ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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140 それぞれの想い

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……

 

 モンスターの出現する〈不浄領域〉を抜けた一行は拠点への帰路に着いていた。

 

 ただしその足取りは重たい。

 〈聖撃の聖女〉の切り札が無効化され、〈勇者〉の聖剣も防がれ、なすすべなく地に這い蹲ったのだ。無理もない話だった。

 

(……あのまま戦ってたら、みんな死んでた…………)

 

 俯きながらアリアは考える。

 突如として出現した黒髪の女。

 己を神と名乗ったソレはマリアンヌの〈聖撃〉を消し去り〈聖剣〉を容易く防ぎ、本気のアリアを赤子をあやすように捻った。最後の突きが入っていればまた状況は変わったかもしれないが、今考えればどう足掻いても勝ち目はなかったと悟る。

 

(仮に攻撃が当たってたとして、一撃で倒せるわけがない。それに有利に戦いが運べたとして、フィンが人質になってた。……あれが本当に神なら、私の〈聖剣〉じゃあ勝てないかもしれない……)

 

 アリアは信心深くはないが、ごく普通の価値観としてエスペランサ教を学んでいる。

 

 ヴァシリに教えを受ける中で己の手にした〈聖剣〉がとんでもない代物だと理解したし、これだけの力を与える剣を作る存在が実在するのだろう……漠然とそう思っている。

 

 ゆえに、神と名乗られたことに対して、あれだけの力を見せつけられれば苦しく思いながらも肯定せざるを得ない。

 

(魔王だってあんなんじゃなかった。戦いが成立してた。あれは、戦いにすらなってない……)

 

 フィンを相手にした時こそポンコツ勇者になるが、彼女は歴戦の勇士だ。

 これまでに潜り抜けた死線は数知れず。瀕死になった回数は指で数えるほどだが、己を梃子摺らせる同格以上の敵との交戦経験は豊富だ。なにせ身近にヴァシリがいる。

 格上相手に手合わせは慣れているのだ。

 

 だからこそわかる。

 あれは遊ばれただけだ、と。

 

(昔、師匠が稽古をつけてくれた時と同じ。こっちを脅威とも思ってないんだ。あの慌てた様子も……)

 

 アリアの胸中を占めるのは悔しさだ。

 強くなった筈だった。

 いや、実際に強いのだ。

 世界でも五本の指に含まれるくらいにはアリアは強くなった。

 だというのに、まるで歯牙にもかけられ無かった。

 

(私は勇者なのに、何も出来なかった……)

 

 それどころか、人質に取られたフィンが事態を抑える始末。

 言葉を全て信じることなどできないが、少なくともあの状況で女神ルルクスを名乗った女に害意はなかった。

 ならば、自分の行動は事態を悪化させただけではないか。

 敵だと早合点してややこしくしただけではないか。

 

 そして何より、相手はそれすらもなんとも思っていなかった。

 

(…………フィンは、何も言ってくれなかった)

 

 あの女が消えた後、フィンは退却を促した。

 詳しいことは拠点で話すとだけ言って、今も先頭を歩いている。

 

(フィン……あの女はなに? フィンと親しいの? なんでキスしたの? なんでフィンは嫌がらなかったの? わかんない。……わかんないよ……)

 

 沈み込むアリアの隣を歩くマリアンヌ。

 険しい表情をした彼女もまた、思考を巡らせていた。

 

(……ルルクス。まさか、あの夢の?)

 

 彼女の脳裏に浮かぶのはかつて見た夢。

 ルルクスを名乗った女性が、男性器を持つ女に陵辱の限りを尽くされる悪夢。

 

(あの時は単なる悪夢だと思っていました。聞いたことも見たこともない人物同士ですから、本か何かで得た知識が合わさったのだろうと……)

 

 それにしては強烈で生々しく、憎悪に心を焼かれそうになる影響を受けた。

 フィンに相談したことで乗り越えることが出来たが……

 

(……カトリーナさん曰く、月の女神ルルクス。あの頃私はカトリーナさんに出会っていないので、彼女が干渉して見せたとは考えにくい。そんなことをする意味もないですし、彼女は関わっていないのでしょう)

 

 チラリと横目でカトリーナを見る。

 

 前を見て歩いているのだが、時折目を見開いたり、顔を青白くさせたり、ヒッ、とか細い悲鳴のようなものをあげている。

 

 視線の先にはフィンがいるだけ。

 マリアンヌから見てもフィンに変わりはなく、普通に歩いているように見える。

 彼女にとっても見慣れた仲間の姿だ。

 

(……使徒。使徒と言っていましたね)

 

 女神ルルクスと名乗った女はそれぞれを独特な呼び名で呼んだ。

 

 アリアは聖剣の担い手。

 

 カトリーナのことは使徒。

 

 フィンのことを我が使徒と呼び、そして自分のことは──我が巫女と呼んだ。

 

(我が巫女……【聖撃】……)

 

 点と点は繋がる。

 だがこれを真実として受け止めるにはあまりにも現実離れしたことだとマリアンヌは理解していた。カトリーナが嘘をついておらず、女神ルルクスと呼ばれた存在も嘘をついていない必要があるからだ。

 

(彼女が嘘を吐く理由はありません。少なくともカトリーナさんがあの女の仲間であったとして、顕現した時点で私達を葬るのは簡単だった。アリアンロッドさんですら軽くあしらう力は、常道のものとは思えない)

 

 自分達が生きて帰された理由を考えれば、少しずつ理屈が肉付いていく。

 

(フィンさんを我が使徒と呼んだこと。私たちへの説得としてカトリーナさんを使ったこと。カトリーナさんの出身はややこしいとアニカさんが言ってましたし、それが関係しているのかも)

 

 己の放つ【聖撃】も謎に包まれている。

 数千年を生きたヴァシリですら解明できないのだから、この世で謎が解き明かされることはないと思っていた。でもそれに正真正銘本物の神が関わっているのならば、理解できなくても仕方ないかもしれない。

 

(……〈我が巫女〉。私が【聖撃】を使える理由をそうだとするのならば……)

 

 マリアンヌの視線は前を歩く背中を捉えた。

 

(フィンさんの、〈我が使徒〉とは……一体どんな意味が……?)

