手札を見る。ドクドクと脈打つ鼓動が、耳障りだ。フィールド上を見る。こちらの伏せカードは2枚、ポツンと佇む《パンダボーグ》が、戦いに飢えているかの様。あちらの伏せカードは残り3枚。攻撃するべきか、しないべきか。考えるうちに、意識は飛び出す怪物に警鐘を鳴らしては、呼吸が勝手に浅くなり、深く息を吸えなくなる。
[前ターンとの整合性が取れません。《パンダボーグ》のカードを攻撃表示にしてください]
デュエルディスクがエラーを吐く。何事かとディスクを見れば、あぁ。《パンダボーグ》のカードが横向き……守備表示の置き方になっている。そうか、と朋克は思い至った。攻撃表示での召喚か、裏側守備表示でのセットしかできないのに、表側守備表示で置いてしまっていたようだ。
…エラーも、気紛れになることってあるんだな。ひとまず指示通りに対処して攻撃表示に変更し、ふうー、と。吐く息を意識して、わざと大きく息を吸って。ざわつく内側を落ち着かせようと努める。
その、ずっと後ろのコート外。ソリッドビジョン範囲外の人混みでは、『グロウル・スピリッツ』のメンバーたちが。アニマと、トバルと、核唯が、友人の進級試験を固唾を飲んで見守っていた。
デュエルの流れは問題ない。だが、講師の態度に、核唯は苦々しい顔をしていた。「あいつのデッキ、嫌な予感がする」。ポツリ呟けば、トバルは頷き、アニマは「たとえばどんな?」と問いかけた。「……さっき捲れたカードに、碌でもないカードが混ざっていた。でも、それは選ばれなかった」、「つまり?」、「もう伏せられているはずだ」。口にしたところで、後ろがわずかにざわついた。
「すみません。ちょっと、通して、ください……」。そんな3人の後ろから、人混みをかき分けて飛び出てきたのは、黒髪の生徒。あぁ、受付で見た顔だ、確か生徒会の子だった。アニマが少し場所を開けてやれば、彼女はその小さなスペースに収まった。アニマにわずかに頭を下げ、前を向ては、不安げに胸の前で手を組んだ。
「朋克くん…」。ほんの小さな呟きの瞬間、朋克は静寂を破った。
「メインフェイズ、おれは手札から《アーマード・サイキッカー》を召…」
「おおっと。わたくしは優先権を放棄していませんよぉ? メインフェイズ開始時までの巻き戻しを行います」
朋克はディスクに起きかけた手を止め、手札に戻す。
「で、は。リバースカード、オープン。トラップカード《マインド・クラッシュ》を発動します。わたくしはカード名をひとつ宣言し、宣言した名前のカードがあなたの手札にある場合、あなたはそれを全て捨てなくてはなりません。……そ、う、で、す、ねぇ……なぁんとなく、《アーマード・サイキッカー》を宣言しましょう、か」
そのプレイングに、会場は大きくざわめいた。「おかしいでしょ」、「今のはダメだろ、フェアじゃない」、「いや、でもルール上は正しいし…」、「ディスクが処理してんだからこれでいいんだよ!」、「そのイキったやつをぶちのめしてやれ、先生!」。非難轟々、或いは、欣喜雀躍。まったくふたつに分かれた会場の反応はさておき、朋克のデュエルディスクは墓地を開き、正しい処理を求めていた。
「くそっ…」
「おやおや、お口が悪いこと。減点ですよぉ、海霧くん。そ、も、そ、も。あなたが、マナーを、しっかりと! 守っていれ、ば…こんなことにはならないのですからねぇ?」
どの口が言うか。手札の《アーマード・サイキッカー》は、まるで砕かれるかの様に粉々になり、はたき落とされた《大嵐》のもとへと落ちていった。この状況なら、リリースなしで召喚できる上級モンスターだったのに。…残りの手札は、1枚。可能性が、削られていく。泥試合という言葉が脳裏を過り、心身への負荷が高まっていく。しかし、相手の伏せはまだ2枚もある。片方を破壊しても、もう片方は? しかも、破壊にチェーンできるカードだった場合、降り掛かる1枚のロスはこの状況下では痛い。それに、まだ3ターン目、序盤も序盤。……なら、ここは。
