ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか 作:ラブコメは正義マン
「ベル君達が……!?」
ヘスティアの叫びが、部屋の空気を激しく震わせた。
彼女のホームに飛び込んできたのは、ボロボロな装備に身を包んだ桜花や命、千草たちだった。
彼らが語った中層での出来事。
自分たちを逃がすために殿を引き受け、大崩落の奈落へと呑まれていったベルたちの姿。
その場には、タケミカヅチの報せを聞きつけて並び立っていたヘファイストスの姿もある。
彼らの言葉に嘘偽りもないことが彼女達には分かってしまう。
愛する眷属たちが今、生と死の境界線にいるという事実を。
ヘファイストスの隻眼に宿る鋭い光が事態の深刻さと己の眷属への静かな憂慮を物語っていた。
「……すまない、ヘスティア、ヘファイストス。俺の眷属を救うために、お前たちの眷属が……!」
タケミカヅチは深く、床に頭をこすりつけるようにして悔恨を露わにする。
だが、ヘスティアはそれを責めることはしなかった。
ただ、自身の胸の奥──子供たちへと繋がる神の恩恵の輝きを静かに確かめる。
「タケ……頭を上げてくれ。責めるつもりはないさ。それに──」
ヘスティアは強く、凛とした声で言い放った。
「まだ、恩恵は消えちゃいない。ベル君も、士郎君も……きっとみんな生きてる。主神の僕が、ここでへこたれていてどうするんだ!」
ヘスティアは即座に踵を返し、ギルドへ向けて駆け出そうとする。
一刻の猶予もない。
高額な報酬を積んででも今すぐ動ける上位の冒険者を集め、臨時の救出クエストを発注するために。
──だが、
「ずいぶんと慌てているね、ヘスティア」
どこか緊張感を欠いた声が割り込んだ。
部屋の入り口、いつの間にか暗がりに佇んでいたのは、羽根飾りのついた帽子を傾げた男──ヘルメスだった。
「ヘルメス……!? 」
「まぁ、風の噂でね。……どうだい、僕のファミリアも一枚噛ませてくれないか? 急なクエストじゃ、腕の立つ冒険者を集めるのも一苦労だろう?」
ヘルメスは飄々とした笑みを浮かべ、いつも通りの軽いトーンで肩をすくめる。
だが、その琥珀色の瞳の奥には昏い好奇心がギラリと燻っていた。
「……君が、手伝う? 」
「なぁに、純粋な善意さ。──まぁ、少しだけ色気を出しているとすれば」
ヘルメスは帽子を軽く押し上げ、夜の闇の向こう。
ダンジョンが口を開ける中心街の方角へと視線を向けた。
「俺も会ってみたいんだよ──英雄ってやつにね」
***
──十八階層に辿り着いた直後、限界を迎え気絶していたベル達。
そこへ偶然通りかかったアイズの手でロキ・ファミリアに救護され、彼らの天幕で保護されていた。
その翌日。
一足先に目を覚ましたベルはアイズに連れられ、ロキファミリアの団長──フィンの元を訪れていた。
「──こっ、この度は、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました!」
ベルの言葉に、小人族の団長は無下にするような真似はせず、むしろ歓迎するような笑みを深める。
「顔を上げてくれ、ベル・クラネル。中層に入ったその日にここまで下りてくるなんて、とんでもない早さじゃないか。やるもんだね」
フィンの言葉にガレスも豪快に頷き、リヴェリアもまた、驚きを孕んだ目で少年を見つめている。
だが、ベルはその称賛をそのまま受け取ることはできなかった。
ぎゅっと拳を握りしめ、ただ静かに、けれどはっきりと告げる。
「いえ……僕の力じゃありません。リリが、ヴェルフが、士郎が居てくれたから、ここまで来ることが出来ました」
「─────────」
ベルの言葉に、フィンは一瞬だけ目を見張った。
己の戦果を誇るでもなく、真っ先に仲間たちの名前を挙げた白髪の少年。
その瞳に宿る本物の輝きを、若き勇者は見落としはしない。
「……そうかい。君一人の功績ではなく、全員で掴み取った生還、というわけだね」
フィンは小さく頷き、改めてベルの、そしてその仲間たちの気骨を認めるように目を細めた。
ベル達の事情を聞き終えた後、ふと表情を引き締め、今度は少しトーンを落として自分たちの現状を口にし始めた。
「さて、君たちを歓迎してやりたいところだけど……今の僕たちも、実はあまり余裕がなくてね。下層のモンスターの奇襲を受けて、団員たちが厄介な毒に侵されてしまっているんだ。今は脚の速い者に解毒剤の手配を頼んでいてね。それまでは、僕たちもこの十八階層に足留めを食らう形になる」
フィンはそう言って、彼らの背後にある天幕へと視線を向けた。
「あまり大した保護はしてあげられないけど、あの空いている天幕は好きに使ってくれて構わない。まずはゆっくり身体を休めるといい」
「あ、ありがとうございます!!」
