種族のるつぼにて-人外種族第三特区、特殊捜査員行動記録- 作:明田川
6.1
散々な目にあった。病院の崩落に巻き込まれるとは、運が良くなければ潰れて死んでいただろう。それにその後も血族の当主と一戦交えることになるとは、ただの護衛で終わるとは思っていなかったが、ここまで事態が悪化するとは。
「肝を食べんか、血を増やして貰わねば困る」
「人からの吸血行為は緊急時のみです、吸わせてはあげませんよ」
「命の恩人に対して冷たいなぁ、従者よ」
「なってませんって」
行きつけの焼肉屋、その個室の中には自分とアラカワ以外にも数人が集められていた。自分にやたらとレバーを食べさせたがるお嬢様ことヴァシリッサ、そしてその監視役らしいシラカミ隊長殿だ。
アラカワはお嬢様のことが気に入らないのか、対抗心を燃やして焼いた肉を彼女と同様に皿の上へ乗せてくる。
「おい、カルビ食え」
「どうして貴女まで焼いた肉を私に押し付けてくるんですか?」
ジョッキに入ったビール片手に、取り皿へ山のごとく盛られた肉へ箸を伸ばす。相変わらず期待を裏切らない味だ、次の肉を甘口のタレにつけつつそう思う。
「貴様、存外にも飲める方だな」
「人並み程度ですけどね」
言い合いを始めたアラカワとお嬢様はさておき、話しかけて来たシラカミと向き合う。彼女の周囲には空いたグラスが二つほど並んでおり、先ほども生ビールを注文に追加していた。
「…まあそうか、そうだな。人外種族と飲んでいると、弱い者と強い者で両極端だからな、感覚が狂う」
「へぇー、酒が強い人外種族って例えば誰なんです?」
「ハムスターと似た特徴を持ってる奴が小柄な割に強かった。獣人として一括りにされているが、千差万別だよ」
人間と他の動物を掛け合わせたような人外種族を、雑な分類だが獣人と呼称するのが一般的だ。分類で言えば、人狼も獣人の一種である。
大多数はアラカワのように高度な形態変化能力を持たないが、その分彼女が持つ燃費の悪さや、特定の光源に興奮してしまうなど、極端な弱点を持つことが少ない。
「ま、これは酒の席での与太話として聞いて欲しいんだが…」
「事件の顛末と、クスノ生徒がここに居ないことについてですか?」
「そうだ、答え合わせといこうじゃないか」
彼女は鞄から大きなアンテナを伸ばした通信機のようなものを取り出し、こちらに見せた。盗聴器があるかを探知するためのものだろうか、それが反応しないということは、ある程度は安心できる。
「局の中でも安心できないのでな。吸血鬼の影響力に対する認識は、私も甘かったよ」
「誰もが欲する不老不死ですからね、それに惹かれて金を積んだ人々は多いでしょうし…」
「夜霧の血族はそういった因子の違法提供と、提供元のロンダリングを秘密裏に行っていたらしい。あの食品工場もそのための隠れ蓑の一つだ」
「そういったビジネスに精通していたからこそ、病院襲撃に使う私兵を集められたと」
捕らえた吸血鬼を使って何かしているという疑念は、かなり大きなビジネスの存在により流布されたものだったのだろうか。掘り返してみれば、その実態は思いの外醜悪だ。この手の話は食事をしながら聞きたくないものだが、まあ慣れるしかないだろう。
「因子との適合率が高い人間を集めるため、手を回していたようだな。捕らえた吸血鬼の中には、第三区の外で行方不明になった者も発見された。人身売買は手広くやっているらしい」
「元から希少な人外種族を攫って売るマーケットがあるという話は聞きますが、そういったルートを利用して因子と適合率の人間を探して攫って…というのは、毛色が違いすぎますか」
「それとは別口だろうな。当主がヘラクレスにベラベラと喋ったのはいいが、肝心の証拠はしっかり処分していたようでな、尻尾を掴めん」
「最後の最後で口が軽くなったんですかねぇ」
「ただのヤケクソって線もある、本当はもっと上手くやるつもりだったんだろう」
思いの外底の浅い奴だったよと彼女はいい、ジョッキに残っていたビールを飲み干す。そろそろ追加の商品をオーダーしたいところだが、話の途中で注文をし始めるのは不味い。肉の山を片付けつつ、自分もジョッキに口を付けてから聞き直す。
「というと?」
「アイザワが違法な店を経営していたところ、当主が通報するぞと脅して利用し始めた。しかし当主の思想と計画をある程度聞かされても、あの男はそれを受け入れることはなかった」
「ということはまさか、アイザワはわざと証拠を残しながら…」
「高尚な考えではなかったが、いいように使われるのが許せなかったんだろう。命惜しさに逃げ続けたのには呆れるが、最後はあの工場まで我々を誘導した」
「まんまとハメられてたってわけですか、私たち全員」
「ヴァシリッサお嬢様が正気を保ったまま起き上がってくるとは思っていなかった上に、吸血鬼を解放した後のことは何も考えていなかったそうだがな」
