翌日。誰よりも早くに目を覚ましたアニマは、急いで身支度を整えた。髪をとかして、コンタクトを入れて。その間にも、自分の中で言葉をこねくり回し続けていた。ほどなくして核唯が起きてきて、いくつかの会釈の後に朝の運動に繰り出した彼を見送った。…多分、昨日の不機嫌は隠せたと思うけれど。僅かな不安は残ったが、それももうすぐに終わる、はず。次に目を覚ましたトバルは、身支度を整えながらもアニマに声をかけた。
「なあ。大丈夫か」、と。…まあ、これも無理はない気はする。昨日核唯にボコボコにされた後、何にも言えなくなってさっさと風呂に入ってふて寝を決め込んでしまったのだし。ちょっと気まずいけれど、ここで踏ん張るのもリーダーの役目。
「あぁ、大丈夫。寝てすっきりしたしさ」。もちろん、まだモヤついている部分はあるけれど。ベースのチューニングをしながら、ギターを持ってきたトバルがまた口を開いた。「…サネ、頑固だからな、あいつ」。いやはや、その通りだと思う。「ほんっとにな」。響かない弦の音をチューナーが拾う。「俺に出来ることはあるか?」。全く、頭が上がらない。
「んー…えーと。ちょっとだけ俺の考えを聞いてくれないか。なんつーか、ほら。身構えたいし?」。音の狂いがないことを確認してから、改めて向き直れば、トバルは頷いた。
まず、大前提。タッグデュエルはやる。組み合わせは俺と朋克、トバルと核唯。それを聞いたトバルは、少しばかり目を見開いたが、まだ黙ったままでいてくれた。ライフポイントは共有制で8000、手札やデッキ、エクストラデッキといった非公開領域はそれぞれ独立、フィールドや墓地などの公開領域は仲間同士で共有。所謂スタンダードなタッグデュエルのルールで行う、と。
「デッキはタッグデュエル用に調整した奴を持ち込む。仲間内で調整内容を教え合ってもいいけど、相手同士は教えない。まあ、これも割と普通な感じだよな」。トバルはまた、頷く。けれど、表情はあまり芳しくなく。その理由もまあ、なんとなくはわかる。
「で、こっからは皆に相談してからそうしたいなって話だけど…皆でカードを出し合ってひとつのストレージを作って、その中からカードを選んで、デッキを組むんだ。で、俺たちってほら、それぞれ好きなテーマのカードあるだろ? それだけはストレージ外から絶対に入れる! ってのはどうだ?」。…つまり、カードの資産をある程度平等にしたい、という提案。もちろんそんなもの、って言われたらやれないけれど。一晩悩んで悩んで悩みぬいて、出てきた案がコレだった。トバルの表情は猶も変わらなかったが、けれど彼は頷いた。
「俺は良いと思う。トモはまだ始めたばかりだし、俺が使わないカードで良ければ出せるし、それに……あー……。…資産差は難しい問題だしな。…ただ」。そう、ただ。最もカード資産のある核唯が、ノッてくれるかどうか。ぶっちゃけた話、核唯は《強欲な壺》と《天使の施し》をデッキに入れている。あの、競技デュエルに絶対に必要になるが故に、プロであればまず所有していることが前提となるが故に、最新の高級家電よりもなお高い、とんでもない高額カードをだ。流石に3積みではなく、それぞれピンでだが、あいつは賞金を稼いで金が溜まれば絶対に買い揃えるだろう。そんな確信があるほどに、あいつは真剣勝負として、デュエルをしている。そして、毎回ボックスを予約で買い、様々な組み合わせを検討して、取り入れて。そんな作業を、何度見たことか。調整相手になれないもどかしさも、何度抱えたことか。…お遊びなデュエルに誘って、何度微妙な顔をされたことか。
「でも、立ち止まっててもなんにも進まないしさ。無理なら無理で、別の手を考えるし」。そう、これはあくまでファーストステップ。正直、上手くいくとは思ってない。でも、頑固な核唯の口から、なんとか言葉を引き出したい。だから、申し訳ないけど、多分嫌がるだろうことをする。あいつが理解してくれて、それなりに距離を取ってくれている部分に、ずかずか上がり込むことになる。…嫌われる、かもしれないが、理解をしようとしない方が、もっと嫌な気がした。トバルはまた弦をひとつはじき、頷いた。
「ひとまず俺のは出しとく。ちょいちょいパック買ってたしな。お前も出せそうなストレージ出しとけよ、その方が多分伝わる」
。トバルはそう言って、ギターのチューニングを終えて、自分のスペースに戻っていった。そう、トバルの懸念は自分の懸念でもある。でもまあ、こんなことを言うのも初めてだし。
すると、扉が開いた。核唯がジョギングから戻って来たのだ。「おっ、おかえり」、と言えば、「ただいま」、と帰ってくる。麦茶とタオルをおいておけば、彼はそれをコップに注いでちびちびと飲み始めた。その間に寝坊助を起こさなければならない。話を切り出すのは、いつにしようかと。
「…アニマ」。朋克のもとへ向かおうとしたタイミングで、核唯が呼び止めた。振り向けば、そこには釈然としない顔が。視線が合わないが、何かを言いだそうとしていることだけはわかる。なら、リーダーがするべきはひとつ。言い出すまで待つことだ。
口が開いて、閉じて。目が合って、目がそれて。麦茶の氷がカランと鳴っては、コップがコトンと置かれて。そこでようやく、核唯としっかり目があった。「…昨日、その……すまない。悪かった。俺、余計な事、言った」、と。
……えっ。マジで? 気にしてくれてたの?
