ――なぜ、

 勝てる怪物が、こちらを殺さないのか。

 

 

 

 その答えは、

 彼らの世界の“外側”にあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。