わたしが紗月さんの恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった⁉︎) 作:ふじごがつ
大学生で、同居中。
私は真唯と同じ大学を受験して、失敗した。
我が家に浪人するような余裕はなく、滑り止めの国公立に進学することにした。
真唯は一年の援助はする、と言ってくれていたけど、友達にお金を借りるような真似はしたくなかったし、今まで母さんに迷惑をかけてきたのだから、この選択が間違ったとは思わない。
それに、私が合格した国公立にはれな子がいた。
紫陽花と香穂はそれぞれ自分の将来に向けて他県の専門学校へ進学。
それぞれが違う道へ行くのは、薄々気づいていたけれど寂しいものがある。
現に今は、その寂しさを埋めるためか、私とれな子は大学近くのアパートで二人暮らしで生活している。
シングルマザーだから、給付奨学金を受け取れるというのが一番の理由だが、れな子とずっといっしょにいたい、という気持ちに嘘はない。
まあ、そのことを本人に伝える気は毛頭なかったけれど。
しかし私の予想と違い、大学では、あまりれな子と接する時間を持てなかった。
彼女は私と違って人の輪に入っていける人間だから、いろんなサークルを掛け持ちしていた。サバゲーだったり、ゲームだったり、私には合わないものばかり。
大学生になっても変われない私は、一人で授業を受けて、れな子のサークル活動が終わるまでは図書館で時間を潰していたのだけれど、それも日を追うごとにれな子がいっしょには帰ってくれなくなった。
理由は様々で、サークルメンバーとご飯を食べるだとか、部活棟で寝泊まりをするから、別の友達と夜の公園で鬼ごっこをするだとか、信じられないものばかり。
けれど、深夜一時を回る頃に家に帰ってくると、彼女は私にさっき経験したであろうエピソードを笑顔で聴かせてくれるの。
それがどれほど私の大学生活を豊かにしてくれていたのか、れな子が週に三度しか帰ってきてくれなくなった今でこそ実感する。
大学一年生の夏休みが終わった頃から、れな子は私の目を見てくれなくなった。
夏休みの期間に何があったのかは、教えてはくれない。
ただ、彼女は『実家で嫌なことがあった』とだけ呟いて、私の体を乱暴に求めた。
「ねえ、紗月さん。わたしおかしくないよね……、ずっと、楽しかったんだよ。なのに、どうして遥奈にあんな風に言われないといけないの……」
家のソファで読書をしていた私の両手を強く掴んで、有無を言わせないキスを唇に落とされた。
彼女の唇は私のプレゼントしたリップで艶美につやめいていて、私の手首に跡を残すネイルは彼女の髪とは正反対の漆黒で染められていた。
そして、彼女は私の唇から首元、肩……胸へとキスを落としていく。
まるで自分のものだと主張する傲慢なキスが、彼女が私を置いて変わってしまったのだとわからせてくる。
「あなたはおかしくない、わ。けれど……妹さんには、好まれない変化をしているのよ」
「さっ、紗月さんにわたしのなにがわかるっていうんですか! みんなと離れ離れになって、大学でひとりぼっちになりたくないからともだちを作るのに必死になることの何がいけなかったんですか……!」
どうしてあなたの中には私がいないのよ。
離れ離れになったのは距離だけで、あの三人は連絡したら忙しくてもすぐに返してくれたわよ。あなたがグループチャットで何も言わなくなったから、紫陽花から……香穂から、真唯からも心配の連絡が私にくるのよ。
その心配の連絡を返せない私が、どんな思いであなたを見ているのか知らないくせして。
同居を始めた日にそう言えていたら、あなたは私の隣にずっといてくれたのかしら……。
(私と二人だと、だめかしら?)
