「王都に? いいよ」
師匠に相談しに来ると、意外にも二つ返事で承諾してくれた。
仕事用なのか、髪を一纏めにしている師匠は少し見慣れない姿をしている。なんというか、新鮮な気持ちになる。そう、新鮮な気持ちだ。決して色欲ではない。
「……いいのか? 俺はともかく【払暁】全員でとなると、不都合が起きるんじゃ」
「それがそうでもないんだ。ちょうどいいから説明するよ」
手に持っていた髪を置いてから、師匠は俺を見ながら口を開く。
「我々は当初、〈深淵の森〉の攻略のためにこちらの拠点に住居を移したわけだが……現状、攻略は完全に停止している。理由は幾つかあるけれど、最たる理由としては支配者が私達の味方で居てくれていることだ」
「闇マリだな」
「ああ。ルルクス様の支配下にあるモンスター達は我々に敵対していない。つまり幾らでも好きに探索出来るわけだが、アニカくんが暫く止めるべきだと意見を出していてね」
へぇ、暫く止めるべき……。
探索を行うこと自体はいいと思うんだが、何かよくないことが起きるのか?
「よくないことが起きるというより、彼女は魔に関して調べたいことがあるそうだ。なんでも『レベリングし放題だけど
「……さっぱりわからん」
「私も全て理解したわけではないけど、思い当たる節がある。全く、いっそのことDLCとやらを知っている者でも探して……いや、詮のない話だ。忘れてくれ」
「……ん? ディーエルシー?」
なんか聞いた覚えがあるな。
聞きなれない単語だったから覚えてたが、なにで聞いたんだったか…………あ。思い出した。ティムだ。
「そのディーエルシーとやらは、東方ディーエルシーとやらと関係があるのか?」
「────…………」
師匠は目を何度もパチパチと瞬きした後、大きく見開いて立ち上がった。
「フィンッ! 誰に何を聞いた!?」
「……誰にと言われてもな。説明が難しい。それに、まだあるぞと言われただけだ」
「まだある? トウホウ、東方諸国のことか? 東方DLC。そう言ったんだな?」
「た、多分……? コンティニューなんてことも言ってたと思う」
「…………誰だ。誰に聞いた?」
師匠が険しい表情で聞いてくる。
まさかとは思ったが、あれ夢でも何でもなく現実だったんだ。
じゃあなんですか?
俺は女神モードの闇マリに抱き締められただけで浄化されるくらい魔そのものってことですか? えんがちょだしばっちい奴じゃん。そりゃテイア様も孕みとうないと言うわけだ。
「ティムだ」
「……ティム? どんな奴だ?」
「あいつは俺と同じ盾役だった。同じ馬小屋で生活していて、少しの間交友があった」
「……そうか、盾役……。どうしてるんだ?」
「もう死んだ。朝起きたら死んでいた。五年前のことだ」
そう伝えると、師匠は沈黙する。
そう珍しいことじゃない。
俺だって何か違えばそうなっていた。
ティムが死んで俺が死ななかったのはマリアンヌが俺の身体を懸命に治癒してくれたことや、セリナが時々食事や風呂に入れて安全な寝床も提供してくれたところにある。
俺は人に恵まれた。
ティムは恵まれなかった。
ただそれだけの差だ。
「…………そう、だったのか。すまない。言いにくいことを言わせてしまった」
「いや、大丈夫だ。それに言われたのはつい最近のことだからな」
「……ん? え? 死んだのは五年前じゃないのかい?」
「ああ。けどなんというか、ほんの少し前に闇マリに浄化されかけたんだ。その時に川の向こう側に立ってるティムに声を掛けられて、俺はてっきり夢か何かだと思ってたんだが……」
「……浄化……? ……夢…………」
眉間に指を当てて考え込む師匠。
ティムに再会した時は何事かと思ったが、まさかあれが本当に死後の世界だったのか? それにしては神様みたいな存在は見当たらなかったような気がする。俺の死後って闇マリのものになってる筈だが、そこらへんどうなんだろう。
『……あれは私の力だからこそ浄化しかけてしまったのよ。本来なら魔と中和されて浄化なんてされないわ』
『危うく全て台無しにするところじゃったのう。女神にも邪神にもなり切れんとは、哀れなものよ』
珍しく、テイア様が心底憐れむような声色だった。
「…………つまり、なんだ。フィンは神に浄化されてしまうようになったと……?」
「それについて今聞いてみたんだが、闇マリが間違えない限りは大丈夫らしい」
「……そう、か…………。夢というのは、つまり……」
師匠は座り直して、ふう、と息を吐いてから頭に手を当てる。