「メインフェイズ終了時」
「んっふっふ…ありません」
「バトルフェイズ開始時」
「えぇ、どうぞ?」
「……《パンダボーグ》でダイレクトアタック! 攻撃宣言時!」
「はぁ、仕方ありませんねぇ。リバースカード、オープン! トラップ発動、《死霊ゾーマ》!」
号令と共に駆け出す《パンダボーグ》は、講師へと一直線にその鋭い鋼鉄の爪を向ける。だが、その先で、カードから這い出してきた骨の竜が瘴気を纏い、立ちふさがった。
「《死霊ゾーマ》は攻撃力1800のモンスターカードとなる。あなたの《パンダボーグ》の攻撃力は1700…つまり、超えられないのですよ。……さぁ、攻撃の巻き戻しです。ま、攻撃をやめるしかないでしょうねぇ?」
…いや、自爆もありかもしれない。朋克は自分のデッキと向き合ってみる。《パンダボーグ》は戦闘で破壊されたとき、レベル4のサイキック族を特殊召喚できる。相手の手札2枚なら、高打点の下級モンスターは居ないかもしれない。現に、さっきのターンは召喚を行っていない。今までの伏せカードはすべて罠。どのみち、炙りださなくてはならない。…あれを越えられるモンスターなら、居る。
「このまま《パンダボーグ》で《死霊ゾーマ》を攻撃する! 特攻しろ!」
「なっ、正気か!?」
突撃し続けるサイボーグのパンダは、腐り落ちた竜の大アギトに捉えられ、破片となって爆散し、消え去る。その衝撃波がわずかに伝わり、朋克の喉は再び凍り付こうとする。だが、気合でこじ開け、叫んだ。
「ッ…! 戦闘破壊された《パンダボーグ》の効果発動! ライフを800ポイント支払って、デッキからレベル4のサイキック族を特殊召喚する! おれが喚ぶのは、攻撃力1900、《サイコ・ウォールド》だ!」
パンダの外装が見る見るうちに集まり、また新たな力を帯びて立ち上がる。それはカタツムリのような巻貝型の外装を纏う、ねっとりとした人型であった。その皮膚の表面は稲妻が迸り、妙な肉体をぬらぬらと照らし、その力を手元に集めていた。
「バトルフェイズはまだ終わってない! 《サイコ・ウォールド》で《死霊ゾーマ》に攻撃!」
ビリリと。激しい稲妻が死竜の肉体を貫き、その体の破片を吹き飛ばしては、講師にほんのわずかな傷を与えた。けれど、その瘴気は未だ収まることもなく、死臭すらも感じる重苦しいそれは、朋克へと襲い掛かった。
「……ははは、愚直すぎますねぇ!? 《ゾーマ》の効果発動! 《ゾーマ》を破壊したモンスターの攻撃力分、あなたは苦しむのですよぉ!」
「な、うわっ!?」
靄となりなおも生き続ける死竜の怨念が、朋克へと牙をむく。人一人を簡単に貫く爪が、大咢が。それを視認したとたん、体がブルリと震え上がっては、まるで金縛りのよう。
「……あ……ッ、ぐああああぁぁぁっ!」
この身を貫く痛みすらも、脳は勝手に生み出しては、警鐘をかんかんと鳴らし、ごうごうと眩暈をもたらす癖に、生存せよと訴えかける。こんなもの、ただの幻だと、頭ではわかっているのに。激しくなる動悸、がくがくと笑う膝をこらえ、こらえ、こらえ…早く終わってほしいのに、終わって、欲しいのに。
ピリリリリ、と、現在のライフポイントが示される。こちらは5200、あちらは7900。状況の打開など、ほとんどされていない。それどころか、自分の行動が全部裏目に出て。自分の選択肢が、自分の未来が、閉ざされて行ってしまうかのよう。
「は、ぁ……ッ! …う、ぅ……ターン、エンド」
深い深い霧の中、身を縛る恐怖の中、自問自答が駆け巡る。
また、あの小さな部屋に戻るのか?
また、置いて行かれるのか?
また、自分は、立ち止まるのか?
――いやだ。
誰ともわからない笑い声がする。適応して当たり前のことができないおれを、笑っている。体が沈んでいく、ような。
――いやだ。