影のMVPは、アイザワということになりそうだ。行き当たりばったりの局地が行き着く先を見せてもらったわけだが、感謝よりも先に怒りが来る。それに殴るという約束も果たせなかった、まあこれはリップサービスが過ぎたか。
「当主は長年準備を続け、古い因子とそれに適合する人間の双方を見つけたが、秘匿し過ぎるあまり味方を増やせなかったようだな」
「地下街で襲って来たのは霧になれない個体ですし、病院を襲ったのも攫った人間から使った私兵。確かに治安維持局に屋敷を包囲されても、当主以外は表立って抵抗はしていませんでしたね」
「思想への賛同を得られず孤立し、最終手段として病院の襲撃を選んだのかもしれん。だがここまで計画を進められる人間が最後にこんな無様を晒すかというと…」
「違和感があるのは事実ですね」
「だろう、まだ全ては終わってないらしい。だが宴もまた続いている、今は束の間の平和を楽しむしかないな」
彼女は個室の壁に設けられた受話器を取り、ビールの追加注文を始めた。肉も粗方焼いてしまった、そろそろ第二回戦といったところだろうか。
考えてみれば、確かに引っかかる点はある。しかし本業が探偵というわけでもないし、首を突っ込んで痛い目を見そうな案件であることもまた事実。今は他の情報通達が何か掴むのを待ちつつ、大人しくしているのが賢明だろう。
「で、クスノがこの場に居ない理由だが…聞くか?」
「問題ない範囲でなら」
「表向きは結論が出せるまで、長期的な調査を続行するということで回答を濁している。当主が彼女の存在を公開しやがったのでな、あらゆる国の吸血鬼から質問攻めだよ」
「3区の吸血鬼をよくもそこまで信じるものですね、外との通信だって制限されてるのに」
「そこだよ。この件に対する吸血鬼連中の動きは明らかに早い、それに真偽も定かではない存在に対して、ここまでの注目が集まるか?」
「そりゃ信用できる情報源でもなければ…」
「そんな情報を流した奴は居なかった、見つからなかったとでも言うべきか」
彼女は項垂れ、空になったジョッキを傾けて中を見る。もう残っていないことを確認できたためか、チェイサーがわりに頼んだウーロン茶へ手を伸ばす。
「何処から情報が広がったのかと調べてみたが、マトモなインターネット上にはなんの痕跡も無かった」
「局の調査能力は高いと聞いてますし、実力も実感してましたが…それでも掴めないとは」
店員がドアをノックしたことで話は止まるが、四杯ものビールジョッキを見て思考も止まる。どこまで飲む気なんだこの人はと思ったが、ジョッキを一つ持ち上げてこちらを見る。
まあもう一杯くらいは飲もうと思っていたところだ、手を軽く上げて応じると、彼女は自分の目の前にジョッキを置いた。
「奴らは何処でクスノの存在を知って、どうやって信じるに至ったんだろうな」
「…マトモじゃないインターネット上か、それともアナログな手段で連絡をしていた誰かが噛んでいる?」
「特殊捜査員の間で黒幕が居るという推理がされていたのは知っているが、まさか局の連中も同じ予想をし始めるとはな。喜べ、黒幕とやらは思っていたよりもヤバい相手だぞ」
「全く嬉しくないんですが」
貰ったビールを呷り、勢いよく流し込む。こういう時は酔って気を紛らわせるのに限る、笑顔でこちらを見てくる彼女も同じ考えらしい。
「ま、こんなところか。貴様はお嬢さん二人をどうにかしろ、喧嘩で出禁にされては困る」
「えっ」
二人の方に向き直ると、彼女達はこちらを睨んでいた。何かしただろうかと思い首を傾げるが、その答えはすぐに飛んでくる。
「元々は俺とお前の打ち上げだろ、それにコイツとシラカミまで連れて来やがって…!」
「我を差し置いてその女と話すのは楽しいらしい、ここでも仕事の話とは華のない奴らだことで」
「…あー、確かにまあ、はい」
まずは不機嫌そうなアラカワに目線を送り、片手を机の下に隠して端末を操作する。メッセージアプリで送るのは、とある店が予約済みという情報と、三行ほどの文章だ。
「すみません、事件のこととなると断るわけにもいかず」
「…まあ、いい」
彼女は振動した端末の画面を見て納得してくれたのか、途端に騒ぐのをやめる。前日にシラカミが急に話を持って来たことは彼女も知っている。お嬢様が参加してくることは当日に知らされたので、怒りをぶつけるべきなのは自分ではないのだ。まずは一人、次は不貞腐れるお嬢様の番だ。
「お嬢様、吸血鬼ってアルコールはどうなんです?」
「身体が変幻自在というのは知っておろう、分解する臓器を大きくすれば事足りる」
「最近の吸血鬼はできなさそうな芸当ですね…」
今の彼女にとって、アルコールは水同然だろう。ビールは好みではないようで、レモンサワーも安っぽい味が気に入らないようだ。あのチープなアルコール飲料の感じが良いのだが、確かにお嬢様に飲ませる物では無い気がする。
