「私を探しに来たか。一体何用だ? よもや、今更家に戻ってこい等と言うわけではあるまい。父が私を呼び戻そうとするわけがないのでな。場合によっては……」
カルラが刀に手を当てる。
殺気が充満し、周囲に居た人たちも気が付いたのか、俺達から距離を取った。それとなくマリアンヌを庇う位置に移動しつつカルラに注意を促す。
「カルラ。ここで抜くなよ」
いくら金等級冒険者とは言え、こんなところで堂々と剣抜いて血見せたら捕まるからな。カルラもそれはわかってるだろうが、念のために伝えておく。
「わかっている。だが、父の名を騙るのならば相応の罰を与えねばならん。こちらでも貴族の名を騙れば重罪であろう? こちらの者ならば配慮するが、こやつは忍びだ。東方諸国における間者働きを行う者よ。依頼者は何者だ?」
なるほど、そういう立場の人なのか。
忍びってのが何なのかサッパリだったが、確かにそれなら警戒するのも無理はない話だ。こっちで言う暗殺者みたいなこともする人だろ。わざわざ東方諸国から山を何個も超えてやってきて、カルラ一人を探してる、と。
流石の俺でも普通じゃないと理解できた。
なので強く止めることはしなかった。
最悪の場合アストレアが一瞬で終わらせるだろうしな。
注目を集める忍びのカトウは片膝を地面につき頭を垂れたまま続ける。
「察しの通り、依頼者は塚本家ではありません」
「ほう。わざわざ外国へ遣いを出せる者が、わざわざ私一人を探すのか」
「はい。依頼されたのは上杉家でございます」
「……上杉? 上杉だと? 管領か?」
コクリと頷くカトウにカルラは眉を顰める。
「管領がなぜ私を探している? 腕利きを求めているのならば父の道場に依頼すれば良いだろう」
「そういった事情は分かりかねますが、某は管領様に直々に依頼されております」
「……管領本人が、わざわざ忍びに会ったと?」
「はっ。『外国にいる塚本迦楼羅という剣士を探して連れて来なさい』とのことで……」
カトウの話を聞いてカルラは何かを考える仕草をとった。
「カルラ、どういうことか説明してくれないか?」
「む。……それもそうだな。管領というのは、ううむ……。侯爵のような領主だと思ってくれればよい。複数の武家を束ねる強い力を持つ者だ。通常、忍びと顔を合わせることなどありえぬ。私の身分と考慮しても雲の上の者だ」
「なるほどな。でもそれほどおかしいことじゃないんじゃないか? こっちでも物好きな貴族がちょっかいかけることはあるだろ」
それこそフレデリカに攻撃される対象である貴族とか。
王国生まれ王国育ちの俺からすると、お偉いさんがそれぞれの都合で適当に平民をおもちゃにするのは当たり前のことなんだけどな。そこまで違和感を抱くような事ではないと感じてしまうのだが、彼女はそれに対して否定した。
「和国における身分制度はこちらよりも厳正な部分があるのだ。貴族が通る馬車に道を空けるだけで済む王国に対し、大名の馬車に対して土下座をして這いつくばり目すら向けてはならぬのだ。大義名分を疎かにしてはいかぬために雁字搦めではあるが、それが故に超権力を有しているのが和国における武家だ」
「ど、土下座……!? それは、どこでもということか…!?」
「そうだ。目上の人物に対し深く礼をする際にもする時がある」
ど、土下座を強要されまくるだって!?
カルラッどうしてそんな素敵な事俺に言わなかったんだ! ハラキリの文化と言い土下座強要と言い、ありえない、ありえなさすぎるだろ東方諸国!!
ハッ…………!!!!
ま、まさかとは思うが……師匠やアリア、アリシアさんもさせられてたんじゃないだろうな……。
三人は世界を旅していた。
東方諸国にも行ったと話していた。
師匠のことだ、きっとお偉いさんとも顔を会わせているだろう。その度に土下座をさせられ、なんならエロい目で見られてたんじゃないか? 胸の谷間とか覗かれてたんじゃないか? う、うううっ!! ワンワンワンッ!! バウッ!! 俺のだぞっ!! 俺のなのにっ!!
