ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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146 曇らせ②

「フィッ、フィンくん!! 大丈夫!? 気を確かに!」

 

 月の女神ルルクスが消え去った直後、アリシアが慌てた様子で駆け出した。

 

 首を絞められ泡を吹いたフィンに真っ先に駆け寄り、喉元をさすりながら口から溢れる泡を拭き取る。

 

「ぐ、ぐううっ……あ、アリシア、さん……だい、じょうぶだ、このくらい、へっちゃら……あ、あああああぁっ!! うわああああぁぁあっっ!!」

 

 フィンは発作を起こしたかのように錯乱する。

 無理もない話だった。

 人ならざる超常の力を持つ女神によって死なない肉体と成り、昼夜問わず苛まれているのだ。正気で居られるはずもない。

 

「あぁー! だ、ダメよフィンくん! カルラ! アストレア! フィンくんを休ませないと!」

「お、応ッ!」

「あっ……そ、そうね。一人にはさせられないわね、うん」

 

 カルラがフィンを背負い、アストレアがその補助として同行し後ろからぎゅっと押し付けつつ部屋を出る。

 

 そして部屋に静寂が訪れた。

 

(ふー……いやもう、とんでもない時間だったわ……)

 

 感情を読み取れるアリシアにとって、商談や交渉の場は独壇場と言っていい。

 

 旅で社会経験を積み経験豊富となった彼女には最早敵なし。

 どれだけ相手型が百戦錬磨であろうと、強固な仮面をつけていようが関係なし。言葉の裏に隠されてすらいない感情を勝手に読み取ってしまうのだからどうしようもないのだ。

 

 空気どころか感情を読み場を完璧に回すアリシアのソレは、首長としても外交官としても喉から手が出るほど羨まれる力だ。

 

(はああぁぁあぁ……ほんっと、地獄よね)

 

 ルルクスの話はあまりにも衝撃的だった。

 何者なのか、なぜフィンを選んだのか、我が使徒とはどのような意味なのか。

 

(闇のマリアンヌちゃんなんて可愛い呼び方するのも烏滸がましいような邪神じゃないの……! こんなの、フィンくんじゃなかったら全部崩壊してたわよ!?)

 

 これまでのフィンの境遇を考えると、ドマゾだと知っているアリシアですらドン引きは避けられなかった。

 

 まず、幼馴染に轢かれ死にかけた。

 特別な存在になってしまった幼馴染を一人にしないようにと子供のくせに男気溢れる心意気を発揮し虐待と同義の訓練を受け続けた。五年もの間そうやって過ごしたというのに実力不足を理由に置いていかれ、一人王都へやってきた。

 

 王都にやってきたはいいものの金もコネ(に関してはあるが使わなかった)もないため馬小屋生活になり、集められたパーティーでは蔑まれ、美少女に囲まれていたために嫉妬を受け同業者に暴行を受けたり陰口を言われ続けた。

 

 盾役としての役目を果たしつつもパーティーメンバーからは誤射とは名ばかりの巻き添え攻撃をくらい続け、それでもめげずに決して腐らず自分の実力不足だからと受け入れ続け、そんな仲間を守るために命すら投げ捨てた。

 

 死んだ方がマシと思えるような拷問と陵辱の果てに邪神に目を付けられ契約、敵を倒す力は得られず特別な存在にもなれず、ただただ死なないだけの肉体を得てひたすら苦痛を受け続ける日々を過ごすようになった。己の苦痛が邪神と仲間の力になるとは知らずに、激情を抑え込み理性で生き続けた。

 

 そして今──邪神の気まぐれでいつでも危害を加えられてしまう立場になり、それでも仲間を守れるのならと後悔は決してしていない一人の男だと発覚してしまった。

 

(……こっ、こんなのっ、フィンくんの本性を理解してても衝撃的なのに知らない人が聞いたら────)

 

「…………あ、アリ、シア……」

 

 ビクッ!

 後ろから己を呼ぶ声に、恐る恐る振り向く。

 

「な、何かしら、ヴァシリ……」

 

 虚な瞳で地面を見つめ、口元には乾いた笑みが浮かんでいるヴァシリ。

 

 初めて見る、頼れるダークエルフの焦燥しきった姿に思わず動揺した。

 

「わ、……私は…………あの子を、じご、地獄に、引き摺り込んだのか……?」

「ヴァ、ヴァシリ……」

 

 震える手で顔の下半分を覆い、彼女は続ける。

 

「わた、私は……あの子の、フィンを犠牲に、生き、生き残って、……う、うっ、うえっ……」

 

 ふらりと立ち上がり、腹部と口元を押さえたままヴァシリはふらふらと部屋から出ていく。

 

「……すまないが、私も一人になりたい。アリーシャ様、わずかな間、暇をいただけますか?」

「……うん。いいよ」

「ありがとうございます」

 

 次いでグリセルダが主に許可を取り退出する。

 ヴァシリほどではなかったが、彼女もまた疲弊し考え込んでいた。

 

「え、えっと……おれ達も一回、作戦タイムが欲しいな~って……」

 

 続いて【超滅】が気まずそうに出て行った。

 カトリーナに関しては意識を喪失しており、それほどまでの衝撃だった。

 

 残されたのはぴくりとも動かない幼馴染同盟に、疲れた様子のエルフ姉妹。

 そんな状況を動かしたのは、戻ってきた剣聖だった。

 

「おう、アリシア殿。フィンは部屋に置いてきたぞ」

「カルラ……! 助かったわ」

「あの状況ではな……私もすぐには動けなかった。むしろ、すぐに指示を出して貰えて助かったよ」

 

 カルラはそう自嘲する。

 

 事実、彼女はフィンの壮絶すぎる話を聞いて絶句していた。

 

