拠点から街道に出て、それから徒歩で数時間。
馬車はないので自分たちで歩いていくしかないのだが、王国内において野盗の類は絶滅したと言ってもいい状態だ。少なくとも、俺達が銅等級冒険者になる頃には手配書どころか依頼書すら存在しなくなった。
『他にやることがないのであろう』──カルラはそんなことを言っていた。
冒険者ギルドの影響が強く、各地から優秀な人材が集まり続けている王都で賊をやるなんてよほど時勢の読めない者か学がなく行き場もない者だけに限られる。そしてそういった賊の中でも一握りの実力者は冒険者の点数稼ぎに狩られ、夜中に村をこっそりと訪れ家畜を奪っていくだけの小悪党は騎士団や兵士の調練に使われる…………そういうことらしい。
俺からすればよくもまあそんなこと思いつくなって感じだ。
自分政治的センスは期待していないが、一つの事実から複数の思惑を読み取るのは俺の頭ではやはり難しい。俺にはこの肉体しかない。昼は汗水垂らしてお金を稼ぎ、夜は汗水その他諸々の体液を垂らし女性陣に囲まれ踏みつけられたり顔を叩かれたりする。
馬車馬の如く働き、豚さんのように喘ぐ。
むほほっ、たまらんっ、俺の人生が踏みつけられて浪費されてる感じがあってたまらんっ! 胸がドキドキして頭がぐわんぐわんする! 至高の感覚だっ! 今日はこれでいいや。カルラとアストレアとマリアンヌ、三人がかりで虐めてもらう妄想で禁欲を味わうとしよう。どんなに気持ち良くてもそれを存分に味わってはいけない……もはやそれそのものがスパイスとなって俺の脳を焦がしている。たまらんね。
むふふな妄想を一人しては禁欲して抑え込むことで新たな興奮を得ていると、草臥れた様子でカルラが呟く。
「しかし、列が進まぬな。もう既に一時間は待っているぞ」
「今や王都は大陸の中心です。城壁すら打ち壊して再開発を進める都市計画すらあるそうですよ」
「とんでもない話だ。東方では考えられん」
実は、王都には既に到着している。
だが王都城壁内部に入るのに時間がかかっているのだ。
理由は単純、同じように都市に入ろうとしている者が無数にいて、俺達の順番まで回ってこないからだ。
「緊急の要件でもあれば入れたのでしょうが……」
「……流石に聖女として一緒に行くのはナシでしょうね。マリアンヌが神殿で働くために戻ってきたと受け取られるわ」
セラさんとフレデリカは既に中に入っていった。
一緒にどうですかとセラさんは誘ってくれたが、俺達は一度【払暁】としてのリズムを取り戻すために戻ってきたんだ。マリアンヌの権力に頼るわけにはいかない。そうした場合、マリアンヌは聖女として働かなければいけなくなる。
……と言うことをフレデリカが解説してくれたので、その時点で別れることになった。
説明してくれてよかった。
フレデリカ、本当は俺の心が読めるんじゃないだろうか。そう疑いたくなるほどに俺のことを理解してくれている。好きになっちまうよ。人としては既に大好きなんですけども。
──だからと言って性的な目で見ていいことにはならない。
きっと、許してはくれるだろう。
でもそれが彼女にとって幸せなのか。
そうじゃないと思う。
俺がフレデリカを抱いたとして、彼女の心を癒せるのか?