「ビールばかりというのもアレですし、ワインでも頼みますか」
「メニューには無いが…」
「店長さんの趣味で取り扱いしてるんです、アルコールメニューの端に小さく書いてありません?」
「ボトルメニューか、この店構えには少々合わんが…趣味とはそういうものよな」
「メニューを持って来てもらうついでに追加注文しますけど、皆さん頼みたい物は?」
そろそろ後半戦だ、通常のメニューに加えてホルモンの投入も考えるべきだろう。そう考えたが、最近の仕事で見たくもない物を見ていたことを不意に思い出す。
しかしまあ、そう気にする必要はないかもしれない。一人で食べるならばまだしも、この騒がしさでは多少の懸念も吹き飛んだ。
「おまかせ盛り合わせセット二つ」
「ボトルメニューが来るまで待とうか、油の少ない肉は無いか?」
「焼酎、水割り。ボトルメニューは私も見る」
「…あの、皆さん歩いて帰れる範疇でお願いしますよ?」
ーーー
ーー
ー
購入した赤ワインを抱えたお嬢様と、アレだけ飲んだのにも関わらず店を出た途端素面の雰囲気へ戻ったシラカミ隊長は、店の外で待機していた部隊と共に局へと戻った。護衛兼監視、ということだろう。
「どうしたんだ?」
「…いえ、今回だけで終わる話ではなさそうだなと思いまして」
「そんなのばっかりだろ、大怪我してなくて良かった」
「根は深い問題なんて幾らでもあると言えば、まあそうなんですけども」
店を出てすぐにある自動販売機で水の入ったペットボトルを買い、五月蝿い電子マネーの決済音を聞く。アラカワにも何か買うかと聞くが、彼女は首を横に振る。
「ここに来たくて来た奴らなんて、本当はほんの少ししか居ないんだろ。だから今が不満で、暴れてる」
「亡命者と不法入国者のオンパレードですからね。これでもまだ言うことを聞きそうな人だけを入れてこの状況です、酷い話ですよ」
自販機に取り付けられた監視カメラを示し、彼女と二人で笑う。監視カメラや携帯端末の位置情報を始めとした、厳格な市民監視システムによって治安は辛うじて維持されている。
実を言うとアラカワは厳格な監視が必要だが、自分が監督役をしているというのと、特殊捜査員としての実績により、仮初の自由を得ているのだ。
「なあ、私はマトモになれるか?」
「マトモかどうかという基準は難しいですが、貴女はハッキリとした答えを欲しがるタイプでしょう。となると私が思うマトモな範囲でのお話になりますが、それに関しては…」
「勿体ぶるなよ、酔うと面倒くさくなる」
「失礼。では言いますが、十分マトモですよ」
腹が減ったからと言って店を襲わない、真面目に教育は受ける、事務手続きも手助けがあればやれる、携帯端末も使いこなしている。そして、周囲に対する意識も共に暮らす中で変わり、成長しているのは確かだ。
「力のコントロールさえできれば、貴女は第三区の学校に行けます。この国の言語は扱えますし、通信教育制度の結果を見ても一から始める必要はない。三年で義務教育は終わるでしょう」
「卒業できれば、ちゃんと大人になってるってことか?」
「制度上はそうです」
「制度上か」
「精神が年相応に成長するか、なんて分かりません。小さい頃から大人びている人も居れば、子供っぽい大人も居るでしょう?」
一定の年齢になって、パッと何かが変わるわけではない。結局のところ積み重ねるしかないのだが、彼女はそれがまだ足りないようだ。自分を棚に上げて話すのにはむず痒いものがあるが、監督役として振る舞う以上は振る舞い続けなければ。
「…なれるかな」
「なれるまで面倒は見ます」
「なれた後は?」
「互いの面倒を見合えたら良いな、なんて思ったりはしますね。社会性って、詰まる所そういうことでしょうから」
大事件の後でも、比較的平穏な一日の後でも、等しく次の日がやってくる。第三区には過去を捨てられないものと、未来を生きるために足掻く人々が居るが、過ごす場所は同じである。
願わくば、平穏を望む人々にとって良い未来が来ますように。食事を楽しんだ後の余韻に仲間と浸る時間は、平穏の中でなければ訪れないのだから。
一旦ですが、これにて完結です。
次は第二章ですが、過去編として剣士とアラカワが出会った際のことを取り上げる予定です。全て書き上げてから投稿しなければエタることが分かったので、暫くは未完結の作品に注力して区切りをつけられるよう頑張る所存です。
お気に入りが100件超、評価バーにも色がつき、評価の平均は8以上。二次創作ばかり書いていた身で、オリジナル作品が伸びたのはなんだか感極まるものがあります。本当にありがとうございます。
良ければお気に入りとか、感想とか、なんなら評価なんかも、よければお願いします。既にして下さっている方は、他にも色々と書く予定ですし、続きも書いていますので…これからもよろしくお願いします!