最後に深く、もう一度頭を下げてロキファミリアの天幕を辞したベルは、そのまま足早に自分たちの天幕へと向かった。
厚手の幕を押し上げて中に入れば、二つの視線が真っ直ぐベルに向けられる。
「……おう、ベル。無事だったか」
「ベル様……!」
「ヴェルフ! リリ!目が覚めたんだね!」
包帯を巻いた身体を起こし、快活な笑顔を浮かべるヴェルフと、まだ少し顔色の悪いリリ。
二人の無事な姿にベルが心から安堵したのも束の間。
彼らの視線が自然と、天幕の奥で泥のように眠り続ける士郎へ向く。
「……あいつの様子はどうなんだ?」
ヴェルフが苦いものを噛み潰したような顔で、士郎を見やりながら尋ねる。
「精神枯渇だって。怪我はなくて、そのうち目を覚ますだろうって言われたよ」
「……そうか」
ヴェルフはそれだけ呟くと、視線を落として深く息を吐き出した。
多くを語らないその横顔には、仲間が無事だった安堵と、己への苦い感情が混ざりあっている。
「全く……あれだけの無茶をして、それで済んでしまうなんて......ほんっとーに出鱈目ですね。でも、ありがとうございます」
リリの絞り出すような感謝の言葉に、天幕の中は静かな沈黙に包まれた。
やがて、少しずつ気力を取り戻してきたヴェルフがと小さく声を上げ、凝り固まった身体をほぐすように肩を回し始める。
リリもまた、いつまでも沈んでいては意味がないとばかりに小さく息を吐き、士郎の様子をもう一度確かめるようにその枕元へと這い寄っていった。
ベルも二人の動きに合わせるように、張り詰めていた身体の力を抜いていく。
そうして時間を過ごしているうちに、迷宮の楽園と呼ばれる十八階層にも、地上のそれと同じように緩やかに夜が訪れた。
***
──同日、夜。
「──うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴とともに、ヘスティアは十八階層の地面へと派手に転がり落ちた。
「あんな奴がいるなんて聞いてないぞ……っ!」
思わず先程出くわしたゴライアスに対する怨嗟の声が零れる。
乱れた髪を直しながら、へたり込んだまま自身が落ちてきた空間を恨みがましく睨みつけると、続けざまにリューをはじめとした救助隊の全員が降りてくる。
「皆さん、無事ですか?」
息も絶え絶えのヘスティアとは対称的に、リューは落ち着いた口調で救助隊全員の無事を確認する。
タケミカヅチファミリアをはじめとした、アスフィ、ヘルメスを含む全員はかすり傷のひとつもない。
だが、彼女の表情はどこか険しいままだった。
「──そんな顔してちゃ、美人が台無しだぜ?」
その横顔へ軽薄な声が割り込む。
しかし、その視線だけは探るようにリューを覗いている。
「さっきのアレのことでも考えていたのかな?」
「──────」
そう言って、上を指し示すヘルメス。
その予想は当たっており、リューの脳裏には先程の十七階層での光景が浮かんでいた。
(既に階層主にあれほどの傷が......?)
彼女らが到達した時には、ゴライアスは既に片腕を失い、その身体には大きな二つの傷が刻まれていた。
復活のインターバルから考えても、あの場所を通ったパーティは一つ。
(あの芸当を行ったのは──)
「神様ーーっ!!!」
先程の悲鳴を聞きつけ、暗がりの奥から一つの人影が駆けつけてくる。
「ベルくんっ!」
ヘスティアは勢いよく立ち上がり、その胸へと飛び込んだ。
無事だった眷属を抱きしめる主神の姿を見ながら、リューもまた、内心静かに胸を撫で下ろす。
遅れて、ヴェルフやリリ、ロキファミリアの面々もやってくる。
だが、そこに彼女の思い描いていた人物の姿は無い。
「無事で何よりです。クラネルさん」
「……リューさん!?どうしてここに!?」
予期せぬ人物の登場にベルが驚きで目を丸くする。
そんな彼の反応を冷静に見つめつつ、周囲に聞こえぬよう、わずかに声音を落として問いかけた。
「少し、頼まれまして。……士郎さんはどこに?」
リューの問いに、ベルは安堵と申し訳なさの混ざった表情で軽く目を伏せる。
「......まだ、向こうのテントで寝ています。僕達のために、無理をさせてしまって......」
やはり、とリューは胸中で静かに頷く。
その言葉で疑念が確信へと変わった彼女は周囲へ視線を巡らせ──
「そうですか……。詳しい事情は──後ほど落ち着いてから伺います」
この場で多くを問い詰めるべきではないと判断し、落ち着いた声音でベルに告げる。
その横で──
「へぇ......」
ヘルメスは帽子を押し上げ、十八階層の宵闇の向こう──静まり返る迷宮の闇を、意味深な眼差しで見つめていた。
久々の更新なので文章等違和感ありましたら申し訳ございません
これからも不定期に投稿感覚空く時があるとは思いますが気長にお待ちいただけますと幸いです。