 周囲の様子どころか首を握りしめられ苦しみ喘ぐフィンを見て心を殺していたのだ。

 どこまでいっても過去の行いが災いし、フィンを責めることが出来ない。

 真実を知らされ肉体関係こそあるものの、心が泣いていようが行為に手を染められるエルフ達と比べ穴一つ分踏み込めていないのだ。

 趣味に理解はある。

 忌み嫌っているわけでもない。

 ただ純粋に、自分の手でフィンを傷つけることに抵抗がある。

 たとえそれで喜ばれるとしても、その一線をもう一度自分で踏み越えることはできなかった。

 

 そして、それは他人の手によって行われる行為であっても同様。

 

 他の者の手前、そして他ならぬフィンに悟られたくないがために必死に押し込んでいるが、彼女は目の前でフィンが傷つけられること自体が苦痛だった。

 

「……今もそうだ。フィンのことを思いやるのではなく、己の感情とせめぎ合っていた……」

 

 アリシアが大慌てでフィンの元に駆け寄った理由。

 そんなものは決まっている。

 ヴァシリやアリアからはうまいことアリシアで隠されていたからわからなかっただろうが、カルラとアストレアにはわかった。

 

 ──フィンのフィンフィンが起立していた。

 

 もちろん、鎧など着用していないので服がピンと張り詰めていた。

 

 どうして?

 女神ルルクスに首を絞められて興奮したのだ。

 マゾバレしていない幼馴染に師匠、マリアンヌといった特に大切に思っている面々を前に無様で情けない姿を晒し大興奮、理性と仮面が緩んでいたこともあり衆目の前で男らしさを見せつけるところだった。

 

 当然、アリシアが気が付かないわけがない。

 

 他の者は知らぬことだが、アリシアは月の女神ルルクスこと闇のマリアンヌの感情を聞き分けることに成功している。ルルクスが本気で怒り己の感情の赴くままにフィンを苦しめていることは悟りつつ、それはそれとして苦しめられている張本人の大興奮も読み取っているため『放置していたらやばい』とストッパーとしての自覚が彼女を冷静でいさせた。

 

 元来真面目で面倒見のいい長女は、彼の我慢を解放させてしまった身として責務を全うするつもりでいる。

 

【星天】から見えないように己の身体で隠し、カルラとアストレアに丸投げ。

 

 そしてマリアンヌはヴァシリの近くにいるために見えない。

 

 見事な手際だった。

 

「ま、まァ……ホラ、あれよ。私はフィンくんとそこまで長い付き合いじゃないから、その分冷静でいられたの」

「フ…………そなたの冷静さ、見習いたいものだ。して、そっちの二人は平気か?」

 

 カルラはそこで、アリシアが敢えて触れていなかった爆弾へ手を伸ばした。

 

 アリアは目をかっ開き握り締めた拳から血を流している。

 マリアンヌは頭を抱え蹲っている。

 

「見ればわかるでしょ? この子達に今、理性はないわ」

「……だろうな」

 

 フィンを部屋に送り届け戻るまでの間、話を振り返って思ったのは、『マリアンヌが自死を選んでいないか』だった。

 

 かつて、未熟な身から始めたパーティー活動。

 カルラとアストレアは初めから強者だったが、マリアンヌは違う。

 駆け出し修道女、フィンと二人並んで弱者として歩き出した。

 二人で並んで経験を積み成長していった。

 いつしか仲間として認められていた。

 そしてあの日、フィンが目の前で嬲られていたあの瞬間、マリアンヌは覚醒し聖女号を賜るに至った。

 

 だというのに、これは、この事実は……

 

「……あまりにも惨い。何を言ってやればいいか……」

 

 聖撃は間違いなくマリアンヌの希望だった。

 いや、それどころか、払暁の始まりを象徴する光だ。

 絶望を撃ち払い黄金を齎した栄光──だったのだ。

 

 それが、フィンの犠牲ありきで、フィンを救えておらず、あの時も、今までずっとフィンの苦痛を贄に放たれていた魔法だった。

 

 カルラですら傷付いているのだ。

 張本人であるマリアンヌの傷がどれほどのものか、想像もできなかった。

 

「……そっとしておきましょ。私達がしてあげられることは、ないわ」

 

 アリシアの目には確かに見える。

 ぐちゃぐちゃに煮詰まった血液の如き憎悪と、それらを一身に引き受ける聖女の姿。頭を抱え髪を握り締め蹲ったマリアンヌは今、声にもならぬ声を叫び、心のうちで絶叫し泣いている。

 ……それを救えるのはこの場にいる女ではないことも。

 

「……勇者はどうした?」

「アリアは今ひたすら考え込んでるから、飛び出さないように拠点の守りを固めるべきね」

「なる、ほど。我らは狂うことも許されぬか」

 

 カルラは思わず苦笑する。

 

「ええ。私達は嘆いたり悲しんでる暇はないわ。傷ついてるこの娘達を守るためにも、強く気丈でいなきゃダメなの」

「……そう、か。そうだな。知るものの定めか」

「その通り。私達は引き金を引いた責任を取んなきゃでしょ?」

「ん? いや、それはアリシア殿だけだろう」

「私達は引き金を引いた責任を取んなきゃでしょ?」

「お、おう。そうだな、私もそう思う……」

 

 無表情で肩を握りしめて来たアリシアに逆らうことをやめたカルラが頷く。

 

 チラリと横目で見た二人は変わらず話など聞いていない様子だ。

 

 マリアンヌはブツブツ何かを呟いているし、アリアもまた、口をまごつかせている。

 

「…………悪いことにならねばいいがな」

「ちょっと、不穏なこと言わないでよ……」

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