「東方ではそれほど身分差があるのですね」
「うむ。武士と農民の格差は広く、公家と武士の格差も広い。管領はその中で公家ともある程度付き合いを持てる格だ。わざわざ私を探させて連れて来いと命じるなど、怪しさしかない」
「……カルラを求めてってのも胡散臭い。エロ領主とかじゃないの?」
「一応申しておきますが、上杉様は女性でした」
……ますますわからん。
だがカルラは明らかに乗り気ではないし、俺達もあまり賛成するつもりはない。これが父親が危篤ですとか、家が危険でだとか、そういう事情があれば相談して行くことも選択肢に入るんだけどな。
どうにか断る方向で考え始めていたが、カトウが口にした言葉で思考を止めることになる。
「失礼ながら。
『……へぇ、現人神。大層な名乗りね』
あ、闇マリ。
あらひとがみって神様のことか?
ヒトの神?
『現人神は貴方と同じ存在のことを指すのよ』
──マジかよ。
マゾの領主様ってことか……。
『我が使徒、死にたくなかったらあまりふざけないことね』
はい。
ごめんなさい。
えっと、使徒ってことでいいのか?
『ええ。そもそも使徒の呼び方なんて地域ごとに違うのよね。私達は使徒と呼んでいたけれど東方では現人神で巫女でもあったし……』
…………????
『……現人神は使徒だという認識があればいいのよ』
あ、はい、えっと、バカでごめんなさい。
そしてその声はマリアンヌにも聞こえていたのか、彼女は俺を見て真剣な目をして頷いた後、カルラに話しかける。
「カルラさん。この話、もっと詳しくお聞きするべきかと」
「なに? 一体な──……いや、わかった。そなたが言うのだ。信じよう」
殺気を収めたカルラ。
そのままカトウに対して口を開く。
「加藤とやら。すまぬが、我らも久方ぶりに我が家へ戻る所なのだ。そなたの部屋も用意する故、暫し猶予を貰えぬか?」
「某の分、ですか? いえ、某は外で構いませんが」
「ここは和国ではないのだ。客人を外で寝かせるなど、そのような無礼は働けぬよ。それに、そなたが刺客だったとしても我らを害することは出来ぬゆえ、安心するがよい」
カルラの言葉に、一瞬カトウが固まる。
だがまるでそれを感じさせない自然な態度で続けた。
「はっ、では、厚意に甘えまする」
……で、闇マリ。
実際のところ、そんな神様って生き残ってるモンなのか? テイア様は死に掛けで、闇マリは邪神になってた。かなり特殊な例だと俺は思ってたんだが……。
『……可能性自体はあるわね。絶対に居ないとは言い切れない。私が負けた後、あのクソ女はずっと私を弄んでいた。どこかに行った形跡すらない。だからテイアのような神が生き残れた。もし同じ道を選んだ神が居て、あのクソ女がいないことを察知して大々的に動き始めていれば……』
いるかもしれない、と。
これは師匠にも報告しないとダメだな。
折角王都に羽を伸ばしに来たってのに、すぐに厄介事か。
だけど俺自身、東方諸国に興味はあった。
特に理由はないんだが、セカンドライフは東方諸国にしようと思ったことがあるくらいだ。うん。決して理由はない。混浴の文化があったり、ハラキリの文化があったり、土下座強要文化があったり、うん、決して何か理由があるわけじゃないんだが、とにかく何時か行ってみたいとは思っていた。
いい機会でもある。
ただ、マリアンヌに申し訳ないんだよなぁ。
横目でチラリと目線を向けたが、難しい顔をしている。
暫く面倒事とは無縁でいて欲しかったんだが……神が関わるとなると、放置できない。
うまくいかないもんだよ。