ついつい耳を疑った。いや、疑うのも失礼な気がしたが。膝に手を置いて項垂れるように頭を下げた核唯に、思わず「ちょ、っと! 顔上げて!」と。けれど、彼はまた頭を上げては、目が合う。「お前が好きなカードを貶したなって。後になって思った。その…謝りたくて。ごめん」。
……なぁんだ。真剣勝負だけじゃあないのか。いまいち、まだ彼との距離がつかめなくて。けれど、その謝罪は純粋に嬉しくて。「いやぁ…良いよ、大丈夫だからさ! 俺も、しっかりした相手になれなくて、ごめん」。頭を下げる。「…良いんだ。その顔上げてくれ」、と。それから、少しばかり互いに黙り込んで。
「…昨日、相談したかったこと。…その。…ちょっと待ってろ」と。彼は自分のスペースに戻っていっては、大きな旅行用のスーツケースを持ってきては、テーブルの上にドンと置いた。ロックを開けば、中にはぎっちりと、大量のストレージが入っていた。
「これは汎用の魔法カード、こっちは汎用の罠カード。で、これ、儀式サポートをまとめた奴。…あー、と……」。核唯はまた、口ごもる。けれどその光景に目を疑いたくなったのも事実、疑いたくないのも事実で。言葉を待つ。ここでうっかり気を緩めて失敗だなんてしたくない。じっと、じっと待つ。
「お前たちが良かったら、さ。俺のカードも使ってデッキを作ってくれないか。あ、と…普段とは別のデッキ、新歓の、タッグデュエルの時だけでいいから。…自分のデッキが好きだよな。ただ、その。俺は、お前のデッキを否定したいんじゃなくて。…これは、俺が、我儘で、頼みたいことなんだ。俺は、俺の好きなカードを、デッキから抜けなかった。構築変えようとして、普段使わないかいご……あー、違う、そうじゃない。…別のカードを入れようとしたけど、その、ダメだったんだ。無理だった。で、それはたぶん、お前も同じで。だからその…変なお願いで悪いけど、無理じゃない程度でいいんだ。俺が出せるカードは全部出すから。タッグデュエルやるなら、デッキを…お、俺に、合わせて、くれないか」。
…それってつまり。ふと顔を出してきたトバルは、目を真ん丸にしていた。多分、それは俺も同じなんだろう。でも、でも。思わず駆け出しては、核唯に抱き着いた。もう、もう、なんというか、爆発しそうにヤバかった。あぁ、何て言ったらいいか。体中の力が抜けていくような。でもそう、へなへなする感じじゃあなくて。
「なあ、なあ! 実は俺もさ、おんなじこと言おうと思ってたんだ! 俺もカード出すから、ちょっとだけカード貸してもらえないかって! でもさ、でもさ、お前が一番カード持ってるからさ、どうかなって思ってたんだ!」。逃げる核唯も、そんな言葉にちょっとたじろいだのが見えた。「おい、やめろ。ちょ…痛いから、放せってコラ!」。
ファーストステップ、でも一歩。まだ退かずに、もう一歩進めそうだ。早速、核唯が用意してくれた儀式のサポートカードのストレージを開けてみる。ふと、トバルもまた隣に来ては、穏やかに笑っていた。
「タッグデュエルのルール、朋克が起きたらちゃんと話そう! なあ、ありがとうな!」