『スーツ』と『デッキ』と『未来予想図』   作:河童の皿箱

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 見慣れた浜辺、故郷の浜辺。あいも変わらず白い靄に覆われて、太陽も、水平線も、海岸線のあっち側も見えない。しっとりとした空気の中、浜辺に座り込めば、その隣で胡座をかくガッチリとした体格の男が、小さな筆を取り出した。

 

『ほら、見てろよ』

 

 ふぅっと暗くなる霧の中。彼は手の中の小さな筆を中空に滑らせれば、あっという間に小さな魚がピチョンと跳ねた。空の海をスイスイ泳ぎ回り、夢の主こと朋克の周りで戯れる。

 

『ホログラムばかりに触れてると、気も触れてくる。俺も多少は作る側だから、その気持ちはよくわかるんだ。その質感、重さ。現実に馴染めば馴染むほど、幻との境界は曖昧になっていく。曖昧になった境目はたいていの場合は歓迎されるが……お前のような者もいるわけだ』

「…そう、だね。どこに行っても、誰かがデュエルしてると、そのモンスターに……殺されるかも、って思っちゃう」

『……だよなぁ。誰だって、武器を向けられたら怖いもんだ。俺のホログラムは大丈夫そうか?』

「うん。魚たちは、綺麗だし、可愛いなって思う。でも、武器を向けられたり、炎にまかれるのは…無理、かなぁ」

『そうか。…お前がホログラムを怖がるのも、実は無理はないんだぜ? 人類が初めて映画を見たとき、駅に滑り込んでくる列車の映像を見て、人々は悲鳴を上げたんだ。轢かれる、って思ったんだとさ』

「…映像なら、そうは思わないけど……うん。でも、おれもそれなのかもしれない」

『無理してそれを受け入れる必要はないさ。恐怖ってのは、本能によるものなんだし。いっかい、なんとなくしっくりくるかなって場所に、置いておけばいい。克服なんて、二の次だ』

 

 男のスルスルと踊る指先が、そのまま霧の中に幻を投影し続け、魚たちは朋克を遊びに誘う。ふと指を差し出してみれば、指輪のようにくるりと、指先で丸まったり。手をサンゴ礁に見立てて、ひょっこりと顔を出したり。

 少し離れた場所から聞こえる雅な音色と、共に台詞を朗々と歌う声と。ぼんやり、ただぼんやりとするだけなのに、安らぐ。落ち着く。ネオンの尾を引く魚たちが、どんどん増えて…まるで水族館のよう。

 試験の日程が明かされてからずっと重苦しかった気持ちがふんわりと和らいでいく。今日見ているこの夢は、いい夢だと、朋克は確信した。

 

『さ、改めて。俺は《娑楽斎》ってぇ言うんだ。知っての通り、浮世絵師をしている。あっちにいるのが、雅楽師の《ワゴン》。そっちが、浄瑠璃人形師の《スパイダー》。…本当はあとひとり居るんだが…』

「あとひとり?」

『そ。お前みてぇにちまっこい奴だ』

 

 そう笑う《娑楽斎》に、朋克は少し、頬を膨らませた。『ははは、拗ね方まで似てるな!』。なんて、さらに笑えば、朋克は臍を曲げ、ふいとそっぽを向くしかなくなった。『こら、娑楽斎。あまり意地悪するな』。《ワゴン》に諌められ、大きな手は小さな頭をそうっと撫でた。

 

『悪かったって。……あぁ、そうだ。俺たちから、頑張ったお前に贈り物があるんだ。こっち、向いてくれるか?』

 

 唇をむうと歪めながらも、朋克が振り向けば、《娑楽斎》は浜辺に立ち、その小さな筆でより大きな魚を描き始めた。

 

『諸行無常。森羅万象一切は、留まることなく流れ続ける。絶え間なく。その流れに抗い、遡るのなら、世の重圧に耐えうる強固な力が必要だ。挫かれ、渦に飲み込まれ、足を捕られたなら尚の事。……その渦の中で、反抗の意思を示し、遡上していくお前に、捧ぐ』

 

 《娑楽斎》の体は大きい。でも、その魚は彼よりも、さらに大きく。最後に巨大な筆を手に収め、その青と赤の光で弧を描き、色を載せれば……描かれた鯉はその目に爛々とした光を宿し、天高くへと昇っていく。太陽とは呼べない、ギラギラとした幻の魚が、空高く、泳いでいる。

 

 直後、鯉は弾け、降り注ぐ淡いネオンの光が、朋克の手の中に収まった。それは、小さな小さな、カードの形を作り…。

 

『さあて、と。よろしくな、大将』

 

 突如、霧は深くなり、彼らの姿が見えなくなる。代わりに聞こえてきたのは、友達の声だった。

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