Shadow Convergence=影に生きる二人= 作:最上 イズモ
司令室の壁面に、数値が浮かび上がっていた。
《世界線維持可能性:30.2%》
誰かが、息を呑む音を立てた。
参謀「……30%……?」
それは“危険”ではない。
ほぼ終わっているという数字だった。
司令官「……なぜだ。
局所試験は限定的だった。
世界全体に影響する規模じゃない……!」
イズモは、その数値を見つめたまま、静かに言った。
イズモ「その数字はね……
もう一度、同じ選択を迫られる確率だ」
司令官が眉をひそめる。
司令官「……何の話だ」
イズモは、ゆっくりと振り返った。
イズモ「君たちが今立っている地点は、
僕がかつて立たされた場所と、
ほとんど同じだ」
その瞬間、
スネークは理解した。
――あの話だ。
「世界を維持するということ」。
イズモ「昔、ある世界線で虐殺が起きていた。
救わなければ、世界は“維持”された」
司令室の空気が、張りつめる。
イズモ「助けたから、世界は消えた」
参謀の一人が、かすれた声で言う。
参謀「……それが……30%と……?」
イズモは、はっきりと頷いた。
イズモ「そう」
イズモ「世界線は、“善悪”で壊れない。
未来の許容量で壊れる」
指先が、空中の数値をなぞる。
イズモ「君たちの兵器は、
選択肢を奪うことで“被害を出さない”」
イズモ「でもそれは、
未来を生成するための余白を、
直接削っている」
スネークが低く呟く。
スネーク「……あんたが、
あの時“助けた”のと同じか」
イズモ「似ている。
でも……もっと質が悪い」
一拍。
イズモ「僕は“救った”。
君たちは――
未来そのものを救えない形にしている」
司令官の視線が、再び数値に戻る。
司令官「……30%というのは……」
イズモ「この世界線が、
自壊せずに存続できる可能性だ」
重い沈黙。
イズモ「残りの70%は、
理由も、原因も、犯人も残さず消える」
参謀「……核戦争ですら、
生き残りは出る……」
イズモ「核は“破壊”だ。
だから歴史になる」
視線が、司令官を射抜く。
イズモ「でもこれは違う。
歴史にならない終わりだ」
オタコンの声が、無線越しに震える。
オタコン(無線)「……それが……
君が言ってた……
“助けたのに、世界ごと失った”ってやつ……」
イズモは、静かに肯定した。
イズモ「僕は、一度それを見た」
イズモ「だから分かる。
30%という数字が、
どれだけ“重い”か」
司令官は、椅子に深く身を沈める。
司令官「……我々は……
同じ場所に立っている……」
イズモ「そう」
イズモ「そして――
次に何を選ぶかで、
君たちは“世界線の敵”にもなれる」
沈黙。
それは、
かつてイズモが背負わされた沈黙だった。
スネークが、静かに口を開く。
スネーク「……あんたは、
その30%を生き延びたんだな」
イズモ「いいや」
小さく、首を振る。
イズモ「30%に賭け続けているだけだ」
その言葉が、
司令室にいる全員の胸に、
重く落ちた。
これはもう、兵器の問題ではない。
同じ過ちを、
繰り返すかどうか――
その瀬戸際だった。
数値は、変わらなかった。
《世界線維持可能性:30.2%》
まるで――
こちらの迷いなど、最初から計算に含まれているかのように。
参謀「……もし……今ここで……
すべてを凍結したとして……」
声が、わずかに震える。
参謀「それでも……
この世界が“助かる”保証はないんだな……?」
イズモは、否定しなかった。
イズモ「ない」
あまりにも率直な答えに、
司令室の誰かが、短く息を詰まらせる。
イズモ「世界線は、
“正しい選択”に報酬をくれるわけじゃない」
イズモ「ただ――
間違った選択の代償が、
取り返しがつかないだけだ」
司令官は、しばらく天井を見つめていた。
そこには、
国も、理念も、
兵器開発を正当化してきた言葉もない。
あるのは――
**30%**という、あまりに現実的な数字だけ。
司令官「……我々は……
歴史に名を残したかったわけじゃない……」
誰に向けたとも知れない独白。
司令官「ただ……
次の戦争を、
起こさせたくなかった……」
イズモは、静かに答えた。
イズモ「それは、
僕も同じだったよ」
その言葉に、
初めて司令官は、イズモを“怪物”ではなく、
過去を持つ存在として見た。
司令官「……君は……
その選択を……
後悔しているのか?」
一瞬。
司令室の誰もが、
その答えを聞く資格がないと知りながら、
耳を澄ました。
イズモ「……分からない」
正直すぎる答えだった。
イズモ「でも、
あの時“選ばなかった未来”が、
どんなものだったかを想像して……」
言葉を、少しだけ探す。
イズモ「……耐えられなかった」
沈黙。
それは、
司令官が今、感じている重さと、
同じ種類のものだった。
スネークが、低く言う。
スネーク「……決めるしかないな」
司令官は、ゆっくりと端末に手を伸ばす。
だが――
まだ、操作はしない。
司令官「……イズモ」
イズモ「何だい」
司令官「……もし……
我々が……
君と同じ道を選んだら……」
一拍。
司令官「……君は、
我々を……
どう記録する?」
イズモは、少しだけ考えた。
イズモ「……“選び直した人間たち”としてだ」
その言葉に、
司令官は、ほんのわずかに目を閉じた。
英雄にはなれない。
だが、
世界線の敵にならずに済む可能性は、
まだ残っている。
30%。
それは、希望とは呼べない。
だが――
絶望でもなかった。
司令官の指が、
ついに、操作パネルの上で止まる。
その選択が、
歴史に残るかどうかは分からない。
だが――
残らない世界を、生まないための選択だけは、
今、この部屋で行われようとしていた。