口に出して言うのは、無理よ。
だって、答えを聞いていない今だからこそ、れな子はこの家に帰ってきてくれているのだとしたら、もう、帰ってはきてくれないのかもしれないから。
「……わかったよ、紗月さん」
れな子は突き放すように零すと、私の体から離れて、旅行用のスーツケースに衣類を詰め始めた。
「なにをしているのよ」
「見てわからない? 別のとこに行くの。紗月さんも、わたしがいたら迷惑でしょ」
「そんなわけないでしょ、あなたってば、いつも一人で決めて……行く当てなんかないくせに」
「あるよ」
「本当にあるのなら教えなさいよ!」
しかし、れな子は答えない。
親におもちゃを買ってもらえなくて拗ねるような子供みたいで、そういうところは変わってない。変わってほしくないところは変わってしまったというのに。
「教えてくれないのなら、本当のことを紫陽花に言うわよ」
紫陽花の名前を出して、ようやくれな子の表情に影が見えた。
真唯と違って、紫陽花なられな子の暴走を止めてくれる。そう思ったからこそ紫陽花の名前を、使ってしまった。
「良いですよ、言ったらいいじゃないですか。別に、紫陽花さんとはもう別れましたし」
「嘘……そんな話一度も」
「なんで紗月さんに言う必要があるんですか? ただの同居人ですよね」
いつもよりもぶっきらぼうに聞こえる彼女の声が、次第に私の耳に入らなくなっていった。
ただの敬語ではなく、本当に、高校生時代から連なる私と彼女が育てた関係性を取っ払うかのような敬語がノイズとして私の心を蝕んでくる。
紫陽花さんとはもう別れました。
刹那、その一言が突き刺さる。
「それじゃあ紗月さん、ばいばい」
スーツケースを手にしたれな子の、足を掴む。
れな子がこの家から去るという、あまりにも突拍子のない話についていけず、無意識のうちに私は彼女を引き留めようとした。四つん這いで、ねだるような姿で、情けない。
けれど、誰にも見せられないような情けない姿でも、私は彼女を遠ざけることを拒んだ。
「離してよ、紗月さんだってわたしがいなくなって広くなった部屋を自由に過ごせるんだからウィンウィンでしょ」
れな子は掴まれた足で蹴って、私の手を振り払った。
そして、彼女は振り向くことなく玄関へ歩く。
もう、言葉では止めることはできない。
私の言葉は彼女に響かない。
だとしたら、私にできることといえば——。
「お願いよ、甘織。お金ならいくらでも稼ぐわ。家事だって全部私がするし、上手ではないかもしれないけど、ご……ご奉仕だって頑張るわ。だから、お願いよ……私の元から出て行かないで」
見上げて、初めて目があった。
昔と何ら変わらぬかわいらしい瞳をした、甘織れな子と。
彼女の頬は紅葉しはじめると、柔和に曲がる口角からこう告げられた。
「そこまで言うなら、服……脱いでくださいよ」
まさかとは思ったけれど、れな子の要求が開幕からそれだとは残念だ。
けれど、今の私が断れるわけがない。
私はれな子が見下ろす中、ワンピースのボタンを一つずつ外していく。
彼女の前で裸になるのは一度や二度ではない。
大学帰りに銭湯へ行ったこともあるし、高校時代では我が家の浴槽へいっしょに浸かったときは胸だって揉まれたこともある。
けれど、それらとは根本から状況が違う。
フロントボタンを外し終わり、キャミソールが顕になる。
私が立ち上がると、腰に止まっていたワンピースが地面に落ちる。
きょうはれな子が帰ってこないと思っていたから、ブラ付きのキャミソールと地味なショーツを履いていた。
あまり見られたくない格好だからこそ、電気を消そうと照明の電源へ指を伸ばすも、彼女が早くと催促してきた。
彼女の制止を振り切ることはできず、私は肩ひもを下ろす。
「あの二人とは……比べないでちょうだい」
「くっ! 比べるっていうか、紗月さんは真唯と傾向は似てますけど、綺麗のベクトルが違うので……」
「あははっ、そう、ね。そう言ってもらえると何よりだわ」
自分から命令したくせにおどおどして……ほんと馬鹿ね、大馬鹿ね。
一瞬でも昔のあなたが見れたから、私は幸せでいられるわ。
綻んだ表情を隠そうとせず、私はショーツに手をかけた。