 

 そしてもう一つ、彼女が最も大事だと思っていること。

 

(……なぜ、私にそっくりだったんですか? なんで私に似てる姿でフィンさんにキスしたんですか? ……バカにしてますよね。そして、なんでフィンさんは嫌がらないんですか!? いいんですかキスしても! こっちだってしてやりますよ!?)

 

 黒髪にした自分の姿をした女がフィンに抱きつき、ベタベタと甘えるように絡みついて挙げ句の果てに頬にキスをしていった。

 

 マリアンヌは何よりもこれに憤慨していた。

 自分は抱きつくことすら話の流れでしか出来ないのに、キスまでするとは何事か。

 

 心に重くのしかかる屈辱感。

 まるで自分の想い人を横から奪われたような感覚。好きだった人にすでに恋仲の相手がいたかのような虚脱感があった。

 

(……月の女神? いいえ、あの女は邪神です。そうに違いありません。私の姿をしてフィンさんを惑わす悪魔です……!)

 

 

 

 

 隣の二人が己の考えに没頭する最中、カトリーナは一人慌てふためいていた。

 

『ワハハ! 見たかカトリーナ! あのルルクスが一人の男に夢中になっておるぞ! これほど愉快なことはあるまいて!』

 

 頭の中に響く女性の声。

 周囲に他に誰かがいるわけでもないのに聞こえてくるそれに、彼女は返事をした。

 

(え、テイア様……笑い事じゃないですよ、もう……)

 

『まあ……おぬしの言う通りの光景が目の前で起きているのならば、妾も冷静ではいられなかったかもしれん。そこは同情する。いやぁ、妾の目が届かなくて残念なことこの上ないわ!』

 

 カカッと独特な笑い声。

 

『あの男嫌いで清楚だと男神からの人気を博していたルルクスの末路が、凡夫の情婦と来た。これを傑作と言わずどうするのだ!』

 

(……性格悪いですよ)

 

『フンッ! 昔のルルクスに比べれば生温いわ!』

 

 彼女の脳に棲みつくそれは、悪意と嘲り、そして憐れみを混ぜながら言葉を紡ぐ。

 

『……堕ちきったとばかり思っていたのだがなぁ。こないだ接触した時も思ったが、ただ丸くなっただけではないか』

 

(そ、そうですか? 私はかなり威圧されてるんですが……)

 

 カトリーナの視線の先には、フィンの頭を抱きしめるようにしている黒髪の女がいる。

 

 その女は前をずっと見ていたかと思えば、突然振り向いてカトリーナに微笑んだりするのだ。

 

 何をされるかわからなくて彼女はずっと怯えっぱなしだった。

 

『そんなもの、見えていることを知ったあやつが遊んでるだけじゃろて。おぬし、良かったのう。昔のあやつならまずあの担い手は手足をもがれ無力化され、我が使徒であるおぬしも平等に下僕へと与えられていたであろうな。エスペランサに負けて以降、あやつは捻じ曲がってしまったがゆえ』

 

 それを聞いて、カトリーナは顔を青くする。

 

『じゃが、そうせんかった。理由は知らぬ。あやつの封じられた祠の周囲は神域となっておった。主ですらない妾ですらそなたの五感を得られたのだ。担い手を捻る程度造作もないことであろう。心変わりか、それとも、特別に見ているのか……理由は知らんぞ? だが事実として、あやつは殺さぬし犯しておらん。丸くなったものだ』

 

 しみじみと呟くテイア。

 

『それにあの凡夫、性能は大したことはないが中身が壊れきっておる。あやつの中に渦巻く怨嗟と憎悪に醜悪な欲望……なぜあれで人のフリが出来ているのか不思議でならん。ああいう男だからルルクスが好いたのか、あやつが好いた結果ああなったのかは知らぬが……ククッ。まさに、神に愛された男よの』

 

 嘲るような声色。

 皮肉が込められた一言。 

 

(欲望…………)

 

 確かにとカトリーナは思った。

 表面上はすごく丁寧で紳士的なのだが、カトリーナの目ではとても淫らな日々を過ごしているように見える。

 

 他の誰にも見えないが、彼女にだけは聖女と瓜二つの黒髪の女が見えるのだ。

 

 その女はフィンの周りを浮遊し、自由に振る舞っている。

 

 そして時として場を選ばず見えないことをいいことに、堂々と淫らな行為に励んでいるのだ。

 

 自分達を一捻りできる生物としての格が違う、そんな存在が目の前で男に奉仕している。

 

 一人ずっと見せられていたカトリーナは気が狂うかと思った。

 

 相談した相手のテイアは笑って嘲るだけで何もしてくれない。

 

 一人だけ、ずっと目の前で行われている異常な光景を見ているしかなかった。

 

(……あ、あんな女神様に奉仕させるなんて、一体、どんな人なの……!?)

 

 大地の女神テイアにすらここまで言われる男性。

 中身がどうなっているのか、カトリーナは恐怖で身を震わせた。

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