女としての喜びだとか、女心を理解出来ない俺が、自分の心すら理解出来てない俺が、フレデリカを助けられるのだろうか。
助けたいとは思っている。
だけど俺に出来るかがわからない。
出来なくてもやるんだと言ったフレデリカのことを思い出した。
俺にあんなことが言えるか。
前までは言えたのかもしれない。
でも今は言えない。
アリアに前を向けと言われ、自分の心と向き合うと決めた。
自己否定と自己批判と自己嫌悪の止まらない心とだ。
自分自身がどう感じているのかすらわからないのに、どうやってフレデリカのことを助けられるのか。助けたい。助け方もわからない。そんな自分に苛立ちすらある。
だけど、苛立つだけだ。
それでもいいとフレデリカは言っていた。
なら、今はまだ、これでいるしかないんだろうな。俺は未熟者だから。
「致し方ないこととは言え、日が暮れたぞ」
カルラがぼやく。
拠点から歩いてきて、並んで、もう半日近く経ってる。
朝に出発して既に夕暮れだ。
別に動いたまま数日活動することは出来るが、疲労は疲労。
このままいけば下手すれば野営なんてこともありえる。
「……久しぶりに野宿か。冒険者としての勘を取り戻すにはちょうどいいかもな」
俺の言葉に、三人が苦笑する。
一年前の生活を思い出せばそれほど不思議なことではない。
長期クエストでは野営は当たり前だったし、寝ないで戦いに赴くこともあった。〈不浄領域〉内で夜を明かしたこともある。
今はどうだ。
師匠達が合流して、拠点を作って不自由のない生活を送っている。風呂に入って温かい食事を食べてのんびり過ごしている。緊急事態が立て続けに起きていたとはいえ、冒険者の生活かと言われればそうではないだろう。
〈深淵の森〉での戦いも【超滅】合流後はマジで楽だったからなぁ。
身体があんだけ強化されてると本当に動きやすいんだ。
正直依存しそうになるくらいすごかった。
あれがあるだけで自分が超人になったような感覚すらした。
まあ、だからと言って溺れたりはしないが。
俺がどこまで強くなったところで、周りが弱くなるわけじゃない。
いつでも俺を殺せる存在が周りにゴロゴロいるんだからふんぞり返る余裕もない。
……うん。またスタート地点に戻って、もう一度俺達の在り方をなぞっていくにはちょうどいい門出じゃないだろうか。
「それじゃ、俺は枯れ枝でも集めてくるよ」
「ちょっと、それくらい私が……」
「いいんだ。やらせてくれ。そういう部分から自分を見つめ直したいんだ」
アストレアが風でパパッと集めた方が早いのはわかっているが、なんていうか、俺自身大事なことだと思うんだ。
得るものばかりで、一年前の俺とはまるで別人のような環境で過ごしている。
ティムと会ったのもそういう意味があるのかもしれない。
俺は盾役としてはありえないくらい恵まれていた。
今では聖女やハイエルフの姉妹に勇者のハーレムだぜ? 甲斐性もなくヒモ同然の扱いだ。更にいえば邪神の使徒でもあると判明してしまった。
不死身の盾役だ。
やっと俺は特別になった。
だけどそれは俺だけの力じゃない。周りに恵まれたからだ。マリアンヌが一緒に居てくれたから、カルラやアストレアが仲間だったから、あの日、闇のマリアンヌが俺を見つけてくれたから……与えられてばかりだ。
思い上がっちゃいけないんだ。
だけど自分を客観的に見ないといけない。
そのための一歩目なんだ。
まずは冒険者として、自分のできること、やれることを見つめ直していく。
「……そうか。では、私も共に良いか?」
「カルラもか?」
「ああ。聖女とハイエルフの王女と違い、私は家を出た一介の剣士だからな。そなたと同じ身分として共に生きて行きたいんだ」
そう語るカルラの表情は明るい。
「冒険者として、私も己を見つめ直したいんだ」
「……そうか。なら、一緒にやろうぜ」
確かにそう言う意味では俺とカルラは同じ……いや、今となってはカルラの方が一人で生きていかなくちゃいけない立場だ。
マリアンヌは聖女だし、アストレアは姉妹がいる。俺には師匠やアリアがいて、独り立ちしてるが頼れる身内が近くにいる状態だ。
対して、カルラは単身で王国までやってきた。
東方諸国と繋がりがないわけではないだろうが、すぐに対応してもらえるわけもない。名家のお嬢様であったとしても冒険者としての身分が一番大事だろう。
俺が了承すると、カルラは明るい笑顔で頷いた。
「ああ! そなたと二人で何かをするなど随分久しぶりだ」
「そう……だったな。確かに、二人でいることはあまりなかったか」
「すっかり愛想を尽かされたと思っていたのだぞ?」
「まさか。俺が捨てられないかヒヤヒヤしてたさ」
そんな会話をして、列から離れようとしたその時だった。
「────
カルラを呼ぶ声。
視線を向けると、そこには、見慣れない漆黒の衣装に身を包んだ人が居た。
声の高さからして女性の様に思えたが、くぐもっており、判別がつけにくい。
膝をつき頭を垂れた人物に、カルラは怪訝な顔で問う。
「そなたは…………忍びか?」
「はっ。某、加藤と申します。依頼により、塚本迦楼羅様を探しに参りました」
加藤と名乗った人物は、そのまま言葉を続けた。
「少し、お時間を頂けませぬか?」