「……東方DLCか。あと二つだったな。アニカとすり合わせをしなければ……他に何かあるか?」
「……すまないが、これ以上は何も知らないんだ。肝心なところで役に立てなくてすまない」
もうちょい長くとどまればもう少し教えてもらえたかもしれないが、そうなったら本格的に浄化されてそうだしな。
流石に死にたくない。
…………うん。
そうだな。
死にたくないと思ってる。
闇マリが何度も俺に言うんだ。
これから先、もっと楽しくなるぞって。
一体なにが楽しいのか俺にはわからない。
でも俺は、そんな風に楽しそうにしている闇マリを見るのが好きなんだ。なんだかんだ俺のことを見つけてくれた神様だ。
邪神だけど神様なんだ。
女神様がそう言うんだ。
俺の心の闇を吸い取ってくれる神様がわざわざ言ってくれるんだから、そりゃあ、期待したくもなる。
『……それでいいのよ、我が使徒。あなたは死なない。私が居るのだから』
守られてばっかりなのもなぁ。
フレデリカにも助けて守ってやるって言われてしまったけど、俺も男だ。女を守る男でありたい。それは甲斐性というものであり、強さというものでもあり、社会的地位でもある。胸を張って生きていられる人間になる。
その目標は揺らがない。
だから、悪いなティム。
俺はまだそっちに行けない。
もし見れるんだったら俺の人生でも見ててくれ。お前、エルフとえっちしたいとか、貴族令嬢とえっちしたいとか言ってたもんな。全部叶ったぞ。そっちの世界にもエルフはいるのか?
…………王都に戻るついでに墓でも見に行くか。
墓と言っても、俺だけが知ってる場所に埋めただけなんだけど。
「いや、十分だ。次の舞台がどこにあるのか判明しただけでおつりが来る。フィンのお陰で対策が立てられるよ」
師匠は笑みを浮かべて答える。
「しかし、東方諸国の話ならカルラの協力は必要じゃないか? カルラ一人を置いて王都に戻るのは気が引けるんだが……」
「それについては心配しなくていい。確かに対策はしなければならないけど、具体的な内容は全く想像できない状態だ。私は東方諸国に関しての知識もある。アニカの情報とすり合わせて何が要因となるのかを探さねばならないから、すぐにどうこうという話ではないよ。だから安心して羽を伸ばしてくると良い」
ほっとした。
これでカルラだけこっちに残るってなったら、なんか、アレだろ。
俺達【払暁】は四人揃ってこそだ。
いやまぁ? 俺がいなくても成立するかもだけど? イケメンが入って寝取られるかもしれないけど? 流石にそろそろ、ちょっとくらい思い上がっても良いと思うんだ。マリアンヌ、カルラ、アストレア。そしてアリアやフレデリカもそうだ。
みんな俺を肯定してくれた。
いい加減その現実と向き合っていかないといけない。
確かに過去、俺はあまりいい扱いをされていなかっただろう。
カルラに恨みを抱いたこともある。
仲間だからと飲み込んで、眠れぬ夜を過ごしたことだってある。
けど彼女は俺に誠心誠意謝罪をしてくれた。
申し訳なかった、すまなかった、私に出来ることは何でもする、償いはする、だからどうか、これからも共に戦ってくれないか。
闇マリに出会ったあの戦いで俺達の関係は変わった。
ただの冒険者同士だったのが、本当の仲間になれたんだ。
今こうして考えている時も胸が痛んでいるのかもしれない。
昔のことを思い出して、認められないと憤慨しているのかもしれない。
自分のことすらわからないけれど、それでも俺は、手放さないと決めたんだ。だって俺は、立派な人間になりたいから。化け物になったからと言って、目指しちゃいけない道理はない。
──それでいいんだろ?
アリア、フレデリカ。
「ただ、アストレアくんとの連絡は頻繁にさせてもらうかもしれない。すぐにやり取りできるのは便利だからね」
「わかった。それに関しては俺からも伝えておく」
「……とはいえ、それほど緊急の用事が発生することはないよ。こっちにはエヴァンジェリンも居る。戦力としては過剰なくらいだ。もしも何かが起きるとしたら、こっちじゃなくてそっちかもしれないぞ?」
「やめてくれよ師匠。洒落にならん」
「はは、わかってるよ。冗談だ」
そう言って師匠は苦笑する。
ま、そうだよな。
ここ一年間ずっと何かしらの出来事に巻き込まれてばかりだし、そろそろ落ち着くべきタイミングだ。王都に戻ったら、墓参りしたり、シャルロットに会ったり、デートしたり……うん。やることはたくさんある。
難しいことは師匠とアニカに任せて、マリアンヌにもしっかり休んでもらおう。